036_男なんってみんな死ねば良い

 夜の街は昼間とは打って変わって独特な雰囲気を持っている。

 それは地球と呼ばれるこの世界でも変わらない。


 清潔感の溢れるビジネス街を少し逸れると、何処か猥雑で淫靡な雰囲気の漂う雑居ビルが姿を現す。

 ネオンの色にもピンクやオレンジが混ざり、まるで誘蛾灯のごとく人を奥へ奥へと誘う。

 仕事の疲れを癒やし、一時の安らぎと非現実的な空間を醸し出す為には甘い蜜が必要だ。

 そして、甘い蜜には夜の蝶がよく似合う。

 美しく着飾った女性たちを求めて、一人また一人と、通りを進み行く。

 昼間は良き上司、良き夫、良き隣人。

 さらには良き妻でさえ、ここでは別の顔を持ち別の自分を演じる。


「店に出る前にちょっと遊んでくれるだけで良いからさ」

「何のことですか」

「いやいや、しらばっくれなくてもローレライのナンバー1だって事は知ってるから」

「……」


 少し柄の悪いお兄さん方が、少し強引なナンパをするのも良くあることだ。

 ここへ来る以上は、女性の方もその程度の事を躱せる必要がある。

 上手く立ち回れないのに来るなら、少しは勉強をした方が良いだろう。

 もしかしたらそう言う強引さが堪らないという女性もいるかもしれないので、俺もそう言う空気を楽しむことにする。


「なぁ、良いだろ?」

「キャッ! 本当にこれ以上は!」


 あれ、今の声は……ツバサちゃんの声に似ているな。

 不意を突いて背後から襲った時に上げる悲鳴と似ている――って、本当にツバサちゃんだった。

 暗いし化粧が薄いからぱっと見で気が付かなかったが、間違いない。


 となれば話は別だ。

 ここでお持ち帰りをされようものなら、本日は空振りになってしまう。

 それはとても困る。

 俺はいまツバサちゃんに癒やされたいのだ。


「ナンパの途中で悪いが、ツバサちゃんを連れて行かれては困るんだ」

「なんだ? おっさんかよ、すっこんでろ」


 一瞬誰のことかと思ったが、今の俺は中年オヤジに擬態しているんだった。

 ナンパ男が胸ぐらを掴んできたので、その手首を掴み、ただ力でもって捻り上げる。

 相手が普通の人間なら、常時『身体強化』が掛かっているので、さすがに力負けをすることもない。


 向こうの世界では、魔法による肉体強化か神の恩恵による奇跡で肉体のポテンシャルを引き上げることが出来る。

 とは言え、ベースとなる体をきちんと鍛えていた方が効果は高いのは確かだ。

 本来なら俺も鍛えるべきだろうが、防御に関しては障壁魔法と魔闘気による二重の防御が掛かっているし、元々魔法特化型なので、同じ鍛えるなら肉体より魔法の熟練度を上げた方が良い。


