第7話 悪夢
彼等はそれに吸い込まれた瞬間、目の前が歪み暗転する意識の中、闇を照らすような一筋の光を見たところで意識を失った。
わずかな光すらさすことのない深い深い暗闇、そのどこからか子供の泣き声が聞こえてきた。
彼がさらに耳を澄ますと大勢の人のざわめきや、服や布、金属がぶつかり合う音が聞こえてきた。
子供達の泣き叫ぶ声が耳に響く、しかし景色は何一つ見えない、自分自身、本当に目を開けているのかすらわからない、そしてやはり身体は指一本動かすことは出来ない。
大勢の人々の声や雑音の中、子供の泣き声が妙に耳に残る。
そして最後に、誰かわからないがひどく心に残る悲しみの叫びが聞こえ、やがて意識が遠のいてゆく。
ーー意識が覚醒する。
気がついた時、彼は森に居た。
あの光に飲み込まれたあとの記憶がない、瞬時に腕時計で時間を確認する。
「何か記憶が……くそっ思い出せん。いやそんなことはどうでもいい、ちっ、5分も経過しているのか……あいつは一体何なんだ、頼む私達が戻るまで無事で居ろよお前達」
「ウル教官、ここは一体……私達は何故」
「ここが何処で何故かはわからんが、そんなことは後で考えろ、今は生徒達の命を守るのが最優先だ、おいっ、すぐに学園に緊急の応援要請、それと万が一に備えアイツ等を」
周囲の地形を確認した教官達、ここは本日実戦前に集合した場所だとわかった。
自分達が全速でいけば、ほんの数分でたどり着く。
指示を出した直後、すぐに走り出したウルの後を追う。
しかし勢いよく駆け出した教官達、その内心は不安で押しつぶされそうであった。
数十年間まったく報告すらあがらなかった中型闇喰い、しかもそれすら本当に実在したのかあやふやなもの。
実際この場の教官のほとんどは、過去数回闇喰いと遭遇したことはある。
「ウル教官、本当にあんなやつに勝てるんでしょうか、すでに生……」
「それ以上言うな、余計なことを考える暇があるなら全力で走れ」
ウル自身、それは考えないようにしていた。
彼自身、数多くの闇喰いと戦ったことはある。しかし今回のような特殊能力を使うものなど1度たりと見たことはない。
先ほど対峙したモノは、根本的に何かが違う気がしていた。
1匹目と2匹目、見た目は同じであった。
金属を錆のように腐食する能力も同じ。
(一瞬で進化した気がしたが、そんなことありえるのか……何か別の要素、因子があったのか)
全速で救助に向かいながら、ウルは考えをめぐらせていた。
少し時間を遡る。
ウルが1匹目の中型を撃退した同時刻。
学園長は部屋で山と詰まれた報告書との戦いの最中であった、そこに数人の生徒及び連絡を受けた教官がなだれ込んできた。
そのただ事ではない様子に仕事を中断し話を聞く事に、さらになんとか逃げ帰ってきた教官も合流し詳しい報告を聞いていた。
「学園長、緊急の報告が、闇喰いが裏の森に出現しました。しかもかなりの数で今回の教官の人数ではとても対応しきれません、至急応援を」
「至急全特殊科教官に通達、街の警備兵にも応援要請。それで生徒達は無事なのですか、被害状況および死傷者の数は……」
素早く支持を出し、壁に立てかけてあった自前の杖を掴むと、素早く部屋を飛び出していった。
校舎の入り口には、すでに手配されていたのか大型の馬車が準備を終え待機していた。
5分後。
通達をうけ駆けつけた教官達。
すぐに集まったのは、特殊科の教官の中でも実技をメインで教えている者ばかり。
彼らは普段学園で使用している模造武器ではなく、本物の武器を持ち装備を整えていた。
しかしこの場に集まっている者達、冒険者資格をもつ教官とはいえ、実戦経験は学園在籍時の数回のみ。
当然闇喰いとの戦闘は皆始めてである、いつも厳しい教官の顔にも緊張の様子が見える。
戦いにおいてもっとも大切なこと、それは情報といえるだろう。
人は力量の不明な相手との戦いほど、恐ろしく感じるものはない。
それが自分と生徒の命がかかった戦いなら、なおさらである。
