048_女神様の為に……
厳しい暑さも過ぎ、秋の風を感じる季節。
タキシスの町は収穫の為に、近郊の穀倉地に向かう人々で賑わっている時期のはずだが、今日に限っては随分と閑散としていた。
それもこれも、町中の人という人がある場所に集まっているからだ。
今日は誰もが待ち焦がれていた日。
天から女神の御使い様が降り立ち、その目覚めを待つ間に教会は完成していた。
いつものように乗せられてロリィが石材を用意し、それをカノンとアリアがサポート、仕上げをドワーフの職人が行った。
その結果、1ヶ月という短期間で仕上がった割には、かなり洗練された出来映えの良い建物になっている。
実際に女神の御使い様を見た町人は、心から安らげるようにとあらゆる配慮をしながら建てただけあり、建物だけではなく庭に至るまで町一番の景観を備えていた。
いくらお金は俺が出すといってもやり過ぎである。
さすがに今からではどうにもならないので、地下資源の発掘も急ぐ必要がありそうだ。
幸いだったのは、献金として上がった金額が馬鹿にならなかったことか。
新生タキシスの町の中央区から南に向かったところに、女神広場がある。
聖女が降臨した場所であり、この町の象徴とも言える広場だ。
教会はその公園を正面に見据える形で建てられていた。
そこには、以前ロリィが童謡の故郷を熱唱したステージがあり、それを囲むようにして、恐らくこの町の殆どと思える人々が集まっていた。
今一度、女神の御使い様の御身を目にと、まるで夏の暑さが戻ってきたような熱気が凄く、今か今かと登場を待ちわびている。
参ったな。
これはどう見ても『思いの力』が俺から女神の御使いに向いてしまった感じだ。
いや、待てよ……最終的にロリィが必要としているのは、強く纏まった『思いの力』だ。
それを俺が提供できるなら、何も俺に対する『思いの力』を集める必要はないのか?
そうであれば、誰かに集めさせるという手もあり得るな。
このままリスティナに集めさせるのもあながち間違いじゃないし、むしろ人の身として活動する俺よりも効率的かも知れない。
しばらく動向を見守り、必要に合わせて修正していけばいいか。
想像以上の盛り上がりは、ロリィのマイクパフォーマンスによるところも大きかった。
順調にアイドルとしての地位を固めているロリィに半ば感心しつつ、一時でも聖女に祭り上げようと思ったことを反省する。
問題はロリィよりこっちだな。
ステージの裏で待機していた俺とリスティナだったが、出だしから躓いていた。
想像を上回る人の群れを見て、リスティナが意識してかそれとも無意識か俺の袖を掴み、半身を隠すようにしている。
だが、ここで怖じ気づいてもらっては困る。
「優しい言葉が必要か?」
「!?」
リスティナの表情が一瞬凍り付き、次にその綺麗な目で睨み付けてくる。
「い、いらないわ!」
だんだんリスティナの性格がわかってきた。
彼女はプライドが高い。
一度は望んだ死を受け入れられなかったリスティナは、自分を恥じている。
俺からすれば、死にたくないと思ったことの何が恥なのかと思うが、それが彼女のプライドなりアイデンティティなのだろう。
そして、それを知っている俺の前では強くあろうとする。
彼女は多分、ボッチだな。
美人だからモテるだろうが、愛想のよくない美人は近付きがたい。
見ているには申し分のない、孤高に咲く花といったところか。
ちょっとだけ親近感が湧いた。
「良い熱気だ。ロリィは良い仕事をしている」
リスティナが少しむくれた表情を見せる。
自分が怖じ気づき、同じような歳のロリィが堂々と立ち回っていることに感心しつつも、それを褒める俺には苛立ちを見せていた。
「平和そうね」
「事実平和だからな」
「みんな不幸になればいいのに」
「なるさ、最終的には」
「えっ?」
「さぁ、行くぞ」
リスティナが質問をする前に俺は歩き出す。
ステージ上ではロリィが早く来いと仕切りにジェスチャーを繰り返していた。
俺はリスティナに、前に出るよう促す。
リスティナは自分を納得させるように一度だけ力強く頷くと、空中を滑るようにしてステージに向かっていった。
演出の為、マントに飛行魔法を刻印している。
この世界で飛行魔法といえば、優れたほんの一部の魔術師が使えるだけだ。
ここタキシスの町では俺とロリィが飛んでいる姿を見せている為、それほど珍しくはないが、一国に数人というレベルを考えれば珍しいと言い切れる。
本来なら日常的に見ることのできない空を飛ぶという事実を前に、人ならざる物という印象を与えられただろう。
その面での効果は弱くなってしまったが、女神の御使いに引っ張られて俺とロリィに対する評価も、特別な存在に変わっているかも知れない。
怯えていたリスティナも、行動に移ってからは堂々としたものだ。
その表情は慈愛に満ちた笑顔で、どうすれば人の目を引けるかを知っていた。
