第3章 仲間を求めて-1

 翌朝――

 俺は、ひさしぶりに精霊たちに起こされていた。


「力を……貸してくれるのか?」


 精霊たちの様子を見るに、しぶしぶといった感じだが、俺に力を貸してくれるらしい。

 俺は手を握ったり開いたりしながら、俺の周囲の精霊に力を送ってみる。

 精霊たちがくすぐったそうに笑うのが「聞こえた」。


「それより、ここは……」


 俺は、横になっていたソファから起き上がる。

 そうだ、昨夜俺はセリカの説得に負けて、依頼を引き受けたのだった。

 セリカはその後張り詰めていた糸が切れたように倒れた。疲労もあっただろうが、俺が浴びせた威圧のせいでもあるだろう。罪悪感をおぼえて看護するうちに、俺の方まで眠り込んでしまったらしい。


 セリカは、と思い、ベッドを見たが空だった。


「……そのまま、眠りこんじまったとはな」


 ひさしぶりの戦いで疲れていたのか。

 いや、あの程度の戦い、ウォーミングアップにもならない。

 疲れた本当の原因は、セリカの覚悟に触れたからだ。

 セリカの信念が本当に正しいのか、哲学者でも宗教家でもない俺にはわからないが、俺の覚悟とセリカの覚悟のどちらが強いかということなら、明確な結論が出てしまった。


 俺は負けたのだ。

 その敗北に、半ばは納得し、半ばは腹を立てている。

 頭の中はぐしゃぐしゃだ。

 この世界に帰ってきてからAWSOのカウンセラーに教えられた通り深呼吸をしてみるが、俺の気持ちも俺の思考も一向にまとまってくれる気配がなかった。


 俺は気分を変えるために顔でも洗おうと、浴室へのドアを開く。

 そして、中にいた・・・・セリカとばっちり目があった。


「……えっ?」


 呆けたようにつぶやくセリカ。

 セリカは、一糸まとわぬ姿だった。

 シャワーを浴びていたのか、濡れた髪が顔や肩に張り付き、全身から湯気が立ち上っている。

 スタイルは思ったよりずっとよく、胸と腰は豊かで、ウェストはきゅっと引き締まっている。鍛えているからか脂肪は少ないが、かといってガリガリというほどでもない。

 俺は、セリカの顔と形のいいへそをたっぷり十秒は見比べてしまってから、


「……すまん」


 と言ってドアを閉じた。


「――き、きゃああああああああああああっ!」


 部屋に、セリカの悲鳴が響き渡った。



 ◇


「――今時、ベタなラブコメの主人公でもやりませんよ、こんなこと!」


 俺は、セリカの悲鳴を聞いて駆けつけた狐管こすが先生に説教を食らっていた。

 先生はセリカに超小型の召喚獣をつけて見張らせていたらしく、そのおかげで?セリカの悲鳴からノータイムでこの部屋へとやってきた。


「い、いや、まさかシャワーを浴びてるとは思わなくて……」

「セリカさんが勝手にふらふら出歩くわけがないじゃないですか。

 だとしたら消去法でバスルームにいるに決まってます」

「うぅ……」

「それにそもそも、どうして海野君がセリカさんの部屋に泊まりこむ必要があったんですか?」

「セリカが話の途中で気絶したもんだから、様子を見てたら寝入っちまったんだよ」

「それならすぐに私を呼べばいいじゃないですか。ただの気絶ならいいですけど、セリカさんが何らかの状態異常なり病気なりにかかっている可能性もあったのです」

「いや、血色はよかったし……」

「素人判断です! なんのためにあなたをつけていると思ってるんですか! たいていの病気は魔法で治療できますけど、万一対処の難しい疫病を持っているようだったら、初動が大事になるんです! パンデミックでも起こすつもりですか!」

「お、俺には勇者としてウイルスや細菌への強い免疫能力があるし……」

「だとしても、です! 異世界の事情なんてわからないんですから、病気を運ぶのがウイルスや細菌だけとは限らないんですよ? 氷と炎熱の世界ピスガルディアから魔力同調型の消耗熱がやって来た時のことは授業で教えましたよね?」


