025_きゃー素敵! カズト様!

 領都リンブルグに来た俺たちは、とりあえず宿をとることにした。

 のんびりと馬車の旅を楽しんでいたら試験前日になっていたが、間に合えば問題ない。


 ここリンブルグの人口はおよそ9万人。

 タキシスの町には現在3000人程が暮らしていた。

 それに比べると、30倍の人がこの領都にいるということになる。


 一度に見渡せる人数などたかが知れいてる為、賑わっているタキシスと比べて特別人が多いとは思わなかったが、その規模は凄いものだ。

 歩いても歩いても人垣が途切れないのはさすがといったところか。


「さて、とりあえず今日は旨いもので食べて、明日の入学試験に備えよう」

「賛成ね」


 美味しい物に興味を持つようになったロリィは、早速のように道脇の食堂を吟味し始める。


 店を探すついでに、適当な通行人に宿を聞き、紹介された場所に向かう。

 人の溢れる通りを馬車で進むのは難儀したが、町民も慣れたもので特に警告を必要とする前には道を空けてくれた。

 どことなく割れ往く海を進むモーゼのような気分だ。


 ロリィはまだ少女だが、大人になれば俺の理想そのものとなる。

 それだけに、幼いとは言えその片鱗を感じさせるロリィの美貌は、通りを往く人々の視線を集めていた。

 つまり俺の美的感覚に間違いはないということだ。


 だが、ゲスな視線も多くロリコンの多さにびっくりだ。

 念の為、ロリィにはボディブロー禁止令を出しておく。

『思いの力』を集める障害になると言えば、しぶしぶ了承した。


 宿は可もなく不可もなく。

 ごく普通の宿で、店番も可愛い女の子ということもなく、マッチョな親父ということもない、なんともテンプレ外しの特徴のない宿だった。


「1人銅貨50枚ね」


 ごく普通の中年女性が、ごく普通に応対してくる。


「フーガ、頼む」

「現在カズト様の資産は銅貨125枚となっています」

「すくなっ!」


 馬車を魔改造したり、3人娘を鍛えるのに装備だなんだと買いすぎたか。


「……それじゃ3人は適当にやってくれ。

 明日の朝、迎えに来てくれればいい」


 3人娘にそれだけ伝えて、さっさとロリィと部屋に向かう。

 食事はそれほど美味しくなかった。

 ロリィに働かないからだと言って慰め、明日は試験を頑張るように言う。


 ◇


 翌日、下に降りると3人娘が待っていた。

 何をしていたか知らないが、ちょっと汚れて汗臭い。


「フーガ、適当に指示を出して1週間ほど滞在に必要な生活費を用意してくれ。

 俺は入学試験を受けてくるから、最低でも今日の宿代は用意しておくように」

「はい、畏まりました」


 フーガの指示を受けてカノンとアリアがすぐに旅立っていく。

 領都近くの魔物狩りなら、もう十分に任せておける。

 自分で面倒なことを他人に任せられるのは良いな。

 それでこそ3人を連れてきた意味があるというものだ。


 ◇


 領都にある学園はミストリアというらしい。

 それなりに古風な雰囲気を持つ石造りの校舎で、四方を300メートルほどの石壁で囲まれている。

 門を入るとすぐに校舎があり、その先に校庭や鍛錬棟があるようだが、今日入れるのは校舎までだ。


 入り口の先には受付があり、そこで変なプレートに名前を書き、言われた通りに手を乗せる。

 なんとなく生体認証と思わしき魔力の精査を受け、受付終了。

 ちなみに読み書きは問題なく出来た。

 恐らく植え付けられた知識によるものだろう。


 ロリィはこれから何が起こるか興味津々とばかりに周りを見渡し、同じように受付に並ぶ人々を眺めている。

 年齢はバラバラで、ロリィより幼い少女から上は壮年の男までいた。

 がさつさはあまりなく落ち着いた雰囲気の人が多い。

 それなりに生活レベルの高さを感じさせる身なりで、中には貴族っぽい気取った奴もいる。


 この雑多な感じは、中学校や高校というより大学といった感じだな。

 それもどちらかというと、日本の大学というよりアメリカ的な感じだ。

