第4章 至高VS急造-5

「おおおおおおおおおおッ!」


 雄叫びと共に飛び出したのは――俺だ。

 ミストルティンを弥勒先輩に向けて力任せに振り下ろす。

 空間がたわむ独特の音とともに、俺の一撃は弥勒先輩の手にした大鎌に受け止められた。


「あんたの相手は俺だ、弥勒玄魅みろくくろみ!」

「いいねえ、そうこなくっちゃ!」


 リーダー同士の激突は、諸刃の刃だ。

 相手を倒せばこちらの勝ちだが、こちらが倒されればその場で負けが確定してしまう。

 だが、《闇の司祭ダークビショップ》弥勒玄魅を押さえられる可能性があるのは、〈夜明星アカツキ〉ではおそらく俺だけだ。


 俺と弥勒先輩が激しい打ち合いを演じている背後で、


「《言代使いワードキャスター》! おまえはわたしが倒すッ!」

「……大言壮語、身の程知らず、実現する可能性など一厘もない虚妄の言葉――不快です」


 初手から魔撃衝エーテルブレイクを交えて畳み掛けるエレナ。

 《言代使いワードキャスター五辻文いつつじあやは、それを不愉快そうな顔のまま、難なく躱していく。

 そして、


「在れ――呪縛の茨」


 《言代使いワードキャスター》のただの一言で、エレナの足元から無数の茨が出現する。エレナの足を止めるつもりか。

 エレナは茨を前方に宙返りして躱すが、


「穿て――真紅の魔弾」


 五辻文のつぶやきとともに、幾条もの炎の矢が放たれる。


「くぅっ!?」


 エレナは魔撃衝エーテルブレイクで矢を迎撃する。

 が、《言代使いワードキャスター》の放った魔弾はその場で炸裂。エレナは大きく吹き飛ばされる。

 エレナは砂煙を巻き上げながらグラウンドを転がっていく。


 五辻が目を細めた。

 砂煙でエレナの姿が五辻の視界から消えたのだ。


 その一瞬後、首を傾げた五辻の頭の横を、エレナの魔撃衝エーテルブレイクが駆け抜けた。


「……意外にしぶといですね」

「なるほど……こりゃ、倒しがいがありそうだ」

「……戯言をッ!」


 精霊世界クリスガルドの格闘家エレナ・ロデーシャと《言代使いワードキャスター》五辻文との戦いは、ここから膠着状態に突入する。



 一方、俺が飛び出したのに続いて動きを見せていたのは、《聖矛の勇者ホーリーグレイブ来栖万里くるすまりだった。

 来栖はその代名詞である聖なる矛を肩に担ぎ、義経の八艘飛びよろしくアリーナを跳躍しながら俺の背後に回り込もうとする。

 そこへ、


「――通しません!」


 割り込んだのは、シャーロットとステラだった。


「邪魔だッ!」


 来栖万里は一喝とともに手にした矛をぶん回す。

 シャーロットは魔法系攻撃職、ステラは後方支援職だ。本来であれば、前衛攻撃職の来栖万里を足止めすることなどできるはずがない。

 が、


「フッ……!」


 鋭い呼気とともに、シャーロットが来栖の間合いのうちへと踏み込んだ。

 シャーロットは杖と銃剣を十字に構え、聖矛を正面から受け止める。シャーロットは同時に、斜め後方へと跳んでいる。勢いに逆らわず方向だけをそらすことで、シャーロットは《聖矛の勇者ホーリーグレイブ》の攻撃を凌いでみせた。


「ほう! やるな! だが、それがいつまで持つかな!?」


 来栖が獰猛に笑う。聖矛を、風を唸らせながら振り下ろす。


「……反射障壁、対象:物理、出力:最大」


 ステラのつぶやきとともに、シャーロットの前に光り輝く障壁が現れる。

 聖矛が障壁に激突する。


「うおっ!?」


 来栖がよろめいた。

 障壁が聖矛の運動方向を逆転させ、ほとんど真逆の向きに跳ね返したのだ。

 隙を見せた来栖に、


「――絶対神義の光滅殲アブソリュート・エアレイ!」


 シャーロットの魔法が襲いかかる。

 来栖は聖矛を手元に引き寄せ、シャーロットの魔法を辛うじて受け止めた。


「う、うおおおおおおおっ!」


 来栖の咆哮。

 聖矛が強く輝き、シャーロットが放った魔法をじわじわと押し返していく。

 魔法の最後の一欠が霧散した。

 来栖はアリーナの床に二条の溝を刻みながら、数十メートル後ろにまで押し返されていた。


 この場所はアリーナの隅だ。

 これで来栖は、シャーロットとステラを倒すまでの間、他のメンバーの援護には向かえない。


 その逆境の中で、来栖の獰猛な笑みは、消えるどころか一段と深くなっていく。


「面白ぇ、面白ぇ面白ぇ面白ぇッ! なかなかどうしてやるじゃないかッ! おまえらのチンケな技が、あたしがすべてを注ぎ込んだこの聖矛ホーリーグレイブにどこまで通じるか――試してみやがれッ!」


