049_戦争の準備が必要だ

 新生タキシスの中央広場の片隅に、目の前で起きた出来事を涙の混じる目で見つめる男がいた。

 一目で仕立ての良いとわかるローブが汚れることも厭わず両膝を突き、少しでもその姿を記憶に留めようと全ての雑念を払い、ステージの中央にいる女神の御使いの姿を追う。


「主よ、その御言葉しかと胸に刻みました」


 ――時は少し遡る。


 タキシスの町から東にビルモの町があり、そこから北に1週間ほどいくとアセリア領の領都リンブルグがある。

 主神バトラールを崇めるバトラール信仰の神殿があり、領都だけでも1万人近い信者を抱えていたが、ここクオルディア王国では主神バトラールの妻である水の女神フェアレンティーナを崇める神殿も多い。

 豊穣の女神でもあるフェアレンティーナは、国の穀倉地帯となっているリンブルグ領にとってまさしく女神であった。

 ここはそんな女神フェアレンティーナを崇める神殿の中でも最大、恐らく世界中を見て回っても五指に入る神殿の大聖堂。

 高い天井の一部や壁の一部にはモザイクが埋め込まれ、ステンドグラスの色鮮やかな光りが室内を照らし、磨き上げられた銀細工が輝く様は幻想的で、見る者を引き込む魅力に溢れてた。


 ブレイマン大司教はその座について5年、その間1度たりとも欠かすことのない朝の礼拝を終える。

 もうすぐ50歳を迎え、髪にも白いものが多くなってきたブレイマン大司教だが、今だ女神フェアレンティーナの神託を得られないことに焦りを募らせていた。

 人の短い生涯において、信託を受ける者は多くない。

 そして受ける者が必ずしも信徒という訳でもなかった。

 どんなに信仰心を強く持ったとしても、自分が生ある内には叶わないかも知れない。

 それは絶望のようにブレイマン大司教の心を支配し、神の奇跡と聞けば国中を駆け回りその残滓を追い求めるに至った。


 そんなブレイマン大司教は、子供の頃に一度だけ神の奇跡を体験したことがある。

 それは、草木がないどころか腐敗した泥沼のような死の大地が、一昼夜にして色とりどりの花が咲く草原に変貌するというものだった。

 草木を食べるような生活が、人間らしいものに変わっていく。

 まさに奇跡であり、思春期の子供に与える影響としては絶大で、今の地位についているのも、少しでも神の御業に触れたいという一心の思いからだ。


 今日も変わりなく1日が過ぎるのだろうと思ったブレイマン大司教は、礼拝に来ていた農夫婦の会話の中に、まさに天啓とも思える言葉を耳にする。

 勢い詰め寄るブレイマン大司教に、気圧されて後ずさる農夫婦だったが、あまりにも真剣――いや、気迫のこもった表情に、聞かれたことのすべてに対して正直に話す。


「すぐに出る準備を」


 ブレイマン大司教に声を掛けられた司祭の1人が、いつものこととばかりに慣れた様子で幾つかの質問をし、準備の為に礼拝堂を出ていく。

 農夫婦のもたらした情報、それは南の田舎町に女神の御使いが降り立ったという話だった。

 光り輝く衣を纏い天より降り、人外とも思える美しさを兼ね備えた少女。

 聖女などというまがい者に騙され続けたブレイマン大司教は、今度こそという意気込みでその町へ向かう決意をした。


 神の奇跡を求めて国中を回るブレイマン大司教にとって、旅は慣れたものだ。

 時には半年近くも旅に出ていたこともあり、2週間程度では旅の内に入らない。

 それでも、旅の準備中に集めた情報によると、女神の御使いが降り立ったという情報は信憑性が高く、気の焦るブレイマン大司教は目的地につくまで何ヶ月も待たされたような思いを抱いていた。


 そして、予定よりは早い日数でタキシスの町に辿り着く。


「この様な場所に防壁を持つ町などなかったはずだが?」


 ブレイマン大司教は自分の記憶と全く異なる物を見た為か、侍従の1人に疑問を投げかける。

 しかし、その答えもブレイマン大司教と同じものだった。

 共に国を回った侍従は、以前にも一緒にタキシスの町に来たことがある。

 正確には通り過ぎただけだが、それでもここまで記憶と違うということはなかったはずだ。


 一瞬、拒絶されたかのような気分になったブレイマン大司教だったが、門番がその姿を認めると畏まるようにして歓迎の意を示す。


「この町は昔からこの様な外観をしていたか?」

「いえ、3ヶ月ほど前にこの村が強盗団に襲われた時、心を痛めてくださった魔術師の方が、貴重な魔法で石材を運んでくださり、近隣から人を集めて急ぎ完成させました」

「……3ヶ月だと」

「作るのに要したのは1ヶ月ほどです」


 気まぐれで傲慢と言われる魔術師が、1つの町を囲う様な防壁をたったの1ヶ月で作り上げる。

 それこそがまさに奇跡ではないか。

 女神の御使い様が降臨されるのにあわせ、安全な地とすべくお告げを受けた魔術師が、その身を削って奉仕したとしても、果たして1ヶ月でできるものなのか……いや、1人とは限らないな。


「魔術師殿は複数いたのか?」

「初めは2人でしたが、素質があったのか、教えを受けてさらに2人ほど増えております」


 我々教徒は、祈りを神々に捧げることで天恵を授かり人々を癒やす力を手に入れるが、これは魔術とは全く別のものだ。

 魔術師は血の影響を強く受け、殆どが貴族に吸収される形となり、平民にその血が流れていることは殆どないというのが定説だ。

 平民から魔術師が生まれ出ることはあるが、先祖返りとも言われるほど希な話であり、一所に2人もその才能を併せ持つ者が現れるなど、それもまた奇跡と言えた。


 この町には何かがある。

 ブレイマン大司教は、その先に女神フィオレンティーナの姿を思い浮かべた。


 ◇


 会議は新生タキシスの町に作られた中央庁舎・・・・で行われる。

 なんとなくそれっぽい名前を付けてみたところ、そのまま受け入れられてしまった。

 まぁ、石造りのちょっとお堅いイメージには合っているので、敢えて直してはいない。

 ちなみに俺たちに与えられた客間もここにある。


 その中央庁舎に集まったのは、タキシスの町を事実上仕切っている評議会メンバーだ。

 殆どは商業ギルドや冒険者ギルドといったギルド長であり、それ以外は警備隊長や、元町長の下で働いていた会計長などから成り立っている。


「戦争の準備が必要だ」


 俺の言葉に議会の面々が驚きの表情を見せる。

 まぁ、ここは普通に驚くところだろう。

 いくら女神の御使いの言葉として欲ある者に狙われると言われても、それが現実に迫るまではどうしても実感が沸かない。


「またどこかの町が、この町の利益を狙って攻めてくるのですか?」

「今度は南の領がちょっかいを掛けてくるな」

「まさか!? 領を超えての進軍など国を敵に回す行為ですぞ!?」

「仕える国を変えるつもりなんじゃないか」

「!?」


 議員はあり得ないと言い掛けて、実際に言葉にする者はいなかった。


「あれ? 的はずれな推測でもなかったか?」

「バラカス領は常に南のルドニア王国の侵攻に晒されている。

 それに対して国は大きな援助を行っていない。

 北で始まった獣人族相手の戦争が予断を許さない状況にあり、王都より遠く地の利も少ないバラカス領は見放されているというのが大方の考えだ」


 議員の1人、傭兵ギルド長のエドヴァンが答える。

 戦は稼ぎどころでもあるから、そういったことには敏感なようだ。

 それは商人も同じようで、商業ギルド長のカロッソも沈痛な表情を見せていた。


「助けも来ない戦なら、さっさと白旗を上げたほうが良いということか」


 国に見捨てられたなら、その国を捨てるのも躊躇いがないだろう。


「恐らくこの国は、ここタキシスの北に流れるロール川を自然の城壁とし、新たな国境に定めるつもりなのだ。

 バラカス領を失うことは大きな損出だが、ロール川まで引けば守りに易く戦費を抑えられる。

 噂はちらほらと耳に入っていたが、噂とも言い切れなくなってきたな」


 エドヴァンは腕を組み、低く唸る。

 彼らにしてみれば戦争は稼ぎ時だが、負け戦では困る。

 ここクオルディア王国と南のルドニア王国。どちらを雇用主とすべきか悩ましいところだろう。


 ロール川は北のダンジョンの更に北を流れる大河だ。

 人や馬では渡れないほどの深さと流れの速さがあり、橋から離れているこの町が孤立気味な原因だった。

 そのロール川が国境となるなら、この町はルドニア王国に帰することになる。


 俺としては仕える国など何処でも構わないし、いざとなれば独立しても構わないと思うが、それは俺がこの国に帰属意識を持っていないからだ。

 とは言え、それを理由に抵抗もなく他国に組み込まれるようでは、アセドラが攻めてきた時、真っ先に逃げ出した町人と何ら変わりない。

 あれと同じというのはさすがに情けないので、ここは抵抗させてもらおう。

 ロール川を国境にする気だというのなら、捨てられたこの地に国を興したとしても誰も文句は言うまい。


 俺が考えている間も会議は進む。


「いくらこの町が発展したとは言え、反逆罪の汚名を被ってまで攻めてくると言うのは考えすぎではないか?」

「『魔力炉』あるいはリスティナ女神の御使い様が狙いでしょうか?」

「バラカス領の不満が爆発するのは時間の問題だった。

 たまたま今の時期だったという可能性もある」

「もしバラカス領が寝返るのなら、この町もルドニア王国に取り込まれるぞ」


