喫茶店でのだらだら
喫茶店でのだらだら
「こんちわーっす」
真が扉を開きながら言う。
カランコロンと何とも言えない年季の入った音が響く。
「いらっしゃい
店員のあぎりさんが笑顔で出迎えてくれた。
皆口々に適当に挨拶をしていつもの席に向かう。
お店で一番景色が良く見える席を店員に進められることもなく座る。
俺が窓を右手に座り左隣に知恵が座る。
俺の向かい側。窓を左手にモモが座りその右に真が座った。
いつもの定位置だ。
いつもなら部長が窓を正面にお誕生席として座るのだが家の用事とやらで学校からまっすぐ帰った。
ここは喫茶店『クロス・ローダー』
店員のあぎりさんとそのお父さんである雅夫。通称マサさんの二人で切り盛りしている学校から最も近く、最も学生が来ないお店。
学生が来ない理由は生徒会長である我が部の部長が常連である事と食べ物の値段が学生には少し高いからだろう。
まぁ、主な理由はやはり生徒会長の前で羽目を外すことができない事だろうけど。
一般生徒の前では凛々しく規則正しいことで有名な生徒会長様だからだ。
お客の入りはこの時間少なく俺たちがこの時間帯の常連らしい。
昼は主婦が集まり俺らが帰った後は仕事終わりの方々が集まるそうだ。
「無事に終わってよかったね」
モモが言う。先ほどの実験の事だろう。俺はため息交じりに返事をする。
「生きた心地がしなかった」
「まぁ、生き埋めになった人の役だからな」
真がメニュー表を見ながら言う。
「そういうことじゃないと思いますけど」
知恵が呆れながら言った。
「前回が前回だもんね」
モモは真が開いているメニュー表を横から覗き見る。
「酷かったですね」
知恵はメニュー表を見たいのかこちらに目配せをしたのでもう一冊あるメニュー表を渡す。
真は何を頼むか決めたのか周りに目配せすることなくあぎりさんを呼び注文を始める。
「俺っちは、オムハヤシとコーラ」
「オムハヤシなんて無いけど。まぁ、いいわ。いつも来てくれるし、裏メニューとして追加しておくわ」
「ありがとうございます」
あぎりさんは真の無茶を通してくれたようだ。
「じゃあ、モモはメロンフロート」
「俺は珈琲フロート」
「私も珈琲フロートでお願いします」
「君たちはメニュー表が何のためにあるかわかってる? 書いてない物しか注文してないじゃない」
額に手を当てて首を振るあぎりさん。
「でも、作ってくれるあぎりさん素敵っす」
真が両手を組んであぎりさんを見上げる。
「作るのは私じゃなくてお父さんだから」
あぎりさんは振り返りお父さんを見る。
マサさんは笑顔でこちらに手を振ると厨房へと入って行った。
「ご注文は以上ですか?」
こちらに向き直り気を取り直したように言うあぎりさんに俺たちは口々に、はい。と返事をした。
あぎりさんは頷くと厨房に入った。
「何の話だったっけ?」
真がメニュー表を戻しながら言う。
「部長のロボットの実験の話です」
知恵からメニュー表を受け取り俺も元の位置に戻した。
「あぁ、そうだった」
真が思い出したとばかりに手を叩く。
「あぎりさんに夢中だったもんね、真君」
と、モモ。
「女好きだからな真は」
俺が言うと真は悪びれた素振りなく言う。
「悪いか? 素敵な人は見るだろ」
「真先輩って自分に正直ですよね。良い事なのかもしれないですけど」
と知恵。
「正直過ぎるのもどうなのかな」
モモが苦笑いを浮かべる。
「部長に比べたらまだまだだろ」
真は腰に手を当て威張るように言う。
「部長は正直というか、思った事をそのままやるだけだよな」
「猪突猛進って言うんですかね」
「知恵それ以上言うと悪口になるぞ」
俺が注意すると知恵はちろりっと舌を出した。反省の色はないようだ。
