第5章 歯車の魔王(ザ・ギア)-2
天からの雷槌は、金属の塊であるジャジャラヴァキを直撃していた。
が。
「鉄や機械には雷が効く……かい? ずいぶん凡庸な発想だね、海野君。仮にも
「……さすがはSランク魔王ってことか」
直撃の瞬間、ジャジャラヴァキは全身の歯車を回転させて撃ち寄せられる雷を、自らの体内に取り込んでいた。それはまるで、機械が雷を喰っているような光景だった。
ダメージはない……どころか、下手をしたら雷のエネルギーをジャジャラヴァキに吸収されてしまったかもしれない。
だが――
「……なんとなく、わかってきたぞ」
俺はにやりと笑ってつぶやいた。
《ほ、本当ですか、リュウトさん!?》
メタルドラゴンになったままのセリカがギア越しに聞いてくる。
今の雷への対応。
それから、さっきのセリカの攻撃への対応。
ついでにいえば、概念機関砲とやらも同じことだ。
「――
俺は高みの見物を決め込んでいる弥勒先輩に声をかける。
「なんだい? まさかギブアップするんじゃないだろうね?」
「まさか。もう一度確認したいんだが、俺たちがこいつを倒せば召喚権はくれるんだな?」
俺の確認に、弥勒先輩が心外そうな顔をした。
「そう言ったと思うけど? 私は嘘が嫌いだ。吐かれるのも嫌いだが、吐くのはもっと嫌いだ」
「……そうか。ならいい」
「ほう。ジャジャラヴァキを攻略する算段でもついたのかい?」
「ああ。ようやく
俺はジャジャラヴァキを睨むメタルドラゴンに言った。
《……はい、リュウトさん》
「ちょっと無茶をする。手伝ってくれないか?」
《もちろんです》
何をするのかとも聞かず、セリカは俺に手綱を預けてきた。
「――俺とセリカとの相性は悪い」
俺は言いながらセリカへと近づいていく。
「いきなり何を言ってるんだい。パートナーとの不仲を暴露してどうするつもりだい?」
弥勒先輩の言葉を無視して俺は続ける。
「だけど、セリカは十分にヒントをくれた。金属はたしかに精霊を弾くが、金属を媒体とする現象が精霊と無縁なわけじゃない。――音の精霊よ、おまえの歌を聞かせてくれ」
俺は音の精霊に呼びかけつつ、ミストルティンをメタルドラゴン形態のセリカに叩きつける!
「な、何を……」
突然の同士討ちに、さすがの弥勒先輩も驚いた声を漏らす。
が、セリカの方は声すら上げない。
事前に説明する暇がなかったが、俺のやることには意味があると信じてくれているのだ。
俺はさらに、二度、三度と確かめるようにセリカを叩く。
「セリカ……剣になれるって言ってたよな?」
《はい。今ですか?》
「ああ。今だ」
《わかりました》
セリカは問答を省いて、メタルドラゴンの形態を解いた。
体高3メートルはあった巨体がみるみるうちに圧縮されていく。セリカの身体はバスタードソード――切っ先から柄の先まで2メートルはありそうな金属の大剣へと変化した。
剣は金属が剥き出した。
が、有機的なフォルムと精緻な装飾のせいか無骨な印象はまったくない。
魔剣、という言葉がしっくりくるデザインだ。
俺はミストルティンから右手を離し、剣になったセリカを持ち上げる。
凄まじい重量だったが、精霊力で身体能力を強化している今ならなんとか支えることができた。
とはいえ、片手では自在に振り回すことは難しいだろう。
だが、それで十分だ。
俺は右手にセリカ、左手にミストルティンを持つ二刀流の体勢でジャジャラヴァキへと向き直る。
ジャジャラヴァキは俺が準備している最中に攻撃を仕掛けてくることはなかった。
本来の魔王ならこんな隙を見逃すはずがなかったが、弥勒先輩が面白がってジャジャラヴァキに手を出させなかったのだろう。
いい加減見慣れてもよさそうだが、いまだにこの魔王の巨体には圧倒される。
ただでかいというだけのことが、どれだけ人間の心理に影響するかということは、勇者としての経験で身をもって知っていた。
だから、迷いを断ち切るために短く叫ぶ。
「――行くぞ!」
今更搦め手を使う必要もない。
俺は真っ向からジャジャラヴァキへと突っ込んでいく。
ジャジャラヴァキが俺に向かって片腕を突き出す。その腕は歯車の回る音ともに中央に空洞を作り、その空洞から俺に向かって稲妻が迸る。おそらくはさっき吸収した俺の《
「はぁっ!」
俺はミストルティンを振るって超音速で迫る稲妻を切り伏せる。
その間も走るスピードを緩めることはしない。
俺はすぐにジャジャラヴァキを射程に収める。
しかしそこはジャジャラヴァキの間合いのうちでもある。
ジャジャラヴァキが機械の腕を振り下ろす。
「――
腕を爆炎の魔法剣で強引に払う。
こいつに精霊魔法は効かない。衝撃で腕をそらしただけだ。
ジャジャラヴァキの超重量の腕が、地響きを立てて墜落する。
その腕を駆け上って、ジャジャラヴァキの肩の上に乗る。
周囲の歯車が回転を始める。
歯車は無数の細い機械仕掛けの触手に変形、襲いかかってくる。
