後輩を家に招く
「ここですか?」
フリーズ状態から回復した知恵が聞いてくる。
「そうだよ。ほら入るぞ」
門の前に立つと自動で門が開く。設置されたカメラが俺を家の人間であると認識したからだ。
門をくぐり真ん中に噴水のあるロータリーを通って玄関に向かう。
きょろきょろしている知恵に言う。
「ちゃんと肩貸す気あるのか?」
「いや、だって、ここどこですか?」
「俺の家だって、さっき言っただろ。手入れしてないから綺麗じゃないぞ」
玄関にはでかい両開きの扉がある。人力で開けるのは無理な大きさと重量。自動で開くからまだいいが、前に一度壊れたときは開けるたびに今回のように足などが壊れた。今になってはいい思い出……でも、ないな。
扉に近づくと大きな両扉が静かに自動で開く。
中は豪華なロビーで外とは違い掃除が行き届いていて、よくわからない壺や彫刻が飾ってある。
ロビーに踏み入った知恵は口をポカンしているので俺は自力で歩き玄関から見て左にあるドアを開ける。
知恵はあわてて後についてくる。肩を貸すのを忘れて、まだ周りを見ている。
ドアの先には廊下があり左手にはロータリーが見える窓が6つ、右手には4部屋分のドア正面に1つのドアがある。
正面のドアだけ鉄で出来ていて、残り4つは木で出来ている。
廊下を真直ぐ進み鉄のドアに手を掛けると知恵が横から開けようとしてくれる。
力いっぱい押しても反応しないドアを前にして今度は引っ張っている。
「知恵それ押し戸なんだけど」
「いや、開かないですよ?」
無言で知恵を退かし左手でドアノブをひねり普通に開けて見せると、知恵は恥ずかしそうな悔しそうな何とも言えない顔でこちらを見てきた。
知恵が先に中に入り聞いてくる。
「整頓された倉庫ですけど、先輩は私をどこに連れて行くつもりですか?」
「着いて来いとは言ってないんだけどな」
奥に置いてある金庫をまじまじと見つめている知恵に言う。
「そこに、いるとあぶないからこっち来い」
小走りで近づいてきてから、はっとした顔で言う知恵。
「押し倒すつもりですか?」
「ちげーよ。バカ」
壁にあるレンガを三箇所タッチしながら言い、知恵を引っ張り横に立たせる。
知恵が驚いた顔でこちらを見つめてくるがすぐに目をそらした。
その理由は明白で、先ほどまで知恵が立っていた金庫の前の床が下にズレて階段が出てきたからだ。
「先輩。何ですかコレ、映画に出てくるような隠し階段は」
「俺の趣味じゃない。親父の趣味だ」
俺も気に入ってたりするが。
降りることを躊躇する知恵を残し先に階段をおりる。
鉄でできている螺旋階段は一歩進むたびにカーンと音が響く。七段ほど降りると知恵も階段を降り始めたのか自分が出している金属音とテンポがずれた音が後ろから聞こえる。
鉄を打つ音をしばらく聞きながら足元しか照らされていない階段をゆっくり降りる。
階段を降りきり知恵を待つ。
知恵が横に来たのを確認してから先が見えない真っ暗なところへ一歩踏み出す。
一歩踏み出すと同時に照明がつき、真っ暗だった先は蛍光灯で照らされ一本の通路が現れた。
「なんか、実験施設の通路って感じですね。お父さんSF映画好きか何かですか」
若干あきれた感じの知恵が言う。
「たぶん好きだと思う。俺の前で見てたことはないけどな」
十メートルくらいしかない通路を進みSF映画に出てきそうなメカメカしい横開きの戸の前で立ち止まり、横にある静脈認証システムに手をかざし戸を開く。
中には知恵が言ったとおり、実験施設みたいな風貌で人間一人入れる培養器や手術台など、さまざまな機器が置いてある。
「冗談で言ったつもりでしたけど本当に実験施設なんですか?」
「まぁ、間違ってないかな。研究室って親父は呼んでたけどな」
俺は手術台に腰掛ける。
知恵は物珍しそうにうろうろし始める。
「そこの赤い箱と棚にある黒い箱取ってくれ」
知恵はうなずくと、黒い箱を俺の横にある台に置いてから赤い箱を重そうに手渡してきた。
どこにいるべきか迷っている知恵に声をかける。
「すぐに終わるから座って待っててくれ」