「まぁ、間違ってないかかな。猪突猛品」
と、にこやかに言うモモ。
「この部の女は案外黒いのか・・・・・・」
頭を抱える真。
「女の人に何を期待しているんですか」
知恵が呆れたように言う。
「俺っちは女の人は皆が皆、素敵だと思ってる!」
拳を握り締め熱く叫ぶ。
「良い事言うねえ。でも、あまり大きな声で言うと逆効果よ」
領収書をテーブルに置きウインクして言い去るあぎりさん。
「浮気者に見られそうだよね」
モモが窓の外を眺めながら言う。
「その点部長はすごい一途だよな。ロボットに対してだけど」
俺が言うと真は拳を緩めて言う。
「あの感情が人に対してならな」
「そういえば、部長って人型のロボットとか作らないですよね」
知恵は何故か俺に問うように聞いてくる。
「今回もね。犬から蜘蛛に変形だからね」
と、モモもこちらを見てくる。
「何で作らないのかは知らないけど。あの発想はあの人らしいよな。暴走込みで」
俺が言うと皆頷きながら言葉を漏らす。
「暴走込みだな」
「暴走込みですね」
「暴走込みだよね」
「準備出来ましたよ。部長」
撮影用カメラを設置し、全員同時回線での通話で真が部長に報告する。
「コレで大丈夫だよな?」
傍らにある犬型ロボットの頭を撫でながら誰にとなく聞く。
「まぁ、平気だろ」
真が言い犬の背中をさする。
俺たちが居るのはプールサイドだ。
「僕も場所に着きましたよ。ところで、何で掃除用具入れの中なの?」
何も説明されること無く、今回の実験に参加させられた久保君が疑問を口にする。
「救助よ! 閉じ込められた場所から助け出してこその救助よ!」
部長は部室にある校長椅子より高価な椅子から勢い良く立ち上がり拳を握り締めて語る。
「極端すぎませんか?」
知恵が頬杖を付いて部長の方を見ながら、ため息を漏らすように言った。
「モモも昇降口に到着してますよ」
モモが敬礼をして報告する。
「よーし。皆位置に付いたわね。それじゃあ、ボール投げて」
部長の指示に従い犬型ロボットが咥えているボールを取り待てと言う。
ロボットは尻尾を振りながらお座りしてボールを見つめている。
そのボールを水泳部の居ないプールに向かって投げ込む。
犬に向かって、よし! と、言うと犬は水面へと飛び込んだ。
ロボットは沈む事無く犬掻きで少しずつ前へと進んでいく。
「水に入りましたよ。後は久保の仕事だな」
真が言うと部長は頷き久保君に指示を出す。
「久保君。救助信号発信してちょうだい」
「わかりました。えい」
予め渡されていたリモコンのボタンを押したようだ。
ピッ! と小さい音が画面から聞こえると同時に犬型ロボからもピピピッ! 音が鳴った。
「お、犬型ロボがボールを追わずに停止しました」
真がロボットから目を離さずに報告する。
「沈んだな。防水は変形時も大丈夫なはずだけと思うけど」
俺も犬型ロボットを見ながら報告する。
「状況は逐次報告しなさい」
スピーカーから部長の声がする。
「へーい」
真がだらしなく返事をする。
「はい。あぁ、でも」
と、俺は返事の後言葉に詰まった。
「上がって来ないっすよ。水中で変形したみたいです。目とか光ってるのは見えます」
真が状況をそのまま伝えた。
「目が光ってるからショートはしてないと思いますよ」
俺もプールを覗き込みながら報告した。
「ランプ何色かわかる?」
部長は真のカメラを通して見ているため何色かわからないのだろう。
「赤色だよな」
と、真。
「赤色だな・・・・・・あれ? 赤何て設定あったか?」
俺の問いに知恵が言う。
「赤? オレンジならありますけど」
「気にせず待ってなさい」
部長が言う。
部長の声が上ずっている気がしてモニター越しに顔をみる。口角が上がっているような?
