038_勇者になられるお方なのですから

 ミストリア学園はアセリア領の中にある学校の中でも、魔法の教育に力を入れていた。

 ここで魔法を学び、一定のレベルを満たしていると判断されれば、王立魔法学院への推薦状が得られることもあって、生徒は誰もが真剣だ。


 この世界の学校は、元の世界のように単位制ではなく、学生という資格さえ持っていれば、後は好きな講義に出るだけで良い。

 一部の例外を除けば、学ぶ気のある者だけが来るのだし、学ぶ気のない者に構うつもりもないのだろう。その辺は緩やかな気質だった。

 スポーツジムでは、月額料金を払いつつ来ない人が優良会員だという。

 学園も同じく、講義に出なくても学費さえ払ってくれれば、運営に全く問題がないと考えれば、似たようなものか。


 単位がない代わりに、定期的に行われる実力試験で一定の実力を示せば卒業証書が発行される。

 俺は別に卒業したい訳でもないので、好きな時に来て好きなだけ学生生活を送るつもりだ。


 ただ、1週間ほど学園に通ってわかったことだが、ここで学ぶことは殆どなかった。

 魔法の座学に関しては『魔力の理』を持つ俺にとって害でしかなく、作戦の為とはいえ、実技で出来ないフリをするのも辛かった。

 歴史や一般常識について、ある程度記憶を更新出来たのが救いか。


 ロリィは所信表明が功を奏したのか、男女満遍なく友達が出来ていた。

 中には友達と言っても話すことすらない、殆ど取り巻きみたいな奴も多かったが、本人はそれでも満足しているようで、なによりである。


 最初こそ何人かのゲスな男がロリィに手を出して病院送りになっていたが、病院に着く頃には怪我が治っているという奇跡・・が起き、大きな問題にはなっていない。


「直ぐに直したら苦しみも短いでしょ」

「直せば良いってものじゃないんだが……」


 遅延型の発動魔法とか器用な真似をする。

 俺も知識としては知っているが、実行するのは中々難しい。

 それを簡単にやってのけるのだから、やはりロリィのスペックは高かった。


 当初は沢山の人に囲まれ、涙目で対処に困っていたロリィだが、ようやく慣れて来たのか、今はタキシスの町でアイドルをやっていた程度には馴染んでいる。

 今も、恐らく俺の知識から抜き出したであろう童謡を歌い、アンコールを受けているところだ。

 校庭の端に、誰が用意したのか――ロリィが自分で用意した可能性もありそうだ――小さめのステージがあり、20人ほどがロリィの歌に聴き入っている。

 誰もがしんみりと聞き入っていたが、童謡は世界が変わっても心に響くものなのだろうか。


「それじゃ課外授業があるからまたね」

「うん、またね」


 ロリィが友達と別れて俺の元に小走りで寄ってくる。

 満たされているのかとても良い笑顔で、今もそんな笑顔を見た1人の男子生徒が恋に落ちたようだ。

 暗黒神に恋をしたとか、黒歴史どころではない。


 ロリィを取り囲む男たちは、その笑顔が俺に向けられていると知ると、嫉妬や怨嗟に満ちた視線を俺に送ってきた。

 痛みさえ伴うような視線だが、俺は心地良かった。


 この優越感が堪らない!


 本当はロリィを抱き寄せてイチャイチャ見せびらかしたいところだが、俺の体に穴が空くのでそれは止めておく。


「さぁカズト、美味しいごはんの為に頑張るわよ!」

「いい加減座学ばかりで飽きていたから、課外授業は丁度良いな」

「今夜はきのこパスタが良いわね」


 自分で食べたくなって作ったわけだが、ロリィが殊の外気に入ってしまい、3食作らされた時は辟易したものだ。


「きのこパスタは美味しいよな。

 だけどロリィ、本気で魔物狩りをするなよ」

「わかっているわ、ほどほどね」

「あぁ、ほどほどにな」


 ロリィが本気で魔物狩りをしたら、一帯が枯れてしまいそうだ。

 一時的なお金稼ぎには良いので、どこか人里離れたところで魔物を狩っておくとしよう。

 魔物狩りは作業感が強くて気が進まないけど、いい加減カロッソへの借金を減らさないと、次は貸してもらえなくなる。


「ロリィさん、パーティーをご一緒しませんか?」

「ロリィさん、是非ご一緒しましょう」


 課外授業への参加はパーティーを組むことが必須条件になっている。

 最低人数は3人で、出来れば前衛2に対して後衛1の割合が推奨されていた。


 声を掛けてきたのは、戦闘実技科Aクラスのメンバーの男が3人と、魔法実技科Aクラスのメンバーの女が1人だ。

 ロリィと俺が入れば前衛が4人で後衛が2人となり、パーティーバランスはベストだろう。


 クラスはAからEまであって、Aクラスが試験で1番優秀な5人となる。

 俺はBクラスなので、この中では実力が1番低いことになるが、それこそ作戦には丁度良い。

 学校でもトップクラスのメンバーが苦戦し、もうダメだと思わせたところで俺がその内に秘めた能力に覚醒し、みんなを救い出す。

 名付けて「きゃー、カズト様、素敵! 大作戦」だ。

 この作戦に死角があるとすれば、敵がまだいないことだな。


「それじゃ行くか」

「何を言っているんだ君は」

「そうだ。Bクラスでは足手まといだ」

「まぁまぁ、図々しいにも程がありますわ」


 あれ、そうなるか……そのパターンもあるよな。


 声を掛けてきた中でリーダー的な男が、鼻を鳴らして見下してくる。

 厚手で上質そうな騎士服を身に纏い、鞘の美しい剣を佩いているところを見るに、戦闘実技科の生徒に間違いない。

 17歳ほどに見えるが、人を従えることが当たり前のような振る舞いが、なかなかどうして板に付いている。

 ハーフマントには紋章が刺繍されており、知識を探ってみるとルーデンベルク侯爵家の物だとわかった。

 他のメンバーも格の違いはありそうだが、貴族籍なのは間違いないだろう。


 そんな4人の後でロリィは、任せろとばかりに親指を立てている。

 そうだな、咬ませ犬は必要だよな。

 折角名乗り出てくれたのだから、ここは存分に利用させていただこう。


「セオドリック様は勇者になられるお方なのですから、あなたの出番はなくてよ」

「レスカ、そう決まった訳じゃないが、期待に答えられるよう努力するさ」

「まぁ、セオドリック様ったら、ご謙遜ですわ」


 そんな会話をしながらロリィを含めた5人が遠ざかっていく。


 あれが勇者……の訳がないよな。

 ロリィ曰く、俺は勇者に勝てないらしい。

 この物理世界で戦う限り、勇者は最強だ。

 勇者の心を暗黒面に落とせば、勇者たる資格を失う。

 その時は物理世界であっても、俺に勝機がある。


 それを無しに俺が勝つ為には、肉体を捨て聖霊界で勝負する必要がある。

 だが、俺はまだ肉体を捨てる気はない。

 もし肉体を失ったとしたら、ツバサちゃんにお相手をしてもらえないじゃないか。


 勇者には勝てない。


 でも、セオドリックには勝てる気がする……それも容易に。

 お飾りの聖女がいるように、お飾りの勇者もいるのだろうか。

 神輿がなければ困る人たちは多いということだな。

 ならば、それを利用させてもらえばいいさ。

 俺は邪悪な笑みが出そうになるのを隠した。

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