050_あなたを侮っていたわ
「おわっ!?
カ、カズトの旦那か、驚かさないでくれ!!」
出来の悪い木のテーブルを中心に、男が5人、女が2人いた。
全員が俺の奴隷であり、今はタキシスの町から南に続く街道に現れる盗賊狩りを命じている。
バルドたちは、丁度分前の分配としているところだったらしく、少なくはない通貨とちょっとしたアクセサリがテーブル上に広げられていた。
「まだ盗賊は残っていたか?」
「いや、今日はたまたまだ。
最近はこの辺も安全になっちまって、少し暇を持て余している。
他に美味しいところがあったら移動したいんだが」
それも良いかと一瞬考えたが、バラカス領軍をタキシスで打ち負かした後、敗残兵となってこの辺りに籠もられるのは問題だな。
「もう少し待て。
その内、南から兵隊さん方がやってくる」
「なんだなんだ、戦争でもおっぱじまるとか言うんじゃないだろうな?」
「当たりだ」
「当たりかよ!? 勝てるのか?」
「当然だ。お前たちにも手伝ってもらうぞ」
負けて最初からやり直しなど、面倒なことは御免被りたい。
今回はビルモとの戦の反省から、カノンとアリアに対人戦の十分な指導をしている。
そこに戦い慣れたバルドたちが加われば、領兵を攪乱するくらいは出来る――といいな。
「マジかよ……まさか俺たちだけで相手しろとか言うんじゃないよな」
「そこは安心してくれ。
正面から相手するのはあくまでもタキシスの仕事だ。
それに、お前たちはタキシスの住民に怨まれているからな。
いつかは俺の手駒として共同戦線を張る為に、この辺で恩を売っておけ」
「彼奴らもとんでもない奴を頭に抱えちまったな」
バルドはタキシスの町人に対して、本心から同情している様だ。
少し俺に対して失礼ではないだろうか?
「ここでの仕事は最後だ。
攻めてくる軍には、少なからず貴族も居る。
捕まえて身代金でも要求すればいい」
「そりゃハイリスクハイリターンってやつだ」
「返り討ちに遭うようなら鍛え直しだから、今の内に十分楽しんでおけよ」
「勘弁してくれ……」
全員が何かを想像し、顔を
そろそろダンジョンの3層にチャレンジするには良い頃合いだと思うんだが、あまり歓迎はされていないようだ。
まぁ、それでも必要とあればするんだけれどな。
残念ながらこの世界では、奴隷に人権がない。
「実際のところは、この辺に敗残兵が住み着くようなら片付けるのが仕事だ」
「まぁ、その辺は今までと変わらないな。
折角綺麗にしたんだ、汚されないようにしておく」
「男の奴隷は何人いる?」
「だいたい30ってところか」
「後で隷属魔法を掛けておく。うまく使え」
「了解、旦那」
本題に入ることにする。
「今日来たのは、以前リディア救出の情報を提供した女盗賊を貰い受ける為だ」
「お、旦那も遊びたいくちか」
ちっぱい魔術師と回復術師のロロットが、同時に蔑むような目で見てくる。
バルドたちは許されているのに、なんで俺だけ……
「一応約束したからな。
そろそろ本職に戻ってもらいたい」
「好きにはさせてもらっているが、自分たちの物だとは思ってないさ。
おい、汚れを落として連れてこい」
部屋の端に控えていた奴隷の1人、若い男が頷いて部屋を出て行く。
どんな汚れだか。
遊ばれすぎて、心が壊れていないと良いんだがな。
「これは女の代金だ」
俺は問題のミスリル鉱山から取得した鉱石を使い、試作した装備を机にばらまく。
今回は武器だけだ。
防具は次に良い働きをした時にしよう。
「どんだけ値を付けてるんだよ!?」
「馬鹿じゃないの!?」
バルドとちっぱい魔術師が同時に声を発し、他の奴隷は絶句していた。
ミスリル製の武具はこの世界でいうところの最高峰の武具だ。
もちろん上にはオリハルコン製やアダマンタイト製といった定番もあるが、希少価値が高すぎて手に入れることができない為、現実的なところでミスリル製となる。
ちなみにミスリル製といっても、貴族や富豪あるいはAランクの冒険者や腕の立つ傭兵でもなければ手にすることはできない。
