第2章 覚悟-3
異世界転生学園オーソドクスにも、部活動は存在する。
俺が今、扉を叩いたのもそのひとつ――料理部の部室だ。
が、返事がない。
俺は少しだけ扉を開いて中を覗く。
そこには、窓際の席に腰掛けて、頬杖をついたまま地上650メートルの空を眺める委員長の姿があった。
今朝方、教室で食って掛かってきたのと同一人物とはとても思えない黄昏れっぷりだ。
「おーい、何黄昏れてんだ?」
「ひゃあっ!」
声をかけると、委員長が面白いほど飛び上がった。
「お、脅かさないでよ!」
「どうしたんだ、お前らしくもない。悩み事か?」
「悩みっていうか……その、朝は言い過ぎちゃったなって……」
「え?」
「な、何でもない!」
おどろくべきことに、このクラス委員長は、クラス委員長の他に生徒会書記と料理部副部長を兼務している。
何を好き好んでそんなに責任ばかり負いたがるのかと思うが、本人によれば、やりたくないと思っていてもいつのまにかやる流れになってしまうとのこと。
苦労性というほかないな。
「場所、借りていいか?」
俺は手にしたスーパーのレジ袋を持ち上げながら聞いた。
ここに来る前に、学生寮フロアのスーパーに行って材料を買ってきたのだ。
「いいわよ、今日は人も少ないし。
こっちに来るのはひさしぶりね。
――って、その子は?」
「異世界人だ。わけあって
「あんたみたいなやる気のないのが?」
「やりたいなら代わってやるぞ……と言いたいところだが、無理だな」
「なんでよ」
「
「甘やかされてるわねー。
ま、いいわ。ひさしぶりにあんたの勇者料理が見られるのね」
「……勇者料理、ですか?」
セリカが遠慮がちに聞いてくる。
「……昔の仲間が言ってるだけだ」
俺はさっそく料理に取りかかる。
作るのは、俺の元パーティメンバーが勇者ランチと呼んでいた定番メニューだ。
まずは勇者オムレツ。
なんてことはない、いわゆるふわふわオムレツという奴だ。
チキンライスの上にでろっとした卵の塊を載せてやる。
セリカの目の前で卵に切れ目を入れると、じゅくじゅくの中身が溢れ出し、チキンライスの上に広がっていく。
「うわぁ……」
「冷めるから食ってていいぞ」
そう言って俺は次の料理に取りかかる。
勇者揚げ。
種も仕掛けもない唐揚げだ。
オムレツを作りながら下味をつけておいた鶏肉を、二度に分けて揚げていく。
昔テレビで見たレシピを自分なりにアレンジしたものだ。
レモンを添えて、オムレツに夢中のセリカの前に置いてやる。
「うん、やっぱり揚げたてが一番ね」
委員長が断りもなしにつまんでコメントした。
最後に勇者シャーベット。
シャーベットとは銘打っているものの、要するにアイスクリームだ。
ジップロックに材料を入れて振りまくるというお手軽レシピでささっと作る。
唐揚げと同じく、工程よりも材料に工夫がある。
工程に手間をかけると面倒だが、材料を工夫するのはさして手間じゃない。
すべては計画性と要領である。
必要な手間はきちんとかけることが、全体の手間を省く最大のコツだ。
強い敵はレベルを上げてから倒した方が楽だし安全なのだ。
オムレツに使った卵の余りでついでにクレープも焼き、買ってきたフルーツや生クリームとともにトッピングする。
既に唐揚げを平らげていたセリカ(と委員長)は、甘いものは別腹とばかりにクレープに飛びつく。
セリカは初めアイスクリームの冷たさにびっくりしていたものの、やがてそのおいしさに夢中になった。
「……っ!」
セリカは黙々とクレープを食べる。
初めて年相応の顔を見た気がする。
「なんなら、俺の分も食べるか?」
「よ、よろしいのですか……っ!?」
「よろしいよろしい」
ここまで反応がいいと、こっちも腕の振るい甲斐があるな。
「悔しいけど、あんたの料理がうまいことは認めざるをえないわね」
食っていいとも言ってないのに、当然のように唐揚げやクレープをぱくついていた委員長が言う。
「なんか魔法でも使ってるんじゃないの?」
「そんなめんどくさいことするかよ」
「……納得しちゃったから反論できないわ」
「ま、火加減やらアイスクリーム冷やすのやらには精霊魔法を使ってたけどな……昔は」
そうでもしないとかえって面倒だからな。
もっとも、今は精霊魔法が使えないから、料理をするのは随分ひさしぶりだった。
「うまい料理を作るコツは、余計なことをしないことだ」
「男の料理ねぇ~」
努力家の委員長は手の込んだ料理が好きらしい。料理でまで苦労性かよ。
「そういや、セリカっていくつなんだ?」
俺は料理の片付けをしながら、セリカに聞く。
「ちょっとあんた、女の子に年齢聞く?」
「俺たちよりは年下だろ?」
皿を用意しながら言ってくる委員長に、俺はフライパンを操りながら答えた。
「えっと、14歳です」
「こっちだったら中2か中3か」
俺がかつて異世界に召喚されたのも、その年頃だ。
「あのな、セリカ。そんなにガチガチじゃ、できることもできねえぞ」
「そんなに……緊張してますか?」
「してる」