部屋の隅にあるデスクの椅子に座るように言ったつもりだったが知恵は手術台の俺と反対の位置に座った。
別にどこに座っていても同じなのだが、近くにいられると作業しにくいんだよなぁ、と思いつつも二つの箱をあける。
赤い箱には工具が入っていて、黒い箱にはパーツやスプレー缶が入っている。
工具を手に取り故障した右足の皮膚を剥ぐ、血などは出てくることなく剥がした皮膚をゴミ箱に向かって投げ入れる。
機械で構築された右足を観察しどこが壊れたのかを確かめていると両肩に体重が乗せられる。
ひざ立ちをして肩越しに俺の右足を見る知恵の仕業だ。
無言で足を見つめる知恵を無視して修理に取り掛かる。
壊れていたのは踵の部分のパーツで、割れたソレがくるぶしの動作部分に引っかかっているだけだった。
箱から別の工具を取り出し割れたパーツの一部を外しピンセットで引っかかっている破片を取り除く。
踵の新しいパーツを箱から取り出し、取り付けて足が動くか確認する。
今朝と同じように動くことを確認してから、スプレーを吹き付ける。泡状のそれは機械になじんでいき、人間の足そのものの色になると固まった。
道具をすべて箱に戻したところで知恵が声をかけてくる。
「先輩は、その……あの……」
言いよどむ知恵に俺は言う。
「幻滅したか?」
「いえ! そんなこと、ないです……けど」
最初だけ大きかった声は次第に小さくなっていった。
「ないけど? 何か思うことがあるんだな」
聞いてみると知恵は座りなおして俺に背を向けた。
「ロボットに詳しい理由とかなんとなくわかったのと、久保先輩をかばった理由が同じロボットだったからかな? とか、考えてみただけです」
「友達を助けるのはいけないことなのか?」
「そうじゃないですけど、あの時どっちでもいいって……」
「何の話だ?」
わからず質問すると知恵は俺に寄りかかり言った。
「見分けがつかなかったら同じって」
「あぁ、それね。見分けつかないんだったらどっちでも同じだろ。一緒にいて楽しいなら、ロボットだとわかったて楽しいことに変わりないと俺は思うからさ。区別ついた瞬間に嫌うっていうのは違うんじゃないかな」
「そう、ですよね」
「ロボット苦手だったっけ?」
「まぁ、でも、それは置いても……私は先輩が人間だと思っていたし」
「そっか」
「はい」
「俺人間だけどな」
「はい……は? え?」
勢い良く振り向く知恵に笑って言う。
「いや、だから、俺は人間だぞ?」
「でも、その足」
興奮気味の知恵は俺の右足を指差した。
「ここは機械だけどな。れっきとした人間だ」
「細胞復活手術とか」
「その話は後でしよう。喉渇いてきたしな。部屋移動するぞ。」
知恵の質問を止めて手術台から降り、近くのコンピューターに踵のパーツを作るようにセットしてから部屋を後にする。
実験室の通路を通り隠し階段まで不満顔で無言だった知恵に声をかける。
「部長の用事って何だったの?」
「今作ってるアレのプログラムみたいです」
膨れっ面のまま知恵が答える。
「あぁ、アレね」
階段を上がりきり倉庫を出てすぐ隣のドアを開けて中に入る。
「図書館ですか?」
「図書室な。四部屋分あるんだ、中央の螺旋階段を上って上も図書室だけど、ロビーの階段で二階に上がるのが面倒なときのショートカットとして使うくらいで二階の本はあんまり読まないな」
本棚から二冊のプログラムの本を抜き出し部屋を出る。
ロビーを突っ切って、先ほどまでいた西館から東館に向かう。玄関から見て右側のドアを開けて進む。
西館と同じような作りで右手には窓、左手に四つのドアと正面にひとつのドア。
西館と違うのは正面のドアも木で出来ている事だけだ。
ロビーから二つ目のドアを開け談話室に入る。
知恵をソファーに腰掛けるように促し、ドア横の壁にあるアンティークな感じの電話をとり、紅茶二つと言ってから向かい側に座る。
知恵が鞄から蝶のシールが張ってあるノートパソコンを取り出しテーブルに置く。
学校が支給する物と違うのでたぶん、知恵の私物だろう、シールは知恵の趣味かな?
