045_マチルダは俺が守る
時は10日ほど遡る。
タキシスの町より南に20日ほど南下したところに、バラカス領の領主の館がある。
どちらかと言えば要塞の様な趣のある館だ。
昔は南のルドニア王国に属していたらしいが、ここクオルディア王国が攻め落とし、併合されて100年ほどが経っている。
バラカス領を治めているのは、その戦で功績を挙げたバラカス侯爵家。
ただ直近の戦で、勇猛な騎士として名を馳せていたルディオ・バラカス候が南の勇者に討たれ、現在は1人娘のメディカ・バラカスが一時的に爵位を継いでいた。
まだ14歳の彼女には、急ぎ婿をとり、防衛戦の立て直しが期待されている。
ルドニア王国はルディオ・バラカス候を討った勢いでこの国に攻め入るかと思われたが、そのまま兵を動かすことはなく、現在は沈黙している。
その理由は不明。
「ドルトス、顔色が優れませんね。
私が不甲斐ないばかりに、無理を掛けます」
ドルトス。カズトの脅しに屈し、作戦の片棒を担ぐことになった男だ。
「何を仰いますか、私が無理をするのは当然にございます。
力及ばずルディオ様をお救いすることが出来ませんでした。
本来であればこの命を差し出しても足りないくらいです。
ですが、メディカ様はお許しくださいました。
ならば、せめてこの命がけずり落ちるまで、メディカ様に忠誠を尽くす次第にございます」
謁見の間と言うには些か麗美に欠けた部屋だが、常に戦場と隣り合わせとなるこの館からすれば相応とも思える場で、現当主メディカとドルトスが相対していた。
メディカの背後には騎士団長それに摂政と補佐官が控え、ドルトスに冷たい視線を投げている。
ルディオ・バラカス候が討たれたのは、ドルトスが勇者の動向を探っていたにもかかわらず不意を突かれた事によるもので、此度の失態を引き起こしたとまでは言わないが、その一端であると思われていた。
だが、主を守れなかったのは騎士団長も同じだ。
気持ちが態度に出ることは許しても、口にまで出すつもりはない。
ましてや現当主が許しているのだ、言葉に出せば不敬に当たる。
「その言葉だけで十分です。
持ち寄られた情報についてはこちらで検討します。
今日はもう休み、体を慈しみなさい」
「はっ、失礼いたします」
ドルトスが下がり、部屋には3人だけとなる。
メディカは小さく息を吐き、もたらされた情報の重さに肩を落とした。
「アドラー、摂政としてドルトスの話はどう思いますか?」
「アセリア領のタキシスに、何かしらの大きな動きがあることは確かです。
商人たちの動きもタキシスに集中し始めておりますし、先の情報も信憑性が増してきました。
取り扱う商品に魔力の満ちた魔石が増え、空の魔石を買いあさる商人が多いと聞きます」
「『魔力炉』ですか……それがあれば状況は変わりますか?」
「魔法障壁を常時発動出来ますので、防衛という意味ではこれ以上ないかと」
「譲っては――頂けないでしょうね」
「難しいと考えます」
先立つものがあれば今すぐにでも。
メディカはそう思いつつも、それが不可能なことを摂政のアドラーから知らされている。
もうお金がないのだ。
しばらく前から臨時防衛費の増額を願い出ていたが、国からは今だ返事が来ていない。
北でも戦が起こり、余裕がないことはメディカもわかっていた。
だが、それでも必要な物は必要だ。
見捨てられた土地……
そんな言葉がメディカの心に響く。
誰が言い始めたのか、気が付くとそんな言葉を拾うことが多かった。
家臣の中にはルドニア王国への復帰を考える者が出ているという、不確かな情報も入っている。
だがメディカには、父が守ったこの地を、その思いに反するような形で手放すつもりはない。
「ベッデル将軍、もし御使い様を招くことが出来たら、士気は上がりますか?」
「軍には主神バトラールを信仰する者が多くおります。
戦の神ですからな。
その縁近い御使い様が戦場にと言うのであれば、これ以上の士気向上はないでしょう。
もし奇跡が起こるのであれば、勇者を退けることも可能かと」
タキシスの町に降り立った御使いは、女神フィオレンティーナの使いだとドルトスは伝えていた。
主神バトラールの妻であり、水の女神、あるいは豊穣の女神と言われている。
「そうですか……では、そのお言葉だけでも頂けないか、使いの者を送りましょう」
「その様な悠長な状況にはないと判断します。
多少強引であっても、お招きすべきでしょう。
動くのでしたらアセリア領の領主が動く前がよろしいかと。
幸いにしてドルトスの情報は早いようですから、まだあちらは動いていないと思われます」
