037_友達になってくだひゃい!

 タキシスから10日ほど移動すれば、アセリア領の領都リンブルグがある。

 人口が9万人に達するこの町は、1年を通して活気の溢れる町だ。

 温暖で安定した気候と大河であるロール川の恵み。それらを受けて緑溢れる大地は国の穀物庫であり、まさに水の女神フィオレンティーナに愛されていると言って良かった。


 空を見上げれば、白い雲に混じってとてつもなく大きなクジラが、暢気のんきそうに風に流されている。

 この世界ではそれが日常の為か、いちいち驚き怯える町人はいないが、俺は未だに新鮮な気持ちでそれを眺めていた。


「クジラが珍しいですか?」


 しばらくクジラを眺めていた俺に、少しハスキーだが聞き心地の良い声が掛けられた。


「あぁ、実は見たことがなかったから物珍しくてね」


 向こうの世界では鉄の塊が空を飛んでいたりするが、さすがにクジラが飛んでいることはなかった。

 哺乳類じゃないが、トビウオなら辛うじて飛んでいると言えるか。


 声を掛けてきたのは15歳くらいの美少……年か?

 銀色の髪は少し長めで癖があり、瞳は青い。

 青い瞳自体は珍しくはないが、ここまで深く青い瑠璃色の瞳は初めて見る。

 背は俺より少し低く165センチほどで、骨格からは男性と思われるが、華奢な体付きのうえに色白なせいか何処か女性的だ。

 服装も明らかな男性物という感じではなく、ハーフローブにショートパンツそれからロングブーツという、絶対領域が10センチほどで完璧である……俺的に。


 この世界で平民の一般的な服装は、事務系の仕事をする人がローブ的な衣装で、肉体労働をする人が男女問わずシャツとズボン。

 貴族の場合は、男性が立場によってローブであったりスーツであったりと変わるが、女性の場合はドレス一択となる。


 その区別からすると、目の前の少年は何とも判断がしにくい。

 服は仕立ての良さを感じさせる物だが、貴族らしい自己主張したところはなく、平民でも上流といったところか。


「あ、突然ゴメンね。僕はルティナ。

 ずっとこの町で育ったから、東の大陸の人は珍しくてつい声を掛けてしまったんだ」

「東?」

「クジラがいないところと言えば東の大陸だと思ったけれど、違ったかな?」


 東の大陸にはクジラがいないのか。

 知識を検索してみると、確かにクジラの生息域は西の大陸のみとあった。

 特に必要と思わないことは、いちいち意識しないと思い出せないのが面倒だな。


「いや、合ってる。

 単に東の大陸だけだとは思わなかったんだ。

 俺はカズト、向こうで物欲しそうに屋台をまわっているのが連れのロリィ」

「美人さんだねぇ」

「ルティナもな」

「あはは、良く言われる」


 屈託のない笑顔を見るに、女性的に見える自分を受け入れているのだろう。

 むしろ自然な感じが良い。


「この国には仕事で?」

「いや、今日からミストリア学園に通うんだ」

「へぇ、わざわざ他国からここまで?」

「わざわざという訳でもないな。

 こっちで仕事があって、たまたまだ」

「国を跨いでの仕事とか、お父さんも、それについて行く君も大変だね」

「そうでもないな。

 好き勝ってさせてもらっているし、結構気楽なもんだ」


 親の都合というところを、わざわざ否定はしない。

 子供だけで来たと言うよりは真実味があるだろう。


「それじゃ学園で会うこともあるかもね。

 その時はよろしく、カズト」

「あぁ、ルティナこそよろしく」


 手を振りながら人混みに消えていくルティナと入れ替わりにロリィが戻って来る。

 片手にイモリの串焼き、もう片手にはヘビの串焼きを持って、どちらから食べるか悩んでいた。

 世の中は実に平和だと思う。


 ◇


 俺はロリィと共に、領都にあるミストリア学園に来ていた。

 理由は新学期が始まったからだ。

 元の世界で言えば10月に当たる時期だが、ここではまだ秋の様子は見られない。

 冬はなく、その分夏が長いので、秋も遅れてやって来る。

 肌寒くなるのはもうしばらくしてからだろう。


「ど、どうしたらいいと思う!?」

「好きにすれば良いんじゃないか」

「待って、わからないわよ!」


 縋るようにしがみついてくるのはロリィ。

 今日は最優秀成績を収めたロリィが、新入生を代表して所信表明を行う。

 その為に全生徒が講堂に集められ、300人ほどがロリィの登場を待っていた。


 そんな様子を前に、ロリィは狼狽える。

 目を潤ませ、口をきつく結んで見上げてくる姿はとても暗黒神とは思えない姿だ。


「ロリィがどんなことをしたいかを言えば良いさ」

「本当にそんなことで良いの?

 わ、笑われない?」

「笑われたらお得意のボディブローをかませば良いだろ」

「だ、駄目よ……ごはんが美味しくなくなるわ」


 忠告をきちんと覚えてくれているな。

 どうやらスプラッター学園などという事にはならずに済みそうだ。


 俺はロリィを舞台に押しやり、その背に励ましの言葉を掛ける。


「ロリィなら大丈夫、何を言っても大丈夫だ」

「うぅ……」


 アイドルとしてタキシスの町人の前に立つ時は堂々としていたのに、ここでは何が違うと言うのだろうか。

 せいぜいアイドル衣装を着ていないくらいじゃ……まさかそんなことで?


 ロリィが余りにも緊張した様子で舞台の中央に向かうものだから、それを見守る新入生や、迎える先輩や教師たちにも緊張した様子が見られた。


 やっとのことで壇上に辿り着いたロリィが、顔を上げる。

 後3年もすれば大人の魅力も出て来て、傾国の美女と歌われてもおかしくない少女が、潤んだ瞳で優しく微笑む。

 その姿に、講堂が色っぽい溜息で満たされた。


 事実は、緊張で泣き出しそうな目に、顔が引きつっているだけだが……

 そんな誤解に気付く様子もない生徒を前に、ロリィは意を決して口を開く。


「と……」

「「「と?」」」


 言葉を詰まらせるロリィ。

 思わずといった感じで何人かの生徒が声を上げる。


「と……友達になってくだひゃい!」


 ぺこんと頭を下げるロリィ。


 俺は足の力が抜けそうになるところを踏ん張る。

 それはないだろ……最優秀成績は何処行ったんだよ。

 好きにって、そう言うことじゃないから。


 だが、額に手を当てた俺の耳に、小さいながらも拍手の音が聞こえてきた。

 その音は、少しずつ広がり、最後には大きな拍手となって講堂を埋め尽くす。

 ロリィは中央で大きな口を開けて泣き出し、先輩方が何を納得してか、頷きながらもらい泣きだ。


 俺はいつまでも泣き続けるロリィに近付き、その手を取って舞台を後にした。


 世界は広い。

 俺にはまだまだ理解出来ないことが多かった。

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