第1章 異世界転生学園の日常-1
――ジリリリリリリ……
「……あーくそ、もう朝か……」
目覚まし時計の頭をぶっ叩く。
同時に、タイマーがセットされていたテレビが点く。
『――政府は今日、異世界バルバドニア、旧サンディカニア王国によるAWS――召喚魔法を用いた邦人拉致事件について、特定排除対象――通称「魔王」の討伐を完了、事態は終息に向かっていると発表しました』
「あー、またどっかの馬鹿な王様が日本人を召喚したんだっけか」
俺は寝ぼけた頭でつぶやきながら、ベッドからかろうじて起き出した。
――異世界への召喚。またの名を、AWS――Another World Summoning。
この超常的現象が明るみに出たのは、今から10年も前のことだ。
時の内閣官房長官
最初、狐管は大いに当惑した。
国の要職にあり、日本国内はおろか国外の情報も広く知りうる立場にあったが、こんなことは聞いたこともなかった。
が、混乱から立ち直ると、狐管は持ち前の政治力を、召喚された異世界でもいかんなく発揮し始めた。
狐管は、現地で人類連合軍を結成して、その世界の魔王を撃滅することに成功した。
そして召喚から一年後。狐菅は見事この世界への生還を果たしたのだ
った。
このとき狐菅の持ち帰った情報が元となり、日本政府は、世界で初めて、地球人が異世界からの召喚魔法によって拉致されているという事実をつかむ。
そして、後の調査によって、それまで謎の失踪とされていた事件の半数ほどが、この異世界召喚だったという驚愕の事実が明らかとなった。
だが、物心ついたころから異世界の存在が当たり前だった世代の俺からすると、感想はむしろ逆である。
つまり、
――何でそれまで誰も気づかなかったんだ!?
その当時から世間には、異世界に召喚されただの、異世界に転生しただのという「ファンタジー」作品がごろごろしてたっていうのに、誰もそれを真に受けてなかったっていうんだからな。
『――なお、今回の拉致事件の顛末については、
――異世界召喚行為は、日本国民に対する重大な人権侵害である。
政府は異世界召喚行為を、「召喚魔法を用いた邦人拉致」であると位置づけ、その対策を行う部局としてAWSOを設立、初代理事長に狐菅を据えた。
と同時に、異世界帰還者を高額の報酬で雇い入れ、異世界への干渉を行う専門家を育成するための教育機関も設立している。
それが
「――
俺はM/V――魔法疑似現実技術による仮想体験のための装置を探したが、どこかに紛れてしまったらしく、見つからない。
ニュースの最後にはM/V動画へのリンクが張られている。
このリンクから管理局のウェブサイトに飛ぶと、M/Vを利用した今回の事件の仮想体験を行うことができる。
『――しかし、異世界召喚行為はいまだに絶える気配がありませんね?』
ニュースキャスターが解説者に話を振っている。
『ええ、AWS、政府の用語では「召喚魔法を用いた邦人拉致」でありますが、一体どれだけの異世界が存在するかわからない以上、いつ絶えるのか、あるいは絶えることがありうるのか、異世界学者であっても確たることは申せません』
解説者が、まったく解説になってない解説をしたり顔で述べた。
日本が異世界干渉機関を作ると発表した時、アメリカ人はエイプリルフールのジョークに違いないと言い(ちょうど4月1日だったのだ)、中国人は日本が他国を侵略するための軍事力強化を狙っていると非難した。
イギリス人は気の利いた皮肉を言おうと頭をひねったが、そもそもの発表が突飛すぎて思いつかなかった。
ちなみにお膝元の日本人は、アニメと連動したキャンペーンか何かだろうと思い、まともに取り合わなかったらしい。
当時の総理大臣がアニメのファンであることは、国民には広く知られていたのだ。
ただ、その出来の悪いジョークのような発表も、日本政府の作戦だったのではないかと疑う者もいる。
実際、他国がひとしきり日本の発表に戸惑い、皮肉を言い、馬鹿にしている間に、日本政府は着々と異世界帰還者を組織へと集め、異世界からもたらされた魔法技術を独占することになったのだから。
中でもめざましかったのが、VR(
狐菅の帰還した当時、コンピューター関連技術は技術進化の曲がり角にあり、処理能力や容量の面で天井にぶつかっている状態にあった。
そこに突如現れた魔法技術は、従来の情報処理技術に重大なブレイクスルーをもたらした。
一般的なコンピューターの性能は魔法によって飛躍的に向上し、本来であれば20年、30年かかるはずだった技術革新が、たった2、3年の間に起きてしまったと言われる。
中でも幻影魔法を応用したVR技術は、
その
「くそっ。見つからねえ。あとでいいや」
俺はギアの捜索をあきらめると、顔を洗い、歯を磨き、冷蔵庫の中のものを適当に腹に収めて、身支度を調えていく。
「ああ、ここにあったか」
くしゃくしゃになった制服の下にギアが転がっていた。
耳かけヘッドセットのような形状のそれを右耳にとりつける。
《――おはようございます。2035年7月19日の朝です。今日は休日ではありません。夏休みは明日からです。あと5分以内に家を出なければ、高い確率で遅刻します》
ギアが言わなくてもわかってることを言ってくる。
イラッとするが、便利な場合もあるので怒るに怒れない。
「これがなきゃバスにも乗れないんだから、便利なんだか不便なんだか」
バスは、ギアをつけた人間がバス停に止まると、バス停からの情報を受けてルートをその都度変更し、乗客を最短経路でキャッチアップする。
つまり、ギアがないとバスがオンタイムで来ることはない。
一応、20分くらい待てば定期巡回のバスは来るが、それでは遅刻まちがいなしだ。
「――ギア、テレビを消灯」
《――了解》
ギアに命じてテレビを消すと、俺は薄っぺらい学生鞄を抱え、家を慌ただしく飛び出した。
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