046_全部持って行かれた
ゴブリンおよそ50体の襲撃を受けていたパーティーを救うべく、俺たちも参戦する。
ルティナとライナードは、何人かが倒れパーティーとしての機能が崩壊している場所に飛び込んでいく。
全体では群がるようなゴブリンの勢いに、更に何人かの生徒が倒れていたが、ゴブリン側も無傷ではない。
勇者候補のセオドリック率いるパーティーと、マチルダを虐めていたダーヴィスの率いるパーティーは10体を超えるゴブリンを葬っているし、護衛の講師もパーティーを守りつつ、同数を倒している。
ロリィはなかなか上手くやっていた。
わざと攻撃を受けそうになり、そこをセオドリックに助けられ、逆にセオドリックの危機を救う感じでカバーしている。
ぱっと見はとても息の合ったベストパートナーだ。
同じパーティーでセオドリックに惚れてそうな女が、ヒステリー気味に魔法を乱発しているのも見ていて楽しい。
俺は約束通り、マチルダが怪我を負わないように、その背後にまわろうとしているゴブリンに
強化魔法の
マチルダのただ力任せに振うだけの槍でも、強化された膂力を持ってすれば、埃を払うようにゴブリンは吹っ飛んでいく。
……なんか、マチルダの強化魔法への相性が良いな。
魔法を受ける方にも資質のようなものはあるらしいが、俺の知識を検索しても結論は出ていない。
マチルダの活躍にダーヴィスが面白くなさそうな顔を見せるが、知ったことではない。
「おい、豚女! 俺の邪魔をするな!」
「ダーヴィス様の手柄に乗ろうなんて、図々しい女ですわ!」
「そんなつもりは……」
想定通りの反応に、俺は苦笑する。
だが、俺の耳はダーヴィスが舌打ちと共に「くそっ、次だ」と言う、声を拾う。
何を指して
世界が歪むような錯覚。ついで辺りに流れ出る強烈な魔力を含んだ空気。
誰かが「まただ!?」と叫び、直ぐに沈黙が支配する。
何かが起こる、そんな緊張感が場を支配し、誰もが周囲を警戒していた。
一瞬、視界を暗闇が覆う。
そして、大きな物体が空気を切り裂く音と共に、何かを打ち付けるようにして通り過ぎると、赤い霧がダーヴィスを襲い、真っ赤に染めあげた。
一瞬前まで人であったそれは、激しい威力の何かに打ち砕かれ、血と臓物となりダーヴィスとその付近にいた生徒に降り掛かる。
死の尊厳どころか、存在その物さえ消失する生徒の姿を見て、なお悲鳴すら上がらない。
常識を逸脱した状況に理解が追い付かず、誰もが起きた事象に反応できず、ゴブリンでさえその動きを止めていた。
巨人族サイクロプス。
単眼の巨人にして驚異的な力を持つそれは、Bランクに位置付けられる魔人族だ。
身長は5メートルに達し、青みを帯びた体は筋肉質で、右手に巨大な棍棒を持つ。
腰回りに布を巻き付けただけの原始的な装いだが、その物理的な攻撃力は決して侮ることが出来ない。
力任せに棍棒を振うという単純な攻撃であっても、それをまともに受けて立っていられる人間は少ないだろう。
そんな存在が、勇者パーティーとマチルダを虐めていたパーティーの間に現れた。
物陰から現れたとか地面から湧いてきたとか、そんな方法ではなく、突如空間が割れ、そこから顔を出してきたのだ。
俺も含めて呆気に取られる中、全身を現わしたサイクロプスは、まるでハエでも払うように腕に持った棍棒を振う。
たった一振りで、何の抵抗もなく虐めパーティーの数人をまとめてなぎ払っていた。
その威力は人の存在を消し去るに十分で、赤黒い花が咲くようにして鮮血が飛び散り、再び近くのパーティーメンバーを染め上げていた。
「イ……イヤーッ!」
「うげぇっ!」
怯える様に満足したのか、サイクロプスがその肉体を誇示するがごとく腕を広げ、咆哮を上げる。
静寂が支配した場から阿鼻叫喚が木霊する空間に一転、恐怖に叫ぶ者、嘔吐する者、腰を抜かし失禁する者、それぞれがそれぞれの形で反応を見せた。
ロリィが、魔王を呼べなくなった代わりにサイクロプスを呼んだのかと思ったが、当の本人は血まみれで四つん這いになり吐いていた……ほんとグロ耐性がないな。
殺さないようにという約束もしてあるし、別の要因だろう。
「ぜ、全員地上へ戻れ!!」
「荷物は捨てて全力で走れ!!」
「護衛は『魔法障壁』を展開し、生徒たちが逃げる時間を稼げ!」
そんな中でも場慣れしているだけあり、護衛の講師たちの立ち直りは早い。
「なんだっていうんだよあれは!!」
「た、たすけ……て、だれか、たす」
「喚いている暇があったらさっさと逃げろ!」
俺は知識を探る……
問題は誰が発動したかだが、今日この場に『魔族召喚』が使えるほどの使い手はいない、俺とロリィ以外には。
となれば、残る可能性は魔道具を用いたということになる。
魔道具は発動の為に微量の魔力が必要なだけで、コツさえわかれば学生でも扱うことが出来た。
もっとも、魔道具には誤用を防ぐ目的で、起動の為の魔法が必要になっている。
よって、魔法が発動したということは意図的に発動したということだ。
この世界の歴史は古く、神々の戯れの結果か否か、文明が栄えては滅ぶことを繰り返していた。
そして、繰り返すごとに文明レベルは退化しているといえる。
古代文明の遺跡から見付かる魔道具に、現在の技術では作成できない物が多くあることがそれを証明していた。
人はこれらの魔道具を
『魔族召喚』は古代文明時代の魔法書に記された魔法で、魔道具も存在する。今回使われたのは魔道具に分別される魔晶石だろう。
魔人族を使役する手段を失っている現在、危険視されるこれらの魔道具は国が買い取ることになっていて、個人が使用することは禁じられていた。
ただ、古代人は魔人族を奴隷のように行使していたらしく、下級魔人族を召喚する魔道具は大量に見付かっていたので、入手する気になればお金次第で誰でも可能だ。
現状で事の原因を作ったのが誰かを特定するのは難しい。
まぁ、怪しいのはダーヴィスだが、魔晶石は発動すると砕け散り、証拠として残らないこともあり確定は出来ない。
魔人族が自ら出て来た可能性も残っているので、そっちの芽が出た可能性もある。
ダーヴィスが、俺と同じようなことを考えていたとは思いたくないな。
ロリィが呼ぼうとしたのは魔王だから、その点は遠慮があったと思っておこう。
ただし当の本人は、想定以上の魔人族が召喚されたことで心が砕けたのか、身動きが出来ないようだ。
後始末をどう付ける気なのかわからないが、動けないなら死ぬだけか。
どちらにせよ俺にとってはまさに願ってもないチャンス。
これで「きゃーカズト様、素敵!!」大作戦が実行できるというものだ。
「ルティナ、早く逃げるぞ!」
「カズト君とマチルダさんも早く!」
「3人は行ってくれ、俺はロリィを置いてはいけない!」
なんとなく主人公っぽい台詞を吐く。
こういうのは恥ずかしがっていてはいけない。
照れずに勢いで言わなければ、演技っぽくなってしまう。
まぁ、演技なんだが。
「ダメだよ、置いていけないよ!」
「ライナード、護衛らしく引き摺ってでも連れて行けよ!」
「わかっている! カズトも無茶はするなよ!」
「カズトさん……」
本当にルティナを引き摺るようにして引き上げていくライナード。
心配そうに何度も振り返りながらマチルダも引き上げていく。
マチルダが、どうしても残るとかだだをこねなくて良かった。
あの体型ではライナードが引き摺っていくことは無理だ。
続々と生徒たちが逃げ出していく中、それでも残っているのは護衛の講師たちと、勇者パーティー、それにイジメパーティーの残りだ。
あれ……これって、誰が「きゃーカズト様、素敵!!」って言ってくれる訳?
勇者パーティーにいる女の子は、ロリィ以外にはセオドリックに惚れていそうな子だけだ。
虐めパーティーにいた女の子は、最初の一撃で肉体もろとも消え去っていた。
これならサイクロプスを倒すより、お友達になった方が良いのでは?
魔人族は魔物と違って、良い素材が取れたり魔石を残したりはしない。
せいぜい飾りとして角や特徴的な部位が取引される程度で、ある意味、進んで討伐する必要のない存在だ。
俺は一応魔王を目指している。
この辺で魔人族との繋がりを作るのは、必要なことではないだろうか?
だが、人がいるこの場で堂々と「お友達からお願いします」とは言えない。
まぁこれが最後のチャンスというわけでもないか。
ここはサイクロプスに、大人しく咬ませ犬となってもらった方が良い。
「ロリィ、立てるか?」
震えるその体を引き起こすと、両目手で口を押さえ、涙目で顔を振っている。
こんな状況でサイクロプスの一撃をくらっても大丈夫なのか?
