055_死に往くものが心配する必要はない
ヘルベティカとの会合を終えた俺はその日の夜の内に、同じく領都内にある貴族の館の一室でオリオと会っていた。
明かりの抑えられた薄暗い執務室にいるのは、2人だけとなる。
何が悲しくて30代半ばの男と2人で夜中に会わないといけないのか。
どうせ会うのなら綺麗なお姉様でありたい。
しかし、これも仕事……
「ドルトスの連絡が届くにはまだ早いと思ったけどな」
「自由には使えませんが、そう言う手段もあるのです」
以前ドルトスに聞いていた、アセリアの領主に近い高官の存在。それがオリオだった。
ヘルベティカと別れる際に、オリオが密かに渡してきたメッセージが切っ掛けで、こうしてわざわざ会いに来たわけだ。
「ドルトスはなんと言っていた?」
「あなたを敵にだけは回すなと」
「その一言だけで俺を信用するのは愚かだろう」
「もちろん、ドルトスの件はただの確証となっただけです。
以前からあなたの行動はは探らせて頂いておりましたので。
その上でひとつだけ信用できると確信したことがございます」
「ほう、聞いても?」
「あなた様は強い」
ロリィ様々である。
後で屋台のリンゴ飴を買って上げるとしよう。
「不安要素は行動原理が不明なことでした。
ですが、それもご神託を受けての行動となれば、女神の御使い様が降り立たれたこともあわせて、害意はないと判断出来ます」
「御使いの言葉に間違いだってあるだろう?
受け手の勘違いがないともいえない」
「間違いなどありません、それが結果として正しいのです」
狂信者だろうか?
神すら失敗するというのに、何を根拠に信じているのかわからない。
薄ら寒いものを感じるが、政治のできる男だ。役に立つ内は我慢だ。
「それで、用件は?」
「単刀直入にいいますと、ヘルベティカ様から手を引いて頂きたい」
「力を貸してくれと頼ってきたのはそちらなんだけどな」
「それは重々承知の上で、申しております」
「ヘルベティカの申し入れは断ったと聞かなかったか?」
「それは他に目的がおありだからでしょう」
俺はわざと考えてみせる。
事実、ヘルベティカは他の用途に使うつもりだった。
その時に婚姻関係にあると足を引っ張られる可能性があるので、あの場では謝罪という形で協力を申し出たんだが、オリオは別の目的に気付いたか?
――いや、何かあるとまでは気付いても、目的まではわからないか。
「さて、ただ働きは良くないな。
ヘルベティカを諦める対価として、オリオは何を差し出す」
「差し出すのは――」
オリオの答えに十分な利益を感じ、思わず口元が緩む。
「良いだろう。ヘルベティカはお前のものだ、好きにするといい」
ヘルベティカといいメディカといい、望まずして権力を手に入れた女性は、政治の世界で利用されるだけのか、それとも一度くらいは噛み付いてみせるか。楽しみに見せてもらうとしよう。
◇
ヘルベティカとの会合やオリオとの密会を終え、新生タキシスの町に戻った俺は、その後の1週間を忙しく過ごした。
どうやら女神フェアレンティーナを崇める教会の大司教が、教徒に対して御使いの存在を告知したらしく、我も一目と多くの教徒が集まってきていたからだ。
その数は留まることを知らず、余裕を持って建てていたはずの鶏小屋――マンションも、既に満室。急遽外壁を拡張する必要ができていた。
それがなければ、町人だけの力で地道に森を切り開いていても間に合ったはずなのに、とんだ迷惑である。
とはいえ、教徒の数は即ち女神の御使いであるリスティナに対する『思いの力』でもある。
順調に育っているのだから、俺もここは一肌脱いだわけだ。
結果として、新生タキシスの人口は1万2千人近くに達する。
幸いなのは商人ギルド長のカロッソがこの流れを読み、多めに食料を買い入れていてくれていたことだろう。
前回危うく食糧難になりかけたのが良い方に働いたようだ。
事前に衛兵の数を増やしておいたのも功を奏し、目立った混乱も起きていない。