 《聖矛の勇者ホーリーグレイブ》来栖万里が吠え、シャーロットとステラが魔法の詠唱を開始する。



 それらすべての動きを俯瞰しながら、すぐには動かなかった者もいた。

 《矢笛シンギングアロー西園寺要さいおんじかなめだ。

 矢笛と呼ばれる独特の弓矢を奏で、味方を強め、敵を弱めるのが西園寺要の真骨頂。

 そのためには、呼吸を消し、気配を消し、姿を消して、戦場という名のオーケストラの背後にその身を潜めるのがいちばんいい。

 竪琴とハーモニカを足して割ったような、ホルンほどの大きさの「ハープモニカ」を構えながら、《矢笛シンギングアロー》西園寺要はゆっくりと演奏に取りかかる。

 その調和を、不意に乱した者がいた。


「……ほう、この状態の僕を認識できるのかい?」

「ええ。わたしは竜と鉄とを象徴する魔族です。人よりも可聴域も広いし、音波の影響も受けにくい」

「なるほど、それは盲点だった」


 西園寺要は、目の前に立ちはだかったセリカを見てニヒルに笑った。


「とはいえ、それだけでは僕に勝てたことにはならないよ。その程度の障害で『笛』が通じなくなってしまうのなら、魔鼠男ラットマントポロスを辺獄に堕とすことはできなかっただろうね」

「わかっています。しかし、わたしはあなたを倒さなければなりません」

「ふっ。胸を借りるつもりでかかってくるんだね」

「いえ、かかるからには倒すつもりで――かかります!」

「その意気やよし!」


 西園寺の矢笛が和音を奏で、音と同じ数の矢が射出される。

 セリカはそのうちの大多数を躱したが、最後の一本だけは手にした大盾タワーシールドで受け止め――吹き飛ばされた。

 互いに不協和な音波が数限りなく詰め込まれた矢が、「音」という名の暴力と化してセリカへと襲いかかったのだ。


「……まさか、もう終わりかい?」


 呆れたようにつぶやく西園寺要。

 その目の前、もうもうと立ち込める砂煙の奥で、何か、途方もなく大きな気配が蠢くのがわかった。


「竜と鉄、と言っていたね。アイアンドラゴン……いや、メタルドラゴン、と呼ぶのがかっこいいかな。なかなか楽しませてくれそうな相手じゃないか」


 グオオオオオオオッ!


 竜の嘶きとともに、砂煙が吹き飛ばされた。

 その奥から現れたのは、体高3メートル、全長6メートルという巨大な金属の竜だ。

 《矢笛シンギングアロー》西園寺要は、ヒュゥッと意外にへたな口笛を吹きながら、ハープモニカを手にメタルドラゴンの側面に回りこんでいく。



 激しい鍔競り合いの最中に、《闇の司祭ダークビショップ》弥勒玄魅が話しかけてくる。


「おやおや……君たちは初手から間違ったんじゃないのかい?」

「……何のことだ?」


 鍔迫り合いの死角から放たれた影の魔法を光の精霊魔法を使って打ち消しながら、俺は弥勒先輩に聞き返す。


「まず、あやのところに向かった格闘娘……ありゃなんだい? ふざけてるのかい?」


 《言代使いワードキャスター》五辻文にはエレナが向かった。

 魔法使いに格闘職――一見すると有利な組み合わせのように見える。

 しかし、五辻文は《言代使いワードキャスター》だ。その能力は、言霊を使って望む事象を自由自在に生み出すこと。通常の魔法と異なり、詠唱はおろか、イメージや集中の必要すらない。ただ言葉を零せば、零した言葉の通りに現実が改変される。それが、《言代使いワードキャスター》五辻文の勇者能力チートなのだ。格闘家が付け込める隙などそこにはない。