「目が三回点滅したぞ。動き出すっぽいな」
真の言葉を聴き蜘蛛型ロボの方を見る。
足を屈めたのか水面がゆらりと揺れる。
ザバーン!! と、爆発でもしたかという勢いでプールの底から水しぶきを上げながら俺らを跳び超えた。
「・・・・・・おい! 跳んだぞ、部長!」
呆気に取られた俺の隣でに真が叫ぶ。
「暴走モード。キタァァァァアアアアアアア!!!」
部長は椅子に片足を乗せ叫んでいる。
蜘蛛型ロボは俺たちの目の前で金網の柵を前足で切り裂き抉じ開けると角を曲がってグランドに向かって走り始めた。
「何が起こってるの?」
久保君の心配そうな声に対して知恵が冷静な声音で言う。
「何とかします。そのまま中に居てください」
「データはしっかり取りなさい! 男子ーズはボサっとしてないで追いかける!」
「行くぞ」
真が言い俺の背中を叩き走り始めた。
「おう」
と、適当に返事をして真と暴走マシーンを追いかける。
真はロボットがこじ開けた穴を通り俺は柵を飛び越える。
俺たちが角を曲がって視認すると蜘蛛型ロボットはグラウンドの真ん中あたりで止まっていたがまた走り始めた。
「プログラム通りだとモモ先輩のいる昇降口から校内に入るはずです」
スピーカーから知恵のサポートしようとする声が聞こえた。
「あぁ、そう。じゃあ、プログラムは関係ないな」
真が苛立った声で言う。
それもそのはず、昇降口に向かって走って行ったロボットは昇降口内に居なかった。
モモが上を指さしているのでそちらを見ると壁に足を突き刺しよじ登っていた。
「おい、壁破壊してるぞ。部長」
俺が言うと部長は笑って答える。
「暴走モードなんだから当たり前でしょ」
「笑いながら胸張って答えることじゃないですよ」
呆れた知恵の突っ込みがスピーカーから流れる。
「全くだぜ。あっきー。あれやるぞ」
そう言って、昇降口から少し離れる真。
「よし。来い」
俺は昇降口に背を向け中腰になり膝の前で両手を組む
。
真は俺に向かって走り片足を俺の手の上へ、真が踏み込んだのと同時に俺は真を上へと放り投げる。
二階の窓下にある屋根に乗りロボットより先に校内へと入る。
蜘蛛はゆっくり壁を登っていたが窓に尻を向けるとそこから校内にワイヤーを飛ばし窓を割って侵入した。
「おいおい。洒落になんねーぞ」
真の悲鳴めいた声がスピーカーから聞こえる。
俺は走って校内に入り階段を駆け上がる。
「部長! 緊急停止してくださいよ!」
蜘蛛と対峙しているのか真が叫ぶ。
「何言ってるのよ。暴走中は外部からアクセスできる訳ないでしょ。エヴァと同じよ。電源切れるまで突っ走るわよ」
「あれ? エヴァって外からアクセス出来ませんでしたっけ?」
と、知恵がつぶやく。見たことあるのかよ。
「あれは、シンジ君が暴走しただけよ」
「どっちでもいいよ。バッテリーはどれくらい持つんだっけ?」
俺が息を切らしながら聞く。
「ソーラーパネルついてますし、バッテリーだけで一八〇時間ですかね」
知恵が冷静に教えてくれる。
「半永久システムだっけか。尻についてるボタン押して止めるしかないな。あんな押し難い所にボタン配置したの誰だよ。うわぁ、危ね」
スピーカーから真の転がる音が入る。
「お前だよ。今どの辺だ?」
「捕まえそびれて階段の踊り場に向かってる」
俺が二階に着くタイミングで蜘蛛がこちらに向かって走ってくる。
「久保君に何かあったらどうするのよ 早く捕まえなさい」
部長からの命令に俺、知恵、真が同時に文句を言う。
『誰のせいだ!』
「え、なに? 何が起きてるの?」
久保君に続いてモモが言う。
「モモもよく分からないんだけど」
またも壁に向かって跳んだ蜘蛛は壁に手足を突き刺し俺たちの手が届かない位置をゆっくり上り始めた。
階段上がって右手は教室が並ぶ長い廊下。左手には茶室がある。
真が俺に追いつき一緒に三階へと駆け上がり蜘蛛の前に回り込む。
「部長。壊しても文句言わないでくださいよ」
「言うわよ! 壊したら承知しないわよ」
真が言うも部長は即時却下した。
壁から廊下へと降り立った蜘蛛はこちらに向かって走り始める。
真は向かってくる蜘蛛に対し数歩の助走を付けるとスライディングキックをした。
狙うは尻近くのボタン。蜘蛛がジャンプしてスライディングを避けると考えたのだろう。
「え? あれ? ぶべらぁっ!」