「キモっ!! あーっ、キモっ!!」
「荒れてるな」
リスティナが濡らしたタオルで手の甲を拭きながら南門の上を歩き回る。
眼下に集まる教徒からは、胸壁のそばにでも立たなければ見えない位置だ。
今日はリスティナにも働いてもらっている。
御使い様らしく教徒を導く為に、悲しげな目でこの地を守って欲しいと言うだけの簡単なお仕事だ。
最後にどこぞのアイドルらしく、教徒の内でも神官位以上の者に対して、直に声を掛けてまわった。
その時、嬉しさのあまりか神官の1人が、リスティナの手を取りその甲へ口付けをしたのだ。
以前男共に襲われた経験から極端な男嫌いになっていたリスティナは、危うく化けの皮が剥がれそうになっていたが、ぶち切れる直前に他の神官が取り押さえたので事なきを得た。
「ロリィちゃんだけが癒やしよ」
「あわわわ」
リスティナに抱き寄せられたロリィが対応に困っていたが、やさぐれ聖女の気がすむまで好きにさせておく。
ここにいるのは俺たち3人だけなので問題ない……はずだ。
俺は南門の上から、南に向けた街道沿いに集まった教徒たちを一望する。
多くの教徒は礼儀正しくトラブルの元になることはなかったが、ただひとつ俺の思い違いがあった。
この世界の教徒は奇跡巡りという巡礼のようなものがあり、神々の起こした奇跡の後を巡って旅をする。
魔物が跋扈するこの世界を旅するということは、即ち戦いに慣れている、もしくは戦える者を雇えるだけの財力があるのどちらかだ。
多くは前者であり、教義によるものか剣こそ持っていないが、殆どの者がメイスと盾を持ち、鎖帷子の上に革の服といった旅装をしていた。
まるで冒険者のようじゃないかとも思ったが、実際やっていることは冒険者と同じらしい。
旅の先々で冒険者ギルドの仕事を熟しがなら日銭を稼ぎ、それで旅を続ける者が殆どで、冒険者との違いといえば特定の活動場所がない、布教活動をする、といったくらいだろう。
教徒になると教会から回復魔法の教えを請うことができる。
もちろん素質――昔ロリィがばらまいた魔力を扱う因子――がなければ魔法は使えないが、教徒は教徒と結ばれることが多く、一度入り込んだ血がそのまま広まるので、結果として素質を持つ者も多かった。
ちなみに神職に付いているからといって、結婚できないといった文化はないようだ。
流石に子供ができた時は奇跡巡りの旅もお休みとなるようだが。
さて、何が言いたいかというと――
「過剰戦力だろ……」
「人間って単純なのか複雑なのか、わからなくなってきたわ」
ロリィもリスティナの腕の中から教徒たちを見て、少し呆れていた。
リスティナの方といえば、その信者を見る目は汚物を見る様で変わりない。
新生タキシスの南門の前には、1千人に達する教徒があつまり、神職とは思えない殺気を持ってバラカスの領主軍を迎えていた。
傭兵ギルドのエドヴァンの読み通り、新兵が多めのバラカス軍には既に動揺が広がっており、それを叱咤する隊長格の声があちこちで響き渡る。
リスティナには、建前として教徒たちに町の中で守りを固めるように願ってもらった。
けれど、震え怯えるリスティナのその余りにも切ない声を聞いた教徒たちは、我らが壁となり必ず守ると息巻いて現在に至る。
見事なリスティナの演技だった。
もしかして本当に震えていたのかもしれないが、そのひと声で1千人が死地に立つのだ、馬鹿にはできない力だろう。
こちらの兵力は教徒以外に傭兵団の200人ほどが門の上で弓を構えて待ち受け、冒険者や町人までもが弓を、なければ石を手に待っていた。
当初は2,3日持ち堪えたところで、遅れて到着するアセリア領の領兵が、横合いから町を守る為という名目で圧力をかける手筈だった――が、必要あるのか、これ?
ついでといってはなんだが、戦場となる南門の西に広がる森には、伏兵としてバルドが率いる40名もいる。
こちらもダンジョンはゴメンとばかりに気合い十分だ。
「本当に戦うの?」
「男共はみんな死ねば良いんじゃなかったか?
