第5話 消え逝く命
ウルが突撃を開始したころ。
数人の教官に先導された20人ほどの生徒達が、結界のある学園の門内へ飛び込んでいた。
先導していた教官達は1人の教官に後をまかせると、闇喰い出現の緊急連絡を受け、すでにこの裏門へと移動してきていたガードとともに元来た道を戻るのであった。
「教官方、私の肩に」
教官達が肩に飛び乗ったのを確認すると、彼はその長いスライドの歩幅で瞬く間に残りの生徒達のいる場所へと向かうのであった。
彼の身体より遥かに高い木々がものすごい速さで左右に流れていく。
流石に7Mの巨体、走ると一歩一歩の距離が半端ではなかった。
通常自分の意思のないゴーレムは巨体で力は非常に強いが、その動きはとても遅く、当然走ることなどは出来ない、だが彼は巨体に似合わず敏捷であった。
普通の人体で考えると、2、5Mを超えるとその体重と不安定なバランスゆえ、歩行自体が苦労するはずなのだが、やはり彼は特殊・特別なのがわかる。
同じ頃、街道のメル達5人組みはーー
突如出現した闇喰いと戦う教官達の指示を受け、怪我人と治療の為移動することの出来ないアテネ達保険医を守っていた。
「ーーくっ、ごめんそっちに一匹行った」
「わかった、私とクリスが対処する」
実戦直後のあの平手打ちを受ける前とは、まるで別人のような連携で皆を守っている5人。
まるで弱点を突くかのように、治療中の保険医や怪我人ばかりを狙い、突進してくる闇喰い達。
「おっと、ここから先はいかせないぞ、--くっ、ナナ頼む」
「ん、まかせて」
闇喰いの突進を丈夫なアイアンナックルで受け止めるクリス、そこをナナが弓で攻撃していく。
しかしいずれも少しひるませる程度で、致命傷を与えることは出来ないでいた。
彼女達は完全に守備に徹し、怯ませる以外の攻撃はすべて教官に任せている。
止血治療を終えたものを、数が減ったことで多少パニックから回復した生徒達が、数人で担いで移動させていく。
これでどうやら残っている敵は、この場の7人の教官が戦っている3体と、遥か後方でウルが戦っている1体で最後のようである。
最後尾から逃げてきた最後の生徒が、幾度もマナ薬で回復しながら怪我人の治療を終え、完全に魔力がなくなりダウンした保険医を担いで走り去っていく。
「アテネ先生、その教官の治療で最後のようです。脇腹のかなり深い傷の治療、私も手伝います……慈愛の女神よこの心正しき行いの……女神の癒し手(ヒーリングオブゴッデス)」
名称発動魔法では対処しきれないであろうと、すぐに判断した彼女は高速詠唱に切り替えた。
するとメルの右手から眩い光が発する、深い傷がゆっくりではあるがふさがり始めていた。
1人最後尾で戦っていたウル教官は、熊型のその巨体が完全に消滅したことを確認する。
黒く腐食し今まさに消え去っていく右手の剣の柄を放り投げた。
「……詮索は後にするか、今は生徒達の身の安全が最優先だな」
リストバンドを操作し、新しい剣を取り出すと彼は学園へ続く薄暗い道を駆け出した。
「はぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーー剣術スキル発動、学園剣技・弐型の太刀・炎舞斬ーーーーーー」
教官の気合の一撃を受け、最後の小型闇喰いの霧のような体が激しい炎に包まれ燃え尽きた。
無謀な生徒達をかばい、一番の大怪我であった教官の傷も、ようやく塞ぐことが出来たメルとアテネであったが、強力な魔法をかけ続けた代償として気を失っていた。
そこに追いついたウルが合流した。
「よし、残された生徒が居ないか確認しつつ学園に戻るぞ。皆ーーーー、私だ、ーーッ、何だと今行くなんとか持たせてくれ」
言いかけたウルに、最悪の連絡が入ったのであった。
逃げ遅れた生徒達のほとんどは、教官達と援軍のガードによって結界内の門へ逃げおおすことが出来た。
しかし先ほどメル達と分かれた、魔力切れの保険医を連れた最後の集団のすぐ後方から、4本腕の3,5Mほどの熊型闇喰いが今まさに出現しようとしていた。
しかし救世主が現れた、学園よりやってきたガードと教官達であった。
「お前達、立ち止まらずに駆け抜けろ」
保険医と生徒達がガードの足元を駆け抜けていく、教官達がガードの肩から飛び降り武器を構える。
巨大ゴーレムのガードを含めた、これだけの戦力なら問題なく対処出来るであろうと、その場の教官達は考えていた。
戦闘開始よりーー1分後。
闇喰いは巨大なゴーレムの出現に警戒したのか、襲い掛かっては来ない、不気味な目でじっと彼を見つめているだけであった。
緊張感が周囲にも伝わっていた、教官達も相手の動きを警戒していた。
そしてそれは一瞬の出来事であった、闇喰いは目を見開くとガードに向かって爪を出し突進してきた。
教官達はすばやく左右に分かれ闇喰いを完全に取り囲む。
自分の半分ほどの、自分からすれば子供サイズである熊型の爪を、その左手でなんなく防御したアイアンゴーレムのガード。
「--ッ、何、まっ、まさか特殊能力なのか」
