044_ルティナは特別だ
俺たちはミストリア学園の課外授業で、アセリア領の領都リンブルグ近郊にあるダンジョンに来ていた。
今回、課外授業を受けたのは5組20名。
内容は安全面を考慮したもので、ダンジョン第1層から2層へ移動する入り口を探しだし、そこにある転移ポイントから外へと脱出するという流れになっている。
当初は他のパーティーと共に行動していたが、ライナードの提案もあり、俺たちは第2のヒント地点へと向かっていた。
道中は狼型の魔物や、岩に偽装した蜥蜴のような魔物、地面に空いた小さな穴から襲ってくる口の大きなミミズのような魔物、といったFランクの魔物を討伐しつつ、体内時計で15時頃には第2ポイントと思われる水辺に辿り着いた。
「さて、青く光る水場はこれだとして、対話しろとはなんだろうな」
「こんにちは水辺の精霊さん」
ルティナが可愛いことをしている。
ほんと、なんで女の子じゃないんだろう。
直径50メートルほどの池は凄く澄んだ水で満たされ、底に転がる魔石の放つ光で青く輝いていた。
池の畔に咲く白い花がその光を受け、同調するように光る光景は溜息が出るような美しさで、地下にいることをしばらく忘れさせてくれる。
わざわざここをヒントのポイントにしてくれた講師も、なかなかロマンティストじゃないか。
池の直径の割にかなり深い。恐らく水深100メートルくらいはあるか。
とても普通の人間が取りに行ける場所じゃないな。
魔法を使えばなんとかなりそうだが、別にこの光景を壊すこともないだろう。
ヒントに乗っているのは間違いなくここで間違いない。
さぁどうしたものかと考えたところで、池の水が渦を巻くようにして伸び上がる。
「ルティナ、今度は何をやった!?」
「僕は何もしてないよ!?
ライナードこそ決めつけないでよね」
身構えたところで水のうねりは和らぎ、次いで水面に立つ女性の姿を
ぱっと見は全裸にも見えるが、そもそもが透明な水だ。
魔石の放つ光の反射で人間の女性のように見えるだけで、明らかに人間ではない。
『こんにちは、人の子たち。
わたしは水の精霊王スイフニールの娘、レイリーン。
どうか私の願いを聞いてください』
悲しみを携えた瞳で、レイリーンと名乗った精霊が懇願する。
両手を胸の前で合わせ、まるで祈るようなその姿はとても綺麗だ。
「私はライナード・オルファン。
レディの願いならば、微力ながら力を貸そう」
「ちょ、ライナード早いよ!」
確かに早い。
その台詞は俺のものだろう、モブキャラごときが発していい台詞じゃない。
「カズトさん?」
「あ、いや、見とれていただけだ」
「そう……ですよね。とてもお綺麗ですから」
マチルダも肌だけは綺麗だぞ。
言ってはやらないが。
『ありがとう、ライナード。
私の願い、それは光り輝く空の元へ帰ることです。
お願いです、どうか私を、私の宿る精霊石を地上へ……』
そう言うとレイリーンは姿を崩し、後には再び青く光を放つ池だけが残った。
数十秒だけの邂逅。
「水の精霊である彼女に出会えた君たちは幸運だ。
彼女は明かりの少ないここで眠るように力を貯め、その力を使って今のように願いを伝えに現れる。
その頻度は数年に1度と言われていて、私も毎年来ているが実際に姿を見たのはこれが2回目だ」
護衛の講師も若干興奮気味だ。
本来なら影となって存在感を消しているはずなのに、珍しい光景を目にして思わずといったところか。
「それじゃライナード、がんばれよ。期待している」
「無理だろ!?」
「ライナード、僕は少しだけ君を軽蔑したよ」
諦めも早かった。
良いぞルティナ、もっと言ってやれ。
精霊石、それは池の底にある青い魔石だと思っていた物のことだろう。
さて、為になる俺の知識を検索する――精霊石は思ったよりも大きかった。
