第4章 至高VS急造-7

「魔王? 私が……魔王?」


 弥勒先輩が戸惑うようにそう言った。


「なんだ、気でも悪くしたか?」

「もちろん、悪くしたさ。私は、魔王だなんてそんなケチな存在じゃないんだよ」


 弥勒先輩の言葉には、隠し切れない侮蔑が浮かんでいた。

 魔王に対する侮蔑と――それと一視同仁にされたことへの屈辱、だろう。

 これは……少し、煽りすぎてしまったかもしれない。下手なことを言わなければ、素直に負けを認めてくれたかもしれなかったのに、これまでのふがいない自分への苛立ちもあってつい言いすぎてしまった。


「ここで負けを認めてもいいんだけど、ここまで来たら全力で応じるのがよき先輩の務めだよね」


 弥勒先輩が獰猛な笑いを浮かべながら言う。


「いらん。素直に負けてくれ。こっちはあんたの召喚権がどうしても必要なんだ。あんたにとってはもともと大したものじゃないんだろう?」

「ふぅん? でも、それは違うでしょ。

 勇者には力がなくちゃいけない。

 わがままな正義を押し通せるだけの圧倒的な力がね。

 だから、私の奪ってきた召喚権がほしかったら、それだけの力があることをここで示さなくちゃならない」

「……それは十分に示せたと思うんだけどな。他の誰が、あんたら〈至高神オーディーン〉をここまで追い込める?」

「私はまだ全力じゃない。それに、召喚権だってホイホイと譲ってあげるわけにはいかないものでね」

「召喚権がほしいなら、何でAWSOに売却するんだ?」

「別に、召喚権そのものがほしかったわけじゃないよ。私がほしいのは金さ」

「金? あんたなら金には不自由しないだろう?」


 異世界に召喚され、特定討伐対象――魔王を倒した勇者には、巨額の報奨金が支払われる。それはAWSOや日本国政府が異世界の現地政権から取り立てた、正当な勇者報酬だ。


「ケチな勇者報酬なんかじゃ到底足りないよ。私にはほしいものがある」

「あんたは何だって持ってるだろう。それ以上何がほしい?」

「――世界さ」

「は?」

「実は、世界をひとつ、譲ってもらえる約束になってるんだ。もちろん、相応の対価を払えば、の話だけれど」

「約束……? って、AWSOとか!」

「この世界は、私には狭すぎるんだよ。持てる力の限りを尽くして暴れ回る――ただそれだけのことができないんだから。私にとってこの世界は、サイズの小さい靴みたいなものなのさ。私はいつだって苛立ってる。全力が出せないことに。全力を出さないために自分の欲求を歪めなければならないことに」


 異世界に召喚された時にどう振る舞うかは、召喚された者の人間性を占う格好の鏡だと言われる。


 正義に燃えて悪を力で打ちのめす者。

 手にした力で好き放題を始める者。

 人との関わりを避けて修行に明け暮れる者。

 そして、元の世界で持て余していた特殊な力を、解き放たれた獣のように異世界で存分に振るい始める者。


 正義、放埒、隠遁、解放。顕著な働きを示す特定召喚者はこの4つのいずれかに該当することが多いと言われている。


 逆に、この4つに該当しない者は、持てる力に振り回されず、異世界でごく正常な人間関係を築き、微温的なチート生活を送っている場合が多い。

 召喚した側の目的に沿うかどうかはともかくとして、人間として円熟しているのはむしろそちら側かもしれない。命がけの戦いなんて、望む方がどうかしているのだ。


 一方、目の前に立つ弥勒玄魅は、極端な「解放」型の勇者だったようだ。


「世界なんてもらってどうするんだ? 魔王になりたいわけでもないだろう?」


 現在、特定召喚者によって解放された世界の管理はAWSOが独占的に行っている。

 現地の政権に行政的な指導を行いつつ、その「上がり」として異世界から貴重な資源を吸い上げる。AWSOがやっているのはそういうことだ。

 しかし、世界ひとつ分の資源を個人で独占したところで何になるというのか。

 既に一生をかけても使い切れないほどの金を手に入れているのだから、それ以上を望む意味がない。


 弥勒先輩はとびきりのいたずらを教える子どものような顔でこう言った。


「そこに神や魔王を放し飼いにするんだ」

「そんな物騒なことをしてどうするんだ?」

「戦うんだよ。神や魔王と。あるいは、神や魔王同士がね。それで、誰が一番強いかを決めるんだ」


 キラキラした顔で言う。

 言ってる内容がマトモだったら、一発で惚れてしまいそうないい笑顔だった。


「……戦闘狂バトルジャンキーってやつか」


 多かれ少なかれ、勇者として活躍するような連中はそうだと思うが、弥勒先輩は稀にいる振りきって・・・・・しまった側の人間だったようだ。


「面白そうだろう?」

「理解不能だよ。イカレてる」

「だが、君は笑っている。少しはわかるんだろう?」

「……さぁな」


 俺は油断せず弥勒先輩の動向に気を払う。

 俺の仲間たちも体勢を整えなおして俺の背後に陣を敷いている。

 精霊世界クリスガルドで強大な敵と戦う時に取っていた陣形だ。最大戦力である俺が先頭に立って敵の注視ヘイトを集め、背後から仲間たちが援護する。俺の背後にエレナ、エレナの背後にシャーロットとステラという1-1-2の配置だったが、今はエレナの隣に元の姿に戻ったセリカが立ち、1-2-2の配置になっていた。


