043_ダンジョンは生き物である

 魔王がいた。

 称号に『深淵の眠り姫』とある。


 深淵を覗くとき、深淵もまたお前を覗いているだろう――偉人さんの言葉にあやかるなら、俺はいま魔王に見られているらしい。


 それはともかく、なんでこんなところに魔王がいるんだよ。

 いや、魔国に繋がるというダンジョンなんだからいても不思議じゃないのかもしれないが、そうはいってもいきなりラスボスはないだろ。

 出来ればそのまま眠っていてほしい。


 俺は速攻でロリィにキャンセルを掛ける為にジェスチャーを返した。

 不服そうなロリィと何度かジェスチャーの応酬をし、最終的には美味しいデザートのレシピで我慢してもらう。


 こういうイベントに思ってもみない強敵が現れるのはお約束ではあるが、それが魔王ではやり過ぎだ。


 魔王は世界に1人というわけではない。

 人間がそうであるように、ダンジョンの奥を縄張りとし、それらを支配しているのが魔王となる。


 魔王とは、正確にはダンジョンの奥にあるという魔人族の国――魔国の王だ。

 魔人族にも色々な種族がいて、それぞれを統べる王が4人いるといわれていた。

 元は5人だったが、勇者が1人を倒している。

 魔国では人間と同じく『魔力炉』を動力としたインフラを整備し、多様な魔人族が暮らしていらしい。


 俺の知識は、事実だけでなく伝承や物語まで入り交じっている為、いまいち全容が掴めないが、それはこの世界の識者でも同じだ。

 魔国があるというのも、結局のところ魔王の1人を倒しに向かった古の勇者の残した言葉だけであり、本当のところ誰も見たことがないのだから。


 でも実在する。

 何故言い切れるかと言えば、『索敵』魔法がチート過ぎた。

 効果範囲が限定的とは言え、地下10層を超える先にいる魔王が検知できるとか、ゲームならバランスブレーカーも良いところだ。

 横方向では見付からなかった可能性があるけれど、縦にはそれほど深くない為『索敵』魔法に引っ掛かったのだろう。


 ちなみに、魔王のいないダンジョンでは、魔王の代わりに魔獣が『魔力炉』を支配している。

 俺が『魔力炉』を頂いたダンジョンは地獄の番犬ケルベロスが支配するダンジョンだったな。

 魔獣は魔物の内、逸脱した強さを誇るものを指している。

 魔獣の中で最上位に位置するのは、お約束ではあるがドラゴン族だ。


 魔人族にも序列があるらしいが、ここがどの程度なのかは判断が付かない。

 それでも、俺に魔王が倒せるのかと聞かれれば、倒せると答える。

 勇者に倒せたのであれば、倒せるはずだ……ちょっと自信がないから、これもロリィに確認が必要だな。

 もっとも、その時の被害を考えるば、興味本位で戦う相手ではない。

 なにせ人間が減ってしまっては『思いの力』を集めにくくなるのだから。


 そう言えば、『思いの力』は魔人族のものであっても有効なのだろうか……これもロリィに確認が必要だな。

 確認すべきことが多くなってきた。

 これもやはり、もらった知識がポンコツのせいかもしれない。


 さて、魔王は除外するとして、何かしらのイベントは必要か――


「キャーッ!!」

「うわあぁ!」


 そう思ったところで、唐突にイベントが始まった。

 まだ何もしていないのに……


 横合いの岩場の影から、猿のような魔物が飛び出し、俺たちの後ろを進んでいたパーティーに襲い掛かっていた。

 キラーエイプと呼ばれる難易度Fランクの魔物だが、集団戦を好むことから意外と侮れない。

 今も続けて姿を現わしていて、その数は10体を越えている。



「マ、『魔法の矢』マジック・アロー!!」


 ルティナがかざしたロッドの先端に小型の魔法陣が発生し、そこから淡い緑色の光りが飛び立つ。

 発動が早く威力もそこそこ、追尾性もあることから最初に覚える攻撃魔法の定番だ。

 動き回るキラーエイプには良い選択だな。


 ライナードが援護に駆け寄り、マチルダもそれに付いていく。

 マチルダが勇ましい……余り危険には飛び込まないんで欲しいんだが。

 ちなみに前者は片手剣に盾を装備し、後者は槍装備になる。


 俺も全員に『身体強化』フィジカル・ブーストの魔法を掛け、ルティナに向かって来たキラーエイプは殴り倒しておく。

 骨の砕ける感覚が腕を伝い、気持ち悪い。


 襲われたパーティーも、講師の援護とライナードやマチルダの介入で、だんだんと落ち着きを取り戻したようだ。

 練習通り、後衛を守る様に前衛が陣形を組み直すと、キラーエイプはそれ以上距離を詰めることが出来ず、遠巻きに唸るだけとなる。

 所詮は最低に属するFランクの魔物であり、攻撃も噛み付くだけなので、不意打ちさえ凌げば敵ではない。

