第5章 歯車の魔王(ザ・ギア)-1

「……Sランク? あんたの倒した魔王は、Aランクじゃなかったか?」

「報道の時点では、ね。

 その後、別世界の女神を圧倒したことを理由に格上げを申請して、それが無事に通ったというわけさ。

 おかげで、バルバドニア事件の報酬が一挙に15倍になったよ。

 AランクとSランクの間には、それだけの実力的な懸け隔てがあるからね」


 弥勒玄魅がそう言って岩戸を割って現れた魔王を見上げた。

 《歯車の魔王ザ・ギア》ジャジャラヴァキ――最近のニュースによれば、異世界バルバドニアに君臨していた魔王。AWSOの要請を受けて派遣された弥勒先輩が討伐した魔王のはずだ。

 その魔王が討伐されておらず、弥勒先輩に封じられ、使役されている……?


 だが、


「……こいつを倒せば負けを認めるのか?」


 所詮は〈至高神オーディーン〉に敗れた魔王だ。至高神オーディーンを破った俺たちになら勝てないことはないだろう。


「ん~……それも微妙だね。よし、それじゃあこうしよう」


 弥勒先輩は再び大鎌で印を結ぶと、鎌をクルクルと頭上で回転させ、勢いをつけてから真上へと投擲した。

 鎌は太陽に吸い込まれるように小さくなり――


「っ!」


 ドドドドド、と凄まじい音を立てて、いくつもの岩戸がさいたまスーパーアリーナの地面に突き立った。

 位置は――俺の背後。


「みんなっ!」


 俺の背後に陣を敷いていた4人が、何枚もの岩戸によって閉じ込められていた。


「大丈夫、彼女らは無事だよ」

「どういうつもりだ?」

「どうもこうも、魔王と勇者の戦いに水を差されてもつまらないからね」

「ふざけるな! ルール上は俺たちとあんたらのチーム戦だろう!」

「……ずいぶんつまらないことを言うね。どちらにせよ、今の岩戸をかわせなかった時点で、彼女らとの勝負はついていたということだろう?」

「く……」


 それは……弥勒先輩の言うとおりだな。


 結局、俺ひとりで魔王と戦うことになるか。

 それはそれで構わない。勝てるかどうかはかなり怪しくなってしまったが、俺自身のけじめをつける意味でも、Sランク魔王との戦いはむしろ望むところだ。

 ……と、思ったのだが、


《――待ってください!》


 岩戸の奥から、セリカの声が響いた。

 セリカは金属の性質を利用した音声魔法が使えるから、岩戸越しに声を届けることができたのだろう。他の3人もきっと何か言ってるだろうと思うが、外へは声が聞こえてこない。


《クロウ=チャーティアへの召喚権を必要としているのはわたしです! わたしにも戦う権利があるはずです!》

「……ふむ」


 セリカの言葉に弥勒先輩が少し考える様子を見せる。


「……いいだろう。君だけ出してあげよう。戦う『義務』ではなく戦う『権利』と言ったのはなかなかイカしてる。

 ただし、相手は魔王だよ? 万一死んでしまったとしても恨みっこはなしだ」

《望むところです!》


 岩戸の一部がせり上がり、その中からセリカが這い出してきた。


「リュウト様!」

「セリカ」


 俺の隣に並んだセリカと頷き合う。


「さあ、準備はいいかい? 私は手を出さないでおいてあげるよ。魔王を倒して、自分たちには勇者たる資格があると証を立ててみるといい」


 弥勒先輩はだん、だんと大きく跳び退り、アリーナと観客席を隔てる壁の上に腰掛けた。

 突然現れた弥勒先輩に、観客たちが悲鳴を上げてのけぞっている。

 観客たちには俺たちの会話は聞こえていない。

 弥勒先輩はギアを通して会場のスピーカーシステムを使い、こう言った。


『今お目にかけたのは、僕がつい先日捕らえた魔王――《歯車の魔王ザ・ギア》ジャジャラヴァキだ! 彼ら2人がこの魔王を倒すことができたら、私は今日の試合にベットした召喚権を彼らに譲ろう! 喜び給え、諸君! これは勇者と魔王の聖戦だ!』


