第4章 至高VS急造-3

 アポは、委員長経由で取ってある。

 委員長は徒会――オーソドクスの生徒会に当たる組織で書記をやっている。

 その委員長に頼み込んで、俺はオーソドクス征徒会長・弥勒玄魅みろくくろみへの面会を申し込んだ。


 転生学園オーソドクスにおける征徒会長とは、オーソドクスの全生徒の頂点に立つ存在である。

 それは、名目上だけのことではなく、実力の上でも、だ。

 勇者と勇者候補の学び舎であるオーソドクスでは、「強さ」こそが至上の価値を持っている。

 特に悪質なケースの召喚では、被召喚者を陥れて奴隷契約を結ばせるような召喚者も存在する。さらに悪ければ、陥れるまでもなく召喚された時点で何らかの制約を課され、現地の権力のいいように働かされるようなことも起こりうる。

 そのような絶対的な逆境すらも打ち破り、悪質な召喚者を排除し、さらには魔王や災厄に苦しむ世界をも救って、しかも元の世界へと帰還する。そのような存在こそが、オーソドクスの目指す究極の干渉官だといえる。

 もちろん、豊富な現代知識を利用して、ものづくりや制度設計の面で世界を変革するエンジニアタイプ・内政家タイプの干渉官も存在するが、思春期の少年・少女の多いオーソドクスの生徒には、やはりわかりやすい勇者像の方が好まれる。


 そんなわけで、オーソドクス生徒の代表たる征徒会には、純然たる力が求められる。

 もっとも、書記を務める我らが委員長だけは例外で、曲者ぞろいの征徒会業務を滞り無く進めるために抜擢されたと聞いている。委員長は持ち前の委員長力?で曲者たちを曲がりなりにもコントロールしていると聞く。その手腕は、主にオーソドクスの教師たちからきわめて高く評価されているらしい。


 それはともかく、征徒会は基本的に武闘派の巣窟だし、その頂点に立つ征徒会長はその最たる存在だ。

 ――弥勒玄魅みろくくろみ

 今朝のニュースでも取り上げられていたが、複数回の異世界召喚、異世界転生を繰り返していながら、AWSOの干渉官になるでもなくオーソドクスの教師になるでもなく未だにオーソドクスに在籍している現役の生徒である。最近ではAWSOの切り札とまで呼ばれている彼女が、征徒会のトップであり、セリカのやってきた異世界クロウ=チャーティアへの特定召喚権を所有している当の本人でもある。


 征徒会は、さいたまユグドラシルツリー上層の一階層をまるまる専有していた。

 征徒会は、1名の会長、2名の副会長、3名の書記、5名の会計、その他無数のスタッフから構成されている。末端のスタッフまで勘定に入れれば、ちょっとした企業並みの組織を備えているという。忙しなく人が行き交うスタッフフロアを横目に見ながら、俺は征徒会長室へと案内された。


「……準備はいい?」


 委員長の言葉にセリカともども頷くと、委員長は大きく深呼吸をしてから、征徒会長室のドアをノックした。

 向こうでは気配でとっくに来客を察知していたのだろう、間を置かずにドアが開かれた。

 ドアを開いた女性はなぜかメイド服を着ていた。が、間違えてはいけない。玲瓏とした美貌を持つこのメイドは、この征徒会の第二の権力者である副会長の片割れだ。


「――どうぞ」


 副会長の言葉に、俺とセリカは征徒会長室に入室した。

 案内してくれた委員長が「じゃああたしはこれで」と言って退出する。


「さて……海野君だったね。どのようなご用件かな?」


 大企業の社長室のように豪華な征徒会長室の奥、執務机の前に座った異貌の美少女が、そう言って嫣然と微笑んでくる。

 腰まで届く長い銀髪と浅黒い肌。彫りの深い顔立ち、そして髪と同じく銀色に輝く瞳。ダークエルフと呼ばれる種族はエルフと並んで美形であることで有名だが、その中でも弥勒玄魅の美しさは群を抜いていた。