しかし、暴走マシーンは避けようともせず、前足で真を横なぎに払い飛ばした。
痛え。と言いながら壁に強打した腰をさする真。
その間にも蜘蛛は俺に向かって突進をしてくる。
「逃がすな!」
たった今逃したばかりの奴がこちらに檄を飛ばしやがった。
「壊さないでよ!」
「善処します」
「それ言う人って大抵守らないですよね」
「建前は大事だぞ知恵」
俺はそう言って一歩だけ助走を付けた。
迫りくる蜘蛛目掛けて、渾身の力を込めた右足を振り抜こう。
右足に掛かる負荷は人間の限界を軽々と超える力。
普段なら全く聞こえない機械の足の駆動音。その音は廊下に響き渡る。
高速で回るモーターが弾き出す破壊と言う名の一撃。
風を切り轟音立てるそれを暴走マシーン目掛けを振り切る。
「ありゃ?」
それは一瞬の出来事。
蜘蛛は足を振り切る前に横に跳んだ。
勢いをつけた右足は急停止することなく空を蹴った。
履いていた靴は脱げ、立ち上がった真の耳元をかすめると、階段を優に通り越し茶室の戸を木端微塵に破壊した。
「おい! 殺す気か!」
真が涙目で抗議する。
「わざとじゃないから! ほら、追うぞ」
廊下を素早く走る蜘蛛に。
「歩く速度はそこまで早くないくせに、いざとなるとスゲー俊敏になるかな」
真が文句を垂れる。
「いざって言う時も遅かったら救いようねえな」
「救助ロボだけにな」
「くだらないこと言ってないで、早く捕まえなさいよ」
三階から四階への壁を登り始めた蜘蛛に追いつきはしたものの、既に手の届く高さを超えていた。
三階から四階へかけての真ん中にある踊り場ごとに机が積み重ねて並べてあるため容易に上ることは俺たちも蜘蛛も出来ない。
「さて、どうする」
真に横目で見る。
「さっきの靴ビューンやって机をふっ飛ばす作戦は、どうだ?」
「靴は茶室の壁に刺さってると思う」
蜘蛛も容易に登れないと判断したのだろう。
尻を机に向けワイヤーを射出すると机一つにワイヤー先の吸盤が付く。
蜘蛛は体を大きく捻ると積み重ねてある机を崩した。
階段から転がり落ちる机は激しい音とともに壊れるものある。
その音に驚いたであろう久保君の怯える声が携帯から聞こえる。
「大丈夫だよね? すぐ近くでものすごい音聞こえたけど?」
「急ぎなさいよ!」
部長が声を張り上げる。
「急げって言われてもな。机が邪魔で」
「散らばった机で上に上がり辛いんすよ」
足止めをくっている間に蜘蛛はジャンプして屋上入口前の掃除用具前に着いてしまった。
「あ、やばい久保君死んだな」
久保君の入った棺桶もとい掃除用具入れに二人で合掌する。
蜘蛛は前足を掃除用具の戸に突き刺し戸を毟り取った。
「ひぇぇぇえええ」
と、久保君が涙目で膝から崩れて座り込む。
蜘蛛の目線まで久保君がへたり込むと蜘蛛は白い煙を排気し辺りを靄に包むと赤い目から青い目へと変わり停止した。
「おぉ」
と、二人で驚きの声を出した後、胸を撫で降ろした。
久保君の元に駆け寄り立ち上がらせる。
「実験は一応成功したみたいですよ……救助の部分のみは」
真は携帯で部長に報告した。
「ほら、久保君しっかりしなよ。男の子だろ」
久保君に肩を貸して階段を降り始める。
「あ、そうだ。このリモコン」
そう言ってポケットから取り出したリモコンを受け取った。
ジッポライターほどの大きさでボタンが七つほどしかない黒いリモコン。
「こんなものであんなモンスターがちゃんと操れるとは思えないな」
「操れてなかったけどな」
「もう、あの役はやりたくないよ」
階段を降り終えたところで、久保君が一人ちゃんと立つ。
「さて、どうするかね」
俺たちはモンスターを置き去りにした上階を見上げる。
「ひとまず部室に戻って来ていいわよ」
「了解っす」
「俺は茶室に上履き取りに行ってくるわ」
「あ、僕もどれくらい壁に刺さってるかみたいかも」
その場を後にしようと階段に背を向けた。
しかし、予期しなかった不快な機械音の叫びが俺たちの鼓膜を振動させた。
錆びついた機械のような動作で俺たちは振り返る。
四階で停止していた蜘蛛は一回の跳躍で目の前に降ってきた。
廊下のタイルを砕き着地するそいつの目は先ほどよりも凶暴さが増したような赤い目をしている。
鋭い前足を持ち上げた所で俺たちは正気に戻った。
「お先に!」