「これだけですか、他の教官たちは、街の警備兵はどうしたのですか」
「そ、それがいつものあの教官達は、自分達には関係ないと拒否し、警備兵達は街のアノ機関から闇喰いの報告など受けていないと」
「……ふぅ、時間がありません、ここにいる人員で対処しましょう。もしもの場合……いえ、急いで乗り込んでください」
裏門まで舗装された道を通れば約70キロ、しかし曲がりくねっている為速度は出せない。
だが馬車は最短ルートである空中を走っていた、自身の膨大な魔力で何もない空間に光の道を出現させる学園長。
学園長の機転のおかげで、わずか10分足らずで裏門に到着していた。
薬を使い失った魔力を回復させた学園長、すぐにその場にいた教官に、いまだ戻っていない生徒達を確認する。
「申し訳ありません、私達の力不足でかなりの人数が負傷してしまいました」
「それで戻っていない生徒と教官の数は、ガードく、いや先生も向かったと聞きましたがその後連絡は」
確認した結果、帰還していない生徒は5人、教官はウルを含め9人、そして保険医のアテネとすでに向かったガード達であった。
この場の生徒達には、すぐに学園に戻るよう伝えると、学園長達の乗った馬車は森へ走り去っていく。
そしてすぐに現場に到着した、そこは裏門からほんの僅かな距離、目と鼻の先ほどの場所といえる。
学園長、そして刻同じくして反対側より駆けつけ、やってきたウル達。
全員言葉を失った、いや言葉すら出せなかったのだ。
目を覆いたくなるような惨状であった、かなりの広範囲の地面、木々や草花にまで飛び散ったおびただしい血痕。
そして血で真っ赤に染まった地面には、眠ったように横たわる7人の姿。
「そっ、そんな馬鹿な、おいお前達起きろ」
「メルしっかりしろ、お前達もすぐに治療してやるからな」
馬車から飛び降り、生徒達を抱き起こす。
そんな中1人の教官が声を上げた。
「アテネ先生はなんとか息がある、いや意識もあるぞ」
ウルはメルを抱いたまま駆け寄る。
「おい、何があったアテネ、あの闇喰いはお前が倒したのか」
「おと、ガードせん……いも、み……みんな殺された、だっ……誰も救えなかっ……た。ごめんなさ……」
「ウル教官気を失っただけのようです、詳しい話は彼女が回復した後にしましょう」
無言で立ち上がるウル。
「悔しいでしょうが、まずは……犠牲になった彼女達を連れ帰りましょう、闇喰いの捜索は後です」
学園長は怒りと悲しみで振るえる彼に声をかける。
当然学園長自身、その心中は怒りと悲しみに満ちていた、しかし自分は学園の責任者である、怒りに任せ行動することは出来ない。
彼は負の衝動を押さえ込んだ、端から見れば冷酷といわれるかもしれない行動。
「はい、わかりました……みんな苦しかったろう、必ず仇はとってやるからな」
彼の腕に抱かれた彼女の腹には、致命傷となったであろう破れた制服の傷跡が血で染まっていた。
他の生徒の制服も、背や全身は切り裂かれ・貫かれた血の痕が生々しく残されていた。
「……」
「生徒達は丁重に扱え、学園にもどるぞ」
「……はい、ウル教官……」
流れる景色、その馬車に揺られながら彼は静かに思いにふけていた。
静かに横たわる彼女達、全員たしかに問題児ばかりであった。
1人は何度注意しても毎日遅刻する、授業中の居眠り・早弁などの報告を他の教師や教官達から何回も聞かされた。
戦闘訓練の実技では抜群の力を見せた、しかし連携は見ていられなかった。
それで特別に厳しく指導したりしたが、個々の能力が高すぎるため一向に言うことを聞かない。
他の生徒以上に手はかかった、しかしそれでも彼にとってはかわいい生徒であった。
失ってはじめて感じた喪失感、不甲斐無い自分自身。
(くそっ、やはりあの時、大臣達を敵に回してでも反対しておくべきだった、……こんなことになるくらいなら)
数十年前のあることを思い出す、突如激しい怒りがふきあがってきた。
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