第8話 出国
「去年までね。彼氏の家がハリウッドで。スラッシュっていうんだけど」
「ガンズ(*1)のギタリストと同じ名前ですね」
クラブミュージックがガンガンに流れている中でも、ヒサの後頭部で
「あ、そうそう。スラッシュっていうのはニックネームなんだけど、彼もギター弾いてたわ。たしかガンズに憧れてたかも。こっちのスラッシュはどうしようもないダメンズだったけどね」
「どこに住むとか、行ったらまずどうするとか、そういうのあるんですか?予定みたいなの」
ユミコがヒサに聞いた。
「や、全然。何にも決めてないよ。行ったら何とかなるっしょ、って感じで」
「えー、軽い」
言いながらも、ユミコはヒサの渡米話に、大きな目を爛々と輝かせている。ヒサはどうにもジッとしていられなくなって頭を掻いた。
「ユミコちゃんは、なんで長崎から大阪に来たの?」
「田舎しか知らないのが、もったいなく感じちゃって。都会で働いた方が楽しそうだし。お給料もいいし」
「ちょっと、おれと似てるかも。おれも音楽で言えば、ハードロックが一番熱いアメリカに行きたいって思ったから」
「わたしはよくある話だよ。都会に出るって言っても、大阪を選んだのだって東京より近いっていうのが理由だし。外国なんて、もっと考えらんないな」
華やかなルックスの魅力はさることながら、謙虚さと柔らかさを兼ね備えたユミコを前に、ヒサは少し話をしただけで、いとも簡単に惚れてしまった。
***
100万円を超える軍資金が貯まったヒサは、間もなくバイトを辞め、デイビッドとナオミ、そしてユミコ達と頻繁に遊ぶ仲になった。アネゴ肌のナオミは、ヒサを実の弟のように可愛がった。
「ヒサちゃん、いよいよ今週末だよね?」
電話で聞いていても、ナオミの声色が少し高くなっているのが分かる。
「はい、あと4日です。来週の今頃なんてハリウッドにいるんですよ。最近は夜、寝れなくなってきました」
当然、ヒサはナオミ以上に興奮している。
「ははは。若いっていいね。そうだ。ユミコ泣いてたよ」
「嘘言うの、よしてくださいよ。ユミコはそんな弱くないです」
「うん、嘘だね」
「あ、嘘ですか」
分かってはいたものの、少し期待していた。
「でも、向こう行っても、ちゃんと電話してあげなよ。これほんと大事。いい男なんて、いっぱいいるんだからね。ユミコだってもう22歳の女だし、浮気の一つや二つ平気だよ」
「ナオミさんが言うと説得力、ハンパじゃないです」
「ちょっと、それどういう意味よ」
「や、なんでもないです、はい。ナオミさんそれ言うためにわざわざ電話くれたんですか」
「あっぶない。忘れるとこだった。あのね、向こうに着いて、泊まるモーテルが決まったら、まず電話ちょうだいね。そのときに電話番号教えてくれれば、こっちからも連絡できるから」
「もちろんです。着いたらすぐに電話しますよ」
「それと、これは一応今のうちに言っとくけど。メモ用紙ある?ミヤコって名前メモしといて」
「ミヤコ……。はい、メモしました」
「住所と電話番号も言うから、これもしっかりメモしてね。えーと……」
ヒサは言われるがままにペンを走らせた。
「あの、これって誰ですか?」
「ヒサちゃん知ってるかな。カラードアニマルのボーカルの三浦さんっているでしょ?彼の元カノよ」
「それ、マジですか?カラードアニマルって、こないだメジャーデビューしたばっかりの、あのカラードアニマルですよね?デビュー曲は全然売れてないけど、あのバンドは絶対キますよ。めちゃくちゃ才能感じましたもん」
「だよね。音楽の細かいことは分かんないけど、私もそう思う」
「やっぱりナオミさん分かってるな。今、売れてないのがおかしいくらいですよ。えーと、それで、なんだっけ。そうそう、カラアニの元カノのミヤコさんはナオミさんとどういう知り合いなんですか」
音楽の話になると、ヒサは熱くなり過ぎる。慌てて方向を元に戻した。
「ミヤコは私の友達。
「は、はあ」
「で、ミヤコに会ってくれれば、オーケーだから」
「オーケーって何がですか」
「ちょっと頼みたいことがあって。とにかくヒサちゃんはミヤコに会いにいけばいいの。分かった?」
「まあナオミさんが言うんだったら。美人そうだし」
「ユミコに言いつけるよ」
***
4日後、伊丹空港の上空に一本の
_________________
(*1)Guns N' Roses…アメリカのハードロックバンド。『Welcome to the Jungle』や『Sweet Child o' Mine』が代表曲。
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