030_聖女計画を進めろと言ったな、あれは嘘だ!
あ、一人いるじゃないか。
ロリィが駄目だったらと思って抑えていた子が。
顔が割れてなくて美人で珍しい黒髪の女の子だ。
俺は早速リスティナの元に向かう。
リスティナは元町長宅の客間を使っていた。
「ようリスティナ、元気だったか」
「……久しぶりね」
「すまん、すっかり忘れていた」
少し拗ねた表情を見せたので、堪能しておく。
美人のこういう顔は悪くない。
「思ったよりもよく似合っているじゃないか」
「なんだかコスプレみたいで落ち着かない」
「直ぐに慣れるさ」
「そうだと良いんだけれど」
リスティナは改めて自分の体を見回す。
ゆったりとしたドレスは青を基調色としたもので、銀の刺繍が良く映えていた。
「まだ死にたい気持ちは残っているか?」
「涙は涸れたし、今は死にたい気持ちより憎しみの方が強いかな」
「その様子だと、実行犯以外にも裏で糸を引く者がいたってことか」
「証拠はないけどね」
「証拠なんかいらないさ」
「無茶苦茶ね……」
リスティナは俺のことを、そう思えばそうすることを戸惑わない男だと、正しく認識していた。
「それで、私は何をすれば?」
「話が早くていい。
リスティナには今日から聖女になってもらう」
「……聖女?」
「あぁ。誰もがその前に跪き、心から身を捧げたいと思えるような聖女になってくれ」
リスティナは俺の言葉に唖然としていたが、覚悟を決めたようだ。
身を正し、俺を正面から見据える。
「穢れた聖女ね」
リスティナは俺と同じだからきっと称号はないだろう。
だけど、もし合ったなら『無慈悲なる聖女。穢されし者』とかになっていたに違いない。
「演劇部だったの、ご期待に添えると思うわ」
「それは助かる」
その後は聖女デビューの演出や時期などを相談し、遅くまで盛り上がってしまった。
なにげにリスティナもノリノリだった。
ロリィが理想の彼女ならば、リスティナは何処か近付きがたい雰囲気を持つ高嶺の花だ。
透き通るような白い肌に黒い髪、黒い瞳。
左右均等な顔は見る者にたいして、奇妙な違和感とともに人外の美しさを刻みこむ。
身長は160センチほどで、男の夢を詰め込んだ胸は大きめ、ウェストは細く腰に向けてのラインは美しい。
そんじょそこらのアイドルじゃ太刀打ちできないな。
当然敵も多そうだ、主に女の。
リスティナが襲われたのはその辺が理由なのかも知れない。
衣装は白を貴重とし銀糸の刺繍をふんだんに使ったもので、一見すると地味だが陽の光を受けて浮かび上がる紋様が神秘的な物にした。
紋様も無意味なものではなく『鎮静』の効果があるもので、発動に必要な魔力供給源はアクセサリーにもなっている魔石が使われる。
胸元にはカットの美しいサファイアが彩りを与え、手には身長より長めでミスリル製の薄っすらと青みを帯びた白銀の錫杖を持たせた。
どこからどう見ても聖女たる趣だろう。
後はそれに相応しい逸話が必要だな。
例えば天から降ってくるとか、パンを咥えて走っていたら街角で将来の恋人とぶつかるとか、なにかしら神様の力を見せるようなイベントだ。
無難なところで言えば神様が降臨するとかあるが、まぁ、降臨して何をするって話もあるから、最初のが無難か。
空から女の子が降ってくるのは、俺の元いた世界では定番だし問題ない。
幸いにして空を飛ぶ魔法は発明されていないから、ふわふわとゆっくり落ちて来れば印象的なはずだ。
だいたいの方向性を決めたところで、リサイタルを終えたロリィがお腹が空いた、と言いながら屋敷に戻ってきた。
「カズト、また女の子を拾ってきたの?」
そう言えばロリィとリスティナが会うのは初めてだったな。
リスティナはリスティナでロリィの美少女っぷりに、眼を大きく見開き驚いている。
心なしか頬を染めているのは気のせいだと思いたい。
ロリィはたしかに美少女だ、それも男なら2度見は間違いなしの。
ただ、その実力が発揮されるまでには最低でもあと3年は欲しい。