 弥勒先輩の煽りに、観客たちの歓声が爆発した。


 この観衆を味方につける能力こそ、弥勒玄魅という危険で異質すぎる怪物が世間に広く受け入れられている最大の理由だ。


 弥勒先輩からすれば、セリカを岩戸から出してやる理由はなかったし、俺たちと魔王の戦いに手を出さない理由もない。

 賭けられているのは時価500億を越えるという特定召喚権なのだ。わざわざ自分が不利になるようなことをする必要はないはずだ。


「……どういうつもりだよ、先輩」

「言っただろう? 私は命懸けの戦いが大好きなんだ。岩戸なんていう攻撃性の欠片もない血統スキルなんて、むしろ有り難迷惑だね。

 要するに、君たちの健闘に免じて、ゲームのルールを変えてあげようって言ってるのさ」

「それは親切なことだな」

「だって、つまらないだろう? 私が岩戸の中に封じている魔王や神をすべて解き放って大暴れしてしまったら、いくら君でも瞬殺だ」


 弥勒先輩の言葉に、その光景を想像してしまい、ぞっとした。

 この地球世界ガイアで魔王や邪悪な神が解き放たれて暴れまわる――黙示録にだってそんなに酷い光景は描かれてはいないだろう。


「チームとしての〈至高神オーディーン〉は負けたと言っていい。〈至高神オーディーン〉に敗北の二文字をつきつけたことに関しては、よくやったと褒めてあげよう。

 だが、はまだ負けてない。打てる手がまだあるのに負けてあげるのも業腹だ。だから、妥協して魔王を1体出すことにした。これに勝てるようなら、今回は君たちの勝ちだということにしてあげよう」


 すさまじく上から目線で言ってくるが――実際、弥勒先輩の言っていることが本当なら、俺の目の前にいるダークエルフの美少女は神や魔王を超越した存在だということになる。神が人に試練を与えるような感覚なのかもしれなかった。


「特定召喚権の時価は500億――でもまあ、今回の放送で私に入る興行収入は、それを軽く越えることだろう。安心し給え、私は損をしない」

「……そうかよ」


 べつに巨額の資産を蓄えているはずの弥勒先輩が損をすることなんてまったく心配していなかったが、弥勒先輩の「本気」を相手にしなくて済むならそれでいい。


 俺は、目の前に現れた魔王を観察する。


 ――《歯車の魔王ザ・ギア》ジャジャラヴァキ。

 それは、大小無数の歯車が絡みあった機械仕掛けの魔王だった。全体の形としてはおおまかには2本の腕と2本の足を持つ巨人型をしている。横幅が広くずんぐりしていて、どこか蟹を連想させられるフォルムだった。

 フラクタル構造の歯車は、それぞれが別個に呼吸をするように収縮し、そのたびに周囲の別の歯車へと噛みあわせを変えていく。その様子は見ていて飽きないよくできたモビールのようだったが、俺たちにそれを観察している時間はもちろんない。

 岩戸を押し割るようにして現れたジャジャラヴァキは、ギアによれば体高10.27メートル、簡易スペクトル分析による予想構成素材から推定される重量は5000トンを超えている。

 無数の歯車が噛み合う音は、むしろ渚を洗うさざ波の音に近いかもしれなかったが、その巨体が一歩を踏み出すたびにさいたまスーパーアリーナの地面に小さなクレーターができていた。


 しかし――これだけデカいものをどう倒すか。

 セリカのメタルドラゴンですら体高3メートルだから、ジャジャラヴァキは実にその3倍以上もの大きさがあることになる。さいたまスーパーアリーナのグラウンドが手狭に見えてしまうほどだった。


 俺が考えている間に、ジャジャラヴァキは機械仕掛けとは思えない――いや、機械仕掛けだからこそ可能な異様に滑らかな動きで急加速する。空気を引きちぎりながらセリカに近づき、巨大な腕を振り下ろす!


