優しさ




放課後。屋上入り口の誰も来ない場所で眠っていると知恵が起こしに来た。

「先輩起きてください。今日はプログラム手伝ってくれる約束じゃないですか」

 あぁ、うん。と言いながら体を起こす。

 屋上進入を防ぐために並べられた机の上をベッド代わりに勝手に並べ替えている。

階段下には机を三段組にしてそれを二重の壁がある。俺と知恵はそれをくぐって部室に向かう。

目元を擦りながら三年の教室前を通り越そうとした時、知恵が突然立ち止まった。

「あれ」

 そういって教室内を見ている知恵。

俺も教室内に目をやると久保君が三年生にお金を渡していた。

「久保。約束と違うじゃんかよ。金額足りてないぜ」

 黙って俯く久保君に言う三年生。

「何か言えよ。ロボット。人間様が聞いてんだぞ」

 隣に居た他の先輩が言っている。

 二人組みの一人がこちらに気がついたのか声を掛けてくる。

「何見てんだよお前ら」

「その、あの」

 と、知恵はビビッてしまったのか俺と先輩を交互に見ている。

「その人たちは関係ないからほっといてください」

 こちらを見て顔を伏せてから言う久保君。

「久保の知り合いかよ。なんだ? お前もロボットか?」

「違います」

 声を張り上げて否定する久保君。

「お前には聞いてねえんだよ」

 久保君を殴り黙らせる先輩。

 こちらと話していた先輩をAとするなら、今殴った先輩Bは久保君の襟を掴んでゆすっている。

先輩Aが聞いてくる。

「答えろよ。ロボット仲間が殴られてるぞ?お前もロボットか?」

 はぁ、とため息をつきながら教室に入ろうとする俺を知恵は止めようとする。

「先輩あの人たち三年ですよ」

 知恵を無視して教室に入り久保君が居る窓際まで向かう。

「無視してんじゃねえよ」

 教卓を過ぎたところで、先輩Aが近くにあった机をこちらに蹴飛ばす。机にはキャスターがついていて勢いよく進み俺の脚にぶつかった。

俺は言う。

「ロボットでも人間でもどっちでもいいじゃないですか」

 極めて、努めて、冷静に言う。

「だって、見た目でわかんないんでしょ? そんなのわからないんだったらどっちでも同じでしょう」

「は? 何言ってんだお前」

「今、説明したじゃないですか」

「あぁ!?」

 すごんでくる先輩A。

「え?」

 と、俺は間抜けな声を漏らしてしまった。

「お前。馬鹿にしてんのか?」

「ん? 馬鹿なんですか?」

机越しに胸倉を掴んでくる先輩A。

「やめてください。僕は殴ってもいいです。けど、その人は殴らないでください」

 久保君は先輩Bに掴まれたまま言う。

「わかったよ」

 先輩Aが俺から手を離して背を向ける。

久保君がほっとした顔をした瞬間こちらに振り返り殴り掛かってきた。

俺はそれを左手で受け止めた。相手の拳を掴んで受け止めた。

「受け止めるだけかよ」

 受け止められているのに何故か、偉そうな先輩に対して手を離しながら俺は言う。

「痛いのって嫌じゃないですか」

「ロボット法か? そうだよな。人に危害を加えられねえよな」

「ロボット法? いや、関係ないでけど」

「じゃあ、殴ってみろよ!」

 先輩Aは拳を握り大きく振りかぶったので。

「あ、はい」

 と、答えてから机を押す。

机はスーッと進み振りかぶる先輩にぶつかり先輩は後ろによろめいた。

先輩が体勢を整える前に右足を天井に向けてあげる。

先輩がこちらを確認したのを見計らって、思いっきり、渾身の力を入れて、全体重を乗せるようにして、右足を振り下ろす。

踵が先輩にぶつかって戻ってきた机の中心を貫く。

プラスッチクの板を粉砕し。

中に仕舞われていたノートを裂き。

鉄板を千切り割る。

机だった物は俺の踵を中心に左右に飛んでいく。

「殴りましょうか?」

 俺が聞くと先輩Bは久保君を放し。友達を置いて教室から走り去って行った。

久保君は目を瞬かせ、振り返り知恵を見ると口を開けたまま固まっていた。

俺は頭を掻きながら近くにある机に腰を下ろすと久保君は動かない先輩Aに近寄る。

どうやら気絶しているようだ。

「保健室につれて行くね」

 そう言って先輩Aを背負い教室を出ようとする久保君。

「久保くーん。何か言うことは?」

「ありがとう。この人を殴らないでくれて」

 笑顔で教室から出て行く久保君を見送る。

「やっぱり、久保君優しいよな」

 言いながら知恵を見ると、まだ、口を開けたまま固まっていた。

「おーい。知恵ー」

 知恵の顔の前で手を振るとようやく反応した。

