第2章 覚悟-2


 観光の端緒として、俺はセリカを最上層の次元観測所へと連れてきた。

 次元観測所は、異世界からの召喚魔法を検出することを目的とした観測・研究機関だ。

 その一角に展示スペースと展望スペースとがあり、一般人にも開放されている。


「……うわぁ……!」


 セリカは展望スペースの魔法強化ガラスに張りつき、感嘆の声を上げた。


 確かに、初めて見るなら、恐ろしいほどに壮観だ。

 雲のない日なら、40キロ以上先――北は赤城山や前橋市・高崎市、南は東京湾や横浜市、東なら霞ヶ浦まで一望できる。

 また、雲が出ていたら出ていたで、どこまでも続く雲海を眼下に望むことができる。

 ちなみに今日は晴れている方だ。


 デートスポットとして紹介されることもあり、観光客の姿も多い。


『――このさいたまユグドラシルツリーは、全長1035メートルに加え、重力魔法によって地上から200メートル浮上しています。

 当展望スペースの高度は1229メートルであり、低い雲ならば眼下に望むことができます』


 俺とセリカの隣に立つガイドがそう言った。

 このガイドはもちろん立体投影ライブビジョンによるバーチャルなもので、観測所の人間の趣味なのだろう、アニメっぽい4頭身くらいのCGモデルを使っている。


 セリカは、このガイドは幻影魔法で生み出した幻にすぎないと説明すると、おそるおそるガイドの身体をつついていた。


 ちなみにセリカは、もとの服がボロボロになっていたため、狐菅先生から服を借りている。

 ローライズジーンズにキャミソールという女の子らしい格好で、銀のショートカットとよく似合っていた。

 もっとも、その腰に頑なに吊り下げている短剣グラディウスを無視できれば、だけどな。


 ガイドは、セリカがつつくたびに身じろぎするようなモーションをしながら解説を続ける。


『――次元観測所は、主に異世界からの召喚魔法を検知することを目的に創設された、AWSOの研究機関です。

 帰還者たちが持ち帰った技術により、召喚魔法の解析が進み、現在では異世界からの召喚を前兆段階で7割程度検知することができます』


 検知したら、召喚魔法に割り込みをかけ、こちらの望む人員を送り込む、というわけだ。


 召喚元が未知の世界なら、AWSOの干渉官が赴くことになる。

 最近だと、今朝のニュースにもあった、異世界バルバドニア・サンディカニア王国の事件がそのケースだ。


「ええっと、つまり……異世界からの召喚は危険だから、ちゃんと訓練を積んだ人を送り込む、ということですか?」

「ああ、そういうことだ」


 いくら勇者の力がもらえるとはいえ、一般人を無差別に召喚するなど狂気に等しい。

 そして、その狂気がまかり通っているような世界は、当然のように危険度が高い。


「……でも、わたしの世界にやってきた勇者は……その……」

「ああ、ハズレを引いたか」

「は、ハズレって……!」

「すまん。言葉が悪かったな」


 未だにAWSOが検知できない召喚魔法も存在し、ろくでもない人物が異世界から召喚されてしまう「事故」も起こりうる。


 一応、召喚側でもフィルターをかけるような魔法を組み込んでいることが多いが、その内容は「恐れることなく敵に立ち向かう」というような大雑把なものだ。


 ちなみにこのようなフィルターを平和な日本にかけると、重犯罪者が引っかかる可能性が高くなるらしい。

 平和な日本と魔王と戦う異世界とでは、前提とする常識がまるで違うということだ。

 魔王を倒した勇者がその座を襲い、魔王以上の圧政を敷いたという例もある。


 基本的には召喚した側の自己責任とされているが、AWSOでも余力のある時に干渉官を派遣して悪徳勇者を成敗するということもやっている。

 そうしないと地球世界ガイアの外聞が悪くなるからな。


 俺は、展示スペース中央にある世界模式図の前に、セリカを案内する。


 セリカは、立体投影された模式図を、食い入るように凝視する。


「例えば……そうだな。

 最近ニュースになったバルバドニアって世界が、そこにある。

 B0163-DBってとこ……ああ、字は読めないんだったな。

 ――あれだ、あれ」


 俺はセリカに身を寄せて、バルバドニアを示す紫色の光点を指さした。

 指に反応して、バルバドニアの光点が大きくなり、世界についてのより詳細な説明が空中にポップアウトする。


「――これのことな。……って、セリカ?」

「ひ、ひゃいっ……」


 セリカがなぜか身じろぎした。

 顔が赤い気がする。


「……ん? どうかしたか?」

「い、いえ、何でもありません!」

「……ならいいけど」


 首をかしげる俺の頭を、セリカにまとわりついている次元精霊が蹴飛ばしてきた。


 ああ……そうか。


「悪い、女性に近づきすぎたな。

 その辺の感覚は世界によって違うから、勘弁してくれ」


 俺はセリカから少し離れつつ言った。


「い、いえ……わたしこそすみません」


 わたわたと手を振りながら言ってくるセリカ。

 キャミソールとジーンズというシンプルながら女の子らしい格好をしているので、こうしているとこの世界の女の子と区別が付かない。特徴的な髪の色に目をつぶれば、だが。


 なんだかデートでもしてるみたいだな。

 そう思ってしまうと、俺まで変に意識してしまう。


「じ、じゃあ、次は異世界バザールでも見に行くか? いろんな世界の文物が――」


 言いかけた俺の言葉を遮って、


 ――きゅぅぅっ


 と、かわいい音がした。


 セリカを見ると、顔を真っ赤にしてうつむかせている。


「……まずは、メシだな」

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