異世界転生学園の元勇者
天宮暁
第Ⅰ部 覚醒編
プロローグ
「こ、この者が……勇者?」
光栄あるサンディカニア王国第67代国王ゴノモィノス十三世は、魔法煙の奥から現れた人影を見て、訝しそうに目を細めた。
王城の地下室、煉瓦造りの壁に囲まれた空間の床に、無理をすれば兵士が数十人は入りそうな巨大な魔法陣が描かれている。
熟練の宮廷魔術師たちに囲まれた魔法陣の中心に現れた男は、王の見聞きしたことのあるいかなる種族、いかなる民族のものでもない出で立ちをしていた。
身体をぴったりと覆う黒衣は立体的に裁断されており、異世界の縫製技術の高さを伺わせる。
上衣の襟元は大きく開かれ、そこからは白い襟のついた内着と襟元を締める細い筒状の装身具が覗いている。
一見奇抜なデザインだが、上衣の開いたラインと几帳面に折り曲げられた襟、そして、喉元で結び胸へと垂らされた装身具とが、一定の計算された効果をもたらしている。
几帳面で生真面目そうな、黒髪黒瞳の男の顔が、ぴっちりと整えられた衣装によって、より清潔で秩序だった印象を与えるようになっている。
なるほど、宮廷の宦官にでも着させれば見栄えしそうだと、ゴノモィノス十三世は思った。それほど、「勇者」という言葉からはかけ離れた外見だった。
見れば、宮廷魔術師たちも戸惑ったように互いに目配せをしあっている。
王が困惑の視線を向けていると、当の男が、ゆっくりと王を見据え、最初の言葉を口にした。
「――遺憾です」
「は?」
王は、男の言葉を聞き取りそびれた。
「遺憾だと、申し上げました」
見慣れない装束――現代日本のスーツに身を包んだ男が、そう言葉を繰り返した。
「あなた方の行為は、何人も意に反する苦役を課されることはないとする、日本国憲法第18条の精神を著しく侵害するものであり、日本国政府としては遺憾であると言わざるをえません」
そう言って男が指を鳴らす。
空間に歪みが走り、そこから都市迷彩を施した鎧姿の兵士たちが現れた。
兵士たちは右手にサブマシンガンを、左手に十手に似た短剣を携えている。
顔はヘルメットのようなもので覆われ、その表情はうかがえない。
「わが国の国民に対し、魔法によって不法な拉致行為を行おうとした事実について、心からの謝罪と賠償を要求致します――国王殿と、お見受けいたしますが」
一糸乱れぬ動きで陣形を組む兵士たちに、王と臣下たちが息を呑む。
「くっ……なぜ王であるわしが、貴様らごとき蛮族の法を守らねばならん!
使ってやるだけ有り難いと思え!」
王の言葉を、臣下たちが喝采する。
それに気をよくした王が、断乎たる口調で命令する。
「――構わん、やれ!」
王の背後で不測の事態に備えていた宮廷魔術師隊が一斉に魔法を解き放つ。
王の直臣である魔術師たちの魔法は、室内であることを考慮して威力を絞られていたが、その密度、速度ともに申し分のないものだった。
王は、不敬な異世界の蛮族が消し炭となったことを確信した。
が、
「――バカな! 無傷だと!?」
魔法の余波が消え失せたその後には、片手を上げたスーツ姿の男と兵士たちが平然と立っていた。
スーツの男が使った結界魔法が、宮廷魔術師たちの魔法を全て防ぎきったのだ。
スーツの男は、唖然とする王たちに構わず、あくまでも淡々と通達を行う。
「――相手国の攻撃的意図を確認。
これより、自衛的制圧を開始します」
「せ、宣戦布告か!?」
「いいえ違います。
日本国憲法第9条『国の交戦権は、これを認めない』。
我が国は他国と戦争する権利を持ちません。
ですので、これはあくまでも自衛行為の延長です」
「ふざけるな、なんだその詭弁は!?」
スーツの男は、王の抗議を黙殺し、兵士たちに制圧行動の開始を依頼する。
兵士たちは男に敬礼を返すと、無言のまま王たちの拘束に取りかかる。
「なんだ、やめろ!」
宮廷魔術師たちは抵抗を試みたが、放った魔法は兵士たちの手にした短剣によってあっけなく切り裂かれた。
兵士たちは魔術師たちの懐にあっさり飛び込み、魔法阻害作用のある拘束用バンドで魔術師たちをあっという間に捕縛してしまう。
そうして召喚の間の制圧が完了すると、兵士たちは数名を残して召喚の間から飛び出し、王城の制圧に取りかかる。
その間、スーツの男は適宜追加の兵士を召喚し、先に到着した兵士たちのバックアップに当たらせる。
その一部始終を、拘束された王が呆然たる面持ちで眺めているが、もはや誰も王のことなど気にかけていない。
そしてそれから15分――
『チーム・イザナギ、王族のものとおぼしい生活設備を制圧、抵抗した王族を拘束しています』