そこには、武力で脅してでも連れてくるべきだという意志が感じられた。
主神バトラールは戦の神だけあって、戦いそのものは否定しない。
むしろ、戦場や力ある者を好むと言われている。
その妻である女神フィオレンティーナは強引なバトラールに惹かれたという。
ならば今まさに戦場となっているバラカス領の直ぐ近くに降りたのも縁。
主神バトラールが見守るこの戦場に、女神の御使い様を招待すべきだとベッデル将軍は語る。
「私に出来ることは、必要とあらばこの命を差し出すことだけです。
ベッデル将軍、方法は任せますが無礼のないように」
「はっ、必ずや」
「アドラー、女神の御使い様を迎える準備を」
「畏まりました」
誰もいなくなった謁見の間で、メディカは目を閉じ、女神フィオレンティーナに願う。
自らの命を代償に、この戦を終わらせて欲しいと。
◇
寝番をしたからといって、サプライズ企画があるわけでもなく、魔物に襲われるようなことはなかった。
多分この辺りにひっそりと組み込まれている魔法陣の効果で、弱い魔物を引きつけないようになっているのだろう。
護衛の講師がその存在を教えてくれることはなかったが、適度な緊張感を保たせるためかもしれない。
なにせ授業の一環だし、全滅するような危険はないように計画されていても不思議はなかった。
ますます面白みがないな。
せめて湖の精霊のような心躍るイベントでもあれば良いのだが、それさえもなく3つ目のポイントまで着いてしまった。後は帰るだけである。
せめて晩ご飯を楽しみにするしか――と思った時、怒号と悲鳴が広大な洞窟に響き渡った。
「随分派手だな」
「また不意打ちでも受けているのか?」
ライナードの言うとおりなら対した事じゃないが、それにしては焦りすぎな雰囲気だ。
俺は『索敵』で調べたくなる気持ちを抑えて走り出す。
ネタバレではイベントを楽しめないからな。
岩場を迂回して回り込んだ俺たちが目にしたのは、ゴブリンの群れに囲まれ混戦になりつつある他パーティーの様子だった。
ゴブリンの数は全部で50体ちかく、奥にはそれを統率しているだろうオークが1体いて、戦いの様子を楽しそうに眺めている。
「第1層にも魔人族がいるんだな……」
「そんなはずはない!?」
俺の疑問に答えたのは護衛の講師だ。
そして、俺たちの護衛を放棄し、他のパーティーを助けに走っていく。
気持ちはわかるが、せめて何か指示を出してから行くべきではないだろうか。
まぁ、そんな余裕がないのもわかる。
既に3人ほど倒れている生徒は、腹を割かれたり頭が割れていたりと、生きているとは思えない状況だ。
泣きながら武器を振り回す生徒、パニックになり魔法を詠唱しているのに不発している生徒、逃げ惑い背中から襲われる生徒。
惨憺たる状況だが、その中でも勇者パーティーと虐めパーティーは検討していた。
ダンジョンに入るのは初めてでも、戦いその物は初めてではないのかも知れない。
なかなか堂に入った戦い方で、きちんとパーティーを組んでゴブリンに対抗している。
そのせいか、オークの表情にも苛立ちが見え始めていた。
「僕も助けに行くからね! カズト君は無理をしないで!」
「ルティナ! 後衛が護衛も付けずに前に出るな!」
ライナードもルティナを追って飛び出す。
ルティナはやっぱり根は男だな。なかなか勇ましい。
「カズトさん、わ、私も行きます」
「いいのか? そこにいるのはお前を蔑んでいたパーティーだぞ」
手強いと判断されたのか、虐めパーティーを囲うゴブリンの数が増え、それに伴い攻撃を中断される回数も増えていた。
それでも、マチルダを率先して虐めていた男にはまだ余裕があるのか、勇者パーティーより多くのゴブリンを相手にしていることに得意気だ。
意識しすぎの為か、視線が常に勇者候補であるセオドリックを追っているからわかりやすい。
「ダーヴィス様は恩ある子爵様の御令息にあたりますから」
虐めパーティーのリーダーはダーヴィスというのか。
今の状況でダーヴィスを助けに参戦しようものなら、活躍の場を奪ったと逆恨みされるのではないか?
まぁ、マチルダの好きにさせるか。
「好きにすれば良い。マチルダは俺が守る」
それを聞いたマチルダの頬が桃色に染まる。
なにか勘違いしてないか? 守るだけだぞ?
「い、行ってきます!」
その巨体からは想像が出来ない速さで駆け出すマチルダ。
俺は何かやってしまった感が半端ない。
ま、それは後で考えるとして、俺も演技程度には参戦しておくか。
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