 多民族で多様な文化が混ざり合う感じが良い。

 しかし、残念ながら獣人族は皆無だった。


 知識を探ってみると、この国は獣人差別がひどいようで、奴隷として連れてこられた獣人以外はいないようだ。

 それでもこの領都はまだましな方らしく、試しに索敵してみたところ、見かけなかっただけで身分はともかく100人ほどはいた。


 俺とロリィは案内されるがままに、ひとつの教室に入っていく。

 最初は座学の試験で、特に年齢によって区別されることもなく、みんなが同じ試験を受けるようだ。

 老若男女関係なく、現在の知識レベルに応じてこの後のクラス分けを行うのは、実力主義が根底にあるからだろう。


 試験内容はほぼ形式化されているのか、俺のカビの生えた知識でさえ対応可能だった為、ロリィと一緒にサクッと終わらせ、楽しみにしていた学食に赴く。

 だが、がっかり味だった。

 期待していただけに俺もロリィも気が荒れる。

 そんな状態のまま午後の実技試験になった。


 実技試験は物理攻撃型と魔法攻撃型に分かれて行われ、俺は魔法攻撃型を受けることにした。

 ロリィは物理攻撃型を選ぶようだ。

 しょっぱなからボディブローで心臓を抉っただけある。

 一応学園は殺し合いの場ではないので、殺したらご飯が不味くなると言って窘めておく。

 なにも俺はそんなスプラッタ学園に入りたいわけじゃない。

 こんな時くらい背景に花が咲くくらいで丁度いいだろう。


 魔法の実技試験は簡単なものだった。

 対魔障壁に対して全力で魔法攻撃をし、その時の発動時間、威力、精度を見る。

 試験官は、絶対に壊れないから最大の魔法を遠慮なく使うようにと言っていた。

 念の為に知識を探ってみたところ壊れることがわかったので、この後の展開を優位に進めるには、どうするのが正解か考える。


 1つは、壊れないはずの対魔障壁を見事に破壊することで実力を見せつけ、「きゃー素敵! カズト様!」と声援をもらう。

 1つは、壊せないまでも一番の威力を見せつけ「カズト、凄いな。だけど俺も頑張ってすぐ追いつくからな!」と友情を育む。

 1つは、まったくもって不甲斐ない様子を見せつけ「誰あれ、カッコわるー」と小馬鹿にされつつも、誰かがピンチになったらその場に颯爽と駆けつけ敵をサクッと一掃、そのギャップに「私をカズト様の女にして!」と言わせる。


 どれもいいな……


 しいて言うなら、上の2つをやってしまうと下の1つが出来ないってことだな。

 だから不甲斐なく見せつつも、たまにいところを見せ、最終的には全力を見せつけるという1粒で2度おいしい作戦にした。


 魔法の実技試験を受けるのは20人ほどだ。

 筆記試験は100人くらい受けていたから、残りは物理の実技試験だな。

 学園に通えるだけの余裕があり、なおかつ魔法を習える富裕層が大体2割ということなのだろう。

 魔法が使えるというのはエリートコースのようだしな。


「まだ魔法を広めてから1000年位だから、そんなものでしょ」

「なんで魔法を広めようと思ったんだ?」

「時の勇者があまりにも弱すぎたから教えてあげたのよ。

 弱すぎては『思いの力』をまとめ上げることも出来ないから。

 向かってくるまでは良い感じに仲間を率いていたんだけれど、ちょっと本気を出したら勇者の仲間を何人か殺しちゃって、ショックで引き籠もっちゃったのよね」

「ロリィのせいかよ!!」


 魔の軍勢との戦いに敗れた勇者が姿を消し、暗黒の200年という時期が訪れたと伝承にはあった。

 そんな苦難の時代、5人の賢者が力を合わせて魔の軍勢と戦い、見事に退けたという。


「勇者の件があったから、やり過ぎないように負けたふりをするのが大変だったけど、あの時は結構『思いの力』を集めたわ」


 我が世の春はその時だとばかりに胸を張るロリィだが、今はその貯金を切り崩して生活をしているらしい。


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