052_鴨葱

 ドルトスの元から戻った俺は、フーガに会議の結果を報告させる。


「傭兵の召集が掛かりました。

 それから領主様の元に、魔物討滅の為の派兵願いを行うことも決り、南部をまとめているビルモの町の町長へ使いの者を出す予定です」


 まぁ、できることはやっておくといったところか。


 ここのところ、俺の秘書として面倒な調整役を任せているフーガは、如何にもオフィスレディといった感じの服を着ていた。

 白いブラウスに黒いタイトパンツがすらりとしたフーガの体型によく似合い、何処で手に入れたのか眼鏡を掛けている。

 服装に合わせてか髪も軽く巻いて上げており、薄めの化粧で清潔感もあった。


 何処へ面接に行くつもりだ?


 もしかして俺が酷使しすぎたので、暇なときは求人広告を見て過ごすような状態になっているのだろうか。

 ……ないとは言い切れない。最近は学園生活を満喫していて、こちらはおざなりだったからな。


「フーガ、これからもよろしく頼む」

「はい、お任せください」


 満面の笑みだ。まだ取り返しは付く範囲か。

 裏では釘を刺されたと思っているかも知れないが、今フーガに抜けられると面倒な雑用が全部まわってくる。

 それだけはなんとしても避けたい。


 そもそも、その服はこの世界の一般的なデザインじゃないぞ。

 一帯何処で手に入れた……リスティナか。

 まったく。一仕事終えたからといって自由すぎるな。

 とは言え、下手に外を出歩けない状態では、この屋敷で鬱憤を晴らしてもらうしかないか。

 個人的には悪い変化ではないので良しとしよう。

 この世界のドレスはどれもこれもがスタイルを隠す様な広がりのあるデザインで、ぱっと見は華やかだけれど、色気が感じられないので寂しい。

 その点、フーガのタイトパンツは綺麗な脚線美もあって実に眼福である。

 折角だからカノンとアリアにも着て欲しいところだが、お子様な2人では似合わないだろう。


 当の2人は、壁際で慣れない仕事に四苦八苦していた。

 領都で知り合ったマチルダが、食後に入れてくれた紅茶を気に入り、1キログラムほど手に入れている。

 それを前にしてカノンは不器用に、アリアは恐る恐るといった感じで準備しているところだ。

 カノンは大ざっぱなので茶葉の量や蒸す作業を苦手とし、アリアは高価なティーカップを前に割ってしまわないかと貧乏性が出ている。

 それでも何とか紅茶を入れ終わったカノンは、カチャカチャと音を立てながら俺の元へとティーカップを運び、その直ぐ後をアリアが追う。

 もしカノンがその手を滑らそうものなら、火傷を厭わずティーカップを守るだろう気概を感じた。


 必死だな!?


