051_メディカ様を俺の自由に
ドルトスのいるバラカス領の領主邸。その離れにある館の一室。
転移魔法で飛んできた俺は、ベッドの上で一生懸命腰を振るドルトスから幾つかのテクニックを学び、ツバサちゃんとのエンジョイライフを思い描いていたところで気付かれてしまった。
シーツを胸元に寄せて走り去る女の子のお尻が相変わらず可愛い。
俺のことはドルトスのお友達だと伝えているので、大事にはならないはずだ。
「……カズトの旦那、趣味が悪いですぜ」
「お前はそれしかすることがないのか」
「旨い酒を飲んでいい女を抱く。
それ以外にすることがあるとは思えませんが」
確かに正論だ……
ここでアニメだゲームだという俺のほうが間違っているのだろう。
「バラカスの領主はルドニア王国に寝返るつもりだな?」
「……俺が知る限りメディカ様にそんな考えはない思いますぜ。
どちらかと言えば、摂政のアドラーあたりが考えそうなことです。
タキシスの町に毒を撒いたのもアドラーの指示ですからね」
「今の領主にアドラーを抑える力はあるのか?」
「残念ですが、無理でやす。
ルディオ様でしたらともかく、メディカ様にはまだ実権がありませんので」
当然だ。当主が死んで突然降りてきた役割では、協力者もいなければ根回しもできていないだろう。
「ただ、メディカ様は自分が泥を被ってでも民が楽になるのなら、その道を選ぶ方でやす」
「ほう、領民に人気がありそうだな」
「もともとメディカ様は領民に愛されておりました。
厳しい戦の中、領民の慰安も兼ねて、町をまわっては声を掛け、言葉を聞き入れて何とか改善しようと努力する姿に、心惹かれる者は多くおりやす。
内に味方はおりませんが、外には意外と多いんですよ。
そうでなければとっくにルドニア領になっていやした」
おや、ネズミ顔に随分と後悔の色が出ているな。
自分の命と引き換えにメディカを裏切ることが重いのか。
それとも……惚れているのか?
確かまだ14歳だったよな、ロリィがここにいたら死んでいたぞ。
まぁ、きちんと仕事をしてくれるなら、メディカを褒美にくれてやっても良いけどな。
心優しいというのなら、方法はいくらでもあるさ。
領民を人質にするという定番な作戦でも動いてくれるだろう。
「ドルトス。部下のやったこととはいえ、その責任を取るのが上に立つ者の役目だ」
「メ、メディカ様を殺すのか!?」
ネズミ顔の中年男が吼える。
『遮音領域』の魔法を使っていなかったら、誰かに聞かれていたぞ。
「俺は一時的に敵であっても使える奴は味方に引き込むつもりだ。
メディカが領民に人気があるというのなら都合が良い。
お飾りとして残しておいてやるさ。
その代わり、しっかりと働いてもらうぞ」
「……」
「まずは、お前の忠誠心を示せ。
結果がどうあれ、そこに本気を感じたなら殺しはしないと約束しよう」
「御使いの情報なら既に伝えてありやす。
案の定、騎士団長のベッデル将軍が興味を示し、既に軍を動かし始めている」
ドルトスは続けて言う。
ベッデル将軍自身は神の気まぐれに頼るつもりはないらしい。
しかし、女神の御使いを擁することが、軍の士気を大きく上げることは理解している。
ベッデル将軍はこの戦を勝利に導く為、女神の御使いすら利用するだろうと。
領主の命令としては無難にということだが、それに従うとは思えないそうだ。
「それは
ここからなら1週間と言ったところか、丁度良いな」
それまでにタキシスの評議会が決断を下せなければ、町はあっさり落ちる。
ベッデル将軍が率いていく兵は1000人ほどになるとドルトスは言う。
バラカス領はルドニア王国との戦時の中にある。
長く続く戦いで疲弊しているが、それでも常備軍として1万近い兵がいるはずだ。
その1割がタキシスに来るという。
たかだか辺境の町を一つ落とす為に、軍人が1000人。
その脅威はビルモの傭兵を相手にした時とは比べものにならない。
ベッデル将軍は十分に本気だといって良い。
いくら町としては規模の大きな石壁で作られているとはいえ、逆にいえば門を抑えるだけで閉じ込められたようなものだ。
もし、町へ流れ込む川の水まで止められれば、数日で干上がる。
籠城戦は援軍を期待できなければ意味がない。
タキシスへの援軍があるとすれば当然アセリア領軍だが、どうやって動かすかが問題だ。
だが、ベッデル将軍も何の理由もなく御使いを略奪という訳にも行くまい。
軍に信徒が多いというのなら尚更だ。
何かしらの大義名分を掲げる為に、一度は接触をしてくるはずだ。
その時、評議会がどんな答えを出すのか楽しみだな。
「ドルトス、ミスリル鉱山の情報をもたらしたのは誰だ?」
