021_お願い……私も殺して……

 とりあえずの偽装に満足し、再び『空間転移』で公園の外れにある雑木林に飛ぶ。

 そこは俺が殺された場所で、なんとなく見てみようと思った訳だ。

 何処か遠い記憶となっていた事実を確認したかっただけだと思う。


「いやーーっ!!」

「うるせぇ!! いいかんげんに諦めろ!! ここには誰もこねぇよ!!」


 少し感傷的な気分で飛んだ先は、静かどころか悲鳴と怒声が飛び交っていた。


「抵抗してくれた方が楽しいだろ!」

「ゲスだな」

「一番楽しんでいるおまえが言うかよ」


 外灯の光も殆ど及ばない公園の外れにいたのは、組み伏せられた少女と、組み伏せる男と取り囲む男の3人だ。

 男は誰もが体格がよく、例え1人だったとしても少女に抗うことは難しいだろう。

 それでも抵抗を諦めない少女は、身を捩るようにして男から逃げだそうとしている。

 足掻く少女の破れた衣類からは白い肢体が見え隠れしていた。

 それが扇情的でもあり、そんな様子を見せる少女を男たちは楽しむように弄ぶ。


 だが、そこまでだ。

 これから俺は人生を賭けた一大プロジェクトに臨む予定だったのに、出鼻を挫かれた。

 ここは八つ当たりをしても良いところだろう。


 俺は『身体強化』を使い、少女に覆い被さる男の股間を蹴り上げる。


「ぐえっ!」


 男は短く声を上げ、白目を剥いて2転3転と地面を転がっていく。

 足に伝わる肉の潰れる感覚に不快感を覚えつつも、十分な八つ当たりの結果に満足だ。


「お、おい!?」

「なんだ? ギャア、いてぇ!!」


 残り2人の男を『茨の監獄』で縛り上げる。

 棘のある蔓が四肢を拘束し、男たちの首元に食い込む。

 全身を襲う痛みに体が硬直し、声を上げることも出来ない様だ。


 棘自体は致命傷を与えるほど長くはないが、それが逆に苦痛を長く与える結果となった。

 動こうとすれば激痛が走り、その痛みに体が硬直すれば再び激痛が走る。

 延々と続く痛みは、男たちから抵抗する意思を奪っていく。


「な、なに……?」


 状況を理解出来ない少女が、先程までとは違った怯えを見せる。

 暗闇の中、自分を襲っていた男たちが突然植物に拘束され、1人は吹っ飛んで気を失っているのだから、理解出来る方がおかしい。

 今は得体の知れない事象に対する純粋な恐怖が少女を支配し、先程までの嫌悪感を伴うものとは違う怯えを見せていた。


「助けてやった礼はいらない。

 俺がムカついたから勝手にやったことだ」

「助けて……くれたの?」

「まぁ、助けたというには遅かったかも知れないけどな」


 俺は『生成』魔法でワンピース状の服を作り出し、少女に投げて渡す。

 月の光に照らされた少女は滅多にいないほどの美形だ。

 どこか違和感があるのは……顔が珍しいほど左右均等なせいか。

 人であって人でないような奇妙な感覚だが、迫力のある美人さんだ。

 歳の頃は16歳くらいに見えるから、後2年か3年も立てば大人の魅力も出て来て、世の男は誰もが虜になるに違いない。


 そんな少女の白い肌があちこち見えるのは、ありがとうと言うべきだろうか?

 八つ当たりの結果としてだが、襲われているところを助けたのに俺が襲い掛かっては鬼畜かな……無闇に近付くのを止めておく。


 少女は突然現れた服に吃驚しつつも、それを受け取ると体を隠すように抱え込む。

 そして、嘔吐くように声を殺して泣き始めた。


「さて、俺の気は収まったから、こいつらをどうしたいかはお前に決めさせてやる。

 殺して欲しいか?

