042_余り不穏なこと言わないでよ!?

 転移ポイントへ踏み入れた俺たちは、一瞬の浮遊感の後、ダンジョン内部へと到達した。

 仕組み的には2つの転移ポイントを繋ぐ物のようで、『転移』魔法の機能限定版といったところか。

 今俺たちの目の前には、転移ポイントの魔法陣が発する明かりに照らされて、地下に向かって伸びる洞窟が浮かび上がっていた。


 ダンジョンと言えば地下だ。

 ラノベなら地下なのに太陽があって、夜には星が出ているダンジョンもある。

 だがこの世界のダンジョンは、そんな不思議空間ということもなく、正しく地下に続いている――しばらくは。


 植え付けられた知識によると、このダンジョンの規模は物凄く広大で、それこそ別の世界が広がっているといっても過言ではないほどの広さがあるようだが、そんな風景が広がっている場所まではしばらく歩くことになる。


 現在人類が到達しているのは5層までらしく、6層に関する知識を俺は持っていない。

 残念ながら『地図』魔法は地下空間では使えなかった。

 正確には一度おもむいてマッピングが必要なようだ。


 つまり、歩き回らないといけないということか……飛んでも良いけど。

 まぁ、わからないということは、未知の遭遇にも期待出来るか。

 それはそれで楽しみともいえるな。


 マッピングはゲーム的で嫌いじゃないが、『地図』魔法が機能しないのはなぜだ?

