第4話 出現

 

 深い森で始めての実戦、中には初めて魔物と対峙するものも多い。

 これまでの訓練や練習で、どれだけ良い成績を残しても正直意味はない、それは当然のこと、相手も死にたくはないので死に物狂いで反撃してくるからである。

 当然シュミレーション訓練などでは考えられないような、思いがけない攻撃も考えなくてはならない。

 学園でまず最初に教えることは只ひとつ、自分に負けないこと。

 この言葉にはいくつもの意味があり、それは各個人で違う意味となる。


 前置きはここまでにして、すでに実戦開始から5時間が経過していた。

 まだかなり明るい時間なのだが、薄暗いその森の中では時間の感覚があやふやである。

 集合場所である最初の広場に、次々と生徒達がもどり始めていた、制服や防具が破け血が滲んでいる者や、包帯で治療している者も多数見える。

 ほとんどのパーティーに怪我人がでていた。

 血気盛んな若い生徒達の多くは、前衛などの戦闘職を好む傾向にある。

 決局のところ、本来周囲の注目の目を浴びにくいサポート職や回復職は、正直人気はないのが今の現状なのであった。

 サポートや回復なくして戦闘は成り立たない、そのことを今回の実戦で己の身をもって感じた生徒達であった。

 気力も体力も大きく削がれ、力なくうなだれる生徒達、その周囲を教官達が警戒している姿が見うけられた。

 実戦で神経を張り巡らし、緊張感を長い時間継続していたであろう生徒達は、ようやく安心感を感じることが出来たのである。

 草むらや木に身体をあずけ、しばしの休息をとる生徒達、中には緊張の糸が切れ無防備に眠りにつく姿もあった。

 そして開始から6時間ほど過ぎたころ、最後のPTが集合場所に帰還してきた。

 教官の点呼が終わると、今回の実戦訓練すべての報告が行われた。

 魔物討伐数合計81体とかなりの好成績であった、その中でもひときわ目立っていたのはメル達の討伐数27体であった。

 実際は教官達が居なければ全滅していたであろうが、まぁ彼女達もあれから心より反省したようなので流すことにしよう。 


 軽傷者52名(このほとんどが初実戦の生徒)死亡者0名という事実もかなり良い結果と言える。

 重症、自爆によりメル達5名とあとから言い加えられた。

 教官の言葉に生徒達の緊張も解け、森に笑い声が響き渡る。

「--っ、だぁーーーーーーーー笑うなぁぁーーーーーーーーー」

 顔を赤く染めながら叫ぶ彼女の声が、薄暗く深い森の奥に消えていく。


 この課外授業である実戦演習が学園のカリキュラムに組み込まれてから、これまでに重傷者は多数出たことはあっても死亡した生徒は0(10年ほど前、生徒をかばい教官2名が犠牲になってはいるが)となっている。

 これは他の街にある学園と比べると奇跡の出来事となっている(他の学園では実力者の教官がついていたにもかかわらず、必ずといってもよいほどに数年ごとに何名かの犠牲者が出ている。それだけ実戦は何があるかわからないので恐ろしいのであった)


「あ~~疲れた~~それに汗や埃で気持ち悪い、早くシャワーでもあびてさっぱりしたい~~」

「そうよね、私も同感よ」

 メルの言葉に他の女生徒達がうなずく、冒険者を目指している普通とは多少、……いやかなり違う彼女達も、やはり年頃の一人の女なのである。


 激しい実戦も終了し、疲れた身体を一刻早く休める為、帰路につく生徒一行。 

 薄暗いさほど舗装されていない道を、引きずるような足取りで進む1年生達。ようやく学園まであと半分くらいまでの場所にやってきていた、するとさきほどまで疲れきった顔や、緊張した生徒達の顔に安堵感からか、ようやく笑みが浮かんでいた。