『チーム・スサノオ、兵員の宿舎を制圧、武装解除に移ります』
「本部了解。引き続き警戒に当たってください」
『チーム・オオクニ、魔術師の研究拠点を発見、激しい抵抗を受けています』
「本部よりアマテラス。オオクニの援護に向かってください。移動経路はデータリンクで指示するとおりに」
召喚の間には、いつの間にか灰色のデスクが用意されていた。
スーツの男はその上にノートパソコンを広げ、各部隊から送られてくる最新情報を手早く処理し、この王城、ひいてはこの世界の全体像把握に取りかかっている。
ノートパソコンには
その
部隊とのデータリンクにより、デスクトップ上に表示された王城のマップが瞬く間に埋まっていく。
パソコンのことを知らずとも、慣れ親しんだ王城の3Dマップを見れば、今王城で何が起こっているのかは火を見るより明らかだった。
――それから30分の間に大勢は決した。
チーム・イザナギが拘束した王族から聞き取りを行い、ここが異世界バルバドニア、サンディカニア王国首都マルコグリアであることを突き止める。
チーム・スサノオは制圧した兵士宿舎の捜索を行い、この世界における武装のレベルは地球中世相当であることを確認する。
一方、魔法特科部隊であるチーム・アマテラスの援護を受けたチーム・オオクニが魔術師の研究拠点を制圧。
兵舎同様徹底した捜索を行い、この世界の魔法技術は、これまで確認されている異世界のうちで上位グループ下位――Bランク相当であるとの報告を行う。
この報告を受けて、本部は不測の事態に備え、魔法士部隊の追加召喚を行い、他の部隊と合流させた。
増援が配置につく頃には、本部は既にサンディカニア王国が置かれている状況をほぼ正確に把握していた。
「ふむ、Aランク魔王がいるのですか」
スーツの男が、携帯電話を取り出した。
いや、正確には、異世界間通話用に開発された
「……ああ、もしもし。
まるで日本のオフィスにいるかのような態度だが、ここは魔法や魔王の存在する異世界の城の中である。
「はい、先ほどメールを差し上げたと思いますが……ええ、Aランク。
例の生徒、
日本人らしく誰もいない空間に向かって頭を下げながら電話する男を、捕縛された魔術師たちが気味悪そうに見つめている。
それから5分と置かず、新たな人物が召喚の間に現れた。
「やあ、おひさしぶりです、斎木さん」
と言いながら現れたのは、制服姿の少女だった。
言葉は完璧な日本語だったが、少女の容姿は日本人離れしている。腰まで届く長い銀髪、浅黒い肌。彫りの深い顔立ち、そして髪と同じく銀色に輝く瞳。
――ダークエルフ。
物語の中でそのように呼ばれる容姿の少女がそこにはいた。
ほう、と思わずため息を漏らした宮廷魔術師を、少女は虫を見るような目で一瞥する。
「ああ、
特定排除対象の呼称は、
男の言葉を聞いて、弥勒と呼ばれた少女は口笛を吹いた。
「
「名前だけでは何もわかりませんよ」
「相変わらず斎木さんは野暮だなあ。私はこうやってギアを入れていくんだよ――魔王討伐に向けてね」
「それは失礼致しました」
「いいってば。
さぁて、この世界の魔王はおいしいかなぁ? ふふふっ」
弥勒と呼ばれた少女が凄絶な笑みを浮かべる。
それを目にした男のポーカーフェイスがわずかに崩れ、額に汗が浮かぶ。
「……どちらが魔王だか、わかりませんね」
◆
――こうして、サンディカニア王国首都マルコグリアは召喚から小一時間のうちに日本国自衛隊魔法士部隊によって制圧された。
そして翌日、異世界バルバドニアで栄華を誇ったサンディカニア王国は、三百年の歴史に幕を下ろすことになる。
そのさらに一週間後、バルバドニアの特定排除対象
=======================================
魔法疑似現実(
公開日:2035年7月18日/記録日:2035年7月8日
Copyright(c)2035 Another World Sojourners Office(AWSO) All Rights Reserved.
(このM/V動画の著作権はすべて異世界滞留者管理局(AWSO)に帰属します。無断転載は法律により処罰の対象となることがあります。創作物などへの二次使用を希望される方は、AWSO事務局までお問い合わせください。尚、五人以下の事業所において当動画を二次使用される場合は、使用料の発生しないフリーライセンスの付与を受けることができます)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます