第4章 至高VS急造-4

 決闘フェーデの会場は、さいたまユグドラシルツリーの大規模演習室――ではなく、ツリーの外部、もともとのさいたま新都心に存在したさいたまスーパーアリーナを借り切って行われる。

 こんなことは普通はないのだが、征徒会長・弥勒玄魅みろくくろみがポケットマネーを出してこの会場を押さえたのだという。

 会場には、マスメディア、インターネットメディア、パーソナルメディア問わず取材の人員がどっと押しかけ、今回のフェーデは3局の民放、4つのインターネットメディアによって全世界に向けて放送されることになっている。無数の私人パーソナルメディアによる実況中継は数えることすらできないほどの数だ。

 こうしたショーアップの演出の巧みさも、弥勒玄魅という現代の英雄の武器だった。


「だからやりたくなかったんだよ……」


 とつぶやいてみてももう遅い。

 どちらにせよ、セリカの頼みを受け入れた時点で、こうなることは決まっていた。

 後は、衆人環視の環境で無様を晒さずに目的を達成できればそれでいい。


「そうおっしゃる割には、楽しそうに見えますが……」


 セリカが戸惑ったように聞いてくる。


「……そう見えるか?

 たしかに不本意ながら、やる気はあるな。それも、ここ1年なかったようなやる気が」


 状況が困難であればあるほどやる気が湧いてくることに、俺は戸惑っていた。

 それは勇者の素質だと、多くの人に指摘された。

 しかし、それは他人だから言えることであって、リビドーの赴くままに決死の戦いへと望まなければならない当の本人からすれば、破滅を運命づけられた己の性向を恨まずにはいられない。


「笑いながら戸惑っていらっしゃる感じですね」

「こいつは昔からめんどくせー奴なんだよ」


 セリカの言葉に、エレナが手を振りながらそう言った。


「……この世界に来てから覚えた。こういうのをツンデレと呼ぶ」


 ステラが無表情のままそんなことを言う。


「誰がツンデレだ! おい、あんまりこの世界に毒されるなよ?」

「……もう遅い。ユウシャの生まれた世界、存分に堪能してる」

「純粋だったステラを返してくれ!」

「ワタシは汚されてしまった……ユウシャ(の世界)に」

「勇者様……まさかステラに手を出すなんて……。我慢できなければ私に言ってくださればいくらでもお応えしましたのに……」


 シャーロットがよよよと泣き真似をする。


「大丈夫ですよ、シャーロットさん。リュウトさんはわたしにも手を出しませんでしたし」

「面倒に巻き込まれるのがわかってて手なんか出すか!」


 セリカにそう突っ込みつつ、俺は正面で腕組みしている弥勒先輩へと視線を向ける。


「仲の良いパーティだね。結構なことだ」

「そっちはなんだか緊張感のあるパーティみたいだが……」

「うちは実力主義だ。適度な緊張感はむしろ望むところさ」


 そう嘯く弥勒先輩の背後には、3人の少女が立っている。

 オーソドクス征徒会長・弥勒玄魅の率いるパーティ〈至高神オーディーン〉のメンバーは全員が女性だ。

 しかし、本当に驚くべきなのはそこではない。


 異世界ボルゴグリッツを邪神の手から救った《聖矛の勇者ホーリーグレイブ来栖万里くるすまり

 異世界五十重綾目いすじあやめで妖魔王を封印した《言代使いワードキャスター五辻文いつつじあや

 異世界夢幻のハーメルンにて魔鼠男ラットマンを辺獄へと叩き落とした《矢笛シンギングアロー西園寺要さいおんじかなめ


 ――全員が、召喚先の世界で魔王を倒した経験を持つSランクの勇者だった。

 AWSO全体で10人しかいないSランクのうち、その半数に当たる5人が〈至高神オーディーン〉に所属していることになる。

 実力的には弥勒先輩が突出しているが、残りのメンバーだって十分に強い。

 いずれも自分のパーティを持っていてもおかしくない強者たちであり、決して弥勒先輩の従者に甘んじるようなタイプでもない。

 ならばなぜ、彼女たちは弥勒先輩についていくのか?

 答えは単純。

 ――その方が効率がいいからだ。

 Sランクともなると、パーティの他のメンバーにもそれ相応の実力がなければ、後方から支援することすら難しい。逆に、勇者がパーティメンバーを守らなければならないような本末転倒な事態にもなりかねない。

 その点、Sランク勇者同士ならば、相性の問題さえ抜きにすれば、足を引っ張りあうおそれはない。

 世界最高峰の火力を誇る勇者が4人も揃っているのだ。パーティのバランスが狂っていた所でなんだというのか。たとえていうなら、全員がホームランを放てる超一流のスラッガーだけで固めた野球チームのようなものだ。そこには足の早いランナーや犠打の得意なベテラン選手の存在する余地がない。打てるだけ打って一回の表でコールド勝ちを狙うような、野球の体をなさない一方的な試合展開こそ、〈至高神オーディーン〉が狙う異世界攻略の標準的な手順なのである。

 〈至高神オーディーン〉はその圧倒的な攻撃力でもって異世界の魔物を、敵軍を、魔王の軍勢を蹂躙し、平均にして3ヶ月弱という短期間で魔王を倒し、この世界へと帰還する。そのたびに、現地の政権から、あるいはAWSOから莫大な額の報酬が支払われる。もちろん、魔王を倒す過程で手に入れた稀少なアイテムや魔法技術はそっくりそのまま本人たちのものとなる。1回の異世界攻略当たりの収益は、日本円に換算して一兆円を超えると言われている。これを3ヶ月で成し遂げたとすれば、一月あたりの収入は最低でも3千億を上回る。


