第6話 絶望と僅かな希望
魔法発動失敗、この事実により普通の人間なら心が折れ、最早あきらめるかするであろう。
しかしメルは違った、自分は神の使徒である神官、どのような困難や苦境にも決してあきらめない。
今の自分に出来ること、それは一心に奇跡を願うことのみ。
時間にしてわずかコンマ数秒であった、しかし身動きできない彼女達にとって、その僅かな時間さえ永遠に感じていた。
人生初の闇喰い(小型)との遭遇。
その危機を乗り越え、学園まであと少しという所で最悪の出来事。
最早過去の遺物、滅んだとさえ言われていた闇喰い(中型)が出現、さらにその闇喰いは特殊能力まで使用する規格外の強敵。
くじけることなく奇跡を願い続けた彼女、両手が淡い輝きを放ち始めた。
(--ッ、発動したの……いや、これは)
次第に輝きを増すメルの両手、その光に目がくらんだ闇喰いが手で視界を覆う。
しかしそれでも闇喰いは咆哮をやめることはない。
最高潮に達した両手の光、歴然とした力の差により本日消え逝くであろう命、神は幸薄い使徒の願いを叶えるのであろうか。
最高潮に達した光はそのまま10秒ほど続いたーーが、しかし魔法は発動することはなく、次第に光は薄れ木々の暗闇にかき消されていった。
彼女の願いを、儚い希望を、彼女の信じる神はかなえることはなかった。
解除魔法も失敗に終わり、打つ手なしのメル達。
それでもその場の全員があきらめることなく、この耳を劈く(つんざく)咆哮の中、なんとか打開策を模索しようとしていた。
数分、いや実際には十秒ほどだったが。叫びのような咆哮がようやく終了した。
安心したのもつかの間、いまだ身体の麻痺は解けていない。
闇喰いが重心を落とし身構える、突進の構えであろうか。
緊張からか生徒達の額から汗が滲み、頬を伝い落ちていく。
その直後、ウルの体を謎の光が包む。
「きょ、ウル教官、そ、その光はーー」
「ーーむっ、これは解除魔法の光か、よし、麻痺が解けたこれなら」
それはまさに奇跡としか、言いようのないほどの出来事であった。
先ほどメルが失敗した解除魔法、なんと数秒遅れて発動したのである。
これならなんとかなる、ウル教官なら絶対勝てる、自分達は助かる。
そう考えていた、その場で動けない教官達でさえ。
次の瞬間、誰もが目を疑った。
闇喰いは先ほどと同じ低い姿勢のまま動く気配はない、動けるようになりつつあるウルと、その周囲の教官達に赤く光る目で睨み付ける。
闇喰いの口元が僅かにつりあがった、とても嫌な感じがする。
不気味な笑みを浮かべた闇喰い、両手を何もない空中に振り回しはじめたのだ。
すると空間に光の印が浮かび上がり、それらは自分の周囲を取り囲んだ。
「くっ、これ以上させるか、間に合えーーーー」
嫌な気配を感じたウル。
麻痺から回復すると同時に、闇喰いに飛び掛っていた。
だが、彼の攻撃が当たる直前、その光の印がはじけ飛ぶと教官達を包み込んでいた。
同時に周囲の空間が歪み、その刹那ウルや教官達がその空間に飲まれ消えていた。
「……なっ、何が、……」
「嘘だろう、こんなことって……」
麻痺する身体で呆然と立ちつくすメル達。
彼女達はそのあまりにも不可思議、非常識であり得ない光景に逃げることさえ忘れていた。
彼らが消えた様子を見届けた闇喰い、まるで知性があるかのように口元を上げ笑っていた。
残された彼女達。
強者が弱者をいたぶる時のような笑みを浮かべ、まさに獲物を見定めるように睨み付けていた。
そしてその視線はその中の1人、彼女に向けられていた。
ーー瞬間、メルは死を予感した。
確実な死、回避不可能という現実。
一瞬、ほんの瞬きほどであったが、恐怖により闇喰いから目をそらしてしまったのだ。
戦いにおいて、相手から目をそらす行為は命取りである。
それが格上・勝ち目のないほどの実力差があるならなおさらである。
そのような初歩的なことさえ、この時の彼女は焦りで思い出せなかった。
初歩的なミスはさらなる危機を招きいれた。
動いたことさえ気づかせず、彼女の目の前数センチまで迫まっていた巨体。
最新の強化繊維で編みこみ、多重防御魔法のかけられた制服がまるで紙切れのように引き裂かれ、その繰り出された爪はメルの胸を刺し貫いていた。
彼女はゆっくりと背後に、陽の光の当たらない冷たい地面に落ちていった。
その薄れ行く意識の中、最後に彼女は、この場に残された皆に神の奇跡が起きることを願い続けていた。