そう言って走り出す真に後れを取ることなく久保君も俺も走り始めた。
俺たちが立っていた所に蜘蛛の前足が突き刺さる。
「おい! タイル貫通しなかったか今!? 確実に三階から二階の悲鳴聞こえたぞ」
「部長。なんですか。あの破壊力は!?」
「あぁ。あれはね。パイルバンカーよ。すごい威力でしょ?」
ふふん。と鼻を鳴らす部長は誇らしげだ。
「今の当たったらどうなるのかな」
久保君が涙目で聞いてくる。
「バラバラじゃね? とりあえず死ぬと思う」
真は冷静に答えると走る速度を上げようとする。
「真一人で逃げようとするんじゃねえ」
真の制服を引っ張る。
「やめろ! 俺を生贄にしようとするな」
「良いから早く停止させなさいよ」
部長が何故か呆れた声で言ってくる。
「うん。そうだよ。止めようよ」
久保君が提案した。
それを聞いた俺と真の意見は一致した。
『よし。わかった。頑張れ久保君』
シュッタっと、久保君に手を挙げて挨拶すると俺たちは走る速度を上げた。
「え? ちょっと待ってよ」
久保君を置き去りにするフリをしようと思ったのだが久保君は本気だと思ったようだ。
しかし、結果は同じだった。
焦りからか久保君がコケた。
謀らずも久保君を置き去りにした。
倒れた久保君のに迫る蜘蛛。
俺たちは勢いあまってすぐに立ち止まることができない。
蜘蛛の前足が久保君の制服に刺さる。
中足。後ろ足とタイルを割りながら。
蜘蛛はその場で停止することなくこちらに向かってきた。
「あれ?」
真が声を漏らした。
蜘蛛は久保君に危害を加える事無く通り越した。
「あ、やばい」
俺もそれだけ言い走り続ける。
「おい! 置いていくなよ」
真が俺の制服を引っ張る。
「お前が言うなよ」
掴んできた手を振りほどき並走する。
「あ、そうだ。アメやるよ」
ポケットから取り出しそれを真に渡す。
真は特に気にした素振りもなく受け取った。
「じゃ、後は任せた」
「おいいいいいいいい。ちょっと待てコラァ!」
またも真は俺の制服を引っ張る。
「何がアメだよ これ久保が持ってたリモコンじゃねぇか」
「それがどうした。服引っ張るな」
「どうしたじゃねえよ。これシグナル発信源だろ」
「そうだ。たぶんそれを追って来てる」
「そんなもん渡すなよ。あ……って事は」
真は急に立ち止まると来た道を振り返った。
「久保君パース!」
持っていたリモコンを久保君に投げつける。
リモコンは蜘蛛の上を通り越し久保君の元へと真っ直ぐ飛んでいく。
「うわぁ!」
「おい。避けるなよ!」
久保君はキャッチしようとすることもなく屈んでそれを避けた。
リモコンは受け取るものがいなく廊下を転がり階段手前まで停止した。
蜘蛛は廊下を階段へと向かって、久保君目掛けて走り始める。
久保君はいまだに屈んだままで動かない。
「やばいぞ。このままだと久保君が穴だらけになるぞ」
俺が真に言うと真は蜘蛛を追いかけるが間に合いそうにない。
そこに、ミステリアス斉藤が現れた。
「ナイスだ、斉藤!そのリモコンこっちに投げろ」
俺が叫ぶと、すぐさま状況を把握したのか素早く拾うとそれをこちらに向かって投げた。
それはそれは綺麗なサイドスローだった。
剛速球は俺ではなく真に投げられた。
「良くやった斉藤。誰にも真似できないようなことを平然とやってのける。そこに痺れる憧れ・・・・・・マジさんきゅうなー」
俺と真は再び走り出した。
「おれっち思いついたんだけど、シグナル発信源ならこのリモコン壊せば止まるんじゃないか?」
「賢いな。よし壊せ、俺は責任取らないけどな」
「そっか、じゃあコレあげる」
そう言って俺にリモコンをパスしてくる真。
「いらねえよ。お前にやるって」
真にリモコンを投げ返す。
「部長壊していいっすか?」
真が言うも部長の考えは変わらないようだった。
「何度も同じこと言わせないで」
「いいじゃないですか、リモコンなら」
と、知恵が言う。
「よく言った知恵。責任は取ってくれな」
「先輩♪ 壊すことは許しませんよ♪」
「寝返るの早いな」
「その形状は拘って作ってるんだから、壊さないでよ」
と、部長。
「そうだ、バッテリー抜けば」
階段を下りながら真が思いついたように言う。
「残念。内蔵型だから無理」
「ソーラーと振動で充電されるわ」
自慢するように言う部長。
「ちなみに、放置してたらどれくらいもつんだ?」
