029_その辺の尻軽女と一緒にしないで

「それじゃ私たちになんのメリットもないじゃない」

「いい男がいたら好きにしていいぞ」


 いや待てよ。

 それじゃちっぱい魔術師の経験値が上がってしまう上に初物という価値が失われてしまう。

 そしたら経験という言う意味で、俺が上に立てないかも知れない。

 ……尻に敷かれるのも一度は経験すべきか?


「私をその辺の尻軽女と一緒にしないで」


 そんな経験は必要ないらしい。

 ホッとしたような残念なような。


「別にやるだけが脳じゃないだろ。

 お前の奴隷として使っていい。

 身の回りの世話をさせるなり自分の代わりに働かせるなりすればいい」

「奴隷が奴隷を持つって何よそれ……」


 別に出来ないことはない。

 わざわざする奴もいないかも知れないが、褒美として与えるのは構わない。


「楽をしたかったらそうしろって話だ。

 自分で動きたくないならばそうすればいい」

「なるほど、そいつぁ良いな。

 盗賊退治を盗賊にさせるってわけか」


 むしろバルドの方が乗り気だった。


「8人じゃ出来ることも限られる。

 奴隷を10人位囲えるようになれば、自ずと出来ることも増えるはずだ。

 2層を生き残ったお前らなら、殺さずに捕まえることも可能だろ?」


 俺は当面の食料を買い込み、以前盗賊どもがネグラにしていた洞窟へ飛ぶ。


「相変わらず便利な魔法だな」

「この人数を全員連れて飛ぶとか非常識にもほどがあるわ。

 あなた一体何者よ」

「神に選ばれたと言ったら信じるか?」

「なにそれ、バトラール信仰が聞いたら異端扱いされるわよ」


 バトラール、バトラール……戦神オディオローレの眷属か。

 眷属なのになぜかバトラール信仰では主神になっているな。

 そして面白いことに戦神オディオローレが邪教扱いされている。

 中途半端に俗世に絡むからこういう混乱が起きるのだろう。

 バトラール信仰はこの大陸で最も権威があり、西の神聖国家バトラーレの国教になっているようだ。


「神が1人しか居ないとか思っている奴からすれば異端なんだろうが、それこそが異端の考えだ」

「……まるで他にもいるみたいな言い方ね」

「むしろ、なぜ居ないと思う?」


 俺の生まれた国では八百万の神と言うくらいだ。


「いるの?」

「それは自分で答えを見いださない限り納得出来ないことだろ」

「そうね……」


 ちっぱい魔術師は何か思うところがあったのか、それっきり話し掛けてこなかった。


「さてお喋りはここまでだ。

 あぁ、中はゴミだらけだから、日が暮れるまでにここを住み良くしておくんだな」

「うへぇ」

「それじゃ速やかなる活動を期待する。

 当面は街道を中心に出没する盗賊の始末と、可能なら情報の収集だ。

 どこから来たのか、誰かの指示か、他に仲間がいるか、そんなところだな」

「ダンジョンで魔物退治に比べれば悪くない仕事だ」


 疫病が広まるようでは流石に困るので、洞窟には『浄化』を掛けておく。

 なにせ中には、2ヶ月くらい前に殺した馬鹿どもの死体が転がっているはずだ。

 想像するのもおぞましいので、気付かれる前にさくっと処理。


 これで南からの流通が滞ることもなくなるだろう。

 意図的に南の領から盗賊を送られている気もするが、その時は報復戦だな。

 とは言え、まだ勘程度のものだ。

 証拠まではいらないが、確証が得られる程度の情報は欲しい。


 いくら自由に生きて良いと言われていても、人類を根絶やしにしたい気持ちなんか別にない。

 好みで言えば、いい女に溺れて生きていく方がはるかに理想だ。

 その為にはむしろ人は増えるべきだと思っている。

 いい女は何人居ても困らない、見ているだけで幸せだし。


 ロリィとの契約を果たした後は世界ハーレム化の方が、俺にとっては自由な生き方――というより、目的だな。

 その為に、まずは契約の完遂を目指すのだ。

 素人童貞の野望は気高い。


 ◇


 バルドやちっぱい魔術師に盗賊問題を丸投げし、タキシスの町に戻る。

 すると、なにやら町の一角に人が集まっていた。

 特に剣呑な雰囲気もない――と言うか、どちらかと言えば黄色い歓声が聞こえてくる。


 気になってそちらに向かってみれば、ロリィ・オン・ザ・ステージ。

 人垣の中心には円状の台座があり、そこにはロリィがいて、周りを町人が何重にも囲っている。

 その様子はまるでコンサートを行うアイドルのようであった。


 そして歌われるのは――


「兎~追~いし~かの山~

 小鮒釣~りし~かの川~

 夢は~今もめぐ~りて~忘れが~たき故郷~」


 なんで童謡!


 アイドルソングとまでは言わないが、もっと他に選択肢はなかったのか?

 それよりも、なんで日本の童謡を知っているんだよ!

 観客もどん引きだわ――って、あれ?


 号泣。


 誰も彼もがロリィの歌を聴いてシトシトと泣いていた。

 ある程度年配ならまだわからなくもないが、なぜ小さい子供まで……つうかロリィ、歌うのが上手いな!


「当然でしょ。何年練習していると思ってよ」


 聞きたくない。

 1000年とかいう単位で練習してそうだから。


「それで、なんでこんな物を?」

「頼まれたのよ、娯楽的な施設が欲しいって。

 なんでも区画整理前は広間がそうだったらしいんだけれど、潰して噴水のある公園にしてしまったでしょ」

「そういえば俺がやったんだったな」


 噴水の中央には一対の巨大な羽を広げ、水瓶を掲げた女神様の像がある。

 水瓶からは水が流れ落ち、撥ねた水に光が差し込み虹色に輝くなかなかの出来栄えだ。

 新しく来た住民にはピンと来ないかもしれないが、昔からいる住民にとっては生まれ変わった町の象徴的なオブジェになっている。

 幸せの象徴ともいえる像だが、モチーフとなったのは暗黒神だ。

 つまりこの町は、知らぬ間に暗黒神を崇める町になっていた。


 余りにも残酷な展開ではあるが、狙った訳じゃない。

 俺が好みの物を作っただけなのだから。


 ロリィに対する人々の評価は、気の良い魔術師の域を出ていない。

 地元に馴染みすぎて神秘性がない為か、聖女計画は頓挫中だ。

 流石に土木工事をこなしているようでは、聖女と言うには難しかった。

 まぁ、ロリィの大雑把な性格で聖女になるのは、どだい無理があったようだ。


 と言うことは、別の誰かを聖女たる生け贄として考えなければならない。

 聖女計画は、悪に対する対抗組織をまとめ上げる為の要となる存在だ。

 悪役は俺が暗躍すればいいとして、表の方だが……さて誰が良いだろうか。

 今の持ち駒は全員顔が割れているから使えない。

 新たに誰かを探してくるか、どうせなら今いる聖女を使うか……


 一応この世界にも聖女はいる。

 そこそこ魔法が使えるというだけで、特に何かしらの特殊能力があるわけではなく、見目麗しい少女を祭り上げているだけだ。

 それも宗教派閥ごとにいるので、結構な数になる。

 だからと言って、さすがに誘拐してくるのも話がおかしい。

 自発的に来てくれるなら良いが、その理由がないな。


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