「あ、は、はい」

「知恵。悪いけどさ。俺今日部活出ないで帰るよ。部長にそう伝えといて」

 無言で頷く知恵。

「聞いてる? 伝えてきてよ」

「分かりました」

「よろしくな」

「はい」

「部室戻った方がいいんじゃないか?」

「そうですね」

「怒られるかもよ?」

「そうですね」

「分かっているなら早く戻った方がいいぞ」

「わかってますよ」

 しかし、知恵は戻ろうとはしなかった。

俺は何て声を掛けたら戻るか考え始めたら、知恵が口を開いた。

「先輩は帰らないんですか?」

「帰るよ」

「じゃあ、途中まで一緒に行きます」

「いや、考え事したいから先に戻りな」

「私も少し考え事があるので先輩お先にどうぞ」

「いや、俺一人で考えたからさ」

「私はここで考えたいので。先輩は帰った方が落ち着くんじゃないですか?」

「学校で考えた事もあるんだよ。終わったら帰るからさ」

「その足でどうやって帰るんですか?」

 知恵は俺の右足を指差して言った。

「はぁ、やっぱり気がついてたか」

「机を壊した後、一回も右足着かなかったですよね」

「よく見てるなお前。口あけて固まってたのに」

「そんな足でどうやって帰るつもりだったんですか?」

「引きずって歩けない事も無いからな。大丈夫だよ」

 俺は机から降りて歩いてみせる。

「痛くないんですか?」

「そんな心配そうな顔をするな。痛くねえよ」

「本当ですか?」

「大丈夫。問題ない」

 少しふらつきながらも一人で歩けることを見せる。

「大丈夫じゃないですよ。タクシー呼びますから」

「普通に帰れるからさ」

「そんな足でバイクなんて乗せませんよ。病院行かないと」

 すぐに携帯を取り出してタクシーを呼び始めたので俺はあきらめて従うことにした。

足を引きずりながら教室を出ようとすると電話を終えた知恵が肩を貸してくれた。

その肩は位置が低くて余計に歩きづらかったけど俺はその優しさに甘えることにした。

廊下で掃除ロボットを見かけたので先ほどの教室の掃除と机の交換を頼んだ。

頼りなる後輩に俺は言う。

「部長に怒られるけどいいのか?」

「別に作業ちゃんとやっておけば怒られないんじゃないですか? 先輩は普段部室に来ないじゃないですか」

「それでも怒られる事もあるぞ」

「そうですか。じゃあ、今回は一緒に怒られましょう」

 その後は終始無言でゆっくりと学校の門まで向かった。

二人でタクシーに乗り込む。

「おい知恵。何してる」

「何って、着いて行くんですよ」

「もう、大丈夫だから」

「最寄の接骨院まで」

 無人のタクシーはかしこまりました。と、音声を流し出発する。

出発してしまったものは仕方が無いので、タクシーに言う。

「目的地変更」

 知恵がこちらをにらむがそれを無視して自宅の住所を告げる。

しかし、タクシーは思った通りの答えを返した。

そのポイントへ車では行けません。近くのポイントまでならお送り出来ます。

「え? どういうことですか?」

 知恵は不思議そうにタクシーの画面を覗く。

「俺の家。国にちゃんとした申請出てないからタクシー会社のデータには何もない事になってんだよ」

「なんですか、それ。適当な事言って誤魔化してませんか?」

 少し怒った顔で言う知恵に対して答える。

「今更嘘なんてつかねえよ」

 疑いのまなざしを向けられつつ俺は窓の外を見ていた。

タクシーは何の変哲も無い山のふもとで止まると、ここでよろしいでしょうか。と聞いてきた。

 どうなってるんですか? と視線で伝えてくる知恵を手で押しのけてタクシーに言う。

「もう少し真っ直ぐ進んでくれ。右に曲がれるところがあるからそこを右折」

「先輩ここの先って山じゃないですか」

 知恵から目をそらし窓に移る景色を眺める。

紅葉が始まりつつある木々を見てもう秋だなぁと、思っているとタクシーが右折して坂をあがり始める。

知恵も紅葉を見ているのか、俺に無視されているからか、窓の外を見ている。

タクシーは頂上につき言う。行き止まりです。引き返しますか? と。

「ここでいい。降りろ知恵」

 お金を精算機に入れてタクシーを降りる。

先に下りた知恵はまたも口を開けて固まっていた。

知恵が見たものは、テレビか映画。漫画またはゲームでしか見たことのないような建物が目の前にあったからだろう。

 森の中に聳え立つこの時代に合わない建物。

 洋館。

それが俺の家だ。

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