「次に、万里んところだ。ここがいちばんふざけてる。魔法職と神官職のペアだって? 一点突破に特化した万里に、小細工が通用すると思ってるの?」


 圧倒的攻撃力を誇る《聖矛の勇者ホーリーグレイブ来栖万里には、シャーロットとステラが向かった。

 神聖魔法の使い手であるシャーロットと、強力な結界魔法が使えるステラは、実力的にはAWSOの基準でもランクAを超えているはずだ。

 しかし、相手との相性が悪すぎる。

 なにせ来栖は、異世界ボルゴグリッツの邪神を、攻撃特化に成長させた聖矛によってただの一撃で滅ぼしたというのだから。

 いくらステラが結界魔法を得意としているとはいっても、来栖の攻撃を凌げるほどの結界を張り続けることはできないだろう。

 そしてもちろん、神速を誇る来栖の攻撃を捌きながら魔法を詠唱するなどという芸当が、シャーロットにできるはずもない。


「最後は……一応、いちばんマシってことになるのかな? かなめの相手はメタルドラゴンのお嬢ちゃんか。だけどね、要を単なる後方支援職だと思ってるんなら大間違いだよ」


 《矢笛シンギングアロー》西園寺要の相手はセリカだ。

 音波の効きにくいメタルドラゴンは、一応、西園寺要にとって面倒な相手ではある。

 だが、単に防御力が高い、状態異常が効きにくい、この程度の相手に勝てないようでは魔王になど勝てるはずがない。当然、西園寺要はこのような相手に対抗するための切り札を用意していると思われる。


「結局は、時間稼ぎなんだろう? 君の仲間が私のパーティメンバーを押さえている間に、君が私を倒すという作戦だ」


 言葉とともに振り下ろされた鎌を、風の精霊を纏わせた霊剣で横にさばく。

 大鎌という武器は厄介だ。真っ向から受け止めれば刃の先がこちらに届く。横薙ぎを食い止めれば、そこを支点に石突側の打撃が跳ねてくる。何より、足元を刈る動作が滑らかで早い。もともと草を刈るための農具であることを考えれば当然かもしれないが。


 しかし、その程度なら・・・・・・、俺にも経験がある。

 クリスガルドで戦った死神ゲルーナク。奴の影からの攻撃ハイドアタックと組み合わされた大鎌と比べれば、《闇の司祭ダークビショップ》の鎌はまだぬるい。

 ……と、思っていたのだが、


「なかなかだね。どうしてどうして、私のパーティメンバーに劣らない水準だ。魔王を倒した勇者だと言われたら信じられそうなくらいにはね」


 弥勒先輩は、そうつぶやくのと同時に姿を消した。

 俺はその瞬間、ほとんど本能的に身を投げ出して地面を転がる。

 受け身を取って跳ね起き、距離を取ってから振り返る。

 アリーナに落ちた影の中から弥勒先輩が現れるところだった。


「ちっ。マジで影渡りまで使ってきやがったか」

「へえ、どうやら、私と似たような相手と戦ったことがあるみたいだね」


 俺は霊剣を握り直し、影の位置に注意しながら、弥勒先輩の動きを伺う。


「おやおや、そんなことをしていていいのかい? 君の信頼する仲間が一人でも倒されたら、君たちの負けは決まるんだよ?」


 弥勒先輩がからかうように言ってくる。


 エレナ 対 《言代使いワードキャスター》五辻文。

 シャーロット・ステラ 対 《聖矛の勇者ホーリーグレイブ》来栖万里。

 セリカ 対 《矢笛シンギングアロー》西園寺要。


 どのカードにも、時間稼ぎ以上の意味はない。

 仲間が時間を稼いでいる間に、弥勒先輩を俺が倒す。

 とても現実的とは言えないが、唯一目がありそうなのがこの作戦だから、しかたなく採用した。

 ――そういう作戦に、見えるはずだ。


「ほらほら、どうしたの?」


 影渡りによって、陰から陰へ、影から影へと縦横無尽に動き回りながら、弥勒先輩が俺を煽ってくる。

 俺は動かない。

 いや、動けないのだ。

 俺の精霊魔法は、精霊を介して魔法を発現するため、技の発生にタイムラグがある。

 そのハンディキャップを立ち回りでなんとか埋め合わせ、相手に隙を作らせて、その隙に大技を噛み合わせる。

 それが、《精霊の呼号者エレメント・オーダラー》海野竜人の基本戦術だ。


 弥勒先輩は、ニュースのM/Vでも使っていた神をも縛る結界魔法・封神縛デモン・シーリングが有名だが、それ以外の戦闘技術だって問題なくSランクに収まる。


酸撃針アシッドスパイク!」


 俺は影から現れた弥勒先輩に、状態異常が付加された針を射出した。


「なんの! 巨神槌踏ジャイアントスタンプ!」


 弥勒先輩は俺の生み出した針を踏み潰し、


「――冥路暗開ダークラビリンス


 足下に開いた黒い穴に大鎌の切っ先を振り下ろす。

 謎の行動だったが――俺は背筋に恐ろしい寒気を感じ、前方に宙返りを打った。


「ちっ……勘のいい。それとも、それも精霊の声ってやつかな?」


 ちらりと後ろを見る。そこには弥勒先輩の足下にあるのと同じサイズの黒い穴が開いていた。さっきまで俺がいた場所――背中の後ろに開いた穴からは、大鎌の切っ先が飛び出していた。先輩が足下の穴から鎌を抜くと、背後の穴から切っ先が消えた。


