短いやつ
待宵草
海星姫
路線バスの最終便から、また一人。乗客が減った。ふと外を見ると、何時の間にやら雨。車窓についた雨粒がヘッドライトや街灯を乱反射しながら、揺れて、流れる。
水底。
確かに。ふと浮かんだ言葉に自分で納得した。ゆらゆら光る、この感じは水底だ。それも、暗くて、深い。
海底。
成る程。だから、つまり窓の外は海。いや、こちら側だってきっとそうだ。
夜、と、海。
星の海。
連想ゲームだ。
そして、夜空が星の海ならば、その遥か下方、ここは星の海の底というわけだ。
今日は雨降り。だからきっと海面は大荒れ。望遠鏡でも使えば船から落っこちた王子様が見つかるのかもしれない。けれども私は助けに行けない。私にそんな力はないのだ。優雅な尾鰭もなく、自由に泳ぐことすら叶わない。海の底にへばりついて、遠くのドラマを見上げるのが関の山だ。
そう、そうだ。私は海星。水面のきらめきに憧れて、形を真似て、けれども自分で輝くことは決してない。そんなことはもうずっと前からわかっているのだ。わかっている、わかっているのなら、わかっているのだから、だから、もうこんな妄想癖は卒業するべきだ。
水面のロマンスに私の手が届くことはない。海星は王子様に出会えないし、美しい悲恋すら叶わないのだから。暗く重く揺らめく海の底で、地に足つけて生きていかなければ。
思わず零れた嘆息が丸く泡となって、遠い水面へと昇っていった。
――次は、○○、○○。お降りのお客様は――
耳に馴染んだアナウンス。急に焦点が合う。降りないと。ぴんぽん。次、停まります。
徐に鞄を探る。確か折り畳み傘を持ってきていたはずだ。私は美しい人魚ではないけれど、ただの海星ではない。賢い海星なのだ。自由に泳げなくても、ロマンスに手は届かなくても、濡れずに家に帰ることはできる。
だけど、だけどいつかは。
海星の王子様が現れて、二人はいつまでも幸せに――。
短いやつ 待宵草 @matsuyoisousaku
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