「重力の精霊よ! 俺に力を貸してくれ! 《重破断グラビティブレイク》!」


 俺はセリカの前に割り込み、重力を無効化する魔法剣を発動、霊剣ミストルティンでジャジャラヴァキの巨大な腕を受け止める。


 すさまじい衝撃に腕が折れそうになった。

 俺の足が地面に食い込み、大きなクレーターができる。


「……へえ、自然精霊だけじゃないんだね」


 遠くで観戦する姿勢になった弥勒先輩がそうつぶやいた。

 精霊世界クリスガルドは全てが精霊によって紡がれる特殊な世界だ。それは物理現象にまで及び、あらゆる力が精霊によって媒介されていた。

 その特殊な世界に根ざすはずの勇者能力|精霊の呼号者《エレメント・オーダラー》が、なぜ他の世界でも使えるのかはわからない。が、この程度の不合理は勇者能力にはよく見られるものだ。解説はAWSOの研究者にでも任せればいい。


 俺に攻撃を受け止められたジャジャラヴァキは、砂の流れるような音を立てて腕の歯車を変形させる。腕がタコの足のように何本にも分裂する。その全てが大小様々な歯車で構成されていた。機械仕掛けの足が本物のように滑らかに動くさまは遠近感を失わせるような光景だ。

 俺は《重破断グラビティブレイク》にさらに精霊を集中し、ジャジャラヴァキの腕を押し戻してその下から脱すると、次々に襲いかかる歯車のタコ足をミストルティンで弾いていく。


 その間にセリカはメタルドラゴンに変身し、ジャジャラヴァキの腕に食いついた。

 耳障りな金属音が会場に響く。ギアの聴覚保護が自動で働くほどの騒音だ。


 金属と歯車の激しい鍔迫り合いは、意外なことにセリカの勝利に終わった。

 ジャジャラヴァキの腕がちぎれ飛ぶ。

 あまりのあっけなさにセリカが空中で体勢を崩した。


 体勢を崩したセリカに、空中で槍のように変形したジャジャラヴァキの腕が襲いかかる。


《きゃああああっ!》

「セリカ!」


 ジャジャラヴァキの腕がセリカの胴に激突する!

 セリカが弾き飛ばされる。

 セリカは土煙を上げながらグラウンドを転がっていく。

 もうもうたる土煙が消えた後には、動きを止めたメタルドラゴンの姿があった。


「ジャジャラヴァキ、概念機関砲を」


 弥勒先輩の冷徹な命令を受けて、ジャジャラヴァキがその巨体を変形させる。

 ジャジャラヴァキの腹部に、1対の巨大な歯車が横向きに形成された。ギアによればそれぞれ全幅が5メートルを超えている。重量バランスの崩れた腹部を支えるために、ジャジャラヴァキは上半身を溶かすように変形させ、下半身を4本の巨大な脚へと変えていた。


『蓄えた概念『死』を概念機関により燃焼します』


 ジャジャラヴァキがそうしゃべり・・・・、腹部の歯車が高速回転を始める。

 向き合って回転する歯車の間には1メートルほどの隙間があり、そこにどす黒い光が生まれていく。

 ジャジャラヴァキの「砲」は身動きの取れないセリカへと向けられていた。


「うおおおおおおっ!」


 俺は蔦空爪エアリアル・ヴェインと重力操作を使ってセリカとジャジャラヴァキの間に割り込んだ。


「言葉の精霊よ! 俺に力を貸してくれ! 《呪言封殺キャストクラッシュ》!」


 これが通じるかは賭けだったが――俺は言葉の精霊による「言語破壊」の魔法を選択した。

 ジャジャラヴァキから死の概念を燃焼させた破滅の赤光が押し寄せてくる。


「へぇ! これを正面から防ぐか!」


 弥勒先輩が感嘆の声を上げる。

 そう、俺の放った言語破壊魔法はジャジャラヴァキの概念機関砲を相殺することに成功していた。

 といっても完全にではない。俺とセリカをかろうじて守る範囲だけだ。概念機関砲から発せられた光線はその周囲を焼き尽くしているように見えるが、収まってから確認するとアリーナは一切傷ついていなかった。

