027_ご飯は美味しいはずね
今まで詠唱とかしていなかったので、忘れていた。
タキシスの町じゃ、そもそも魔法を見たことがない人ばっかりだったから誰も気に留めなかったし、唯一気付きそうなちっぱい魔術師は唖然と……むしろ呆れていた気がするな。
普通は呪文の詠唱を行うことで魔方陣を構築し、そこに魔力を流し込んで魔法として具現化する。
魔法陣が魔力を炎に変え、その炎の力を持って対象を焼き尽くす訳だ。
だが、俺には『魔力の理』があり、そして知識と能力もある為、魔力を直接事象として干渉力を得ていた。
前の例で言えば、俺の場合は魔力をいきなり炎に変えていると言うことになる。
詠唱して魔法陣を構築、それを持って魔力を事象に変換するという2ステップを飛ばしている訳で、驚きもするだろう。
もっとも、魔力の変換すら省略しているとは気付かなかったようだが。
実は上級魔術師でさえ、魔法陣無しでは魔法を使うことが出来ない。
せいぜい魔法陣を構築する為に、それを助ける詠唱を必要としないくらいだ。
だから気付かれなかったとも言える。
魔法自体が初級魔法でもやっていることは上級魔術師となれば、当初の計画が達成出来ない可能性もあった。
「すいません。緊張していたせいか、声が小さかったようです。
使った魔法は基本魔法の『土弾』です」
「あんな大きな『土弾』だと?!
しかも、あれほど長い時間エネルギーを拡散させずに滞空させるとは……恐ろしい素質だ」
見えるように大きくしたのが仇になった。
小さいと見えないだろうと思ったのに、むしろ見えない方が良かった。
しかも、早いより遅い方が技術は上だったのか。
なまじゲームの知識を持っているから、変なところで下調べを怠るな。
「えっと……練習しましたから!」
大きさは魔力量で変わる。
そして魔力量は努力すれば増える。
だから俺の言っていることは間違っていない。
だいたい、これくらいの魔力量ならアリアにもある。
多少思った通りにはいかなかったものの「きゃあ素敵! カズト様、抱いて!」と思われるのだけは避けられたはずだ。
むしろ避ける必要がなかった気がしてきたけれど。
それよりも心配なのはロリィの方だ。
さっきから物理の実技試験場の方から、阿鼻叫喚といった声が聞こえている。
不安に駆られて様子を見に行ったら、ロリィが人垣の山の上で仁王立ちしていた。
あいつら生きているんだろうな。
「ロリィ、殺したらご飯が不味くなると言っただろ」
「大丈夫よ全員生きていから。
体も十分に動かしたからご飯は美味しいはずね」
まぁいい、俺の学園生活にロリィは含まれていない。
含まれては居ないが、血塗られた聖女様とかじゃ流石に伝説にならないか……別の意味で伝説になりそうでもあるが。
念の為に、死にそうな奴何人かにこっそりと『回復』魔法を掛けておく。
試験の結果が発表されたのは、日も傾き始めた夕方だった。
筆記試験は俺とロリィが満点で、実技はロリィがトップ、俺は7番目。
俺は実技が思ったより高くてちょっと予定が外れた。
当然、入学試験は合格だ。
しかも学費免除のおまけ付きと来た。
主席は実技も踏まえてロリィに決まる。
ロリィがどんな所信表明をするのか、いまから楽しみだ。
なんだかんだいってもロリィはハイスペックだったな。
人と同じ土俵で戦っては駄目だろう……
◇
宿に戻ると3人娘が待っていた。
少し埃っぽいところをみると、頑張ってお金を稼いできたようだ。
取り急ぎ俺とロリィの宿代を1ヶ月分ほど払っておいてくれたらしい。
お腹が鳴っているところを見るとよく働いたとみえる。
俺は礼を言い、後は適当にと伝えて部屋に戻った。
今更だが、ロリィとは同じ部屋だ。
これが同じ年頃の女の子と一緒というならばやることは1つしかないのだが、相手がロリィでは欲も出ない。
質素だが清潔感のある部屋で、早速食事をする。
今日の食事にはロリィもご満悦だ。
俺はそれほど美味しいと思えなかった、まだまだだな。
学園は来月から始まるので20日ほど日が空いている。
領主と会う算段を建てるのも良いが、その前にいったんタキシスの町に戻って、留守にしていた間の様子を見ておくとしよう。
◇
翌日、目が覚めて下に降りたら、3人娘がげっそりとしていた。
旅の疲れが出たのだろうか、お腹も鳴りっぱなしで調子が悪そうだ。
『回復』魔法が効かないので病気ではないようだが……
精神的なものかもしれないので、タキシスの町に戻ったら少し休ませるとしよう。
のんびりと馬車で領都を目指していた間に、タキシスの町は結構発展していた。
ちなみにタキシスの町とは俺とロリィが復興を手伝った町だ。
俺も名前を知ったばかりなので、違和感ありまくりだが。
タキシスの町はロリィが駆けまわって行った基礎工事と、カノンとアリアの集めた大量の木材・石材が合わさって、日に日に建物が増えていた。
建物が増えるのに合わせて、職人や商人も集まり町の人口も合わせて増えている。
一時はビルモの町に攻められて人が流出したが、今は以前の活気を取り戻し、むしろそれ以上といえる活気を見せていた。
『魔力炉』を解放したとは言え、直ぐに現金になるわけじゃない。
だから商人に支払う現金は乏しいはずだが、魔石の現物支給でも商人が喜んで買い取っていく為、そのお金を職人に支払うことで間に合わせている。
ある意味、湯水のごとく湧いてくる魔力を売っているだけであり、その潤沢な資金を元にして、町の発展は他に類を見ないほどの速さを見せていた。
「順調そうで何よりだ」
「これはカズト様、無事のお戻り何よりです。
領都の方は如何でしたか」
商業ギルドのカロッソが商人らしい笑顔でやってくる。
今は家具や日用品の買い付けをしていたらしく、太った体に似合わぬ機敏な動きで品物を見定めていた。
「特に面白事も無かったな」
「左様でしたか。
町の改革の方はカズト様のおかげもあって、順調に進んでおります」
カロッソの言う通り、多くの荷馬車が行き交う様は領都にも負けない活気に満ち溢れ、人々の顔には忙しさの中にも笑顔があった。
明るい未来は、人々に進んで労働力を提供させる効果があるようで、仕事を求めて毎日のように外から人がやって来るらしい。
少しは休めと言いたいが、他人よりもまずは身内だな。
「旅の疲れか3人が痩せてしまったんだ。
様子見ついでに少し休ませようと思ってね」
「それでしたら手配いたしますので、館の方でお休みください」
「忙しいところ悪いな」
「いえいえ、商売人にとっては大変嬉しい忙しさですよ」
カロッソは本当に嬉しそうだった。
商人なのだから商売をすること自体が楽しいのだろう。
俺は3人に館で休むように言い、ロリィには聖女伝説の続きを促す。
そして自分はビルモの町に飛んだ。
奴隷たちも十分に遊びつくした頃合いだ。
そろそろ次の段階に入っても文句は言うまい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます