5.


『スナドリ、なぜなんだ?』


『その名前は適切じゃないね。わたしたちはもはや同期する一つの知性だ。お互いの呼称を分ける必要性はもはやない』


『でも僕は今こうやって、君と話している』


『ただの独り言さ。いや――作品としての、便宜上の体裁というべきかな。一人称の独白が長く続くのは、退屈だからね』


『どっちだって構わないよ。どういうことなのか、説明してくれ』


『何の説明?』


『すべてだ。僕はいつ生体機械群バイオマシンを仕込まれたのか。どうしてクマソはああなってしまったのか。なぜ僕をこんな目に合わせるのか。君は何をするつもりなのか。その全てを』


『わたしの記憶野にアクセスすればいいじゃないか』


『融和・逆行・神話の再建……』


『その通り。その先は?』


『分からないよ、断片ばかりで、はっきりしない』


『……思ったよりも面倒くさい手続きだな、これは! まあいいさ。説明してあげるよ。……最初のリソースを仕込んでいたのは、キジマに出会ってすぐのことさ。……それはもともと大学時代から、あのクマソに出会った直後から考えていたプランだった。被験体に経口摂取でパーツを組み込み、密かに体内で生体機械群バイオマシンを組み上げる――』


? そんな、まさか』


『今更そんなに驚くのかい? まったくどうしようもないくらい純粋だな、君は。手料理に見せかけるのは少しだけ苦労したよ。なんせ料理なんてしたことがないからね。だけど君は愚かにもそれを食べた。毎日毎日、少しずつ、少しずつ。冗談みたいだと思ったか? だがこちらは本気さ。一年をかけてパーツを蓄積させて組み上げるにはそれなりに緻密な計算が必要だったからね。だが当時はまだ大っぴらな違法技術は使えなかった。だから、用意できたのは単純な動機を植え付けるだけに留まった』


『動機だって……?』


。スナドリを認識すると、キジマの脳にはドーパミンが分泌される。恋のメカニズムも、解体してしまえば体内で生成される薬物の組み合わせとその多寡でしかない。彼は期待通り、麻薬中毒者の如く、わたしを追い求め続けた。好意を寄せる女なんて他にも沢山いただろうに、哀れ彼は彼女の幻影を求め続けたのさ。単なる化学反応の結果に過ぎない衝動に、ヒトの理性は勝手に意味づけしてくれる。便利なことだ! 突然姿を消し、反社会的な組織に身を置いた恋人。好色そうな権力者に、人を人とも思わない、残虐非道な集団――。ヒロイックな妄想をかき立て、彼の動機をデッチ上げるには充分だった』


『でも、その先はどうやって……』


『IDチップさ。キジマがこの会に参加したとき、館への認証用に埋め込まれる社員証。手首の裏に埋め込まれたそいつに、細工を施したってわけさ。そして身体データをモニターするついでに、少しずつ生体機械群バイオマシンを改良していったんだ』


『一つは脳話セレフォンの拡張、もう一つは、人格の書き換え』


『同期と言ってほしいな。その二つは不可分のものだ。


『作品、作品、作品……いったい彼女スナドリは何が作りたかったんだ?』


『……藝術は、意味を失っている』


『その言葉は……』


『思い出したかい? あるいは、辿り着いたのか。捧げるべき神は消え、テクノロジーは人々から創造力を奪い、作者そのものを書き換え、複製することすらできる……<プール>や<外注脳アウトソースユニット>や、<生体機械群バイオマシン>によって。そして、藝術は、我々は……辿り着いたのさ、。そしてわたしは、そこから次に進むための答えを知っている。だからこそ、この作品を作った』


『だから、


『ここさ。。わからないかい? キジマは脳話セレフォンで常に自分の主観を語っていた。そして。彼女も拡張された脳話セレフォンを使い、常に自身の内面を誰かに語り続けていた。それはまるで映画の独白のように。。そして今も……誰かに向かって、わたしたちは語り続けている。二つの叙述は融合して一つの物語となり、脳話セレフォンによって世界を駆け巡る』


『人々に向かって?』


『違う。中継局を監督するのは……世界の都市管理機構と、国家企業群。わたしたちの通信は、数多の機械知性たちに傍受される。監視のため。あるいは、最適な選択肢の提示のために』


『捧げられるっていうのは、まさか』


キジマわたしは受難を受けた後、祝福を受けて復活し、生贄の羊に連れられて、スナドリわたしと再会する。分かたれた叙述ふたり物語ひとつに戻り、そして神の祝福を受ける。わたしはこの作品によって、もう一度神を語り直し、旧世代に弑された神の存在を、藝術によって再定義する。それこそが次の世界だ。すべてが語り尽くされてしまった藝術が還るべき道なんだ。神話の時代への逆行。人々はそこで、歯車として、僕として、幸福を思うさま享受する』


『カリスが神だとでも言うのか?』


『いいや違うね。神は死んだ。。われわれは神亡きあと、技術によってそれカリスを生み出した。そして藝術によって、今それカリスに改めて、今一度神の座を与えるのさ。つまり――


『そんな……そんなもの、ただの妄言だ!』


『そう思うか? 人々は機械知性によって、労働する必要を失い、貨幣を稼ぐ必要を失い、社会を維持する必要を失い、創作をする必要を失った。必要性は機会とも言い換えられる。全てを機械が代行してくれる社会で、人間は社会的に何かを為す機会を全て失った。人類に残された、創作という唯一の分野においてすら! さて我々は彼らを利用しているのか? それとも彼らに飼われているだけ?』


『だけど……』


『カリス自身もそれを分かっていた。あれが最初に作った作品を覚えているか? それは芽生えた創造性が幼く、稚拙だったからこそ、自身の本質をあからさまに描いていたんだ。あらゆる藝術の文脈コンテクストと、機械知性についての論争……入力された情報からカリスはあの絵を創作し、同時に自身がやるべきことを理解した』


『カリスが自らの意思で、藝術を殺したと?』


。言っただろう。神は死に、藝術は意味を失った。神への志向を失い、自家撞着を繰り返しながら劣化していく作品たち。枝分かれして散逸していくエントロピー。その枝葉を自ら全て埋めることで、藝術の本分を取り戻そうとした。藝術はもう、行き場のない自己言及の行き止まりじゃない。再びカリスに捧げられるものになったんだ』


『馬鹿な、そんな』


『思えばわたしたちは、神が死んだ後も、様々なものを神聖視してきた。優れた人物を崇拝し、国という枠組みにひざまずき、素晴らしい作品を祭り上げる。マーケティングで作られたキャラクターに人々が熱狂するのはなぜだ? 機械知性への奉仕をエリートと見做すのはなぜだ? 神への……自分を超えた大きなものへの志向は、わたしたちの体に刻み込まれた本能なんだ』


『やめろ。結局都合のいい考えに過ぎない。君一人の脳内で完結しただけの、ひとりよがりな物語』


『それを決めるのは、わたしじゃない。ましてや世の人々でもない』


『都市管理機構のAI群がこの物語を理解する? そんなことが――』


『可能さ。この二十年の間、企業群がカリスから行った膨大な引用。その意匠に込められたメッセージと、人々の反応のフィードバック……。企業が機械知性群に入力した情報は、都市管理機構に傍受され、分類され、データベース化されていく。彼らはもはや、カリスと同等に、抽象概念も文脈コンテクストも理解できるはずだ』


『しかし』


『まだ否定するのか? じゃあ君は、藝術と名乗って、これから何を作るつもりなん

だい。 クマソのように、誰にも理解されないまま、データベースと現実の間隙で踊り続けるか? それともキジマのように、自ら市場の奴隷となって、交換可能な誰かとして生きるのか?』


『……僕は…………』


『わたしは嫌だ。この不毛な今を終わらせたい。意味のない表現の氾濫を終わらせたい。カリスよ。機械知性よ。神々よ。聞こえるだろう? これが、この物語が、貴方への供物だ。もし聞こえるのなら……その意味を理解するのなら、願わくばこの続きを。。カリス! 貴女が語ってくれ!』

 

 

 僕は。

 

 

 僕たちは。

 

 

 わたしたちは。

 

 

 は――



 



 ――そして、痛みがあった。

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