そりゃ、いきなり見知らぬ世界にやってきたんだから、緊張するなって方が無理だろうが、セリカの様子には思い詰めたところがある。
異世界クリスガルドでの旅の仲間に、同じようなのがいた。
奇遇にもそいつも王女だった。
勇者の旅の供を王族から出すのが伝統だってことで、その役目に選ばれた彼女は、幼い頃からそのための英才教育を受けてきたのだという。
その甲斐あって、勇者をほとんど救世主のように崇拝していた。
もっとも、今となっては……どうなのか……。
「……リュウトさん?」
「いや、何でもない」
その後も雑談を続けた。
と言っても、委員長は異世界に召喚された経験がないから、セリカの言葉がわからない。
ただわからないなりにコミュニケーションを取ろうと絵を描いたり身振り手振りで聞いたりして、セリカとそれなりに楽しく「おしゃべり」するという器用な芸当を見せていた。
……たまにいるよな、外国人とテンションだけで会話できる奴。
委員長とセリカは、楽しく「おしゃべり」したかと思えば、何やら真剣な顔で「意見交換」もしている様子だ。
たまに、ちらちらと俺の方をうかがっていて、非常に感じが悪い……。
「ていうか、いい加減名前で呼んでよ!」
委員長がそう言ってきたのは、料理の片付けがすべて済んだ頃のことだ。
「え、名前……?」
「ちょっと……まさか……」
「あれだろ、ええっと……そう、さ、さがみ……
ま、委員長でいいよな」
「なんでそこまで思い出して戻るのよ! わざとやってるでしょ!」
「だって、お前委員長って感じなんだもん。中学ん時も委員長だったし」
「あれはあんたが勝手に推薦したんでしょ!? しかもあんた、副委員長を引き受けておきながらいなくなっちゃうし!」
「召喚されちまったもんはしょうがねーだろ」
「……ヒナギクさんと話してるリュウトさんは、何だか生き生きしてます」
セリカが微笑みながらそんなことを言ってくる。
「そ、そんなことはないだろ」
「そ、そうよ。海野と来たら入学以来見てて鬱陶しいくらいやる気がないんだから」
「ほっとけ」
俺は憮然と答える。
委員長が、ちょっとばつの悪そうな顔をした。
「……あーその。朝は悪かったわよ」
「いや、いいよ。俺が腑抜けてんのは事実だ」
俺が肩をすくめると、委員長はほっとしたいのだが、素直に肯定もできないという微妙な表情をした。
「ねえ、海野。あんたはホント籍を置いてるだけって感じよね」
「卒業する気はあるぞ……一応」
「その先は?」
「…………」
俺は小さくため息をついて、切り返す。
「委員長こそどうなんだよ? っていうか、中学の時の委員長は、異世界召喚とか否定派だったろ?」
否定派と言っても、異世界召喚なんて存在しないと思ってるという意味ではなく、異世界召喚にロマンを感じないという意味だ。
「そりゃそうよ。ゲーム感覚で異世界に行きたがる連中の気が知れないわ。生きて帰れる保障もないのに」
「じゃあ、なんでオーソドクスに入ったんだ? 初めてクラスに連れてこられた時、委員長がいてびっくりしたぞ」
俺が聞くと、委員長は少し迷う様子を見せてから、言った。
「……あたしが干渉官になりたいのは、許せないからよ」
「許せない?」
「そう。あたしには、中学の時に仲のよかったクラスメイトがいたんだけど。
そのクラスメイトが、突然失踪してね。のちに政府から
「…………」
AWSがいつまで経ってもなくならないとは言え、俺以外のクラスメイトがAWSに遭ったなんて話は聞いていない。
当然、俺のことだろう。
「残されたご両親は日に日にやつれていくし、クラスもどこか暗い感じになるし。
あんたはいなかったからわからないでしょうけど、人がひとりいなくなるっていうのは、
そういうのを見て、あたし思ったのよ。
――これは許しちゃいけないことだって。
それが、あたしが今ここにいる理由」
そういえば、中学の頃から委員長は正義感が強かった。
だからこそ「委員長」と呼ばれるんだけどな。
「中学を卒業する前に、あんたが異世界から生還したって話は聞いたけど、それでもあたしの気持ちは変わらなかった。
まさか、オーソドクスで同じクラスになるとは思わなかったけどね」
「……怖くないのか? 委員長が言ってたとおり、異世界では何が起こるかわからない」
「……怖いわよ。だから、今のうちに、できるだけのことはしておきたいの」
「なるほど。オールAの動機はそんなところにあったのか」
委員長は、1年生で唯一の、召喚科科目オールAの成績保持者だ。
俺が元勇者の劣等生なのだとしたら、委員長は非勇者の優等生だな。
「ある意味では、あんたのおかげね。落第生のあんたのおかげであたしがオールAを取れてるってのも変な話だけど」
「いくつかAを分けてほしいぜ」
「それなら本気を出しなさいよ。戦闘科目で海野に勝てる自信はないわよ?」
ふふっと挑むように笑う委員長に、不覚にもすこしだけ見とれていると、ギアから着信音が聞こえてきた。
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