たなびく白銀のマントがまるで天使の翼のようにも見え、思わぬ相乗効果を生み出しているのも嬉しい誤算だ。
「……」
50センチほどステージから浮いた状態でリスティナが大衆の前を進む。
大気が唸るほどの歓声が上がるかと思いきや、逆にそれまでの熱気が冷めていく。
一瞬、演出の失敗も考えたが、それは全くの杞憂だった。
誰もが女神の御使いであるリスティナの姿に見蕩れ、声を失っていただけだ。
真っ白でシンプルなドレスを、センス良く金糸の刺繍を施した青い布で飾る。
背中には光り輝くマントを付け、リスティナの存在を人外の域へと高めていた。
あわせて広範囲鎮静魔法が常時発動していることもあり、多くの人がいるにもかかわらず静謐で神秘的な空間となっている。
そんな中でリスティナは、出発前の臆病風は何処へ行ったのかと思うほど堂々と、総数3500人とも言える人々の視線を一身に受けていた。
そのまま流れるようにステージの中心に立ち、右から左へゆっくりと全員を見据える。
ただでさえ静かだった空間から更に音が消えて、このままでは心臓すら止めてしまうのではないかと思った時、リスティナは優しく微笑み言葉を発した。
「私は女神フィオレンティーナの使い、リスティナ。
かつての私は、北の地に住む強大なる力を持った魔獣に長らく囚われていました」
町人の表情が恍惚としたものから歪んだものへと変わる。
まるで自分が囚われの身になったかのような苦痛と不安に、泣き出しそうな者までいた。
鎮静魔法の効果がなければ、イベントが台無しになっていたかも知れない。
「その魔獣は皆さんも知っている勇気ある者によって討ち倒されました」
それが俺だと知っている町人がこちらに頭を下げてくる。
中には拝み始める者までいた。
「その討伐の証として持ち込まれた『魔力炉』は、この地に富と繁栄をもたらす物となるでしょう」
小さな歓声が上がる。
本当は大声を上げて喜びたいはずだ。
女神の御使いが富と繁栄を約束してくれたのだから。
それでも、今の神聖な空気を壊したくない方が大きかったようだ。
「ただし、『魔力炉』の産み出す強力な魔力に魅せられた魔物や、それを欲する人々をも呼び込むことにもなります」
先の戦争を思い出した町人が顔を両手で覆う。
あの戦いで家族を失った者は少なくない。
孤児も何人かいたはずだ。
それがまた繰り返されるという言葉に、今度は悲痛な思いが場を支配した。
「ですが心配しないでください。
私の力を勇気ある者に託します。
どうか私と共にこの地を守ってください」
リスティナの呼び掛けに町人が立ち上がる。
もっとも先に立ち上がったのは、先の戦いでもこの町に残り戦った者たちだ。
そして、戦えないまでも町を捨てられなかった者たちが続き、これから町を支えていく者たちも立ち上がる。
俺は一時的に広範囲鎮静魔法の効果を解く。
伝えたいことは伝えた。
これ以上感情を無理矢理抑えつけるのは良くない。
時には歓喜に身を任せ、勢いを付けたほうが良いだろう。
「女神様の為に……」
「フェアレンティーナ様の御心のままに……」
抑制された感情が高まって行くにつれ、会場のあちこちから声が上がり始め、それは次第に大きな歓声へと変わっていく。
「祝福された土地、祝福された民人、祝福された未来。
私もまた皆様と共に、この地にあり、主と共に戦いましょう」
俺は水属性魔法で空に薄い霧を発生させ、虹色の輝きを町に降らせる。
溜息の出るような美しさに、誰もが明るい未来を思い描く。
「タキシスは女神様の祝福を受けた。
今日を新生タキシスの誕生祭とする。
費用は全部俺が持つ、みんな歌え、踊れ。
そして好きなだけ食べて好きなだけ飲め、祝福された未来に乾杯だ!」
「うおおおおっ!」
「おおーーーっ!」
大地が揺れるような歓声に町人の心が1つになってくのを感じる。
未来の困難に立ち向かおうという町人の顔は笑顔で満たされていた。
そんな中、実際にお金を出すことになるカロッソとその管理をするフーガだけは青い顔をしていたが……
後で聞くに、俺の借金は白金貨2枚近くに達しているらしい。
ぶっちゃけタキシスの町の年間予算の10倍だ……
思ったよりも多い借金の額に、俺もびっくりした。
『魔力炉』の魔力を切り売りしているが、庶民の生活レベルを上げる為に安く抑えている為、思ったほど収入になっていなかったようだ。
今は何とか俺の信用とカロッソが中心となって評議会の連中が肩代わりしてくれているらしいが、こんなところで水を差す訳にはいかないので、取り敢えず半分くらいは早急に返済したい。
いざとなれば本当に『魔力炉』を売ることも視野に入れなければならなくなっていた。
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