「ありがとう、カノン、アリア」

「うまく入れられました」

「は、はい、大丈夫だと思います」


 口にした紅茶は少し冷めていたが、ここは「旨い」の一言で十分だ。

 初めてのお使い。その成功を褒められた子供のように喜ぶ2人だが、それを見て最近は淑女教育をサボり気味だと感じた。


「派兵願いは俺のほうで対応すると議会のほうへ伝えてくれ」

「わかりました、その様に。

 傭兵のほうは恐らく100人くらいが限界だろう、と傭兵ギルド長のエドヴァンが申しておりました」

「思ったよりも多いな。

 今回は負け戦と考える者が多いと思ったが」


 傭兵は当たり前だが負け戦には参戦をしたがらない。

 死ねば無意味な金より命を取るからだ。

 契約違反は傭兵ギルドからの追求にあい、不当と思われれば処罰もありえるので、途中で逃げ出すことになれば、後の人生は追われる身となる。

 それでも死ぬよりはましと逃げ出す者も後を絶たず、食うに困って野盗となるのだから始末が悪い。


「エドヴァンの考えでは、今回出向いてくるのは新兵に近い者たちということです。

 であれば、百戦錬磨の傭兵で門を守るのはそれほど難しくないと。それに――」

「少しは女神の御使いを前にして良いところを見せたいか」

「はい」


 リスティナの演説は思った以上の盛り上がりを見せた。

 あれ以降、町の人口増加率は更に上がり、既にビルモの町を越える規模となっている。

 一夜限りの旅商人も多いだろうがおよそ6000人近い人間が、ここ新生タキシスの町に集まっていた。

 幸いにして区画整理を済ませ、元の世界でいえばニワトリ小屋とも揶揄される5階層の集合住宅もいくつか建て増ししている。


 ただ、人の増える速度が上がったので、町全体では品不足の傾向が出ていた。

 この問題に対しては商業ギルドのカロッソが意気揚々と手配をしているようなので、問題ないだろう。


 人が増えたことで治安の悪化も懸念されたが、今のところ目立って悪くなったという報告もないようだ。

 これも女神の御使い効果か、心の何処かで荒事に対する抑止力となっているのかもしれない。


 それでも衛兵の数は大幅に増やしている。

 外的要因で人の気持ちは大きく変わる。それに備えておく必要はあった。

 なにせ戦争があるかもしれないのだから、先手は必要だ。

 いきなり攻めてこられればパニックになり得るので、敢えて情報をリークし噂を広めているくらいだ。

 前回はそれにより商人を筆頭として町人の半分がいなくなったが、今回はむしろ増えつつある。

 敵はむしろ以前より強大になったというのに、気持ちの面では余裕があるのか、あるいは女神の御使いによるこの地を守って欲しいという願いに応えたいのか。

 いずれにせよ『思いの力』は侮れない。


 俺も女神の御使いを支える1人として、ひと仕事を済ませたばかりだ。

『魔力炉』を手に入れたことで新生タキシスの周りには魔物が寄り集まるようになり、農工業はほぼ壊滅状態になっていた。

 さすがに一次産業をこのままにしておいては、来年以降の収穫に差し支える。

 それに、鍬や鎌しか持ったこともない町人に、鉄を打てともいえないだろう。


 そこでカノンとアリアを連れて外周を周り、魔物の駆逐と素材の回収を行っている。

 食材は肉が中心となり日持ちしない為、定期的に狩りに出る必要はあるけれど、こういうことは頻繁に行っている姿を見せたほうが効果的だ。

 それに、これで少しはカロッソへの借りも返せたはずだ。


 長期的には外殻を拡張し、安全に農耕作業ができるエリアを増やしていく。

 その為に森を切り開く為の人工も必要で、これは木工ギルド長に手配を頼んでいた。


「内政的にはこんなところか」

「お疲れ様です、カズト様」

「次は外政を熟すとするか。アセリア領の領主に会ってくる」

「はい、いってらっしゃいませ。お帰りをお待ちしております」


 フーガを筆頭にカノンとアリアも腰を折り頭を下げる。

 こうして送り出されるのも社長みたいで悪くないな。


 ◇


「あら。思ったよりも早かったわねカズト」

「これは失礼しました。どちら様かお伺いしてもよろしいでしょうか?」


 迎えたのはロリィだが、ロリィの他に1人の女性と1人の男性、その背後に2人の騎士がいた。

 女性はロリィの対面に座り、いましがたまで歓談していたのか、和気藹々わきあいあいといった感じが伝わってくる。


 ここはアセリア領の領都リンブルグにあるミストリア学園。その学園寮の私室であり、俺の部屋だ。

 そこにロリィがいるのはいつものこととして、他の人間には心当たりがなかった。

 ぱっと見の服装や雰囲気からして身分の高い者だと思われるが、学園関係者というわけでもなさそうだし、来客に思い当たる節はない。


 特待生ということで一般生徒よりは広めの部屋を与えられてはいたが、さすがに6人もいれば圧迫感も感じる。

 寝室が別となっているだけでも良かったか。


「こちらにおわすお方は、アセリア領領主のヘルベティカ様にあられます。

 私はその補佐をしているオリオと申します」


 女性の横に立っていた男性――オリオが、プレゼントを紹介してくれた。

 まさに鴨が葱をもって向こうからやって来たといえよう。色々と手間が省けて助かる。


 ヘルベティカは妙齢の女性で幾つか年上と思えたが、二十歳には届いていないだろう。

 その顔に幼さはすでになく、紺色の髪を持つ大人らしい色気を含んだ、目付きの鋭い美人さんだ。

 少し露出が多めの服だが、ヘルベティカが着ることで上品で女性らしい魅力を感じさせてくれる。

 それに、僅かに香る香水はしつこくなく、爽やかで好感が持てた。

 俺の好みは癒やし系お姉さんだが、今必要なのはできる系お姉さんであり、領主様とかまさに理想だな。


 その領主様の来訪目的はなにか?

 確率としては課外授業の件についてというのが一番高い。

 ついで町おこしにかかわった人物として。

 もしくは『魔力炉』か女神の御使いについて、といったところか。


 敵対的な様子はなく、むしろ既に好感を得ている感じもあるし、ここは俺も好印象を与えるべく行動しよう。


「これは大変失礼を。

 私はカズトと申します。家名などは特にありませんので、そのままお呼びください。

 何分田舎者ですので、浅慮、無礼がありましたらひらにご容赦いただきたく思います」


 礼節に乗っ取り、右手を胸にあて、軽く腰を折って顔を伏せる。


「カズト、硬いことは良いから座りなさいよ」

「そうは――」

「私からも座ってもらえると助かる」


 交渉をスムーズに進める為に軋轢あつれきは無駄だ。

 下手にでて相手を油断させ、多くの情報を得るのは交渉の基本だろう。

 ロリィにはその辺をしっかりと説教しておかねばなるまい。

 まぁそういう俺も、相手が喧嘩を売ってきたときは買うことにしているが。


 いずれにせよ、先方に勧められてまで固持する必要もない。

 その辺は柔軟に対応すべきだ。


「では、失礼します。

 それで用件があってのご訪問かと思いますが?」

「あぁ。そうだな、これは私からの頼みでもある」


 頼みときたか。

 さて、鬼が出るか仏がでるか、まずは訊かせてもらおうじゃないか。

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