 弥勒先輩は、その美しい瞳を輝かせ、唇を皮肉げに曲げながら、俺のことをまじまじと観察してくる。

 M/Vエムヴィーでも何度となく見た顔と表情だったが、実物を前にすると、まるで獲物を品定めする黒竜ブラックドラゴンを前にしているような強烈な圧迫感があった。


 俺は単刀直入に切り出した。


「弥勒先輩。突然ですが、異世界クロウ=チャーティアへの特定召喚権を譲ってもらえませんか?」

「――ふぅん? 腑抜けの海野、だっけ。どういう風の吹き回し?」


 俺はセリカに目で合図を送る。


「初めまして、《闇の司祭ダークビショップ》。クロウ=チャーティア、ミドラニア魔王国第一王女、セリカリア・アシュレイと申します」

「へえ? あの世界の……。ということは、もしかして?」

「ええ。彼女を元の世界に還してやりたいんです」

「なるほど……?」


 弥勒先輩はしばし考え、


「でも、それは難しいんじゃないの? ミドラニア魔王国だっけ。私の記憶が確かなら、特定排除対象――平たく言えば、魔王の治める国だったはずだよね」

「……そうです」

「王女がこの世界に来てるとは思わなかったけど、もし君たちの話が事実なら、魔王に対する絶好の交渉カードになる……」


 先輩はそう言って、意地の悪い笑みを浮かべた。

 事情を話せばわかってくれる可能性もあるんじゃないかと思っていたが、やはりそう甘くはないか。


「ミドラニアは……陥落寸前です。わたしが助けを連れて戻らなければ、勇者たちに滅ぼされてしまうでしょう」

「やれやれ……それが本当なら、召喚権の価値も下がっちゃうかもしれないね。

 魔王討伐と残党狩りでは勇者報酬の算定点数がまるで違うから。

 だとすれば、この権利を売るのは今かもしれないな」

「……では?」

「それでも、特定召喚権の相場は500億だよ? 亡国の王女様に、ポンと出せるお金なのかな?」

「そ、それは……」


 ちらりと俺を見てくるセリカ。

 いや、無理だぞ。500億なんて持ってるわけないだろ。


 ともあれ、これで交渉は決裂だ。

 俺は覚悟を決めて口を開く。


「――《闇の司祭ダークビショップ》ことオーソドクス征徒会長にしてSランクパーティ〈至高神オーディーン〉代表、弥勒玄魅殿」

「……ふふっ。へぇ、何かな、腑抜けの海野くん」


 俺の意図など百も承知の上で、弥勒先輩がそう茶化す。


「われわれのパーティ〈夜明星アカツキ〉は、あなたのパーティ〈至高神オーディーン〉に対し決闘フェーデを申し込む」


「――――受けるわ」


「条件は――……え?」

「受ける、と言っているのよ」

「……普通は条件を聞くもんだろ」

「そんなの、相場通りで構わないわよ。私からは異世界クロウ=チャーティアへの特定召喚権を供託ベットする。あなたたちは私への借用証書を供託ベットしてもらうわ。額面は、召喚権の市場価額――500億」


 あまりの額に、隣に立つセリカがびくりと肩を震わせた。

 セリカにこちらの貨幣価値はわからないはずだが、そんなのは吹き飛ばすだけの数字だ。


 俺たちが勝てば、タダで召喚権が手に入る。

 俺たちが負ければ、500億の借金を背負わされて、召喚権も手に入らない。

 何の不思議もない対等な賭けだ。


 Sランクの〈至高神オーディーン〉とDランクの〈夜明星アカツキ〉では、オッズに差がありすぎるとは思うが、決闘フェーデを挑む以上それは覚悟の上である。

 そもそもこのために、昨日の模擬戦後、オーソドクスのロビーに行って、パーティ登録をしたのだから。


「魔法契約は?」

「……俺は汎用魔法コモンマジックが使えません」

「じゃあ私が。――サモン、公証霊ノータリー


 セリカが目を見開く。

 ――詠唱なし、鍵語だけでの発動。

 なんでもないことのように行われたそれは、魔王国でもおそらく数えるほどしか使い手がいないだろう、高度な魔法技術だった。


 公証霊ノータリー――契約を司る人工の精霊が現れるのを待って、弥勒先輩が契約の言葉を口にする。


「――私、〈至高神オーディーン〉代表弥勒玄魅は、〈夜明星アカツキ〉代表海野竜人との間に、以下の契約を結ぶものとする」


 フェーデの日時、賭けの内容。

 これらはさっき確認したものと同じだ。


「レギュレーションは――フルコンタクト」

「――なっ!」


 フルコンタクト――すなわち、M/Vによる危険攻撃の仮想代替を使わないで戦うということだ。

 もちろん、意図的に殺し合いをするわけではないが、場合によっては死ぬことだってありうる。

 まして、弥勒玄魅率いる〈至高神オーディーン〉は、火力の高さで有名なパーティなのだ。


「おや、文句でもあるのかな?」


 ――嫌ならこの賭けはなかったことにしてもいい。

 そう言外に匂わせながらの言葉だった。


 俺はちらりとセリカを見た。

 セリカは小さく頷くと、


「――構いません。元より私はM/Vなどない世界からやってきました。戦うとは、己の命を、己の勝ちに賭けることです」


 弥勒先輩はセリカの言葉に満足そうに頷き、


「以上、契約の内容に間違いがないことをここに宣言する。〈至高神オーディーン〉代表弥勒玄魅」

「〈夜明星アカツキ〉代表海野竜人」

「これでフェーデは成立だね。当日が楽しみだ」


 オーソドクスの征徒会長・弥勒玄魅は、そう言ってトレードマークである嫣然たる笑みを浮かべてみせた。

 生で目の当たりにすると、獲物を前に舌なめずりする毒蛇のようにしか見えない。

 俺は背筋がぞくりとしたことを悟られないよう、注意深く征徒会長室を退出したが――どうせバレてるんだろうな。

 征徒会フロアからエレベーターに乗って脱出した途端に、俺とセリカは同時に深い溜息をついていた。

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