戦争で死ぬのは殆どが男だ。望み通りじゃないか」
「……なんか違う」
「難しいことをいうな」
まぁ、リスティナのいう
「バラカス軍の戦略目標は女神の御使いであるリスティナと『魔力炉』の奪取。
こちらはそれらの阻止。
ある意味リスティナの気持ち次第でどうにでも未来は変えられる。
俺は女神の御使いに付き従う者だからな」
「わたしの気持ち次第……」
「害意のない相手は殺せないだろ?」
「……」
「さぁ、女神の御使い様。ご命令を」
「別にこの世界の人間がどうなろうと関係ない……
わたしは借りを返す為に『思いの力』を集めるのを手伝うだけ」
リスティナは、元の世界では死を望むほど絶望したのに、この世界に馴染めていない。
あの時に死にきれなかった時点で、この世界で生きていく覚悟はできないのだろう。
一度は死んだ俺とは違う。
それでも、今の演技は続けてもらうけどな。
バラカス軍は直ぐには攻めてこなかった。
まぁ、当然だ。まさか村だった場所に石造りの外壁ができているとは思わなかったはずだ。
わかっていれば攻城兵器とまでは言わなくても、簡易破城槌くらいは用意してくる。
ただかだ村と情報収集を怠ったか、あるいはドルトスの根回しか。
いずれにせよ速攻で落ちるということはなくなったと言える。
結局、この日はバラカス軍が攻めてくることはなかった。
逆算すると明日一日を凌げばアセリア領兵と合流できる計算だ。
バラカス軍とは町を挟んで反対側から来るので、斥候さえ潰しておけば気付かれることもない。
翌日。良く晴れ渡った秋空だった。
空気も涼みを帯びてきて、周りの森も色づき始めている。
さっさと戦争を終わらせて冬支度に入らないと、余計な出費がキツそうだ。
日が昇ってからしばらくして、バラカス軍にようやく動きら見られた。
俺は飛行魔法で門の上から飛び立ち、先行してきた集団の前に降り立つ。
5頭の騎馬。その先頭を進んでくるのが目的の人物だ。
初めて会うのにバラカス軍の大将軍ベッテルと一目でわかるのは、生まれながらに持つ、ある種、強者特有のオーラのようなものを感じるからか。
20年にわたりルドニア王国の進攻を食い止め続けた男には、その実力に裏付けされた自信に漲っており、数でも質でも劣勢でありながら、味方から見ればそれでもどうにかしてしまいそうな信頼感があった。
銀色でよく磨かれた鎧に身を包み、40代半ばだが体力の衰えを感じさせない堂々とした姿は、その胸に彫られた壮麗な狼の紋章もあってか、王の風格すら感じられる。
事実、王の血族にあたるとかドルトスが言っていたな。
「ベッデル大将軍とお見受けいたしますが、領を超えての進軍、何やら物騒な話ではありませんか?」
「貴公が魔術師カズトか。
なぁに、我々のもとより持ち去られた物がここにあると聞いてな、返してもらいに来ただけだ」
「そうですか。生憎とご協力はできませんが、捜し物が見付かると良いですね」
「軽く小突けば直ぐに出てくる。長居をする気はない」
ベッデル大将軍が直々に出て来たのは、早期解決の為だろう。
国土を守る為に先鋭を連れてくることができなくても、自身が参加すれば戦力的に問題はないとの判断か。
「それが良いでしょう。
余り時間を掛けて、バラカスの砦が落ちるようでは夢見も悪いですからね」
「死に往くものが心配する必要はない」
「ではご検討を」
俺は再び飛行魔法で門へと戻る。
交渉が決裂したことはすでに感じ取っているようだ。
ベッデル大将軍が自軍に対して
その効果は直ぐに現れ、戦を前に動揺を見せていた新米の軍が、一糸乱れぬ精鋭へと姿を変えていた。
逆に浮き足だったのはこちらの教徒を中心とした戦士たちだ。
もとより集団戦の訓練などしておらず、ましてや人を相手に戦うことすらない者が殆ど。
今更ながら戦争とういものを感じ、怖じ気づいた者も多い。
それでも逃げ出さないのは、直接見えるところにリスティナが姿を見せているからだろう。
信仰する神の声を届けてくれる御使い。それを守らずして逃げ出すのは、信仰そのものを捨てるようなものだ。
「リスティナ、そこで見届けるのがお仕事だ」
「……」
「カズトも大概意地悪よね」
「弱いところを見せてくれたら、いくらでも助けてやるけどな」
「無用よ!」
強がっているところも可愛いといえなくもない。
ただ、これから目にするのは、強がるだけじゃ耐えられない、一方的な殺戮だ。
俺と違って精神が強化されていないリスティナに、はたしてどこまで耐えられるか。
まぁ、その覚悟。見せてもらおう。
俺が勇者に倒されるまで 大川雅臣 @mariorio
★で称える
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