知恵がパソコンの電源を立ち上げてから口にする。
「先輩さっきの話の続き」
「あ、やっぱり聞く?」
「話したくないならいいですけど、はぐらかして無かった事にされるのは、嫌ですから」
画面から目を離さず気まずそうに言う知恵。
「いや、構わないけどさ。大した話じゃないぞ? 昔怪我したときに右足と左腕、右目と内臓の一部を駄目にしてな。そのときの余波だよ」
「細胞復活手術しなかったんですか?」
「当時は高かったしな、十年前だし。出来たばかりの技術を当てにする勇気もなかったと思うぞ。今だから言える事だけどな」
「十年前ってあの事件ですか?」
真剣な眼差しでこちらを見る知恵に対して答える。
「そう、あの事件な。その日出かけた先でロボットに襲われた。工事現場の解体クレーンの暴走。車で移動中の俺たちは避ける事も出来ずに、上から潰された」
「よく生きてましたね」
「運転手が助けてくれたんだよ」
「運転手? 一緒に潰されたんじゃ?」
「運転手がアンドロイドでな」
「そのアンドロイドは暴走しなかったんですか?」
「しなかったよ、親父が作った奴でさ。市販されてるやつと違って暴走電波は受信しなかった。」
「そんなロボットあったんですか」
「俺の家にはいたんだよ。で、庇ってくれた。アンドロイドはボロボロで俺は瀕死状態になったけどな」
「その後どうなったんですか?」
「記憶にないけど、ボロボロになった状態でアイツが叔父さんに連絡して助けに来てくれたらしい。起きたら病院だったし、その時には事件は収まってたしな」
「今からでも、体治せるんじゃないですか」
「治せるよ。さっきあった培養器使えば作れないこともないし。勧られもした。けど、断った。この体のパーツはアイツのパーツを基に作ってあるんだ。思い入れもあるし、調整とかも自分でやって慣れたから今更変える気はないな。勉強にもなったしね。便利だよ」
笑って答えても知恵の表情は曇ったままだ。
「最初は苦労したけどな。感覚ないし、変な感じだったよ。歩くことすら立つことも出来なかったくらいだ。まぁ、今は神経繋いであるから力加減もできるし感覚もある」
「ロボット嫌いとかには、ならなかったんですか? あの事件のせいでなった人多かったですし、恨んだりとか」
「ならなかったな。助けてもらえたって事は覚えてるんだよ。悪いやつばかりじゃないって割り切った。よくドキュメンタリーとかでもやってただろ。全部が全部暴走したんじゃないんだ。知ってるだろ電波受けても暴走しなかったロボットの話」
「聞いたことはありますけど、嘘だと思ってましたから。それに……」
「それに?」
言い淀む知恵に続きを促す。
「私は裏切られましたから、家のロボットは暴走して、お父さん怪我したし、お母さんが椅子で殴って壊して、それ以上は何もなかったです。先輩に比べたら大した事件でも何でもないですけど」
「でも、未だに引きずってるだろ?」
少し意地悪な質問になってしまったと、言ってから思ったが知恵は答えてくれた。
「引きずってないとは言えないですけど。久保先輩は優しいし。ただ、先輩が机壊した時は正直・・・」
「俺が人間って分からないのに良く着いてきたな」
「いい加減克服したほうがいいと思ったから」
先ほどの出来事を思い出したのか手が震えている。
「俺は人間だから大丈夫だと思うぞ」
そう言って震える手の上に右手を重ねる。
「最近は忘れてきてたんですけど、その、久保先輩にも慣れてきたし、でも……部長が作ったアレが暴走した時とか」
震えが収まりつつあった手に力が入るのを感じる。
「さりげなく手握ってきたもんな」
「あ、あれは! その、なんて言うか」
俺の手を振り解き勢い良く立ち上がり声を張る知恵。
俺は笑って言う。
「誰だって苦手なものはあるよ。特に昔の事件の被害者にはキツイだろ。部長のアレの暴走はさ」
「そうですよ」
腕を組んでそっぽを向く知恵は先ほどまでに比べて大分顔色が良くなっていた。
ガチャとドアが開く音がした。
ドアに背を向けて座っていた俺はそちらを見なくても、開けたやつが誰かわかる。
知恵の顔を見ると、俺の向かいに座っているのでドアをその開けたやつと目が合ったようだ。
目を丸くして徐々に口が開いていく知恵の顔。
俺が振り返ろうとしたタイミングで勢い良くバタンとドアが閉まり、俺はまた知恵の方を見る。
