第13話 パーティー・デュード

第13話 パーティー・デュード(*1)


ハリウッドでの人間関係はパーティーから始まることが多い。

RIKIに誘われたパーティーは、日本人の結婚祝いのパーティーだった。このパーティーで、ヒサはハリウッドでの時間の多くを過ごすことになる人たちと出会う。


「サトウです、どうも。あ、ハードロックはそれほど興味ないんで」


ハリウッドでジャズロックを弾いているギタリスト・サトウは、ひと月後にヒサとルームシェアをすることになる27才だ。

ヒサとサトウは音楽に限らず、フィーリングがまるで合わない。それでも、2人が同じ屋根の下で住むことになるのは、どちらも日本人のルームメイト探しに難航していたからだ。ハリウッドで最も安く住む方法はルームシェアに限る。しかし、当時は日本人が外国人とルームシェアをして、トラブルに巻き込まれることが多かった。ナオミはヒサに必ず日本人のルームメイトを探すよう何度も注意していた。サトウも全く同じ考えで、日本人を探していた。こうして、気の合わない2人は、お互いに同じ思惑で、多少ドライなルームシェアをすることになったのだ。いささか盛り上がりには欠けるが、その分ケンカも少ない穏やかな共同生活となる。


「語学学校でチョー可愛いアラサーのお姉さんいるんっすよ。今度紹介しますよ」


後輩力の高いベーシスト・ケンイチはまだ20歳と若い。ヒサをよくセッションに誘った。

現地のミュージシャンのプレイを生で見て、ヒサがたどり着いた一つの結論がある。それは、ギターとベースは日本人でも世界と互角に戦えるということだ。弦楽器は手先の器用さが必要で、むしろ日本人の方が有利だとさえ思った。が、ドラムとボーカルは違った。パワーが要求されるからだ。アメリカ人が持つパワフルさは段違いだった。残念ながら、これは生まれつきの体格で決まるのかもしれない。身体の小さな日本人では到底及ばないことを肌で痛感した。ベーシスト・ケンイチも同じことを考えていたらしく、2人は一緒にバンドを組もうと画策し、アメリカ人のドラムとボーカルを探したこともある。


ケンイチに限らず、セッション相手はRIKI主催のパーティーで出会うことが多かった。RIKIのパーティーはセッションする相手やバンドメンバーを探す場としても機能していた。当時のヒサは気づかなかったが、これは19歳で単身渡米し音楽活動を始める中で、ゼロから人脈を築くことの大変さを知ったRIKIが、後に続く者たちには、そんなことで苦労することなく、それぞれの音楽活動に邁進してほしいと考えていたからだろう。


「よう、ブライアンだ。相撲やろーぜ」


ヒサが週の半分を共に過ごすことになる盟友ブライアンは、ドラムのローディーをしていた。

日本に詳しく、酔うたびに相撲の魅力を語った。ヒサは最後まで相撲に興味が持てなかった。ブライアンの部屋でブライアンが夢中になって相撲を観ているとき、ヒサはラジオを必死でチューニングし、阪神タイガースの試合を聴いていた。この年は、阪神はヤクルトとの優勝争いをしていて熱いシーズンだったのだ。ヒサがブライアンに野球の魅力を語っても、ブライアンは耳を貸さなかった。そんなブライアンは、後に、ケンイチが本当に連れて来た語学学校のアラサーマドンナと付き合うことになる。ちなみに、彼女は日本人だった。


「あれ、こないだ店に来てくれた子じゃない?ミヤコの同僚のエミです」


ミヤコと同じ日本人クラブで働くエミは、たまにヒサを家に呼んでは和食を振る舞った。

酒と煙草をケチったらロッカーじゃない、が当時のヒサの口癖だった。

お金が無くて、スーパーの安いカリフォルニアロールばかり食べていた時期に、「こういうの食べてないでしょう」と言って作ってくれた冷奴の温かさを、ヒサは20年以上経った今も忘れられない。


LAこっちでは、自分で自分をアピールすることが大事なんだよ。黙ってちゃダメだね。アピールしないと何にも始まらないよ」


そして、もちろんRIKIだ。遠い異国の地で成り上がったロックスターは、熱い金言を放ったこの日以降も、ヒサをパーティーに誘った。


RIKIのギタープレイはジャパメタ色(*2)が一切無く、洗練されたLAのハードロックそのものだった点で、日本のハードロッカーとは全く違っていた。日本人のRIKIがアメリカでリリースしたアルバムが、日本でも売れる姿は”ハードロックの逆輸入”と持て囃された。そんなRIKIには、週末にホームパーティーを開く文化がよく似合う、とヒサは思った。


RIKIの誕生日パーティーでは、何を買えばいいか分からず、フェラーリのミニチュアカーを買って行った。みやげ物屋でフェラーリのミニチュアカーが目に止まった時、ロレックスを思い出したからだ。なんとなくこれが正解だと思った。当然、RIKIはそんな背景は知らず、「なんだよこれ、俺はガキじゃねーよ」と、ヒサにプロレスの絞め技をかけ、会場をどっと湧かせた。ヒサは憧れのギターヒーローにプロレスの技をかけられている意味の分からない状況に、当然、地面が揺れっぱなしだった。


RIKIはクリスマスにもヒサをパーティーに誘った。クリスマスパーティーは、RIKIの自宅で2daysの日程で開催される。一日目は日本人限定のパーティーだ。ヒサのようにハリウッドに音楽をやりに来た日本人を含めおよそ30人がRIKIの自宅マンションに集まる。二日目の参加者はアメリカ人限定のパーティーだが、これは事実上、時のビッグネームが集結するということだ。名前をあげると、オジーオズボーン、キッス、クワイエット・ライオット、ジェフスコットソート、マーク・ボールズ、このあたりだ。


ヒサは日本人なので一日目のパーティーに参加した。RIKIの自宅マンションにお邪魔すると、玄関口に大量の靴が置かれている。RIKIは同棲している恋人が日本人ということもあって、自宅では靴を履かない日本の習慣を採用していた。明日になれば、ブラウン管を通して世界中のお茶の間を土足で騒がせたスーパースター達が、皆揃いも揃ってここで靴を脱ぐのだろう。その謙虚な姿を想像し、ヒサは思わず笑みをこぼした。


それにしても……。


尖った靴ばかりだな。


___________________

(*1)パーティー・デュード…日本語の意味は、パーティー野郎。

(*2)ジャパニーズ・メタル…日本のハードロックは、主に歌詞が日本語で、アメリカのハードロックを日本人の趣向に合うようにアレンジを加えて演奏されていた。

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