防御したはずの左手が、肘から先がウルの剣と同じように黒く腐食し瞬く間に崩れ落ちた。
これで最大の戦力であったガードを、戦力に加えることが出来なくなったのである。彼の攻撃は頑丈な金属の体を生かした肉弾戦(武器は持たない)がメインなのである。
しかも特殊能力は持っているものの、かなり強力なので現在封じられ使用不可能。
さらに非常に最悪の状況がそこにあったのである、4本腕の熊形には背中側の腹にもうひとつ巨大な口があり、その鋭い牙の間から血まみれの生徒の片腕が出ていた。
ウルに連絡した教官、その内心は皆焦っていた。血まみれの生徒を救出する方法を、そしてこの絶望的な状況を打開する手段を。
運の悪いことに、本日この実戦に参加していた教官は、メインで剣や槍を使う者ばかりを集めて組まれていた。
金属武器が使えない以上、頼れるのは木刀などの模造品。しかしそれではまったく対抗することが出来ない現実。
なんの対抗手段も思いつかない中、時間ばかりが過ぎてゆく。
前面に近くの残った右手で巨木をへし折り、簡易武器として敵の気を自分に引き付けるガード。
そこに背中側の口元に飛び込み、生徒を救出しようと試みるが4本の腕は背後の教官の動きを軽く封じていた。
さらに焦るばかりの教官達。
そこにウルと残りの教官達が駆け込んできた、その後方には気を失ったメルとアテネを背負いながら走る皆の姿も確認できた。
その援軍到着に、チャンスとばかりに背後側にいた1人の教官が。彼は低い姿勢で敵の足元へ飛び込んだのであった。
熊型はその巨体ゆえ足元が弱いとふんだのである、逆に自分の下段攻撃に注意を引き付ければ、ウルや他の教官が生徒を救ってくれると。
「ーーーーーーッ、!!」
飛び込んだ彼、そしてその意を瞬時に察し、救出へ飛び出した教官達も己の目を疑った。
熊型の体がまるで風船のように大きく膨れ上がり、さらに巨大になるつつある体の前後の口から叫び声にも似た獣の咆哮が発せられた。
周囲の木々に反響してもなお、まったく小さくならない咆哮は、特殊効果でも付いているかのように、その場に居るすべての者達の体の自由を奪ったのであった。
自由を奪われた教官達、すでに倍以上のサイズになった熊型がゆっくりと反転する。
「くそっ、ほとんど体が動かない。おいメル起きろ」
「……うぅ、……何よクリス、頭がぼ~~とするって、何よこの叫びは、うるさっ!」
「--!!、よし起きたかメル。いいかよく聞け……」
激しい咆哮の中、メルはクリスの背中で隣にいたモー君の毛をむしり取ると、すばやく耳に詰め込み、ナナのポケットからあのマナ薬を取り出し一気に飲み干した。
瞬く間に自分の体が熱を持つのを感じた。
すぐさま、全快したであろう魔力(精神力)をすべてつぎ込み、全員の麻痺の解除を試みた。
彼女は記憶の奥深くから、このような魔法・特殊能力の解除方法か対処方法を考えていた。
そして現在の自分に出来ることを脳内PCをフル回転し導き出した。
「親愛なる女神、その使徒メルの名の下、我等の……聖なる息吹(ゴッドブレス)」
聖なる息吹、神聖魔法の高位ランク、対象1人~魔力次第で変動。
状態(毒・麻痺)を回復させる、現在の使用者の最大魔力をすべて使い切る(魔力が最大でない場合発動確立は激減する)
熟練者が使えばほとんどの状態を回復させることが出来るが、恐ろしいほど精神に負担がかかる為1ヶ月に1回の使用制限(失敗しても同じ)がかけられている。
これはこの場全員の命がかかった、とても大きな賭けであった。
特殊能力を喰らった者に耳栓をしても、すぐに効果は期待できない。自分自身は気を失っていたので助かったが、彼女の今の能力では立ち向かっても勝ち目はない。
アテネが唱えれば成功するであろうが、現在完全魔力切れでダウン中。
強力な魔法を使えば倒せるかもしれない、しかしこの場にいる教官達は全員戦士系、使えても初級魔法のみなので対処は期待できない、自分自身も神官なので強力な攻撃魔法は使えない、よってこの案は不可。
結果、これまでの平和な状況で、能力にかなりの制限を受けているが、国で最強と呼ばれるウル教官の麻痺を回復しないと全滅は必須。
彼女自身契約はなんとか成功させたが、過去1度も唱えたことのない魔法(契約時、魔力総量が足りていなかった)にかけたのであった。
メルの母は高位神官である、そのずばぬけて高い能力引き継いだ彼女。
しかし自分自身、この魔法の成功確率は2割以下であろうことはわかっていた。 しかも疲弊した今、さらに成功する確立は低くなっている。
(くっ、こんなことなら、寮でも真面目にお祈りしてればよかった)
中等部までは自宅からの通学であった為、本当に真面目……だったかどうかは不明だが、外観ではそうやっていたらしい。
しかし彼女の本質は、弱者が傷つくのは許せない性格なのである。
無謀とわかっていても、立ち向かう本当の強さを彼女はもっていた。
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