 しかし、精霊使いである俺にはわかる。概念機関砲が通り過ぎた空間から、一切の精霊の気配がなくなっていることが。

 さすがの弥勒先輩も、これが観客席を襲うのを放置するつもりはなかったらしく、いつの間にか岩戸を呼び出して、概念機関砲による光線を上空へと逸らしていた。


「ちっ……マジで手加減も何もしやがらねぇな!」


 俺は思わず毒づいた。

 概念機関砲――ニュースで流れていたM/V動画では、弥勒先輩はこれを使ってクロウ=チャーティアの女神イティネラの半身を消滅させていた。


「女神ですら防げなかった概念機関砲を防いだのは見事だけれど、そのままじゃジリ貧だよ?」


 弥勒先輩がからかうように言ってくる。


 が、俺には攻撃する手立てがない。


 実は、この《歯車の魔王ザ・ギア》ジャジャラヴァキは俺の精霊魔法との相性が最悪だ。

 ――精霊は鉄を嫌う。

 クリスガルドで耳がタコになるほど聞かされた話だ。

 正確には、鉄だけでなく他の金属に加え、アダマンタイトや神金属オリハルコンも精霊には嫌われている。……少なくとも、クリスガルドの精霊は嫌っていた。

 金・銀のみは影響がなく、ミスリルだけは例外的に精霊に好かれているが、とにかく一般的な金属は精霊の力を弾くのだ。

 そのためクリスガルドでは鉄器がほとんど普及しておらず、冒険者でもごく限られた者以外は鉄製の武器を使わない。そのため、硬い岩石や魔獣素材などが武器の素材として重宝されていた。

 ジャジャラヴァキの身体がどんな金属で構成されているかはわからないが、いずれにせよ俺の精霊魔法が表面で弾かれてしまうことに変わりはない。


《どうするんですか、リュウトさん!》


 セリカがギア越しに聞いてくる。

 定石としては、セリカと力を合わせてなんとかするということになるのだろうが、セリカはメタルドラゴン――彼女もまた、俺の精霊魔法との相性が悪い。


「無駄だと思うが……雷を司る神霊よ、我が意に応えて邪悪なるものに裁きの鉄槌を下せ――《雷槌閃ミョルニル》!」


 放ったのは、俺に扱える精霊魔法の中でも威力の高い部類に入る大規模な雷属性魔法だった。

 クリスガルドでは魔王城を守る魔法障壁を破るのに使ったくらいだから、並の魔王では受けきることは難しいはずだ。


 さいたまスーパーアリーナのグラウンドがにわかに翳った。

 観衆たちがスタジアムの上空を見上げる。

 その視線の先には真っ黒な雷雲が浮かんでいた。

 雷雲はゴロゴロと不吉な音を立てながら空一面を覆っていく。


 アリーナに、極大の雷が落ちた!


 雷が空気を引き裂く音が耳をつんざく。

 光も凄まじく、視界が真っ白に染まった。

 閃光手榴弾を数十倍にしたような光と音は、もろに喰らえば気絶どころかショック死しかねない。その大部分はギアが自動でカバーしてくれる。もっとも俺は、雷が直撃したとしても精霊の方で避けてくれるからダメージはない。


 自然には発生し得ないレベルの稲光と雷音に、観客たちが悲鳴を上げている。

 といっても、観客席には防護の結界が張られているから、観客たちは少し目がくらむ程度で済んでいるだろう。


 俺は雷の標的となった魔王を凝視する。


 天からの雷槌は、金属の塊であるジャジャラヴァキを直撃していた。

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