「……不思議には思わなかったかい? 私の勇者能力が何なのか……」


 たしかに、弥勒先輩の強さは嫌というほど知られているものの、弥勒先輩が所持しているはずの勇者能力については情報がなかった。


「私は、天岩戸あまのいわとの生まれ変わりなのさ。天岩戸は太陽神アマテラスを岩窟へと封じ込めた舞台道具のように語られてるが……実際にはそれ自体が強力な神だった。正確には、神に等しい力を持つに至った古代の魔術師だったそうだよ。少なくとも、私の一族にはそう伝えられている」

「そいつは……興味深い話だな」


 異世界の「発見」の後に、この世界にもそうした特殊な能力――異能を持つ人々が存在することも政府の徹底した調査によって明らかになっていた。弥勒先輩はそうした人々の系譜に連なる一族の出身なのだろう。

 しかしそれをここで明かす意味がわからない。


「私にはできるんだよ、神や魔王を使役することが。それも、勇者能力でもなんでもなく、生まれついての血統の能力としてね。

 勇者能力の方は、それに比べればつまらないものだ。世界と世界の間を自在に渡り歩く能力――ごく投げやりに《世界渡航ワールドトラベル》と呼んでいるけどね」

「いや、それは十分稀少能力だろ……」


 異世界への渡航手段は限られている。

 神や魔王や魔術師による召喚魔法と送還魔法。そして、AWSOが独占的に所持している異世界港アナザーポート。これ以外に、ごくまれに制限付きで世界間を移動できる特殊能力の持ち主がいる。


 世界間でヒトやモノや知識を移動できる力は、世界への影響力という点では、下手な勇者よりもよほど大きく、場合によっては危険ですらあるものだ。

 巻き起こされる混乱の中では、金銀の相場が崩れるなどかわいいものだ。

 最悪なのは原子力関係の技術漏洩で、中世レベルの文明しか持たない世界に核兵器そのものやその開発技術が渡ってしまったらどうなることか。ウランやプルトニウムの濃縮は、魔法を使えば専用の原子炉がなくても可能だと言われている。モラルのない魔法文明が、断片的な知識から核兵器を開発してしまうおそれは十分にあった。

 核以外にも危険なものはある。実際にあった事例では、ある世界で開発された、魔力の連鎖的な暴走を引き起こす特殊な魔法術式が、他の世界の魔王の手に渡りそうになったことがあった。

 そのような事態を防ぐために、異世界渡航能力者についてはAWSOは常に監視を怠っていないと言われている。


 とはいえ、異世界渡航能力者の多くは異世界との小規模な交易や観光を目的とする場合が多いらしい。

 勇者能力については未だに謎ばかりだが、「勇者能力は宿る人間を選ぶ」というのは定説となりつつある解釈だった。異世界渡航能力は商人的あるいは旅人的な気質の持ち主に宿りやすいと言われている。しかし弥勒先輩がそれに当てはまるとは思えないので、彼女はその例外なのかもしれない。


「まさか、これを使うことになるとはね」


 弥勒先輩がそう言って、手にした大鎌で自分の前に大きな弧を描いた。

 先輩は弧を描き終えると弧から小さくバックステップする。

 弥勒先輩が鎌の切っ先を地面へと突き立てると、弧から紫紺色の光が溢れ出し――


「――ッ!?」


 弧から、巨大な岩盤が隆起した。

 俺の視線を読み取ったギアの拡張現実AR表示によれば、岩盤の高さは7.22メートル。岩盤には上から下までを貫くヒビが走っている。そして岩盤の中央には「参拾柒37」の文字。


「こいつが天岩戸――今風に言えば魔神召喚陣と言ったところかな。封印陣でもあるけどね。いろんな世界を渡ったけど、これ以上に優秀な封印陣・召喚陣は結局見つけられなかった。少しがっかりだね」


 たしかに――神や魔王のような大物と戦うのに大鎌だけでは心許ない。

 先輩はどうやって神や魔王を倒してきたのか。それをもっと突き詰めて考えるべきだった。

 神には神を、魔王には魔王をぶつける。

 それが、弥勒玄魅の、弥勒玄魅にしかできない魔王の討伐法ラスボスの倒し方だったのだ。


「――光栄に思うがいいよ。私がこれを使うのは、神や魔王を相手にする時だけだ。

 君は、神や魔王に匹敵する存在だということになる」


 弥勒先輩が鎌で複雑な印を切る。

 これは――AWSOによって体系化された汎用魔術コモンマジックではないし、地球世界ガイアにおける密教などの印でもないようだ。もっと古代的で凶暴な何かを感じさせる力強く異質な印だった。


「さあ、魔王を倒す力があるというなら――見せてみろ!」


 弥勒先輩の言葉とともに、岩戸から経験したこともないような――いや、一度だけ経験したことのある、圧倒的なプレッシャーが吹き付けてくる。

 ステラが反射的に防御結界を張ったほどだ。


「――《歯車の魔王ザ・ギア》ジャジャラヴァキ。押しも押されもせぬSランク魔王さ!」

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