 前町長に仕えていた男たちが、次々に意見を出し合う。

 まずは考えられることを全て洗いだし、そこから対策を練る。

 いい感じに議会制が働いているじゃないか。

 商業ギルド長のカロッソや傭兵ギルド長のエドヴァンあたりは、表の情報だけではなく裏の情報もある程度掴んでいるようで、この町を襲った疫病や強盗団そしてビルモの侵攻などから、この町には何かあると考えている用だ。


 それは正しい。


 だが、この町の近くに地下資源としてミスリル鉱があると気付いているのは、バラカス領の領主とその関係者だけとわかっている。

 この国の上層部が認知しているのならば、敵国の手をこの町の傍まで引き寄せようとは考えないだろう。

 なにせ敵の手に渡れば強力な刃となって返ってくるのだ。

 さすがに、敵に強力な武具となりえる素材を渡すほど愚かではないと思いたい。


「バラカス領の領民からすれば、長く続く戦を終わらせる唯一の方法だ。

 そしてバラカスの領主は、ロール川が自然の要塞となり得ることを良く知っている。

 お互いに攻略の難しさからしばらくは戦争も止まるだろう」


 元々バラカス領の領民だったという、鍛冶ギルド長が言う。

 長く続く戦乱で家族を亡くし、唯一の親族がいるこの町に来たらしく、戦争に疲れ切った感じが窺えた。


 戦争が終われば楽になるとは限らないが、少なくても戦争の継続という負担だけは消える。

 戦争が長引けば、将来のことより目先のことを考えるようになるのは自然か。

 それに、戦後が悪くなるとは限らないし、多少の夢も見られる。


「さて、状況が掴めたなら後は対策だな」


 それぞれがそれぞれの立場で考えを巡らせる。

 真っ先に逃げる算段とならなかったのは、この町に対する帰属意識が根付いているからかもしれない。

 それもこれもリスティナのおかげである。


「もしバラカスの領軍が動くとすれば、それはビルモの比ではなく、ましてや正規軍です。

 急ぎアセリア領の領主様にご相談をするのが良いかと」

「だが、実際に攻められている訳でもないのに憶測だけで軍は動かせんだろう。

 下手をすれば奸計と取られかねない」


 カロッソがまず意見を述べ、それにエドヴァンが答える。

 バラカス領が攻めてくるというのは俺の見解だ。

 それを前提として動いている会議に多少の危うさを感じるが、それだけ俺を信頼しているという事なのかも知れない。

 少なくても害のある発言をするとは思っていないようだ。


「まだ問題はないが、ここ最近魔物の強さが上がってきている。

 方々の支店に声を掛けて腕っ節の良い奴らを集めているが、対策が遅れ気味なのは事実だ。

 それを建前に領軍に出てもらうというのはどうだ?」

「それで動いてくれるのは小隊規模までだな……」

「だが、無駄ではないんじゃないか。

 どちらにしろ本当に必要なことだから、その申し出はしておこう」


 他の評議会メンバーからも意見が出尽くし、会議は答えだけが出せない状態となりつつある。

 まだ自分たちから進んで戦いに向けての準備を始めようという気にはなれないようだ。

 そんなことはお構いなしに敵はやってくるんだが……と言うか、そうなるように俺がお膳立てしている。


 それがなくても、バラカス領が寝返るつもりだと言うならば、ここへ攻め入ることに躊躇いもないだろう。

 ミスリル鉱山の1つでも手土産に寝返るとなれば、ただで寝返るよりも待遇が良くなるはずだ。

 なにせルドニア王国からすれば、長年攻め落とせなかったバラカス領が手に入るだけでなく、大きな手土産付きなのだから。

 しかも、今は『魔力炉』に女神の御使いまでいるとなれば、保護されていない町など真っ先に狙うところだ。


 そういえば、ルドニア王国の情報を集めておいたほうが良いか?

 ロリィの話によれば他の神々の駒として、南に勇者が現れたと言う。

 特に拘ることもなく放置していたが、そうも言えなくなってきた。


 さて誰を行かせるべきか。

 手駒には、あまり裏の活動に慣れてそうな奴が居ないんだよな。

 ……そう言えばバルドのところに女盗賊が囚われていたな。

 俺はフーガに会議の答えを聞き届けるように伝え、バルドたちがねぐらとしている洞窟に転移した。

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