三秒ほど固まっていた知恵はギギギと立て付けが悪いドアのような効果音がでそうな速度でこちらに向き直る。
無言でこちらを見つめる知恵に、俺は首をかしげる。
「い、今ドアの向こうに」
そこまで言ってガチャと再びドアが開く。
部屋の中に入ってきたのはメイド服を着た見慣れたアンドロイドだった。
「紅茶をお持ちいたしました。マスター」
静かな動作でカップをテーブルに置きソファー脇に立つ。
俺はカップを手に取り一口飲む。
知恵は俺から目を離さないでいたが、急激な動作でメイドに向き直ると言った。
「あの! 今」
「全裸じゃありません」
と、くい気味でメイドが答えた。
「まだ、何も聞いてなかっただろ」
言いつつ俺はメイドを見やると目を逸らした。
「私は服を着ていました。マスター」
「こっちを見ろ」
「決して全裸なんかじゃありません」
「おい、こっちを見て言え」
知恵は俺とメイドを交互に見てどうしたものかと悩んでいるようだ。
「お客様が居ないからといって、普段から全裸ではないです。それにお客様がいらしているなら、そう言ってもらわないと困ります」
「俺のせいになるのか?」
俺が悪い事は何一つ無いと思うんだが。
「でも、今、全裸でしたよね?」
そこで知恵が今見たであろう事実を突きつけた。
「いえ、今は全裸ではありませんでした」
目を逸らしたまま答えるメイド。
「ん? たまに全裸なんですか?」
先ほど言ったことが引っかかったのだろうか知恵が聞く。
この質問は俺にしているのだろうか? 思案している間にメイドが答える。
「いいえ、しょっちゅう全裸です」
目を逸らさず、知恵の目を見て答えるメイド。
「先輩。この人大丈夫ですか?」
知恵が聞いてくる。
「大丈夫に見えるか?」
「見えません。失礼かもしれませんが、全然見えません」
「だよな。俺もそう思う」
ソファーに深くもたれて答える。頭痛が起きそうだ。
「失礼な。大体この方はどちら様ですか!?」
何故か憤慨し始めたメイドに答える。
「学校の後輩」
「この人何なんですか!?」
声を荒げる知恵に答える。
「うちのハウスロイド」
「いいえ、セクサロイドです」
胸を張って答えるメイド。
それを聞いて知恵はさらに声を大きくする。
「先輩! この人おかしいです! 修理した方がいいですよ」
「知恵、セクサロイドが実在すると思うか?」
「いいえ、思いません。都市伝説だと思ってました。それに、セクサロイドって法律で禁止されてますよね」
声が大きいまま喋る知恵。
「よく知ってるな。禁止されてるんだ。あっても、それは正規品じゃない」
「え、じゃあ」
勢いを失った知恵にメイドが言う。堂々と言ってのける。
「はい、私は正規ではなく、シリアルナンバーを持ちません。故に、ロボット法違反です」
「警察呼びましょう」
そういって携帯を取り出す知恵。
「待て、警察は無理だ」
「無理ってなんですか!?」
またも、声を上げる知恵にメイドが答える。
「警察はこの土地に入れません」
「なんでですか!?」
「そうゆう仕組みなんだよ」
「はぁ……」
勢いを失いソファーに腰掛ける知恵は疲れとも呆れとも取れない顔をしている。
「お分かりいただけたでしょうか」
フフっと、何故か勝気な顔をして言うメイド。
「これ、先輩が作ったんですか?」
ハウスロイドを見て聞いてくる。
「私を作ったのはマスターの糞親父です」
それを聞いてこちらに向き直る知恵に俺は適当に答える。
「俺じゃないから」
「先輩なら直せるんじゃないですか?」
「どこも故障はしておりません」
と、メイドが答える。
知恵は目線だけで俺に続きを促してくる。
「無理だ。親父の作ったものだしな。最先端技術過ぎて分けわかんねぇ。国家機密級のAIだろうし、プログラム覗くのも無理だった。防壁は一つも潜れないし。完璧なセキュリティだったよ。お手上げだ」
「お父さん何者なんですか?」
「ロボット開発の第一人者らしい」
「そんなすごい人が作ったのがこれですか……でも、中身は本当にすごいロボットなんですか?」
じと目でメイドを見る知恵。
疑いたくなるのも頷けるけどな。
そんな目を向けられた張本人の反応はというと。
「そんな、恥ずかしいです」
スカートを押さえて体を左右に揺らすメイド。
「しょっちゅう全裸なんですよね。何を今更……あ、もしかして、先輩……」
何に思い当たったのか言葉を区切る知恵。
「変なこと考えてるな知恵。何もないからな」