それはそれで興味のあるところだが、まかり間違ってロリィが死んだら、その力の一端を授けられている俺もどうなるかわからない。
リスクを冒すところでもないな。
「勇者様、ここは出番ですよ?」
一応勇者候補の心証も考えて、一声掛けてみたが、残念ながら立ったまま失神していた。
壮絶な状況を前に、敢然と立ち向かう姿かと思いきや、まさか精神が逃げ出しているとか……いや、ダーヴィスやセオドリックだけじゃない、俺とロリィ以外に残っている全員が硬直したように気を失っていた。
あの単眼には精神を硬化させる能力があるのか。
俺の知識になかったということは、余り一般的に知られている能力じゃないんだな。
一目散に逃げ出した生徒には効果がなく、立ち向かおうとした講師や生徒に影響が出ているのは皮肉だ。
この後に待っていることを考えれば、人に広く知られていない能力なのもわかる。
だが、俺やロリィに効いていないところを見ると、魔法的な抵抗力か絶対的な基礎能力の差で対抗できるのだろう。
「ゴブリンすら逃げ出し、誰も見ていない中で、ますます倒す意味がなくなったな……」
巨大な棍棒を『魔法障壁』で弾き、『茨の監獄』で拘束しようとした時。
俺が動くより早く、淡く青い光を放つ鎧を身に纏った騎士が割って入り、巨大な白銀の盾を持ってそれを受け止めた。
俺よりも小柄なその騎士は、サイクロプスの強大な一撃に力負けすることなく、むしろその攻撃を弾き上げる。
俺よりも小柄な騎士が、圧倒的な力を見せるサイクロプスに怯むことなく立ち向かう姿に惹かれた。
バランスを崩すように身を逸らしたサイクロプスに向かって、視界の片隅から今度は淡く赤い光を放つ戦士が飛び出す。
ローブに隠れた顔から性別を判断することは出来ないが、赤く光る双眸が暗闇の中で尾を引く様子から目が離せない。
赤い光りは飛び上がると、サイクロプスの腕を蹴り、回転する勢いを持って黒い刃渡りの巨大な剣を振るう。
その一撃は屈強な肉体を持つサイクロプスの首を切り落とし、俺の友達候補はあっさりと死んだ。
俺が悲願に暮れる中、2人は何かを相談し合う。
結論が出るのは早く、直ぐに騎士の方が膝を着くと、まるで祈りを捧げるかのように胸の前で手を合わせ、頭を垂れた。
先程までの阿鼻叫喚響き渡る空間が一転。
静寂のなかに神聖な空気を感じる、そんな空間になっていた。
「あの女が来る……滅多にないから見ておくと良いわ」
俺はロリィの言葉を真摯に受け止め、これから起こることに集中する。
変化は直ぐに訪れた。
祈りを捧げる騎士を中心に青白い光りの柱が降り立ち、次いでその光りを降りてくる1人の女性……女神か!?
5対の翼を持つそれは、東の大陸で主神とされるエリンハイムの娘の1人、慈愛の女神アルテアの姿絵によく似ていた。
「女神アルテア……」
「そう。滅多に姿を見せないのに、あの子には甘いのね」
傷付いた講師や生徒の傷があっという間に癒やされていく。
治すだけなら同等のことが俺にも出来るが、女神の癒やしは傷だけを治すものではない感じで、言葉にするならば心が洗われる感じか……なんか負けているようで悔しい。
不意に黄金色の光りが現れる。
数は死んだ生徒の数と同じ5個。
その黄金の繭の中に、姿さえ消え去っていたはずの生徒が、徐々に姿を現す。
生きている。その胸は静かに胎動し、明らかに生命の鼓動が見て取れる――一糸惑わぬ裸だったから、良く見えたし、良く見ることにした。
マチルダを虐めていた女生徒はなかなかプロポーションが良い。
女神アルテアが少し困ったような表情を見せたが、これが男というものだと、俺は堂々と視線を返す。
それに対して溜息を返されたのは気のせいだと思いたい。
称号が『女神に溜息をつかせる男』になってしまう。
女神の力は硬直していた講師やセオドリックたちにも効果があったか、それぞれが動き出すと女神の存在に驚き、畏まる者、祈り出す者、涙する者と、様々な様子を見せた。
女神アルテアが光りの柱と共に天を目指して昇っていく。
まるで夢物語だな。
俺はそんな奇跡を起こした2人の称号を確認する。
騎士は『女神の愛娘』、戦士は『フェンリルの眷属』となっていた。
どちらもその力を推し量ることは難しく、それだけに強力な存在だとわかる。
「俺と同じか?」
「私が直接干渉しているカズトほどではないわ。
そういう意味ではセオドリックのような紛い者ではなく、南の勇者の方が恐いわよ」
彼女たち以上……俺は勇者を侮っていたかもしれない。
植え付けられた知識の万能感からか、どんな事態にも対応できると思っていた。
だが、いま目の前で行われる『神技』――神の御業は『世界の記憶』さえ書き換えている。
そんな力を振う相手が弱いはずがない。
下手をしたら神の代理戦争だろう。
避けられる戦いなら避けた方が良いか?
最終的に勝てるとしても、肉体がなければ女の子と楽しめなくなってしまう。
先を急ぐという2人に、護衛の講師たちは深く頭を下げ、助けられた生徒もそれに倣う。
「『思いの力』を全部持って行かれたわね」
「あっ……」
女神アルテア、許すまじ!
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