「摂政のアドラーでやす。何でも信託が降りたとか。
最初は世迷い言と思いやしたが、『探査』の魔術具が反応を示しましたので可能性は高いでしょう。
こちらで知っているのは俺を含めて3人、残りはヴァッセル男爵でやす」
信託か……事実として神の存在するこの世界では、神々が人々を誘導する為に信託という形で関与してくる。
そして時に奇跡を見せ、その力の一部を人々に宿す。
力を与えられた者は神聖魔法を使い、人々を導くとされていた。
『探査』の魔法具は、その探査範囲が非常に狭く使い勝手は非常に悪い。
特に鉱物だと地下深くにあれば見付けることができない。
だから、今回はたまたま浅瀬にあったということだろう。
それでも現地まで行かなければ見付からないはずだが、ダンジョンも近く魔物も徘徊する中での探索など、裏で何人が死んだのかわからないな。
そして、知っているのは3人だというのだから、見付けた者も今頃は生きていないということだ。
まぁ、口封じは当然か。
「領主はお飾りか」
「……メディカ様には耐えられないでしょう」
摂政アドラーはミスリル鉱を手に入れる為に、邪魔となるタキシスの住民を排除しようとした。
立場上、色々な裏の情報にも触れているはずだ。
ならば、クオルディア王国がバラカス領を見限ると確信しているのかもしれない。
ルドニア王国に吸収された後、領主を含め上役は全員入れ替えられるはずだ。
面倒をなくす為に、処刑もあり得る。
その時、有益な情報を持っていれば、大きな交渉材料たり得ると考えるのが自然だ。
最悪の場合、ミスリル鉱を売って身を隠すという手もある。
その為にも、ミスリル鉱山の存在を確実なものとして把握する為、直ぐにでも採掘を始めたいだろうな。
ベッデル将軍は領主の意思に反し、力尽くでも御使いを拉致する考えがあるようだ。
摂政のアドラーとは違い、ルドニア王国との徹底抗戦を考え、その為の手段として御使いが使えるなら使うという、現実主義なところもある。
金の卵たり得る女神の御使いと、同じく金の卵たり得るミスリル鉱山。
目の前にぶら下げられた獲物は余りにも魅力的で、大人でさえ誘惑に抗えるものではない。
戦時の中でとはいえ、いや、だからこそか。
愛されて育った14歳の子供に、大人の世界は余りにも汚い。
相反する考えを持つ政務と軍事のトップ2人を抑えるのは、大人であっても一苦労だ。
しかも、表面上は従うふりをしているのであればなおさらだろう。
少女一人が正義を叫んだところで何も変わらない。
過去の偉人は言った。
力なき正義は無力であり、正義なき力は暴力である。
正義はいくらでも作れる。
ならば必要なのは力であり、それを手っ取り早く手に入れるにはお金が1番だ。
バラカスの領主が欲している物が目の前にある。
これで動かないようなら駒にさえなり得ない。
「メディカには興味がなくなった。
摂政のアドラーとベッデル将軍のほうが人間味があって良い」
俺の興味がメディカから逸れたことに、ドルトスは安心した様子を見せた。
「摂政のアドラーはルドニア王国と内通していると思うか?」
「少なからず接触は図っていると思いやす。
たまたまルドニアの勇者を調べていた時、城で働いていた者をここで見掛けました。
その後の様子を見るに、軽くあしらわれていたようですが」
「先にミスリル鉱山を抑えてから、それを手土産に交渉したほうが早いと考えなかったのか?」
「そのつもりだったようですが、何処かの魔術師に邪魔されたようですぜ」
「それはけしからん奴だ」
俺のことかよ。
それじゃ計画が狂ったとしても仕方がない。
だが俺は自分に優しいので許すことにした。
そうなると、アドラーの策は詰んでいるな。
現物もなしにルドニアの高官が信じるとは思えない。
俺がミスリル鉱山を諦めない限り、打つ手がないだろう。
「ドルトス、アセリア領の領主か意見を具申できる高官に話を通せるか?」
「内容によって異なりますが、何人かは」
俺はその答えに満足し、新たな指示を出す。
そろそろアセリア領の領主にも働いてもらわなければ不公平だ。
ここでやることは粗方終わったな。
後はベッデル将軍が来るのを待つだけだ。
「さて、十分な働きには相応の報酬が必要だ。
ドルトス、お前は何を望む?」
「……メディカ様を俺の自由に」
この変態め。
だが、報酬はきちんと与えるのが俺の哲学だ。
そのほうが良く働いてくれると信じている。
俺はドルトスの望みを聞き、タキシスへと戻った。
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