 前衛がしっかりとキラーエイプを抑え、後衛が魔法による遠隔攻撃で仕留める。

 終わってみれば楽勝だ。


 死んだ魔物は、しばらくすると地面に飲まれるようにして消えていった。

 この辺は地上では見ない傾向だ。

 素材にしろ魔石にしろさっさと回収しないと、苦労して倒したのに得るものが無いって事もあり得るな。


「ダンジョンは生き物である」とは、だんだんと成長し獲物を飲み込んでいく姿を見て、生まれた言葉なのかもしれない。


「あはは、お前ら情けなすぎだろ。

 この程度の魔物相手にビビってるなら、ここで引き返した方が良いぞ」


 虐めパーティーのリーダーが鼻で笑い、声を掛けてくる。

 言い方はともかく、意外と優しい奴だな。

 最悪の事態を考えれば、囮にして逃げる為に人は多い方が良い。

 それを帰れだとか、お人好しでしかない。

 もし俺の実力が低ければ、適当に援護しつつ全員連れて行くだろう。

 人が多ければ今のように数の暴力で圧倒できるし、勝てない敵ならば盾として使える。


「むぅ、またあんな言い方を」

「ルティナ、初手『魔法の矢』は良い選択だった。

 不意打ちだったのにしっかりと発動も出来ていたし、これならこの階層は安心だ」

「カズト君にそう言って貰えると、ちょっと自信が付くよ」


 はにかんだ笑顔が可愛い。

 男の娘も良いかもしれ――いや、ダメだろ。

 ……ダメかな?

 なんでダメなんだろ、別に良くないか?

 自由に生きると決めたのだから、良いと思えば良いのではないだろうか?


「あの、カズトさんどうかされましたか?」


 丸い顔が覗き込んでくる。

 俺はいま何を考えていた?

 なんかマチルダに救われた気がする。


「マチルダは前衛という訳でもないから無理に前に出る必要はないぞ」

「いえ、私にはこれくらいしか出来ないので」


 いや、俺の為に3食を作るという大きな役目がある。

 その為だけに存在するといっても良いくらいだ。


 一応『蘇生』魔法は存在するが、どんな状態でも蘇生できる訳じゃない。

 肉体の傷を癒やし、そこに魂魄こんぱくを呼び戻すのが『蘇生』魔法であり、自我の崩壊や死を受け入れると魂魄自体が消え去り『世界の記憶』に飲み込まれる。

 そうなってからでは、『蘇生』魔法といえど生き返らせることは無理だ。


 魔物を処理してからしばらく歩いていると、ライナードが寄って来た。


「カズト、ヒントを見る限り少し東にずれている感じじゃないか?」

「最も高き山を左手に、5つの柱を視界に収める方角。

 青く光る水場の畔で水と対話せよ……」

「な、ズレているだろ」


 ライナードが少し得意そうに胸を張る。

 ヒントにはご丁寧に、それぞれ1から3の番号が振ってあった。

 素直に考えれば1番から探すだろう。


「2つ目の中継ポイントの方が近いのか?」

「別に順番は指定されていないから、手っ取り早いところからで構わないよな?」

「そうだな。先行する勇者パーティーは、先に1つ目の中継ポイントを目指しているみたいだし、後を付いていくのも面白みはないか」

「それじゃ決りだ」


 たまたま散開前に襲撃を受けたせいか、本来ならパーティーごとにゴール目指してばらけているはずが、未だに連なる形で荒野を進んでいた。

 巨大な柱や岩そして小高い山に囲まれている1層は、歩きやすい道を選んでいる限り、自然と同じような道を選ぶことになる。

 不意打ちを受けたことの不安もあるのだろう。後に続くパーティーは付かず離れずといった距離を保っていた。


 そんな中で俺たちが前の2パーティーから別れたことで、後ろに続くパーティーに戸惑いが生まれた。

 護衛役の講師が何も言わないことから、思った通りルール違反と言うことでもないようだ。

 結局、後のパーティーは勇者パーティーに付いていったので、俺たちの単独行動になった訳だが、これではますます計画から逸れていく。


 俺の計画の為には、より多くのメンバーが揃っていた方が良いけれど、正直この1層では大した魔物もいない。

 残念ながら「きゃー、カズト様素敵!!」大作戦は、この1層ではインパクトに欠けると言わざるを得ない。


 これはこれで楽しいが、忙しい身でもあるので計画が破綻したならさっさと済ませて帰るか。

 そろそろ3人娘も寂しがっている頃だ――多分。

 元気だったらどうしよう。ちょっと傷付くかもしれない。

 その時はお仕置きだ。

 どんなお仕置きが良いか……とてもゲスなお仕置きが必要だな。

 なにせ後悔させることが目的なのだから、喜ぶようなお仕置きでは本末転倒だ。


 今から楽しみである。

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