精霊石は傷付き易いようで、狩猟に使うようなトラバサミを沈めて引き上げるというのはダメなようだ。
ロープや木では必要な強度が得られず、失敗している。
純粋に魔法だけでのチャレンジも行われていたが、まずもって精霊石のところまでたどり着けていない。
風属性の魔法で空気の壁を纏って沈んでいった魔術師が1番近くまで達したが、息が尽きたのか途中で泡となった。
もっとも、そのまま精霊石までたどり着けても、持ってあがる術がないだろう。
魔術師の大量投入という物量作戦でなんとかなるかもしれないが、それでも何十人もの魔術師が何年と掛けるほどの魅力はないと判断されていた。
その辺の地面を掘っていって、最後に横から精霊石に近付いても、貫通した途端に物凄い水圧で押し返されるだけか。
いっそのこと、第2層から上に向けて穴を空け、池の底を抜いてしまうのが手っ取り早そうだ。
ただ、精霊が宿ると言うだけで、それ以上の価値は無いな。
迷信のレベルでは、水の精霊石があると比較的雨に恵まれ、作物が良く育つと言われているが、俺には必要がないしタキシスの町にも必要ない。
まぁ、なかなか面白いものを体験させてもらったお礼くらいはしても良いかもしれないが、今することでもない。
それよりも今は、マチルダに夜食の準備をしてもらうのが先決だ。
ゴール地点への地図は入手済みだ。
別にたいしたことではない。付き添いの講師が持っていただけだ。
ここへ来た時点で条件はクリアされていたのだろう。
地図は何かの皮を利用した物で、反対側が透けるほど薄い物だ。
これを3枚重ねれば完成する感じな。
「カズト君って、何かと器用に熟すよね」
『時空鞄』からマチルダに渡す食材を取り出していたところで、ルティナが感心した様子で声を掛けてきた。
この世界で『時空鞄』を使えるのは俺とロリィだけだ。
だが、似たような魔法で
『時空鞄』の完全な劣化魔法になるが、それでも空間を操る魔法は難しい。
もし10立方メートルほどの物資が格納できる魔術師なら、国のお抱えで食いっぱぐれがないほどだ。
ただし、戦場では1番に命を狙われるがな。
「俺はめんどくさがり屋だから、こういう便利魔法は率先して覚えることにしている」
「覚えようとして覚えられるだけ凄いよ」
「コツがあるんだ。後で教えてやるさ」
「えっ!? そんな簡単に言って良いことじゃないと思うけど?」
一子相伝というわけでもあるまいに大袈裟だ――あぁ、近いものがあるらしい。
魔法技術を独占するとこで、利益も独占する傾向があった。
特に優れた魔法ほど秘匿されるのか。
「ま、まぁ、ルティナは特別だ」
「恐れ多いんだけど……」
「それより、マチルダ。期待している」
「はい! 精一杯美味しい物を作ります!」
気合いの入った反応に、俺も期待を増す。
思えばこの世界の料理は味気なかった。
基本は殆ど塩を使った味付けばかりで、いい加減に飽きていた。
元の世界で食事という手もあるが、マチルダがいればその必要はなさそうだ。
十分な食材さえ与えれば、十分に満足のいく料理が出てくる事は既に確認済みである。
さらに火を起こして、それを囲うよに壁を作り、鍋が吊せるようにしたところで俺のお仕事は終了だ。
ルティナが少しあきれ顔だったが、代わりにマチルダが尊敬の目を向けてくれたので良しとする。
「俺の仕事が……」
「ライナードには寝ずの番という大切な役割があるさ」
「俺1人に任せる気かよ!?」
「適材適所とは言え、途中で俺がかわるから最初は任せた」
俺は特に眠る必要もないけれど、代わりの見張り番とかそれっぽいイベントじゃないか。
ここは是非体験しておくべきだろう。
なにせ、こういうのが楽しみで学園に通っているのだ。
どんなイベントが起こるか、ワクワクである。
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