 人工衛星的な物で上空から情報を取得した為、見通しのきかない場所のデータがないのか。

 この理屈でいえば、建物の内部も『地図』魔法が使えないことになる。

 今までは、特に必要がなかったから使っていなかったが、これは憂慮すべきことだ。

 でも『地図』と『索敵』の魔法を組み合わせると、建屋内であっても『転移』魔法が使えた。

 若干曖昧な部分もあるし、後でロリィに聞いてみるか。


『索敵』魔法の方は、地形まではわからないが地下でも使えた。

 ただし、閉鎖空間の為か地上よりは検知範囲が狭い。

 まぁ、今回の課外演習で関係があるのは1層だけだし、問題はないだろう。


 洞窟の先には勇者パーティーとマチルダを虐めていたパーティーがいるはずだが、僅かばかりの明かりでは、その存在を確認することは出来なかった。


「カズト君、いよいよだね」

「カズトさんがいてくれて頼もしいです」


 右腕にしがみつくのがルティナ。

 左腕にしがみつくのがマチルダ。

 両手に花……ではない。

 女の子に見える男の子と、まるまると太った色気もない女の子では、少しも嬉しくなかった。

 ただでさえ狭苦しい洞窟ということで陰湿な気分なのに、興味のない花では気分が晴れない。


「ライナード、どちらかといえば前衛のお仕事じゃないか?」

「いざとなったらきちんと前に立つさ。

 今はお邪魔そうだからね」


 ふん。いざとなったら本当に前に立って貰うからな。

 俺は歩きにくいと思いつつも、地の底へと向かうような洞窟を歩き始めた。


 以前『魔力炉』を手に入れた時もダンジョンに入っているが、ここの雰囲気は随分と違うようだ。

 あそこは広いだけで、まさに洞窟というイメージのダンジョンだった。

 ダンジョンによっては層の広さが1つの国に匹敵するほどの物もあるらしく、それだけ広ければ最奥には魔族の国――魔国があると言われても納得してしまうだろう。


 魔国への門はダンジョンマスターが守っているという。

 残念ながら俺がダンジョンマスターを倒した時には、魔国への入り口が開くといったことはなかった。

 成長の足りないダンジョンは直ぐに討伐されるが、そこに魔国への門があったとは、俺の知識にもない。

 あの規模のダンジョンではまだ不足ということか。


 まぁ、浅いところに魔国がある訳ではないだろうし、必然的に巨大なダンジョンでなければ入り口はないか。

 逆に考えれば、ダンジョンは魔国に向かって成長しているのかもしれないな。


 比較的歩きやすい通路を進んでいくと、先に薄らと明るい出口が見えてきた。

 更に進んで見えてきたのは、知識では知っていてもしばし絶句せずにはいられない光景だ。


「これはすごいな!」


 洞窟を抜けたそこは崖の上にあたり、そこから見える光景は先程までの陰湿な気分が消し飛ぶものだった。

 眼前には広大な地下空間が広がり、狭苦しい洞窟の様なイメージとは全く違うダンジョンの姿に、思わず声も弾む。


 この巨大な空間は魔力を吸収して発光する月光石――夜の月明かりに似た感じから付けられた名前のようだ――によって、薄暗い程度の明かりを得ていた。

 地下に潜れば潜るほど空気中の魔力濃度が高くなり、それに合わせて月光石の光りも明るくなるらしい。

 だが1層ではまだその光りは弱く、影となり見通せない部分が多いこともあって、別途明かりが欲しくなる。

 だからといって、カンテラや松明を持ち歩く冒険者はいない。

 そんなことをすれば魔物をおびき寄せることになるからだ。


 特異なのは、天井を支えるように何本も伸び立つ岩の柱だ。

 直系50メートルには達するかと思われる柱が、何十本、何百本と地面から天井――恐らく300メートルほどの高さ――まで伸び、自分たちの住む世界を支えていた。


 今日、課外演習に参加するメンバーは俺を除く全員が、ダンジョンに入るのが初めてと言っていた。

 当然、圧倒するような光景を前に誰もが声もなく佇む。


 知識では知っていても、実際にこんな光景が自分たちの住む世界の地下にあるとは、にわかには信じられないのが普通だろう。

 だが、現実だ。


 目の前に広がる光景を見て、俺の中にも驚嘆と畏怖の混じった感情が沸き起こる。


「まさに絶景だね……」


 そう思う気持ちは俺だけじゃなかったようだ。

 ルティナの発した声には怯えが混じっている。

 そして、ライナードとマチルダも頷くだけで答える。


 後から続いてきたパーティーも、俺たちと同じような反応を示していた。

 そんな様子を見て、先に来ていた勇者パーティーのメンバーが得意そうな顔をしていたのは滑稽だ。

 別にお前たちが作ったダンジョンではないし、先に立ち直っただけで驚いていたのは一緒のはずだ。

 俺たちが来る前に声を上げて驚いていたのは、きちんと聞こえていたぞ。


 一番驚いていたのはロリィだが……


 ここからはかなり急な坂道を500メートルほど下ると、1層と呼ばれる部分に降り立つ。

 そこから先は、半径5キロメートルほどの広大な荒れ地の様な地形になっていて、その何処かに2層へ向かう入り口があるはずだ。

 同じ場所に帰還ポイントも設置されており、今回の課外演習のゴール地点となる。


 今回は直接ゴールを目指すのではなく、3カ所ほど用意された中継ポイントに寄る必要があった。

 そこで手に入れた3つの地図を合わせると、ゴール地点がわかる様になっている。

 配られた紙には中継ポイントの方角と特徴が記されているので、それを参考にまずは地図集めだな。


 最後のパーティーがひとしきり驚いたところで、講師が先頭となり1層へと向けて進み始めた。


「ここからは魔物の襲撃を警戒しながら進むことになる。

 1層へ降りたってからは、各自がヒントを元に帰還ポイントを目指すように」


 さすがにみんなの表情も硬い。

 それでも1層に降り立った頃には、むしろ楽しむくらいの余裕が出ていた。


 確かに魔物の襲撃はあったが、弱すぎた。

 いくら初心者向けと言われていても、経験もない俺たちからすれば、この圧倒されるような存在を前に、ただただ畏怖を感じるだけだった――はずだが、勇者パーティーが全部蹴散らしている。


 魔物に慣れる為の初心者向けダンジョンであり、魔物自体が弱い上に数も少なく、これでは返って魔物を軽視するようになるんじゃないかという懸念が湧く。

 魔物は最深部に向けて強くなっていく傾向にあるが、それは何日、あるいは何週間と掛けて進んだ場合であり、課外演習でそこまで行くことはない。


「さすがセオドリック様です。

 魔物なんて、所詮は知恵のない動物に過ぎません」

「セオドリック様に掛かれば物の数ではありませんわ」

「さすがですセオドリック様。

 この調子でしたら、ゆくゆくは魔王討伐も叶うでしょう」


 セオドリックたちAクラスのパーティーは、後ろに続くパーティーのことなど考えなしに、出合う魔物をことごとく討伐していた。

 これでは誰の課外演習なのかわかったものではない。


 マチルダに絡んできた虐めパーティーも、面白くなさそうにセオドリックたちの後を付いていくが、その目は不満に満ちていた。

 それでも文句を言わないのは、貴族であるが故の階級意識だろうか。

 その鬱憤が身分の低い者に食ってかかる形で現れるとなれば、他人事ともいっていられないが。


「セオドリックは空気が読めないのか?」

「カズト君、学園内で身分は関係ないと言われているけれど、事実上は関係あるからね!?

 余り不穏なこと言わないでよ?」

「マチルダが虐められていた時、懲らしめてやるとか言っていなかったか?」

「あれは言葉のアヤだよ、もぉ」


 ルティナが頬を膨らませて「ダメだよ」と言うが、あの時は意外と本気だった気がするんだが。

 怒らせると恐いタイプだろうか。

 その膨らんだ頬をつつくと、空気が抜けてヘコんだ。

 何か可笑しいのか、ルティナは上品に声を出して笑っている。


 その真意を探っていると、視界の端にジェスチャーを繰り返すロリィの姿が目に入った。

 なになに……下・いる・悪・ここ・連れて・くる、で良いのか?

 なんにせよ、俺の理想に残念なジェスチャーをさせた罪は重い。

 もう少しイメージを崩さないような方法はなかったのか。


 意訳すると、下にいる悪い奴をここに連れてくる、ってところか。

 俺は『索敵』を使い、ロリィが目を付けたと思われる魔物を探る。

 取り敢えず、効果範囲内で一番強い魔力を持った者を条件とした。


「ぶはっ!」

「ど、どうしたのカズト君!?」

「い、いや、なんでもない」


 魔王がいた。

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