「空間褶曲……そんなことまでできんのかよ」

「バレてしまったからにはどんどん行くよ?」


 俺の周囲に存在する、影という影、陰という陰から鎌の刃が飛び出してくる。

 同時に、弥勒先輩自身も影を渡り、位置を目まぐるしく変えながら、猛烈なラッシュを仕掛けてくる。鎌の刃は正面から、背後から、側面から、足元から、頭の天辺から、さらには俺の身体の内部からすら襲いかかってきた。俺はその刃を避け、躱し、発生する前に影を光で塗りつぶし、先輩の現れそうな地点に精霊魔法を予約することで逆襲を図る。

 が、弥勒先輩は俺の苦し紛れの反撃を鎌の一撃でなんなく粉砕しながら、俺の生存可能領域を塗りつぶすべく攻撃の速度を徐々に上げていく。


「……へえ、まだ余裕があるみたいだね? それなら――四臂連衡クアッドエルボウ


 弥勒先輩は、鍵語を唱えながら異空間収納インベントリから薙刀を取り出した。

 禍々しい精霊のまとわりつく、一見してヤバい代物だ。

 それを先輩は左手一本で持ち、右手には大鎌を持ったままだ。

 大鎌も薙刀も、両手で持ってこそ本領を発揮する武器のはずだが……?


「さあ……行くよッ!」


 鋭い呼気とともに、弥勒先輩が迫る。

 俺は自分の勘と精霊の声を頼りに躱すが、


「う……おおおっ!?」


 弥勒先輩の両腕の武器は、それぞれが鋭く重く、とても片手で扱っているとは思えない。

 足下を刈る大鎌をバク宙で躱し、空中でミストルティンを振って薙刀の突きを払いのけ、冥路暗開ダークラビリンスで背後から飛び出してきた大鎌の切っ先を岩礫盾スクトゥム・ペトロで受け流す。

 その間に、先輩の大鎌と薙刀を、それぞれ一本の腕のようなものが支えているのが見えた。もちろん、先輩の腕とは別に、だ。

 そうか……さっきの四臂連衡クアッドエルボウとやらは、魔法で腕を作り出して本来の腕の補佐をさせる能力だったのか!

 俺はかろうじて先輩の攻撃を捌き続けるが、こちらから攻めるきっかけが全くつかめない。


「――大したものだ。つい先日まで腑抜けていた男だとは思えない動きだね。

 オーソドクスでも――いや、AWSOの現役干渉官を含めてすら、君以上に戦える者は数えるほどだろう」

「へっ……血反吐吐きながら鍛え直してきたからな」

「だが――だからこそ、惜しいな」

「何がだ?」

「君の頭の単純さが、だよ。私さえ倒せばなんとかなる――そんな発想なんだろうけど、それこそ不可能の極みというものだよ? ――ほら」


 弥勒先輩が、さらに速度を上げた!

 四方八方から襲いかかる攻撃に、俺は防戦一方になる。

 いや、それすらも危うい。

 先輩は大鎌と薙刀による変幻自在な連撃の合間に、長い足を使った蹴りまで交ぜてきた。

 俺は腰を落としてミストルティンでその蹴りを受けるが――妙に軽い。


「――封神縛デモン・シーリング!」

「なっ! しまった!」


 ミストルティンがいきなり重くなり、精霊力がまったく流れなくなった。

 弥勒先輩は、神をも縛るという結界術で俺が手にする霊剣ミストルティンを封じに来たのだ!

 驚愕し、判断に迷った俺の喉元に、先輩の薙刀が突きつけられた。


「さあ、これで私の勝ちだね」


 先輩が笑みを浮かべながら言う。

 俺はその顔を見て、ふてぶてしく笑ってみせる。


「――あんたの勝ちだって? 馬鹿を言え。周りをよく見て見ろよ、先輩」


 俺の言葉に、先輩は眉をひそめながら、視線を周囲へと走らせる。

 そして――


「なっ……!」


 目に飛び込んできた光景に絶句した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る