031_悪い王子様の登場かな

「リスティナ、出だしは上々だ」

「何かをしたと言う訳でもないけれどね。

 それで、しばらくは眠り姫のままでいいの?」

「神殿を作る気になっているから、それが出来た頃に目を覚ますのが良いだろう。

 その間に俺は敵でも作ってくるさ」

「女神様を奪おうとする悪い王子様の登場かな」

「そう言うことだ」


 町の人口は『魔力炉』を開放し資金を得たことで再び増え始めている。

 商人や職人といった一時滞在者も含めれば5000人近いだろう。

 これはビルモの町に並ぶ規模となり、今まさに伸びているところを含めればビルモの町以上といえた。


 聞けば、この領の南部一帯はビルモの町が仕切っていたようなもので、それもアセドラによるところが大きかった。

 それが今度はタキシスの町が中心に変わりつつある。

 その内容も変わっていた。

 今度は圧政ではなく経済力による支配だ。


 町は広めの石壁で囲っていたが、区画整理前なら5000人は許容できなかった。

 だが、一旦町は潰し無駄がなくなるように再開発をしているし、今も継続中だ。

 中央付近は、厳しい時に町を支えた750人が住む高級街で、その周りにいち早く戻ってきた町人が住んでいる。

 その内、今の石壁の外側も整備して、下町を作る予定だ。


 石壁の内側、もっとも町の外周に当たるエリアには、元の世界で言うところの鳥小屋と呼ばれる集合住宅を立てていた。

 金がない奴は全員ここに押し込んでいる。

 押し込まれた住民には怒りも湧くだろうが、全員を平地に住まわせるだけの広さがないので仕方がない。


 安宿も同じように安いビジネスホテルみたいな物にしている。

 安く雨風が凌げるという程度のものだが、文句を言うなら自分で住処を作ればいい。


 俺の世界では底辺と言われかねない職人は、こっちでは上級平民に近い。

 そんな奴らも鳥小屋行きとなれば評判も悪くなりそうだから、ある程度早い段階で外郭の拡張工事をしないとな。

 今のところ、誰も不満を言ってこないのが不思議だ。


 この町を俯瞰してみれば、中央区がすり鉢の底になったようなイメージだろう。

 元の世界なら中央ほど高いビルが立ち並んでいるが、この世界ではその場所に広い庭付きの一軒家を持つほうが格調高い。

 鳥小屋から中央のゆとりある地域を羨望の眼差しで見つめ、いつかはそこに一軒家をという気持ちで頑張ってもらいたいものだ。


 それから、見た目だけ良くて中身が追いついていないようでは、行政もまっとうに動かない。

 中央区に住む750人には高等教育を行っている最中だ。

 残念ながら教員が出来る人は少ないし、俺は週明けにも領都に戻るので、その役には3人娘を付けることにした。


 3人娘に基礎教育を行っておいたのがここで役に立つ。

 町民にはできるだけ早いうちに気品も身に着けてもらおう。

 民度の低い町とか俺は嫌だから、さり気なく神の御使様が目覚めるまでに恥ずかしくないように、と議会の中で伝えておく。

 翌日から、誰もが3人娘の教えを受ける為に押し寄せていた。


 ◇


 2日後。バルドの元を訪れる。

 元盗賊のねぐらだったここには、見張りの1人と捕らえたと思われる盗賊が15人程居た。

 内訳は男が13人に女が2人。

 年齢はバラバラで10台前半から40代後半。

 女は2人ともなかなか顔が良かった。

 顔の良い女を残した可能性もある。

 俺もそうするだろう。


 流石に昼間から、捕らえた盗賊の女を相手に、欲望の赴くままやりまくっているという展開は避けられた。

 そんな流れなら業務怠慢でダンジョン3層行きは決定していたのだが。


「カズトの旦那、待っていたでやす。

 ここにいるのが奴隷予定の15人になりやす」

「た、頼む見逃してくれ!」

「こんなつもりじゃなかったんだ!」

「俺たちはただ、商人の邪魔をしろと言われていただけなんだ」

「俺たちは盗賊じゃない。ただ仕事をしただけなんだ!」


 話をまとめてみると、誰もが端金と引き換えにタキシスの町に対する流通の妨害工作をしていたようだ。

 その裏には誰かの暗躍がありそうだが、話を持ち掛けた人物に関しては特徴がバラバラで、それらを繋ぎ合わせるとまるでピエロだ。

 誰もが助かりたいが為に本当のことを言っている感じだが、お互いが違う特徴を言い合っている為、盗賊同士で疑心暗鬼になっていた。


「俺の言うことが本当だ、嘘はついていない!