「よ~~しみんな~~、あと少しよ、こんな嫌な雰囲気の場所なんかとっとーーーーーーーーーってぇぇぇ~~~」

 真っ先に先頭に飛び出し、颯爽に走りだしたメルの目の前が突然暗くなった。

 彼女は「にぇggggっげえええややyyy~~~~」と謎の言葉を発していた。

 そのパニック状態の彼女を救ったのはウル教官であった。

「……って、イタッ、くわぁぁ~~~~~何よ今の暗闇は」

 強引に襟首をつかまれ、まるで子猫のように後方へ放り投げられたメルは尻餅をついた。

 

 その状態から立ち直った彼女が見た光景は、異常な、いやまさにパニックに陥いり逃げ惑う生徒達の姿であった。

 彼ら一行の周囲の森や空間が、謎の暗闇から黒い霧が発生していた。

 それはまさにあの言い伝えや、話で聞いたことのある光景、真っ黒なはずの闇なのにさらに深い黒い霧の空間からそれらは現れるのであった。

「うっ、嘘、これって。これが本物の闇喰いなの……」


 なにもないはずの空間から、その不気味な黒い霧を纏った何かが出てくる。

 湾曲する闇の空間がら現れたものは、話で聞いたとおりの闇喰いと呼ばれるものであった。

 サイズとしては1M足らずの中型の犬のような獣の形をしていた、おもったより小さかった、これなら先ほどまで戦っていた魔物のほうが恐ろしかった。

 

 それに気がついた生徒達の何名かが逃げることをやめ、避難誘導していた教官の制止を無視し、各々武器を取り出しきり攻撃態勢に移った。

 

「ちっ、脅かしたがって。さっきまで戦ってた魔物に比べれば、こんな小さな闇喰いごときで俺らだけで楽勝だぜ」

「くそっ、お前ばかりにおいしいところ譲れるかよ」

「ばっ、お前達馬鹿な真似はやめろーーーー、くっ、まにあーーーーー」

 一瞬の出来事であった、大きく剣を振り下ろした2人の男子生徒。その直後彼らは横からの強い衝撃により数M弾き飛ばされ地面に横たわっていた。

 土煙は晴れようやく顔をあげる男子生徒、その彼らと他の逃げまどう生徒達が見た光景は。

「おっ、お前ら……怪我は、ない……な」

 血の気の引いた顔で、生徒に安否の声をかけたのは3人の教官の姿であった。いつの間にか集まっていた十体ほどの闇喰いの牙や爪により、右肩や背中は防具ごと大きく引き裂かれは真っ赤に染まっていた。

 その小柄の部類にはいる魔物、いや闇喰いは、その姿からは考えられないほどの素早さと力であった。

 事実、この小さな闇喰い、たった1体であっても2~3人の教官で連携して、なんとが互角に持ち込むのがやっとの強さであった。

 生徒の周囲に現れた数は約30体、これほどの数の闇喰いが1度に出現した例はここ数百年では報告はない、あってもせいぜい2~3体といったもの。

 今回の実戦に同行している教官はウルを含め15人、保険医がアテネと他3名。

 しかし保険医はあまり戦闘訓練はしておらず、治療以外はこの場の1年と同等かそれ以下の力しか持ち合わせていない。

 この場で最大戦力であるウルはというと、あの後最後尾に駆けだして逃げ遅れた生徒達の安全を確保していた。

 だがここで予想外の出来事が、それはその場の周囲に出現していた16体の獣型を倒し終えた直後のこと。

「何故今になって、この場所にこんなやつが……しかもただの中型(3M弱)ではない」

 彼は瞬く間、時間にして4分足らずで小型16体を屠ったほどの実力者である、しかもそれだけの数の攻撃を受けながら相手したにもかかわらず、相手の攻撃を1度も受けてはいない、さらに彼のもつ長さ2Mの両手剣は刃こぼれひとつしていなかったのだ。

 しかし現在、彼と対峙している4本腕の熊型のたった1回の爪による特殊攻撃によって、その剣の上半分は錆びたように黒く腐食し崩れ落ちていった。

 ウルは最後の生徒達の姿が見えなくなったのを確認する、彼は半分になった剣を硬く握り締めると気合の声をともに熊型に向かって駆け出したのである。








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