貫かれた胸に痛みはなかった、しかし後頭部に痛みが走っていた。
その痛みにより意識を覚醒させることが出来た彼女。
彼女が意識を失ってから、時間にしてわずかに数秒しか経過していなかった。
「あれっ、私はいったい、------ッ」
メルは言葉を失った。
自分自身はどうして生きているのか、貫かれたはずの致命傷の傷は、そして無事であった理由。
現在、メルが覚醒した場所は先ほどの場所などではなく、少し離れたガードがいたはずの場所であった。
闇喰いの爪に貫かれ苦悶の表情を浮かべ、すでに腹部の半分以上が黒く腐食し、今にも崩れ落ちそうなガードの姿が彼女の目に映っていた。
彼女が死を迎えようとした瞬間、麻痺が残っており、まだうまく動けない身体でガードは特殊能力を発動させたのであった。
特殊能力、大地創造(アースクリエイト) 自分の触れている周囲5Mの地面の形を自由に変えることが出来る。
ただし金属を含んだ石や鉱石が、ある程度含まれていないと不可能(砂場では出来ない)
さらに1ヶ月に1回の制限はあるが、近い範囲(最大20M)であれば自分の周囲5Mと指定した範囲5Mを入れ替えることが可能(ただし特殊な強制移動の為、通常ならば24時間は動くことが出来なくなる)
彼は自分の周囲の地面と、メルの周囲の地面を入れ替え彼女とその周囲にいた生徒を救ったのであった。
「ぶっ、……無事かお前達、くっ、俺はもう駄目みたいだが……さっ、最後にその生徒も返してもらうぞっーーーーーーーーーー」
崩れゆく体でありながら、さらに特殊能力を発動させるガード。
地面を高く隆起させ、上空から闇喰いにダイブ(体当たり)攻撃を仕掛けた。
最初の対峙で半分になった左腕で爪を弾くと、振りかぶった右手を大きな口にねじ込んだのであった。
普通の冒険者なら、先ほどの特殊能力発動で24時間は身動きひとつ取れないほど消耗する。
そんな状態で、しかも麻痺も残っていてうまく動かすことの出来ないような身体で、ここまで動けるものはこの国にほとんどいない。
「だめぇぇーーーーーーアゴちゃんーーーーーーーー」
「受け取れーーーーそして逃げろーーーー」
牙に触れた右手も黒く腐食していく、瞬く間にボロボロに崩れていくが、自ら肘を口にねじ込むと無理やり砕くのであった。
それは生徒を掴んだ指を内側から強引に押し出す為であった。
空中に飛び出した彼の巨大な人差し指、そこには1人の血まみれの生徒の姿が確認できた。
ボロボロの服、そして顔や長い髪は血で赤黒く染まり、男子なのか女子なのかすらわからない。
子供かと思えるほど小柄な生徒なのかと誰もが思った。
しかしそれは間違いであった、その生徒は右手以外の手足を失うほど、ひどい状態であった。
だがその生徒の安否すら、確認する時間さえ残されてはいなかった。
「振り返るな、学園まで全力で走れーーそして学園長にーーーーー」
「ごめんなさいアゴちゃん」
「くっ、ちっくしょーーーー」
「くそっ、いくぞメル」
崩れゆくアイアンゴーレムの巨体、それを見ていることしか出来なかった不甲斐無い自分達。
まだ多少麻痺は残っているが、元々の身体能力が高い彼女達は、なんとか走り出すことが出来た。
生徒達を命をかけて救った彼は、その最後の言葉を皆に伝えることなく錆に侵食され、砕け散り消えていったのである。
5人+安否不明の生徒、そしてモー君の背? に担がれたアテネ一行は全力で森を駆けていた。
背後の気配に最善の注意をはりながら。
2分ほど経過し、背後に近づく気配はまったく感じられない。
「なんとか、引き離せたか」
「あんなやつにアゴちゃんが、----なんでこんな」
「ピナ、まだ私達にはやることがあるでしょ、自分の命をかけてまで私達を……」
「うん、学園長に伝えないと駄目、-------ッ!!」
「うっ、うそだろ、何でこいつがここに、気配はあの場所から動いていなかったのに」
学園まであと少し。
数分あれば学園の裏門までの所、そこまでようやく逃げてきた彼女達の目の前にそれは現れた。
「そっ、そんな、ごめんアゴちゃん、私達もうーーーーーーー」
「いやぁぁぁぁーーーーーーーーーーー」
彼女達の悲鳴が深い森の中に消えてゆく。
舞い散る血肉、もはら痛みすら感じることのなくなった己の体。
薄れ行く意識、自身の腹を貫く嫌な感覚を最後に彼女の意識は喪失した。
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