035_これ以上はいけません……

 俺とロリィが作り上げている町は、クオルディア王国アセリア領の最南部に位置するタキシスと呼ばれる町だ。

 領主から町として認識されているのは東にあるビルモだけで、タキシスの様な小さい町はビルモのような大きな町によって管理されているといっても良かった。

 ぶっちゃけ人口1000人以下の町や村は多く、そのすべてを回って税を回収していくのは難しいのだろう。

 だからビルモの横暴と思える行動も、南部の統一化という意味で領にとっては悪いことではなく、お目こぼしとされていた。


 アセリア領の南にはバラカス領があり、更にその南はルドニア王国との国境となっている。

 バラカス領は常に隣国との小競り合いがあり、日に日に疲弊していくことに焦りを感じていた。

 それが今回の思い切った行動の引き金となったようだ。


 ドルトスとヴァッセル男爵が手を組み、その手駒であるアセドラにタキシスの町を掌握させる予定だったが、それを俺が邪魔をしたかたちになる。

 それでも、なんとかタキシスの町を潰そうと、ヴァッセル男爵が資金を出しドルトスとガマガエルが盗賊を送り込んだが、その計画も全部俺に潰されたわけだ。


 何も聞かされていないバラカスの領主が、全てを知ってどんな顔をするのかは見てみたいところだ。

 それに、俺の手駒を穢した報いを受けてもらわないといけない。

 おかげでハーレム要員が2人に減ってしまったのが残念だ。


 アセドラやヴァッセル男爵との連絡要員であり、盗賊の勧誘にも加わっていたドルトスは、いまバラカス領の領主邸にある別棟に居た。

 見た目はまるでネズミを思わせる風貌で、逆三角形の顔に細く卑しい目が、見る者に嫌悪感を与える。


 そのドルトスが俺の登場に驚きの表情を見せる。

 まぁ、俺だっていたしている・・・・・・最中に誰かが飛び込んできたら驚くな。

 と言うか、さっきからなんで他人の性生活を覗き見なくてはならないんだ。

 それもこれも夜の娯楽が少ないからいけないのか?


「貴様は!? いつ入ってきた!」

「きゃあっ!」


 ドルトスはガマガエルと似たような反応を返し、抱かれていた女はシーツを胸元に寄せその身を隠す。

 恥ずかしそうなその様子がちょっと興奮を誘った。


 うん、悪くない。


 こういうハプニング的な恥じらいを見せるところは大好物です。

 残念ながら部屋を出て行ってしまったのが寂しい。

 でも去り際に見せたプリプリのおしりはとても可愛らしかったです。


 一方のドルトスは俺のことを知っていたようだ。

 裏工作をするようなやつだ、タキシスの町を訪れていた可能性はある。

 その際に顔くらいは見られたのだろう。


「俺を知っているなら話が早い。

 ならば、俺がこれから何をするかも大体想像がつくな」


 ドルトスが冷や汗を垂らすが、身動き1つしないし、する素振りを見せない。

 俺が単独で『魔力炉』を持ってきたことも知っているのかもしれない。

 そして自分の実力も正しく判断している。

 見た目はともかくその慎重な性格は駒として使い勝手が良さそうだ。

 だから今の領主にも重用されているのだろう。


「ドルトス、お前は使い勝手が良さそうだ。

 今後は俺の為に働け。

 そうすれば意外と不自由なく生きていけると思うぞ」


 すでにその冷や汗は滝のようになっていた。


「……何をすればいい」


 状況を正しく理解出来る奴は、説得が楽で良いな。


「しばらくは今まで通りだ。

 領主のご機嫌でも取っておけばいい。それに必要なら土産話をやる」

「土産があるなら領主様も喜ぶ」

「タキシスの町に女神の御使いが降り立った」

「なにっ!?」


 ドルトスは俺の言葉が真実かどうかを見極めようとしているようだ。

 流石に隣の領で2日前に起きたことが、ここまで伝わっているはずもない。


「それが本当なら無理にでも奪いに行くぞ。

 言い訳や大義名分など、後からでも飾り立てるだけの価値がある」

「それが狙いだ」


 女神の御使いという肩書に何かしらの実益があるのかといえば、大いにあった。

 この世界にも神々は存在し、人々は思い思いの神を信じている。


 とは言え、声を大きく上げる者が強いのはこの世界も同じで、だんだんと信じるべき神が偏っていく。

 それに連れて宗教間の対立も深まり、時には国策を無視して戦争が勃発することも珍しくない。


 そのパワーバランスを変える存在が神々の御使いという肩書だった。

 神々の御使いを擁するということは、ただ想像するだけの神より現実味があった。

 神の存在を信じる者にとって、その存在がより身近である方が望ましい。

 言葉にせずとも自然と人の心はそこに集まり、下賤な話をするなら金が集まる。


「攻められたところでなんの得がある?」

「あの町の人間は、身を盾にしてでもあの町を守ろうとする気概がない。

 もし今一度戦争になりそうとわかって逃げ出すようなら、計画を根本から考え直す必要がある」

「計画だと……何を考えている」

「そこにお前が噛む必要はない」

「……お前は一体何者だ」

「神の使徒」


 その言葉をドルトスが聞き届けた時には、すでに俺はタキシスの町へと戻っていた。

 忙しくなる前にやるべきことは多かった。

 だがその前に頑張った俺にもご褒美が必要だろう。

 具体的にはツバサちゃんとにゃんにゃんだ!


 ◇


 ルドニア王国王城レガリア。

 その尖塔の1つは王族の住まいとなっており、中程の1室がマルローネ王女に割り当てられている。

 人払いが行われたその部屋には、王女本人と、その前に傅くようにして膝を突き頭を下げる勇者の姿があった。


 いかに勇者とは言え、深夜に王女の部屋へ訪れるなど許されることではなかった。

 しかも人払いまでしての密会などなおさらだ。

 夜も更けた城内でも、通常であれば警備の騎士が巡回している。

 どのようにしてか勇者はその監視をくぐり抜け、この場にいた。


 だが、勇者自身も今の行いが正しくないとは思っていた。

 故に自分の意思で来た訳ではない。

 それでも王女自ら、内々で相談したいことがあると頼まれては断れない。

 王女の為に尽くすとした自分の主義を曲げることになるからだ。


 それに勇者として何度か活動をし、この国の為に災害級ともいわれるBランクの魔物や王族に剣を向ける反乱分子を潰してきた自負がある。

 そう考えると、仮に密会が知られたとしても、出て行けと言われることまではないと判断していた。


「クオルディア王国?」


 質問と同時に視線を上げた勇者を咎める者はいない。


「はい。この国の北に位置する蛮族の国です。

 安寧を求めるわたしたちの国に対して、長いこと戦を仕掛け続け、それによって国民は常に負担と不安を強いられています」

「一体何の為に……」

「蛮族のすることですから、そこに意味はないのかも知れません。

 ですが過去に、講和が欲しければ王女を寄越せと……」

「それってマルローネ王女の事ではないのですか!?」

「……はい、そうです」


 勇者の言葉に、王女は悲しげな表情を隠す。

 それが演技だとすればかなりの役者だろう。

 だが、王女にその素質はない。

 ただ自然に、ただ本心からその様に行動が出来た。

 そして勇者はその変化を捉え、優しい王女の為に心を痛める。


「私さえこの身を捧げればこの国に平和が訪れるのです。

 ですから私はそれをお父様――国王陛下に進言したのですが大臣たちも含め、それはならないと許可を頂けませんでした」

「そんなことは当然です!

 蛮族などに下れば一体どのようなことになるか、そんなことは私も望みません」


 この世界に召喚された勇者――シュウは、高まる鼓動を隠すこともせず熱く語る。

 与えられた力を持って王女を守るという誓いは、王女に初めて会った日から変わらない。

 そして王女はシュウの熱を受け、運命に翻弄された自分に酔い、望みを伝える。


「どうか蛮族の国から私をお救いください」

「もちろんです。

 私はあなたの勇者なのですから、御身を守るのは当然です」


 お互いが自分に酔い、熱く見つめ合う。


 シュウは改めて王女の美しさを実感する。

 遠い血筋にエルフ族の血が流れているという噂を聞いていた。

 その特徴を引き継ぐ王女の髪は薄い金色で絹のように艶やか。

 同じく薄く青い瞳は何処か儚げであり、細い体と相まって庇護欲がそそられた。


「これ以上はいけません……」


 自然と手が伸びていたシュウを窘めるように、王女は言葉を放つ。

 しかし王女本人は、言葉とは裏腹にその身をシュウの元へ寄せ、目を閉じる。

 魔道灯が何かの作用を受けゆっくりと消えていく中、光と闇が入れ替わるようにしてシュウの理性も停止し本能が動きだした。


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