第5話 渡米のワケ
ヒサが洋楽にハマったのは中学の頃だった。
何度もギターを買ってほしいと親にねだったが、教育熱心な両親は買ってやらなかった。これは時代的なことだが、エレキギターを持った子どもは不良になると信じて疑わず、「楽器が欲しいならフォークギターにしなさい」が口癖だった。ヒサが欲しかったのは、エレキギターだ。ジャーニー(*1)のニール・ショーンも速弾きの神と言われたイングヴェイ・マルムスティーンも、テレビで見るロックスターは皆エレキギターを弾いていた。エレキギターを持っている友達の家で初めてアンプに繋いだ音を聴いたとき、これしか無いと思った。
高校生になっても欲しい気持ちは募る一方だった。
ヒサは、自分で稼いで買うことに決めた。商店街の八百屋でバイトし、人生で初めてのギターを買った。それからのヒサはギターの虜となる。ギターを弾く。ギターしか弾かない。ギターにしか惹かれない。
大学3回生は今も昔も進路に悩む年頃だ。
多くの人にとって、これまでの人生で、最も真剣に自分の人生について考える時期だろう。ヒサも悩んでいた。周りの友達が出した結論は、レールに乗って就職活動をすることだった。
ヒサは布団の中で毎晩考えた。
大学まで行かせてやったんだからな。何のために、ここまでお金をかけたと思ってるの。親は就職を勧める。現実は厳しいんだ。お前が思ってるより甘くないよ。世間が言う。とりあえず就活して、それから考えればいいじゃん。友達のアドバイスは的確だ。でも、今やりたいことはギターだけしかない。ヒサは心の声に耳を澄ませる。皆と同じようにネクタイを締めて、毎朝満員電車に揺られて、心にも無く頭を下げて、違う。何か違う。そんなありきたりな人生望んでない。じゃあ何を望んでるんだ?プロのミュージシャンになりたい思いはもちろんある。でも、それが本気なら今こんなにウダウダと悩んでいるはずもない。本当は、何を望んでるんだ?これまで音楽を続けてきたのは、目の前にある音楽が楽しかったから。ただそれだけのことだ。でも、卒業後の進路は決めなくてはいけない。考えれば考えるほど、分からない。自分にとってギターが何なのかも分からなくなる。夢か、趣味か、それとも別の何かか。眠れない夜が何日も続き、ヒサは一つの答えを出した。それがアメリカだ。
ヒサの音楽はジャンルで言えばハードロックと呼ばれる。ヘビーメタルと非常に近い音楽性で、HR/HMと一括りにされることが多い。共に1980年台のアメリカのロックシーンを席巻した。そのハードロックの本場がロサンゼルスのハリウッドにあるのだ。ヒサは現地で自分のギターがどこまで通用するか試してみたかった。行ってどうなるのかは分からない。向こうでバンドでも組んでプロを目指すことになるのか、それとも次元の違う世界だと思い知らされ、恥をかいて帰ることになるのか。どちらにせよ、行けば何かが見つかる気がした。自分にとってギターが何なのか、自分が望む人生とは何なのか。
渡米を決めた理由はもう一つあった。
アメリカで活躍する日本人ギタリスト
アメリカへ行った後のプランは何もない。住む場所にしても、安いモーテルが集まる地域をガイドブックで調べたくらいのものだ。どれくらいの期間アメリカに滞在するのかも決めていない。それでも、行かないと何も始まらない。それだけは確かだ。だったら、まずは飛び込もう。その後のことは、その後考えればいい。
しかし当然のことながら、アメリカに行くには金がいる。ヒサは、大学生活最後の一年間をアルバイトに捧げることに決めたのだった。
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(*1)ジャーニー…ニール・ショーンを中心に結成されたハードロックバンド。1970~1980年代にブレイク。最近では、ワールド・ベースボール・クラシックの公式テーマソング(TBS)に選曲されたことや、マライア・キャリーがカバーしたジャーニーの曲『Open Arms』が映画『海猿』の主題歌として使用されたことが記憶に新しい。また、朝の情報番組『スッキリ!!』のオープニングで使用されている曲『Any Way You Want It』もジャーニーの代表曲。
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