ミストルティンで強引に斬り払う。
右手に持ったもう一振りの剣を振り上げる。
セリカの変身した剣はかすかに震えていた。
持っている俺にしかわからない、微細な振動。
だが、これこそが俺の聞いた勝利への
震える剣を、ジャジャラヴァキの頭部へと叩きつける。
鈍い音。
手の痺れる感覚。
斬撃としても打撃としても攻撃が通った感触はない。
だが、それでいい。
「……頭を破壊すれば勝てるとでも思ったのかい? 残念だがそれは――」
弥勒先輩の言葉は途中で途切れた。
なぜなら――
「なっ……何故だ!」
《
魔王の全身の歯車が、不協和音を奏でながら軋んでいる。
ゴゴン、と音を立てて、重たい両腕が肩から外れた。
次は股関節が壊れ、腰から上の部分が脚から外れてグラウンドへと墜落する。
重量が重量だけに凄まじい衝撃だ。グラウンドにはクレーターと放射状のひび割れができた。
その落下の衝撃で、上半身の凸部がぼろぼろと崩れていく。
もっとも、「ぼろぼろ」というのはあくまでも比喩だ。ひとつひとつのパーツが重いから、辺りにはとんでもない音と衝撃が撒き散らされている。
ジャジャラヴァキは、身体をバラバラに崩していく。
最後に残った胴体部分も崩れて、異界の魔王はただの歯車の山となった。
弥勒先輩が叫ぶ。
「ど、どうして、活動を停止した!」
「どうして? ああ、そうか、弥勒先輩はジャジャラヴァキを力押しで倒したのか」
だから、ジャジャラヴァキの「弱点」を知らなかったのだ。
「倒した以上は知ってると思うが、ジャジャラヴァキは厳密には個体とはいいがたい存在だ。無数の歯車の群体というのが近いだろう」
俺はジャジャラヴァキ
セリカの攻撃が案外たやすく通ったのも、雷を歯車を回転させることで内側に取り込んでしまったのも、個体ではなく群体であるからこそ起きた現象だった。群体だからこそ、腕が「本体」と分離しても独立して動くことができるし、個体としての守るべき内部構造を持たないからこそ、変形するだけで雷を内側に取り込んでしまうことができたのだ。
「……それは知っている。だからこそ厄介なんだ。コアを潰せば倒せる……なんて生易しい話じゃなかった。ジャジャラヴァキを構成する歯車のひとつひとつを潰して初めて、この魔王を倒したことになる」
弥勒先輩が顔をしかめて言う。
「そんな力技でこいつを倒せるのは、それこそ〈
「弱点だって? ジャジャラヴァキにそんな可愛げのあるものが――」
「それが、あるんだよ。あんたのパーティには《
「
「ヒントは音だ。セリカが《
ジャジャラヴァキが動くたびに聞こえる、無数の歯車の動く音。
あまりに歯車が多いために、それは機械音であることを超えて、いっそ渚の調べに近いようなさらさらという音にしか聞こえない。
「ジャジャラヴァキは歯車を動かすことで音を出し、その音を使って他の歯車の動きを制御してるんだよ」
群体であるということは、個々の歯車は独立しているということだ。
しかも、ジャジャラヴァキは見たところコアとなる中枢部分を持っていないように見えた。
だとすれば、ジャジャラヴァキはどのようにして独立したパーツである歯車同士の同調を図っているのか?
「どうして音だと断言できる?」
弥勒先輩が聞いてくる。
「たしかに金属は精霊と相性が悪い。これは俺のいた世界のみならず、他の世界でも同じ傾向があるらしいから、弥勒先輩もそれを知っていてこいつをぶつけてきたんだろう。
だが、クリスガルドの精霊は特殊なんだよ。あそこではすべての物理現象を精霊が媒介していた。
だから、俺は精霊を介して、
俺はジャジャラヴァキの周囲で起きている物理現象を、精霊を通じて
その中でも『音』というわかりやすい現象が『当たり』だったのはラッキーだった。だが、もしそうでなかったとしても遅かれ早かれ解析は可能だっただろうな。
――セリカ、もういいよ」
俺が手元の大剣に声をかけると、大剣は光に包まれて元のセリカの姿へと戻った。
柄を握ったままだったのだが、元に戻ったセリカとは、なぜか手を繋いだ状態になっていた。
セリカをミストルティンで叩いたのは、音の精霊を使ってセリカの金属の身体に、ある振動を与えるためだった。ある振動――ジャジャラヴァキの同調に使われている音を相殺するための振動だ。
その振動を帯びたセリカに剣になってもらい、ジャジャラヴァキに叩きつけた。
振動はジャジャラヴァキの全身に伝わり、ジャジャラヴァキは歯車のコントロールを失った。
……もっとも、時間をかければジャジャラヴァキは復活するだろう。
今は音の精霊に頼んで、歯車に与えた振動を維持してもらってるから大丈夫だけどな。
俺は弥勒先輩に言い放つ。
「……で、弥勒先輩。俺の――俺たちの勝ちってことでいいんだよな?」
――弥勒先輩が頷くまでに、十数秒の時間が必要だった。
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