「い、いででっ、やめろ!」

「止めるからお願いを聞いてくれるか?」

「いっ! わ、わかった、放せ!」

「聞き分けが良くて助かるよ」

「くそっ、なんだよ」


 優しくお願いしたらきちんと言うことを聞いてくれた。

 お財布にはなってくれなかったが、それくらいは他で稼ごう。


「カズトさん?」

「ツバサちゃんに会いたくて来ちゃいました」

「来ちゃいましたって、ふふふっ。

 ありがとうございます、助かりました」


 口元に手をやり上品に笑うツバサちゃんは、相変わらず天使だ。

 しかも俺の精神汚染を癒やす、唯一の天使だ。


「これからお店の方に来てくれるのですか?」

「もちろん、開店から閉店まで他の男どもに譲る気はありません」

「ふふふっ、余り無理はしないでくださいね。

 予約は伝えておきますので、1時間後に来てください」

「必ず行きましょう!」

「お待ちしております」


 綺麗なお辞儀をして去って行くツバサちゃんを見送り、再びお財布を探しに町をうろつく。

 最終的にツバサちゃんと十分に遊べるだけのお財布が見付かった。


 チュンチュン。


 俺は少し汚れた天井を見上げ、賢者のごとく人生を達観していた。

 隣ではツバサちゃんが小さな寝息を立てている。

 薄いシーツでは彼女の美しい体のラインを隠しきれず、微かに覗く胸元がとてもエロい。


 賢者vs欲望。


 勝つのはいつだって欲望だ。

 だって、我慢する必要性を見いだせないから。

 それにおはようの挨拶は必要だろう――人間として。


 いたずらを始めたら起こしてしまったが、優しいツバサちゃんは十分に甘えさせてくれた。


 ◇


 癒やされた。

 本当に精神汚染でもされていたのかと思うほど、今は気分がスッキリしている。


 ツバサちゃんと一時の逢瀬をすませた俺は、逢瀬であるにもかかわらずカノンが匂いを嗅ぎ分けたことでバレてしまう。

 それも些細なここと、何時もと変わらぬ対応のフーガは出来るお姉さんだ。

 顔を真っ赤にして俯いているアリアとは大違いだな。


 やる事もやって少しずつ経験値を貯めている俺は、増える経験に合わせて自信が付いてくることがわかった。

 これは中々興味深い考察だ。

 もっと色々なことを試し、どう変わっていくのか試す必要がある。


 まぁ、それは長期的な目標として、今はその内にやってくる噛ませ犬の為にシナリオを考えなければならない。


「と言う訳で、いよいよお目覚めの時だ」

「助かった……」


 フーガに、徹底的なまでに淑女教育を受けていたリスティナが、まるで本番の方が楽だと言わんばかりにへたり込む。

 折角の教育が台無しに見えるが、本番に期待だな。


 その身を穢され、自らの意思で穢した相手を殺したリスティナは、その後、俺に自分も殺して欲しいと願った。

 だが、死の苦しみの中で、心の底に残る死にたくないという気持ちが溢れた時、第2の人生が始まったと言えよう。


 死ぬことが恐いと感じたリスティナにとって、後は生きる為にどうするかしか選ぶ道がない。

 元の世界に戻る選択肢も与えたが、それだけは嫌だという。

 そこでの出来事は、未だリスティナの中に死さえ望むほどの自己嫌悪という形で残っていた。

 復讐により人を殺したことが原因じゃない。

 自分の大切にしていたものを奪われたことに対してだ。

 それも、ただ暴力によって無理矢理に。


 思考の影に、リスティナのナルシストっぽいところが見え隠れしているが、俺も他人のことは言えないか。


 今生の俺は、3人娘といい奴隷のリディアといい、どうにも身の回りに望まない経験者が多い。

 そういう世界だと言われればそれまでだが、暗黒神の使徒となったことで変なものを呼び込んでいるんじゃないだろうか。


 俺は窓際で鼻歌を歌っているロリィをチラ見する。

 本格的にアイドルを目指すようだ……俺が言ったんだけど。


「それで、何をすれば?」

「また人が死ぬことになるが、良いか?」

「何を今更。3人を殺したのは私よ」


 リスティナの目が据わる。

 あの時の光景を思い出したのだろう。

 実際に手を下したのは俺だが、望んだのは彼女だ。


「男なんってみんな死ねば良いのに」


 リスティナが、やさぐれた聖女になってしまった。

 そして、どうやら俺も例外じゃなさそうだ。


「まずは、この町に聖女が降臨した理由付けだな」

「『魔力炉』を守る為ね」


 察しが良くて助かる。


「正解だ。目的は単純明快な方が良い。

 それをお披露目の場で、守るようにそれらしく言ってくれ」

「わかった」


 見た目以外に聖女らしいところはないが、見た目と演技だけで乗り切ってもらおう……失敗したらまた次の手を考えるさ。

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