知恵に言ったのに反応したのはメイドだった。
「はい。何もありません。このチキン野郎、全裸で添い寝しても襲ってきません。あ、襲われてはいます」
「え……先輩」
とんでもなく冷めた目で見られた。
俺は近くに置いてあったボールペンを手にとってメイドを見る。
引きつった笑顔でメイドは訂正する。
「このように凶器や暴力を振るおうとする。と、いった意味合いで襲われます」
納得したのか知恵の瞳に温かみが戻る。
「なんだ、そんな事ですか」
「襲ってくれないんですよ? 本当に男かよって、あ、すみません。ごめんなさい」
俺が立ち上がる素振りをすると急に謝りだした。
「あ、先輩部長に頼まれたプログラム診てください」
呆れ返って冷静になったのか、急に思い出したかこちらにパソコンを持ってきて隣に座る知恵。
メイドは作業を始めると部屋を黙って出て行った。
俺はプログラムを組み、知恵は俺が持ってきた本を読んで勉強を始めた。
知恵が作ったプログラムに少しの修正を加えてその箇所を説明して一段落していると二杯目の紅茶を持ってメイドが戻ってきた。
その紅茶を口にしてから知恵が言う。
「この本お借りしてもいいですか?」
「あぁ、いいよ。プログラムの続きは明日診れば終わるから今日はここまでかな」
「では、私のプログラムも診てみますか?」
メイドが言う。
「良いんですか?」
知恵がそれに乗っかる。
俺は黙って成り行きを見届ける。
「では、まず私のスカートをめくりパンツを下ろしてください」
「……先輩。これ、殴ってもいいですか」
握り拳をつくり笑顔で俺に尋ねる知恵。
「俺も初対面の時。言われたんだよな。無視して部屋に戻ったけど」
「マスターなんで、そんな嘘を付くんですか?」
恥じらいつつメイドが言う。
「先輩?」
一度解いた拳を今度は俺に向けて握っている。
「何にもないよ。殴ってから部屋に戻ったけどな」
「何にも無いなら安心……じゃなくて何よりです」
「えぇ、残念です」
真顔で言うメイドからは残念そうな雰囲気は一切感じなかった。
「これがロボット開発第一人者の作品なんですよね……第一人者?」
メイドを眺めていた知恵はここでようやく気がついたようだった。
「ロボット開発第一人者。昔起きた事件の発端。RAの開発者と同じだよ。俺の親父」
知恵は黙ってしまった。
「恨むか? その権利はあると思うぞ」
しばらく下を向いて口を閉じていたが、顔を上げて言う。
「そう……ですよね。けど、何かどうでもよくなりました」
「どうでもいいって」
俺が笑って言うと知恵は笑顔で答える。
「だって、RAは自立進化型で開発者プログラムを組んで飛ばしたわけじゃないですし。確かに作ったのは先輩のお父さんかも知れませんけど、次の作品がこのメイドですよ? 先輩に話し聞かなかったら誰が作ったとかわからなかったですし、このメイド作った人が悪い人だとは思えませんよ」
「そうか? 悪意に満ちてるだろ、これ」
「そうかも知れませんね」
俺がメイドを指差しても知恵は笑って返事をするだけだった。本当にどうでも良くなったみたいだ。
「じゃあ、私はそろそろ帰りますね」
そう言ってカップを空にした知恵は立ち上がる。
「家まで送ろうか?」
俺も立ち上がり聞く。
「いえ、大丈夫ですよ」
「こんな時間に女の子を一人で返すわけには行きません。飢えた狼に襲われたら大変です。私が車で御送り致します」
そう言って、足早に部屋を出て行くメイドに続いて知恵と俺も談話室をでた。
先を進むメイドが言う。
「車を回して参ります。しばらくお待ちください」
言い残すと玄関を出て行った。
俺は真ん中に置いてある待合用の豪華な椅子に腰掛け、知恵はロビーを歩いてあちこちの置物を観察している。
一分ほど経つと玄関が開きメイドが言う。
「お待たせいたしました」
二人で玄関を出て知恵がメイドに一言言ってから車に乗り込む。
「メイドさん、家では服着てくださいね」
メイドが少し強めに車のドアを閉めてこちらに向き直る。
「行ってまいります。マスター」
「よろしく頼むな」
メイドが車に乗り込むと窓が開けられ挨拶をかわす。
「では、先輩。また明日部室で」
「あぁ、また明日」
ゆっくり走る車は玄関からロータリーを通り門を出て行き見えなくなった。
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