第2章 覚悟-4
《――
「ん? 先生からメッセージだ。
読み上げてくれ、ギア」
《――『セリカリアさんのことで話があります。17時にAWSO理事長室までセリカリアさんと二人で来てください』――以上です》
いけね、スピーカーモードのままだった。
「はぁ!? 理事長室!? あんた一体何やったのよ!?」
委員長が食いついてくる。
狐菅先生はしれっと書いてきたが、AWSOの理事長は、単なる一組織の長などではない。
異世界とこの世界の橋渡しをする権限と実力部隊とを併せ持つAWSOのトップは、内閣総理大臣を差し置いて、この国の最高権力者とまで言われる存在だ。
しかも、理事長職は、初代から10年間、さる有名人が独占し続けている。
――狐菅
この国が異世界の存在に気づくきっかけとなった男だ。
俺とセリカは委員長に別れを告げ、無慣性エレベーターを乗り継いで、ユグドラシル198層――AWSO役員フロアへと向かう。
役員フロアのエレベーターホールに着くと、そこには狐菅先生の姿があった。
「来ましたね。
じゃあ、伯父様――じゃなかった、狐菅理事長に会いに行きますよ」
俺とセリカは無言で頷く。
今本人が口を滑らせたように、狐菅先生はAWSO理事長・狐菅善七の姪に当たる。
先生は、役員フロアの最奥にある重厚な扉を恐れげもなくノックする。
「――入れ」
「失礼します」
AWSO理事長室は、ちょっとした王城の執務室のような雰囲気だった。
異世界からやって来た王侯貴族の中には、簡素なオフィスを見てこちらを侮るような者もいる。
そのため、理事長室はライトミスリルや純ミスリル、
贅をこらした一室の奥、クリスタル製の執務机の向こうに、AWSO理事長・狐菅善七がいる。
「……えっ?」
セリカが戸惑った声を上げる。
無理もない。
AWSO理事長の席に座っていたのは、6歳前後のエルフの少年だったのだから。
半ズボンをサスペンダーで吊り、縞瑪瑙をはめ込んだアスコットタイをつけた金髪の少年は、面白がるように笑った。
「――驚いたか? 私がAWSO理事長・狐菅善七だ。
この身体は、6年前ある世界に転生することで手に入れたものだ。
若いというのは素晴らしいことだな。記憶力がまるで違う。生まれ変わったようだ」
最後のセリフは冗談のつもりなのだろう、少年――AWSO理事長・狐菅善七はにやりと太い笑みを浮かべた。
「そんなことが、できるのですか……」
「そうとも。
もっとも、異世界への転生権は高いぞ。特に長命種族であるエルフのものはな。
特定召喚者――俗に「勇者」と呼ばれる特殊能力者が、魔王を倒して、世界を救ってみせてもまだ足りない。
手に入れるには、異世界の神と自分で交渉するか、それだけの金を積むかだ」
狐菅が老政治家としての政治力を保持したまま若返ったことによって、AWSOはこれから先何十年――下手をすれば百年以上、狐菅の支配下にあることが確定的になったという。
つまり、今俺の目の前で笑みを浮かべている少年は、AWSOを――いや、その管理下にあるすべての世界を支配する皇帝なのだ。
「――では、話を聞こうか」
セリカがここに至るまでの経緯を説明した。
理事長もまた特定召喚者――いわゆる「勇者」の一人だから、セリカの言葉を理解するのに支障はない。
俺と先生で時折補足を入れながら、話は5分ほどで終わった。
「――事情はわかった」
「じゃあ……?」
理事長は首を振る。
「我々は日本人の利害を代表する組織だ。拡大してもせいぜい、
「そう、ですか……」
「――だが、個人の使命感で動く分には、援助することはできる。
そもそも、それでこそ勇者というものだからな。
そして、本気になった勇者は、たった一人でも状況を覆しうる力を持っている。
勇者が動くと本気で決めたのなら、止めても無駄だ。
また、援助なんてなかったとしても、どうとでもしてしまうだろう。
――要するに、君の覚悟次第ということだ」
と言って、理事長はなぜか俺を見た。
俺は狐菅先生をジロリと睨むが、先生は口笛を吹くように唇をとがらせ顔を逸らす。
「――私は、力のない日本人が異世界人に好き勝手に扱われるのは許せん。
だから、助ける。
だが、私は力のある者まで助けようとは思わない。
力が足りなければ相談するがよい。
が、力を出し惜しむ者に手を貸してやるほど、私はお人好しではない」
「……今力を借りたいのは、俺じゃなくてセリカだ」
「縁もゆかりもない者の願いを聞いていてはキリがない。
それくらいのことはわかるだろう、勇者君」
「……要するに、見捨てられないならお前が助けろ……そういうことか?」
「君にはそれができるはずだがな。姪の話によれば、ではあるが」
俺は再び狐菅先生を睨む。
「ひとつだけ、朗報がある。
セリカリア嬢がそこからやってきたという異世界クロウ=チャーティアだが、本日午後AWSO次元観測所の警戒網に引っかかった」
「何だって!」
「クロウ=チャーティアの女神が、
我々はその召喚魔法に干渉し、女神から召喚権を剥ぎ取ることに成功した」
「じゃあ……」
「しかし、その召喚権は使い切り型でな。
だから、その召喚権は、近々オークションにかけられる」
「オークション?
……ってことは、召喚権を手に入れたのはまさか……」
「そう。
俺は思わず天を仰いだ。
「何だってそんな面倒なことに……」
「だが、やることは明確になったと思うがね」
「確かにこれ以上ないほどに明確だけどな。それが可能だとあんたは思うのか?」
「さあ……それこそ、君次第だろう?
まあ、よく考えることだ」
理事長はそう言って話を切り上げた。
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