「……なあ、あんたら、そんなに稼いで何がしたいんだ? 俺なら3億もあれば残りの人生は寝てすごすと思うぞ」

「私たちが、金で動いているとでも?」

「違うのか? 《闇の司祭ダークビショップ》は金に汚いって聞いたが」

「金は必要だからね。私の理想を実現するために」


 弥勒先輩がそう言ってニヤリと笑う。


「……おい、そんな雑魚どもと話していても時間の無駄だ。あたしらの時間は高いんだぞ」


 そう言って割り込んできたのは、170センチくらいの目付きの悪い大柄な女――《聖矛の勇者ホーリーグレイブ来栖くるす万里まりだった。来栖は2メートル半はありそうな長大な矛で、気だるそうに自らの肩を叩いている。


「……言葉を費やすのなら、もっと重要なことに費やしませんか? 人の持つ言霊の量は有限なのですから」


 来栖の背後から、黒髪おかっぱの小柄な少女が現れる。和服を着ていることもあり、まるで座敷童ざしきわらしのようだが、この少女もまた勇者――異世界・五十重綾目いすじあやめを救った《言代使いワードキャスター五辻いつつじあやだ。


「僕は、どちらでもいいけどね。僕の笛の音を、大勢の観衆に聴かせるいい機会だ」


 最後に、つばの広い緑色の帽子とピーターパンのような緑色の衣装に身を包んだ、エルフの少女がそう言った。ニヒルに笑う気だるげな少女の名は西園寺かなめ。西園寺グループ宗家の娘で、異世界・夢幻のハーメルンで《矢笛シンギングアロー》と呼ばれる独特の演奏技法を手に入れ、その力で魔王を封じてこの世界へと生還した、まぎれもない勇者のひとりだ。

 パーティメンバーたちの言葉に、弥勒先輩が苦笑する。


決闘フェーデにおけるルールを確認しておこうか。勝利条件は単純だ。相手のリーダーを撃破すること。オーケー?」

「ああ」


 俺は答えながら、異空間収納インベントリから防具を直接装備する。

 手には、霊剣ミストルティン。

 決闘フェーデまでの1週間のあいだに、仲間たちと模擬戦を繰り返し、あるいはフリーアクセスになっている異世界へと赴いて現地の魔物と戦った。感覚はまだ錆びついてはいるが、最低限の動きはできるようになったと思う。

 俺の背後で、セリカ、シャーロット、エレナ、ステラもまた装備を点検している。


「へえ、なかなか様になってるじゃない、腑抜け君」

「向こうじゃずっとこの格好だったからな。最初はコスプレかよと思ったが、直に慣れた」


 肩をすくめて、ふと気づく。


「そういやあんた、なんで俺のことを知ってたんだ? 俺はここでは目立たない生徒だと思うが」

「征徒会にスカウトしようと思っていたからね」


 弥勒先輩がなんでもないことのようにそう言った。


「は? 俺は腑抜けだぞ?」

「異世界召喚、異世界転生は花盛りだけれど、君の歳で勇者として魔王に挑んだ者はさすがに少ない。魔王とも惜しい戦いを繰り広げたと、君の元仲間たちからは聞いている」


 俺は無言のまま、背後にいる仲間たちをジロリと睨む。


「君が腑抜けなどと呼ばれているのは悔しいと、お姫さまが言っていたよ」


 いつの間にか、弥勒先輩はシャーロットとも交流を持っていたらしい。

 そんなことすら、俺は知らなかった。知ろうとしていなかった。


「さあ、もういいだろう。挨拶は済んだ。あとは君たちを負かして、私の奴隷にするだけだ。そうだな、〈至高神オーディーン〉の2軍としてあちこちの世界を駆け回ってもらおうか。私たちが出向くまでもないような世界もあるからね」

「もう勝った気でいるのか」

「当然だろう? 〈至高神オーディーン〉に負けはない。君もこの1週間、考えに考えて、しかし考えに窮するばかりで、勝てる方法なんてひとつたりとも見つからなかったはずだ。〈至高神オーディーン〉は君たちを蹂躙する。だが、安心したまえ。君たちの望み――クロウ=チャーティアの魔族を救うことも、君たちの働き次第では手伝ってあげてもいい。というより、それを頼むために、負けるとわかっているこんな決闘フェーデを挑んだのだろう? ま、私の気を惹くには悪くない手段だ。その点についてだけは褒めてあげるよ」

「ざけんな。俺たちはあんたらを倒して、力づくで召喚権を奪い取る」

「ふっ。口だけではなんとも言える。魔王を倒せなかった勇者パーティが、魔王を倒した勇者のみを集めた私たちに、どうやって勝とうというんだい?」


 完全にこちらを舐めきっている。

 が、それは悪いことではない。むしろ、警戒されて慎重策を取られる方がこちらとしてはキツかった。地力の差は、残念ながら今弥勒先輩が説明した通りなのだから。


「――もう始めましょう。口だけではなんとも言える。その通りです」


 セリカが、俺の背後から進み出てそう言った。


「勇敢なお嬢さんだ。私はどちらかといえば、男より女の方が好きな質でね。負けた暁には――」

「負ければ、あなたの言うなりになります。負ければ、ですが」

「ふふっ。期待してるよ。じゃあ、始めようか――」


 弥勒先輩がギアを使って誰かに合図を送る。

 会場となったアリーナの中心に、大きく「5」の文字が浮かぶ。

 もちろん、ギアを使ったAR(拡張現実)表示だ。

 4、3、2、1――


 さあ、戦いだOPEN COMBAT

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