第9話 忘れていたモノ

 少々重い空気に包まれている廊下。

 あの時のことを考えるたび、思い出すたび不安が募る。

「あっ、そう言えばアテネ先生も無事だったのよね」

「ええ、治療を終え保健室で寝かされてたみたいだけど」

「ん、薄っすらと覚えてる、アレと必死に戦ってた」

 突如、この重くなった雰囲気を振り払うかのように、話題を変えるメル。

「では結果が出るまでまだ少し時間もかかるだろうし、お見舞いにでもいくか」

「賛成~~、じゃあ隣だけど行きましょう」

 彼女が無理をして明るく振舞っていることは、他の皆にもわかっていた。

 彼ら自身も、無理をしてでも気分を盛り上げておかないと、あの時の恐怖で今にも手足が振るえどうにかなってしまいそうだった。

 

「お~~い、アテネ先生はそろそろ目を覚ますみたい。2人ともはいってきていいよ~~」

 間延びした明るい声は響いた。

 廊下で待ちながら、携帯電話で誰かと連絡していた2人の男子。話を打ち切り通信を切ると女性陣がまつ個室へと急いだ。


「ーー!!、あっ、あなた達生きて……い、いや、そっか、あなた達がいるってことは、私も死んだのね」

「……いや~~先生、もしもし、ちょっといいですか」

「ごめんなさい、あの時、私がもっと早く意識を回復してたら、あなた達だけでも……ごめ……な」

「ん、私達生きてる」

 彼女はふらつきながら起き上がると、真新しいシーツを掴み、俯き涙しながら皆に謝り続けていた。

「いや、だからですね私達も先生も死んでない、生きてるんですって」


 5分ほど経過し、ようやくまともに話が通じる位まで、落ち着きを取り戻したアテネ。



「これハ、どういウこトだ、アリえなイ……」

「生命デハないノカ、しかシ……分析不可能」

 彼らは目の前にある状況に混乱していた。

 何度試しても、誰が試しても同じ結果にしかならない。

 元々体を持たない種族、彼らにとっての生きがいは知識。

 肉体的欲求はほとんど持たない、しかし知識欲だけは非常に強い彼らにとって不可能なこと、ありえないことは喜び。

 新しい知識・知恵への第一歩なのである。


「でハ、分解。いヤ解剖ヲ開始スル」

「了解、記録しマス」

「……メすーーーー!! あウっ」


 少し時間を遡り。

 学園長とウルは、現在人気のない普通科の校舎の裏に移動していた。

 巨大な体のガード、彼は立ち並ぶ部室部屋に腰掛けると話始めた。

「あの後、私はメル達を特殊能力である大地創造で救い。ヤツの口の中の生徒をなんとか奪い返した所で……」


 ガードの話は簡単にいうとこうであった。

 メル達と口の中の生徒を救った後、自分は間違いなく全身があの黒い侵食により崩れ去った。

 そして意識が消えていくのを感じ、暗い闇に沈んでいく意識、思い出しすぎていく過去の走馬灯を見たような感じだった。

 最後に、何もない、天地すらもわからない真っ暗な場所で彼は声を聞いた。

 どこか聞いたことのある声、懐かしい気持ちになる無邪気に笑う子供達の声。

 その時、彼の頭に一筋の光が差し込んできた。


「まだ死んではいけない、お前はまだ死なない、〇〇〇に力を、〇〇〇に……最後に、イメージすれば体は戻る、いるべき場所に戻れ」

 ーーとの声が頭に響いた。

 信用できる、覚えていないが確かに自分はこの声の主を知っている。 

 そして彼は言葉に従いイメージした。

「--というわけで、気が付いたら学園の門に、内側の壁に横たわっていました」

「ふむ、なるほど不思議なこともあるもんですね、しかしあの時学園に残っていた教官の話では、時間に矛盾が……」

「だがしかし、ガードお前も無事で良かった」

 様々な問題は残されている。

 ひとまずはガードの無事生還を喜ぶ学園長であった。


 今回の実戦、多数の被害はでたものの、教官及び生徒に死者はいなかった。

 初の実戦の生徒達、中型の、しかも特殊な能力を持つ闇喰い相手に、これはまさに奇跡であった。

「学園長、大きな問題がひとつ、彼はうちの学園の生徒ではありません。いやそれだけならいいのですがIDには入国した記録はありません」

「不法入国者というのですか、そんな些細なことは問題ないでしょう」

 かなりの問題発言を、何気ないさらりとした表情で言い放つ。

「彼は……いえ、では彼の様子を見に行きましょう」

 彼の歯切れの悪い言葉と、そのサイズの為中に入れないガードを残したまま、学園長達は特殊科校舎を目指し移動するのであった。



 同じ頃。

 メル達はアテネを気遣い、丁度保健室を出た所であった。

 

「--って、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーー思い出した、あの子は無事なの、どうなったのよ」

「それってあの時、ガード先生が救いだした血まみれの生徒のことかしら」

「うむ、私が抱きとめた時、ほんのわずかだったけど息はしていたが……あの傷ではもう……」

 毛玉ーーいや、モー君の発言で空気が重くなる。

 つい今の今まで、明るかった空気が変わってしまった。


 深海深く落ちていくような雰囲気に包まれる。

 身動きが出来ないほどの圧力、プレッシャーが彼女達に襲い掛かっていた。


「ん、その子なら奥でQ先生達が……」

「ほっ、本当なのナナ、無事なのね、生きてるのね」

「いっ、いや、わからないけどクローニング作業はしてたみたい」

 クローニングとは、個人の細胞、遺伝子情報を元に失った体を復元する技術。

 以前にも話したように、ほとんどの傷は魔法で治療が可能(傷をふさぐのみ)

 不慮の事故、大魔法の直撃で指などを失った場合、魔法では復元できないので自身の復元体をつくり移植する最新の技術(腕、足までなら可能だが、体本体や頭は不可能)

 ただし完全ではなく、移植しても多少の違和感や馴染むまで少し時間はかかる。

 

「じゃあ、いきましょうよ、もう治療もすんでるはずよ、Q先生達なら平気よ大丈夫よ」

「うん、そうよね優秀な研究者だしね」

「ん……暴走しなけければだけど」


 そのナナの一言で、差し掛かっていた希望の光が突然消えた気がした。

「「「「「----!!」」」」」

 彼らは忘れていた、保健室の隣の治療室の別名のことを。

 

 そう治療室ではなく・学・園・研・究・室・と。

 さらに言えば、裏の呼び名はマッドサイエンティストの棲家と差ばれ恐れられている場所である。

 

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