中には自分で未開の遺跡を発見し、そこから発掘するなどの運に恵まれた者もいるが例外といえるだろう。
そう、ミスリル製の武具を始めとする希少アイテムは、古代文明の遺跡から発掘されるのが普通だった。
今の技術で精錬・加工ができないわけじゃないが、元となるミスリル鉱石がなければ流石に制作は無理だし、現在は掘り尽くされてほとんど市場に出回っていない。
例外があるとすれば、新しく鉱山が見つかった直後くらいか。
その時ばかりは流通量も増える為、一時的にミスリル製の武具の価格も下がる。
国が鉱山の権利を抑えることもあったが、抑え続けることはできなかった。
ミスリル鉱山には裏の面があるからだ。
それは魔力吸収性が高い為、膨大な魔力を宿す代わりに強大な魔物を引き寄せるのだ。
それらの魔物を抑える為の軍を常設する費用は馬鹿にならず、一度雇用してしまえば鉱山が枯れた後に解散とういわけにもいかない。
だったら坑夫に掘らせて、安く買い上げたほうが効率的だ。
もちろん坑夫が自分の身を守れるわけはなく、そこでは冒険者や傭兵の需要が高まる。
人が動けばお金が動く。
国策としてはそのほうが都合が良いともいえた。
「主人としては、飼っているペットが芸の1つでも覚えたなら褒美をやるもんだ。
受け取れ、そして力を付けろ。人生、まだ楽しみたいだろ。これはその力になる」
ちっぱい魔術師が盗賊も顔負けのスピードで魔法の杖を取り上げる。
深く被ったフードが影を落とし口元しか見えないが、その口元は今にも涎を垂らしそうなほどゆるゆるで、気に入っていただけたようでなによりだ。
ちっぱい魔術師にはもう1つ褒美を用意しているが、それは次に良い働きをした時だな。
なんの貢献もなく褒美をもらえると思われてもよろしくない。
「早かったわね」
「思ったより元気そうで何よりだ」
高級娼婦の様な出で立ちで現れたのは、ドルトスの情報をくれた女盗賊だ。
布をふんだんに使った扇情的なドレスはこの場に似合わないが、男共の雰囲気を盛り上げるには一躍買っているのだろう。
「折角だから私のほうも楽しませてもらったわ。
それで今夜からはあなたの相手をすれば良いの?
私、そっちも自信あるわよ」
「それは楽しみだが、その前に仕事を頼みたい。
なに、報酬はきちんと払うさ。
そのほうがきちんと働いてくれると思っている」
くぅ……本当はこういうアダルティなお姉さんに攻めてもらいたい!
そして屈服させるのだ。
いつか己の技を極限まで研磨し「あなたを侮っていたわ」と言わせてみせる。
「ノーラよ。それで奴隷から解放してくれるの?」
「しっかり働けば褒美は出すさ。やる気が出るだろ?」
「直ぐにでも」
「それじゃルドニア王国に行って勇者について調べてくれ。
なんなら勇者といい仲になってくれても良い」
「噂の勇者様は一度見ておきたいと思っていたし、丁度良いわ」
捕縛した時の装備をノーラに返却し、ついでに短剣を一振り追加で渡す。
ミスリル製ではないがステンレスの使い勝手が良い短剣だ。
ステンレスは、ある意味でこちらの世界ではミスリルよりもレアだな。
最初に飴を与えたのだから、ノーラにはしっかりと働いてもらうことにしよう。
ノーラは短剣を受け取ると満足したのか、俺に抱きつき、その胸をグイグイ押しつけてきた。
異世界に来て、初めてモテているかもしれない!?
俺の経験値も高まってきたはずだし、そろそろ解禁しても良いんじゃないだろうか?
「……」
「……」
女部下の視線が痛い。
「……2人も一緒にどうだ?」
「最低」
「最低ですね」
ちっぱい魔術師とロロットに反撃を喰らった。
かつてないほど緊張した上での告白だったのに。
俺は傷付いた心でノーラを勇者の元へと送り出す。
名残惜しそうな流し目が色っぽくて、今すぐにでも追い掛けたくなったが、俺にもプライドはあるのだ。
追い掛けることは止めよう。
取り急ぎこの場でやることを済ませた俺は、ドルトスの元へと転移した。
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