よって、この町では少し残念な美少女として認識されている。
「拾ってきたとか聞こえが悪いな。
でも確かに拾ってきたな」
「拾われてきました」
本人もそう思っているらしい。
「ふーん……まぁ、私には負けるけれどね」
「何と張り合ってるんだよ」
「わたし、こんな可愛らしい子に出会ったのは初めてかも。
この子に出会う為に、この世界へ来たと思えてきた」
「美人に言われるのはわるくないわ」
まぁ、そこに突っ込むのも泥沼になりそうなので止めておくが。
代わりに――
「ロリィ、聖女計画を進めろと言ったな、あれは嘘だ!」
「ちょ、えっ、な、えっ? えええぇぇ!?」
声にならない驚きを見るに、意外と乗り気だったのだろうか。
でも、人には得手不得手というものがある。
そして聖女役はどう考えてもロリィには無理だ。
「ロリィ、お前には聖女よりアイドルが向いている。町民のアイドルだ。
聖女みたいなお近づきになれない存在より、身近で愛される存在の方がロリィには似合っている。
聖女のことはリスティナに任せて、ロリィはアイドルとしての道を進むべきだ」
「そ、そぅ?」
「あぁ、コンサートでみんなロリィの歌に涙していただろ。
俺はあれを見て、ロリィには聖女よりアイドルの方が相応しいと思った。
だからロリィはその道を突き進んでくれ。
俺の世界では歌が戦争を止めることだってあるんだ、ロリィの存在は重要だ」
「そこまで言われたら、やるわよ。楽しいし」
ふぅ。聖女になりたいと粘られなくて良かった。
コンサートの成功は渡りに船だったな。
リスティナのジト目が心地よい。
◇
と言う訳でリスティナは今、キラキラと輝きながらタキシスの町の上空を漂うように下降中だ。
横になり、まるで眠っている様を演出しつつ、町民がリスティナの存在に気付くのを待つ。
結構派手に光り輝きながら落ちているので、すぐに何人かの人が気付き、あれはなんだと伝播していく。
それに合わせて俺は光量を弱め、光の中にリスティナの姿が確認出来るようにした。
非現実的なことが起きているわりにはパニックになっていない。
ぱっと見は綺麗だし、ゆっくりと降りているので脅威を感じていないのだろう。
リスティナはそのまま噴水のある公園に降りていく。
「人だ?! 女の子だ?!」
「天使様?!」
「女神様が降臨されたのか!」
「何って綺麗なんだ……」
「心が……これが女神様の御心……」
いい感じに注目を浴びている。
『鎮静』魔法の効果を受けた町人は、心静まる感覚を人ならざる者がもたらす力だと勘違いし始めた。
リスティナがはっきりと視認できる高度まで降りて来ると、その着地地点を囲むように人の輪が出来はじめる。
中には膝を突き、祈りを捧げる者まで出始めていた。
だが、このままでは噴水に水没する。
流石にそれは絵的によろしくないので、俺は噴水に入り降りてくるリスティナを受け止める。
いわゆるお姫様抱っこだな。
俺はこの街の人々からは救世主と思われている。
その俺の言葉に重みがあることはわかっていた。
だからこの演出を盛り上げる為に、気の利いた言葉を口にする。
「神の御使い様がこの地に降り立った。
ここは祝福された地になるだろう」
噴水が作り出す水しぶきに、リスティナの放つ虹色の光りが反射し、背景効果も十分だ。
「神の祝福だ!」
「御使い様をお守りするんだ!」
「神殿を作らないと!?」
「そうだ、神殿を作るぞ!」
湧き上がる町民。
かつては災難の度にこの町を逃げ出していた人々も、神の御使が降り立ったこの町に誇りを持つ様になるだろう。
そして帰属意識を持つようになれば、今までのように簡単に逃げ出すことがなく、危機に対して何かしらの打開策を取ろうと藻掻くはずだ。
その延長に俺の力が必要とされれば、霧散することのない強い『思いの力』となる。
神の御使いを象徴とし、それを助ける俺と町民という関係がここに出来上がった。
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