019_半分くらいは生き残るのを期待している

 数日後、俺はビルモの町に来ていた。

 預けておいた奴隷の20人を引き取る為だ。


 連れてこられた奴隷は預かりものとあってか、特に虐げられた様子はなく、食事も十分に与えられていたようだ。

 ここで俺は、この世界の奴隷に対する扱いを知識から検索する……だいたい自分の思っていたイメージと変わりないことがわかった。

 と言うことは、現状この20人にはまだ奴隷としての意識がないと思える。

 早いうちに、俺が主人でお前たちは奴隷であると、認識させておいた方がよさそうだ。


 この20人には暗黒魔法の『隷属』を掛けている。

 俺に対する明確な反抗、俺の利に反する行為、自害の自由に関する制限を掛け、背いた時にはいっそうのこと殺してくれと言いたくなるほどの苦痛が与えられる。

 具体的に言うと、トイレで信じてもいない神様に祈っている時くらいの痛みだ。


「バルド、お前がこの20人のリーダーだ。

 他の者はバルドに従え」


 背はそこそこだが筋肉の付き方が良く、アセドラの先兵として戦っていた時の動きも良かった、20代半ばの男にリーダーを任せる。

 バルドは元々そう言う立場にいたのか、他の奴隷の不満は特になさそうだ。


「女どもは好きに抱いていいのか?」


 駄目に決まっているだろ!!

 童貞の俺を差し置いて先に手を出すとかどんな鬼畜だよ。


 俺はそれを顔に出さず、知識を探る。

 この世界の知識から得た情報でも、子供が出来て面倒になる為、普通は扱いを分けるようだ。

 でも、適度に欲求を満たせてやった方が良く働くともわかる。

 定期的に『避妊』の魔法を使って回る童貞とかどうよ……いや、その頃にはもう童貞とは限らないじゃないか。

 俺の知識も問題ないと言っている。


「働きを見て決める。

 それまでは手を出すことを禁止する」


 俺の言葉に5人いる女が安堵したが、すぐに言葉の意味を正しく理解し、不安の様子を見せる。

 1人だけ気の強そうな胸の小さい魔術師が睨みつけてくるけれど、俺の世界では「ありがとうございます」と返すところだ。


 捕縛時に取り上げてあった武装を返し、早速装備させる。

 武器を返されたことに驚きを表す者もいたが、不満の声を上げる者はいない。


「それで俺たちに何をしろと。

 もう1回町を襲いに行くか?」

「いずれはそうなるが、その前に死なない程度には強くなってもらう必要がある」


 冗談で町を襲うと言ったのだろうが、俺が肯定するとバルドは少しだけ剣呑な表情を見せた。


「この間は不可抗力とは言え、何人かの子供が死んだ。

 だが俺は進んで子供を殺しはしない」

「構わないさ。

 お前はその子供に殺されるかもしれないが、それならそれでいい、そこで死ね」


 出来ることをやらないと言う奴にまで、気を使う温情は持ち合わせていない。

 人の怨みを甘く見ているのか、跳ね除けるだけの自信があるのか知らないが、奴隷一人の矜持にいちいち構ってはいられなかった。


 前に、思いが簡単に変わらない奴もいるだろうと思ったが、その最もたるものが怨みによるものだ。

 怨みの感情だけは簡単に晴らせないと思っている。

 それを甘く見るやつは死ぬだけだ。


「それじゃ地獄へご案内だ」


 俺は奴隷を連れてダンジョンの2層に飛ぶ。

 ここは全5層のダンジョンだが、3層以降では万が一にも生き残れそうにないので、2層にしておいた。

 まさか『空間転移』が出来るとは思っていなかったらしく、一瞬で状況が変わったことに戸惑う声が鎮まるまで煩くてたまらなかった。


「ここはいったい……」


 ようやく落ち着いて言葉を発する余裕が出来たバルドが、疑問を呈する。


「とあるダンジョンの2層だ。

 1週間後に迎えに来る、生きる為に抗え」

「ちょっと、なに無茶言っているのよ!?

 準備もなしに2層なんって無理に決まっているじゃない!」


 絶句する男どもを無視して、例のちっぱい魔術師が声を上げる。

 初めて話すところを聞いたが、なかなか可愛い声をしていた。

 行動を伴わなければ『隷属』の効果が表れないのか。

 これは言葉攻めなら許すという、なかなか器用な仕様になっているな。


「安心しろ。水と食料は用意したから、後は身を守って生き残るだけだ。

 みんな仲良く協力しろよ、出来なければ死ぬぞ」

「ま、待ってくれ、冗談だろ?」

「バルドに冗談を言っても面白くないだろ。

 言うならそっちのちっぱい魔術師に言うさ」

「どこ見ていっているのよ!」


 フードを被っているため顔は良く見えないが、なかなか怒った雰囲気も可愛い良いじゃないか。

 生き残れたなら、そのお顔を拝顔するとしよう。


「じゃ、半分くらいは生き残るのを期待している!」


 俺は絶望の表情を浮かべる奴隷を置いて、『空間転移』でその場を後にした。


 ◇


 館に戻るとロリィが腹を出し、涎を流して寝ていた。

 実に残念な聖女様だ。


 起きたところで話を聞くと、町の区画整理工事を頑張っていたらしい。

 なんでも微妙に異なる大きさの石を積み上げて、最後が綺麗に揃うようにするのが面白いとか。

 まぁ、パズルは面白いよな。


 ロリィが率先してそんなことをしているものだから、南側の住民も嫌な顔一つせず工事にいそしんでいるらしい。

 いつの間にかロリィ親衛隊のようなものまで出来ており、それらを中心に物事がスムーズに動くようになっていた。

 このままでは北側までその流れに汚染されてしまうので、早々に手を打つ必要がある。


 だから俺は資金を得る為の手段を実行に移すことにした。

 こちらは金で釣る。

 実に欲望に素直な方法だろう。


 とは言っても、やることは単純だ。

『魔力炉』を設置し、護衛と役人を配置するだけの簡単なお仕事である。


 これだけではお金にならないが、お金の元は他の町からやってくる商人だ。

 商人が持ち込む空の魔石――魔物が体内に持つ、魔力を内包した鉱石のような物――に魔力を満たし、その重さ1当たり銀貨1枚と定めておく。

 買値の半分といったところだ。


 1センチ角ほどの魔石が1個あれば、明かりを一晩灯すことが出来る。

 値段設定としてはこれでも破格だ。

 平民でも使える程度に価格を下げることで、需要を一手に引き受け、この町の文化レベルを一段上げる。


 通りには魔道灯が並び、各家に水道が引かれ、魔力で発熱する炉を用意する予定だ。

 明かりと水と火というインフラを全て魔力で賄い、贅沢という物を覚え込ませ、それ無しでは暮らすこともままならないところまで落とす。

 夢のような生活を維持する為に、馬車馬のように働けば良い。


 魔力その物の販売など、事実上ほとんどなかったところに生まれた新たな商いといえる。

 その影響はこの町だけに収まらず、商人たちは捨てられるだけの空の魔石を買い集め、この町へと向かってくるに違いない。

 お金になる原石がその辺に転げ落ちているようなものだから、いずれは空の魔石の相場も下がるだろうが、それまでに十分な資金も貯まる。

 実に簡単なお仕事といえた。


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