023_ご用意頂けたのでしょうか?

 町に戻った俺を待っていたのは領主からの使いという男と、その護衛の騎士らしい全身鎧の屈強な男が2人だった。

 なんとなくビルモのアセドラの件を思い出し、また楽しくなりそうだと、自然と頬が緩む。


 俺が秘書のフーガと護衛のカノン、アリアを連れて客間に入ると、小馬鹿にしたような視線と共に舌打ちが聞こえた。


「ヴァッセル男爵だ。

 時間が惜しいので率直に言う。『魔力炉』を今すぐ差し出せ」


 肥えた腹を抱え、客間のソファーにふんぞり返るようにして横柄な物言いをする男は貴族様だった。

 俺があいさつするのも席に着くのも待たず、要件を言われてしまった。

 それにしてもアセドラといいヴァッセルといい、なんで傲慢なやつに限ってでっぷりと太ったやつばかりなんだ。


 この町には貴族が住んでいない為、現時点で最も偉いのがこの男になる。

 俺は知識を探り『魔力炉』を差し出す必要があるのか調べる……ないようだ。

 あっても素直に渡すつもりはないが、一応建前は必要だ。

 その建前では、入手した人物にその所有権が認められている。

 そうでなければ危険を冒してまで誰も取りに行く訳もなく、当然だろう。


「お断りさせていただきます」


 俺は立って見下ろすように答えるのもどうかと思い、ソファに座った後、ヴァッセル男爵の質問に答える。

 実力はともかく立場はこちらが下なので、最初位はきちんと受け答えすることにした。


 しかし、断られるとは思っていなかったのか、ヴァッセル男爵は一瞬唖然とした後、次にタコが茹で上がるようにみるみる顔を真っ赤にした。

 そのうち脳卒中で倒れるんじゃないだろうかと、他人事ながら心配になる。


「貴様! 俺の言葉は領主様の言葉だぞ。

 それに歯向かうとはどういうことかわかっているんだろうな!」


 どういう事か、わかっているのか!!


 って、誰も彼もが同じ台詞を言うのは、こいつらも言われてきたからなのかな?

 その悔しさが立場の弱いやつを相手にした時に出てくると考えれば、哀れですらある。


「たとえ領主様であっても、『魔力炉』を引き渡すには対価が必要なことに変わりはありません。

 ご用意頂けたのでしょうか?」

「平民風情が貴族に意見出来ると思っているのか!」

「なぜ私が平民だと思ったのですか?」

「なっ!?」


 俺は神様の使徒だ。

 暗黒神なのは置いておいて、さすがに平民というには無理がある。

 確かに貴族ではないが、この世界の宗教では神様の使徒は神様の代理人である教皇に匹敵する立場だ。

 実際のところ、神の使徒が現れたという話はどれもこれもうさんくさいものだが、今はその立場を利用させてもらう。


「他の貴族がこの町にいるとは聞いていないが……」


 ちょっとテンションが下がったようだ。


「私は貴族ではありませんからね。

 宗教に関わる者です」

「な、ならば平民に違いないではないか」


 先ほどまでの強気が見られないところを見ると、平民に違いはないと言いつつも、警戒心を持つ程度の立場はあるようだ。

 もっとも、ただの信徒というだけでは防波堤にならないだろう。

 せめて枢機卿程度の肩書きが必要だと知識が物語っている。


 だから――


「差し出さないと言うなら実力行使にでるまでだ」


 とても枢機卿に見えない俺は、恐れるに値しないと判断されたようだ。


 背後でフーガが物凄い殺気を放ったが、出しゃばるような真似はしない。

 ただ、ヴァッセル男爵は気付かなかったようだが、護衛の2人は気付いたようで、その手が剣の柄に掛かった。

 

 一触即発。

 気付かないのは本人ばかり。

 なんて脳天気なのだろうか。

 まだアセドラの方が空気を読むのは上手かったぞ。


「それでは領主様の行いが強盗となりますがよろしいのですか?」

「不敬であるぞ! その首叩き斬ってくれるわ!」


 火に油を注いだら、燃え上がった。

 護衛の騎士が剣を抜き放ち、即斬り付けてくる。

 そこに躊躇する様子は見られない。


「カノン、部屋は汚すな!

 アリア、ヴァッセル男爵は眠らせておけ、後で使える」

「「はいっ!」」


 カノンが飛び出し、手短な護衛の1人を殴り付ける。

 それは『身体強化』の乗った強力な一撃で、まともに受けた護衛はもう1人の護衛を巻き込みながら、窓を突き破り落ちていった。


「あわわわわ」


 慌てるように吹っ飛んでいった護衛を追い掛け、カノンも窓から飛び出していく。

 確かに部屋は汚していないが、もう少し賢くならないだろうか。


「なっ!」


 ヴァッセル男爵が言えたのもそれだけだ。

 アリアの『睡眠』が発動し、顔面からテーブルにつっぶしていた。

 鼻血が出ているがテーブルの上なのでセーフとしよう。


「取り敢えず地下牢に放り込んで、日に2度、水と食料を渡してやれ。

 その内に使い道を考える」

「わかりました」


 フーガが応え、ヴァッセル男爵を文字通り引き摺っていく。

 どうやらまだ怒っているらしい。

 まぁ、無礼者だったからな。


 ◇


 取り急ぎの問題は片付いたが、領主の使いと言っていたな。

 さすがに今の戦力で領主軍を相手に戦っても、潰されておしまいだ。

 俺が出ればどうにでもなると思うが、そもそも領主と戦う意味がない。


 今はまだ直接的に『魔力炉』の恩恵に気付いていない町民も多いはずだ。

 そいつらが無くても良い物だと思えば、領主の反感を買うような真似をした俺を見限るかも知れない。

 わざわざ戦争になってまで守りたいとは思わないだろう。


 領主がさっきの馬鹿みたいに直情的で、町民を皆殺しにするとでも言えば嫌でも戦いになると思うが、それでは原因になった俺に対する『怨み』に変わるのが早過ぎる。

 怨みは根強いからもう一度、正の『思いの力』として俺に向けるのは難しくなるに違いない。


 そうなると民を率いた英雄が裏切る、という手札が使えなくなる。

 これくらい強力なインパクトを与える他の手段がまだ思い付かないので、今のところは正義の味方として町人の思いを集めておきたい。


 だから、戦うなら町民にとっての大義名分が必要だ。

 とは言え、良い策が思いつかない。

 そもそも領主の考えがわからないからな。

 一度、会いに行ってみるか。

 領都ならあの計画を勧められる可能性もある。

 そう考えると遊びに行くと思えば悪くない。


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