 他の奴らがデタラメを言っているんだ」

「馬鹿言うな! お前こそ嘘をつくのはやめろ! 俺を巻き込むな!」


 単純に考えて、複数の犯行か毎回変装をしながら声を掛けていたのだろう。

 用心深いというべきか。

 盗賊たちの出身地にしてもバラバラで、せいぜい南部の領の出身者が多いくらいだ。


「あいつはバラカス領の領主が囲っている男よ」

「詳しく」


 俺は女盗賊の1人の言葉を聞くことにした。


「顔は隠していたけれど、動きの癖までは隠せていなかったからわかる。

 私は前にその男から別の仕事を受けたことがあるからね。

 最低な仕事だったけれど、金払いは良かったから……今回も最低な仕事だったわ」

「いい情報だ。見返りは何が良い?」

「待ってくれ、俺たちも情報を提供したじゃねぇか!」

「その女が本当のことを言っているとは限らねぇだろ!」


 女盗賊は訝しげな目で見てくる。

 圧倒的に立場が上だと、そんな目で見られるのもご褒美に思えてくる不思議。

 やっぱり世の中は金と力とだな。


 ……あれ、俺の資産は今どれくらいあるんだ?

 ちょっとマイナスな気がしてきたので、後でフーガに調べてもらおう。


「見逃してくれる?」

「それは俺の範疇外だ。

 お前たちの身柄は俺ではなく捕らえた者たちにある」

「飽きるまで弄ばれて売られるのね」

「男所帯だからな」

「一瞬でも期待した私がバカみたい」

「そうでもないさ。あいつらが手放した後の面倒なら見てやる」

「生きているかしら?」

「死んだら面倒は見てやれないな」


 女盗賊が視線を逸らしたところで会話は終了だ。

 話の裏が取れたなら、褒美についてはきちんと考えておこう。

 要は、この女盗賊の価値以上の対価を与えれば良いだけだ。

 この様子なら金は十分にあるだろうから、交代で1週間も町に遊びに行かせれば泣いて喜ぶに違いない。


 捕らえた全員に『隷属』魔法を使い、俺とバルドの支配下に置く。

 奴隷に落ちたことに誰もがうなだれ、先程までの食って掛かるような勢いも消えていた。


 俺はそれを放置し、バルドの元へ向かう。

 転移した先では、ちょうど盗賊と思われる集団とやりあっているところだった。

 その様子を遠目に観察する。


 今し方、ちっぱい魔術師が魔法を放った直後の隙を突かれ、盗賊の接近をゆるしたところだ。

 これはやられるかと思ったが、何とか魔法の杖で受け止める。

 だが左腕がない為にバランスが悪く、連続で繰り出される攻撃を片手では防ぎきれない。

 横薙ぎに振られた剣が、ちっぱい魔術師の顔を裂き片目を抉る。


 うへっ!


 すごく痛そうだ……、思わず自分の目に手が行く。

 止めとばかりに剣を振りかぶった盗賊の胸に、ちっぱい魔術師の『氷槍アイス・ランス』が突き刺さった。


 なぜ人は止めを刺す時に、不必要なほどまでに大振りとなるのか。

 それは人を殺すことに対する忌避感をねじ伏せる為だろうか。


 考えてみれば、そんな状況でも最短距離で剣を突き入れるような敵なら、俺も怖いと感じる。

 結果として殺すのではなく、殺す為に最良の方法を取るというのがどこか機械的で怖いのかもしれない。


 ちっぱい魔術師が右目を失いながらも盗賊を倒したところで、粗方の決着は付いたようだ。

 バルド側に、目的もなく散開するように逃げていく盗賊を追うだけの人数は居ない。

 今は気を失わせた盗賊を捕縛するだけで精一杯だろう。


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