 それとももう2度と視界に入らないようにしたいか?」

「そんなこと……出来るわけ……」

「少なくても今この場でお前を望みを叶えるだけの力は持っている」


 少女は自分の体を抱きしめるように強く力を込めた。

 俺は、待つ。

 思いを言葉にするのは大変な力を必要とする。


 何分かが過ぎた頃、少女は震える声で、それでもしっかりと言った。


「こ、殺して!! みんな殺して!!」

「わかった。その望み、叶えてやろう」

「や、めて、くれ」

「あや、まる、たすけ、れ」


 俺が拘束された2人の男と視線を合わせると、激痛に耐えながら必死に懇願してきた。

 だが、その希望を叶える理由はない。


 俺は『時空鞄』から、練習で作っておいたミスリル製の魔剣を取り出す。

『蒼竜剣』フロンタイトと名付けたこの剣は、白銀の刀身を持ち、ひとたび振えば空気中の魔力と干渉して、蒼竜のごとき青い尾を引く美しい剣だった。

 格好良さだけを求めて作り出した剣なので実用性はよくわからないが、剣士ではない俺には十分だろう。


 俺はその剣を男たちの心臓に突き刺していく。

 そこに何ら懺悔ざんげを求めたくなるような感情は生まれない。

 2人はしばらく体を痙攣させるように呻いていたが、直ぐに静かになった。

 もう1人、気を失ったままの男は、そのままなんの反応も見せず死ぬ。


 少女は俺が男たちを殺す様子を、恐れに震えながらもずっと見ていた。


「望みは叶えた」

「も、もう一つお願い……私も殺して……」


 俺にはそんな気持ちはないが、人を殺すことは自身にも大きな負担があるのだろう。

 それに耐えられず自殺をした人間を知っている。

 少女が、間接的にとは言え人を殺したことが許容出来ないのか、それとも穢された自分が許せないのかはわからない。


「そうか。

 君は綺麗だし、失うのは惜しいと心から思う。

 でも、そう願うなら約束だからな、叶えるさ」


 俺は少女の心臓に向けて剣を構える。

 少女が息を飲み、震える体を押さえて必死に恐怖と戦っているのが伝わってきた。

 それでも少女は拒まない。

 逆に、身を抱える様に交差させていた腕を解き、胸を俺に向ける。

 白い月の光が、まだ幼さを感じさせるその体を照らし、暗い森の中に浮かび上がらせた。


 震えは消えていない。

 それでも、涙に埋もれた瞳にはまだ覚悟が残っている。


 なら、死を感じろ。


 剣先が少女の胸にゆっくりと突き刺さり、土に汚れ破れた白いブラウスを、赤い血が染めていく。

 少しずつそしてゆっくりと、自分の体に刺さっていく剣の痛みに、少女は必死の形相を浮かべ、止まらない涙が頬を濡らす。


 剣の刃を少女の小さな手が掴み、顔を振る。

 白い指が切れ、そこからも赤い血が滲んでいた。


「死に、たくない……」

「わかった」


 俺はそこで剣を止め、『再生』魔法で怪我を治し、『洗浄』と『浄化』魔法を少女に掛ける。

 明らかに剣の刺さっていた胸から痛みが消え、その痕跡さえなくなっていることに、少女は目を丸くして驚く。

 次いで、その体を俺に見られていることに気付き、顔を赤くして胸元を隠した。


 ごちそうさまでした。


 このまま放置ではアフターケアにはならないな。

 破れて汚れた衣類を素材とし、新たに作り出したワンピースを着せれば、今夜少女に何が起きたかなど誰もわからないだろう。


 だが、綺麗になったのは見た目だけだ。

 傷付いた心まで綺麗に出来た訳じゃない。

 胸元にしがみつき泣き続ける少女に対して、俺の知識は掛ける言葉を提示できなかった。

 なかなか使い勝手の悪い知識だな。


「もう、自分がわからない……消えてしまいたい……」

「それじゃおまけだ。

 望み通りこの世界から消してやる」

「え?」

「お前のことを誰も知らない、ここではない世界に連れて行ってやろう」


 俺は少女を軽く抱き寄せ、『空間転移』を発動する。

 行き先は俺が築いた町を一望できる上空だ。

 既に日は落ちていたが、この世界には割れてこそいるが巨大な月があり、雲さえなければ夜でもそこそこ見通せるくらいの明るさがある。

 もっとも、月が出ていなくても『魔力炉』に接続された少ない魔道灯が、夜とは思えないほど華やかに町を映し出しているのが見て取れた。


「きゃああ!!」


 突然の浮遊感と眼下に現れた世界。

 驚くなという方が無理がある。

 少女は空の彼方で、藁にも縋る思いから俺にしがみついていた。


「今からこの世界がお前の生きる世界だ」

「お、落ちる!?」

「落ち着け、落ちてないだろ」


 必死にしがみつき、周りを見渡すようにして確認する少女が可愛らしくて、思わずいたずらしたくなる気持ちを抑える。

 でも折角だから、ちょっとだけ胸をもみもみしておくのは男として必要なことだ。

 まさしくどさくさ紛れというやつだな。

 それにしても、女の子って柔らかすぎだ。


「ど、何処なのここは!?

 なんでこんなことが出来るの!?」

「ここは地球とは違う世界で、俺には魔法が使えるからだな」


 その答えに納得した訳ではないだろうが、それ以上は理解出来ないと思ったのか、質問は続かなかった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る