俺が聞くと知恵が淡々と答えた。
「充電の残量だけで1080時間は持ちますね」
「蜘蛛より全然長いんだな。ご立派なことで」
真が泣きそうな声で言う。
「それは当たり前じゃない。救助を求めているのに途中で電池切れなんてありえないでしょ」
「ごもっとも」
真は納得したようだ。
「そのバッテリー高いのよ。壊さないでちょうだい」
改めて念を押されては破壊できない。
「破壊は厳禁だそうだ真」
「破壊は厳禁だな」
「じゃあ、部長が責任とって何とかして下さいよ」
俺が言うと真は隣で激しく頷いた。
「私は部室離れたら先生に怒られるから無理よ」
「そうでしたね。じゃあ、決まりだな」
俺は言うと真を見る。
真はこちらを見ると笑顔で言う。
「おう、決まりだ」
俺たちは走る速度を上げ前だけを見据えて言う。
『今から部室に戻りまーす!!』
「え!? そんな暴走マシーン連れてこないでくださいよ」
知恵が動揺し始める。
「そう言われてもな」
「おれっちらじゃ、どう対処したらいいかわからねえし」
「戻ってこなくていいわよ。早く止めなさいよ」
部長も動揺しているようだ。
「その辺は部長にお任せします」
「あああああああああ、もう! リモコン壊してもいいから!」
俺が言うと部長はスピーカーの向こうで髪を掻き毟りながら言うのが容易に想像できる。
「だが、断わる!」
真が隣でキメ顔で言った。
二階にある部室に駆け込む。
俺が少し先を走り部室の戸を勢い良く開き皆のぽかんとした顔を他所に部室に入る。
そこに真がリモコンを持ったまま駆け込み開いている窓から外に向かってジャンプした。
ロボは真を追いかけジャンプするため停止し身を屈める。
その隙をついて飛び込み手を伸ばす。俺の指は無事緊急停止ボタンを押すことが出来た。
ロボは足を縮めた状態で停止する。赤かった目はしばらく点滅した後青に戻りゆっくりと消えた。
俺はそれを確認してから立ち上がり服についた埃を払った。
「わ、わざわざここまで来てやる必要ないじゃない」
思考停止から復帰したのは部長が最初だった。
「そうですよ。パソコンが壊れたら困ります」
知恵も部長に続き頭が回るようになったようだ。
「いや、他の場所で停止しても運ぶの面倒だし」
俺が言うと窓の外から声がする。
「おーい。止まったのか」
窓から下を覗くと花壇を滅茶苦茶に荒らした無傷の真が立っていた。
「止まったぞ。モモ連れて戻って来い」
窓から離れると、どっと疲れを感じ蜘蛛の上に腰を下ろした。
久保君は恐る恐る部室に戻ってきた。
「久保君無事だったのね良かったわ。いろいろあったけど。ま、結果オーライね」
「少しは反省してください」
笑みを浮かべる部長に対し知恵は呆れた顔をしている。
「プログラムは俺が見直します。暴走モードなんてものは削除しますから」
「僕はもうこのロボットの実験に関して手伝いたくないよ」
久保君は未だ怖いのか蜘蛛を避けるようにして自分の椅子に座った。
「先生には私から連絡しておくわ。もう少し手を加えるってね」
「当たり前です」
と、知恵はこめかみを押えた。
モモと真が戻ってきた。
モモは今一状況を理解していないらしくどうなったのか聞いてくる。
「とりあえず、怪我人はいないけど、割れた窓と散らばった机を戻しにいくか」
真が提案し俺は重い腰を上げた。
「晶君上履きは?」
久保君に言われ思い出した。
「あぁ、忘れてた。取りに行くか」
男子部員は全員片付け、知恵はモモと一緒に実験データをまとめ。部長は学校側に反省しているフリをしにと、各人作業を開始した。
「そう言えば、おれっち達はあの後、部室離れて片付け終わったらそのまま帰ったけど学校側から何も言われなかったのか?」
「部長まだ、伝えてなかったんですね。文化祭時に生徒会の手伝いだそうです。準備と片付けをやるそうです」
知恵が答える。
「それだけで済むなら良い方なんじゃないかな」
モモが言う。しかし、俺は少し引っ掛かる事を口に出した。
「部長は生徒会長だから実質大した責任取った事にならいよな」
「あの人抜け目ないな」
真が言う。
「部長らしいけどな」
「そうですね」
俺の意見に知恵が賛同すると皆呆れた顔をしながらも笑った。
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