 先生が言うのは、何年か前に異世界からもたらされた奇病のことだ。

 人間の持つ魔力は互いに同調する性質を持っている。この同調を媒介として、魔力が尽きるまで高熱が続くという症状が、人から人へと伝播して、一時AWSOの業務が止まるほどの大流行となったことがあった。この伝染病は、この世界におけるウイルスによる感染症とはまったく異なる感染経路に基づくものであり、当時の検疫体制では検知のしようがなかったのだ。

 その反省から作成された、異世界人からの疫病伝播を防ぐためのガイドラインがあり、オーソドクスに入学するといの一番に暗記させられる。

 そのガイドラインに照らすと、昨晩の俺の行動は不注意極まりなかったということになる。


「せ、先生、もうその辺で……」


 と、セリカが助け舟を出してくれる。


「はぁ、まあ、何事もなかったからよかったですけど……。

 それで、あなたたちは今日はどうするつもりなんですか?」

「それなんだが、先生、俺はセリカを手伝うことにしたよ」


 俺が言うと、狐管先生は意外そうな顔をした。


「あら? てっきり、のらりくらりと逃げ続けて、セリカさんに言質を与えないつもりなのかと思ってました」

「……先生、俺に対する当たりが厳しくないか?」

「ははぁ……さては、昨晩何かありましたね?」

「何かって、なんだよ?」

「看病するうちに寝入ってしまったなんて大嘘で、セリカさんとそのぅ……」


 ちらり、と先生がこっちを見てくる。

 俺は、先生がほのめかしていることがわかってしまった。


「じ、冗談じゃない! 本当に何もなかったんだって!」

「そ、そうですよ! リュウトさんは、わたしの説得で、手伝ってくれることになったんです!」

「本当ぅ? 勇者召喚された人が、異世界だからってハメを外して……なんてことは腐るほどありますからね」


 いわゆる「奴隷ハーレム」の他にも、魔王討伐の対価として女を要求する「勇者」はかなりいるし、召喚した側でも勇者に姫などを娶らせて手綱を握ろうとするのはよくあることだ。

 なお、異世界における「奴隷」の扱いについてはAWSOがガイドラインを作成している。それによれば、特定召喚者の自由を確保するため、異世界における奴隷の所持は制限しないことになっていた。特定召喚者の置かれた状況は時として非常に厳しく、購入した奴隷を使い潰すような戦い方をせざるをえない場合もありうるからだ。

 ただし、日本に帰還した時点で主人-奴隷関係は解消され、元奴隷には日本国民に準じる基本的人権が保障されることになっている。


「ホントだって! だ、だいたい、俺はクリスガルドでもその手のことはやってない!」

「海野君のパーティメンバーだったって言う、あの子たちにも、手を出してないんですか?」

「シャーロットたちに!? そんなわけないだろ!」


 俺の言葉に、セリカが食いつく。


「シャーロットさん……ですか?」

「ああ……俺の、勇者時代のパーティメンバーで、精霊世界クリスガルドが滅ぼされた時に、一緒にこの世界に飛ばされてきた仲間だよ。

 っていうか、今日これからそいつらに会いに行く」

「……どうしてですか?」

「まさか、俺とおまえだけで元の世界に戻って『勇者』と戦うつもりじゃないだろう?

 いや、元の世界に戻した後は、俺は関係ないんだったか……。

 じゃなくて、おまえを元の世界に戻すためにも、協力者が必要なんだ」


 いまいちよくわかっていない顔のセリカだが、おいおい説明していこう。


「……ついに海野君も、あの子たちと向き合う覚悟を固めたんですね?」


 先生の言葉に沈黙する。


 ――向き合う、か。

 俺のせいで自分たちの世界を失い、異世界へと漂流することになってしまったあいつらに対して、どんな顔をして向き合ったらいいんだ?

 その答えはいまだに出ないが、賽は既に投げられてしまった。

 なら俺は、出た目に従って進むしかないだろう。

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