018_それで一度失敗しているのよね

 フーガは俺の1つ下で17歳だ。

 俺で良いというなら、フーガでも問題ないだろう。

 3人娘は別に奴隷ではない。

 750人という限られた優良市民の1人であり、俺の計画が進めば貴族に負けない力を持つ平民になる。

 特に、フーガに限っては元々この町の人間でもあり、俺の直属ということで、これから得る権限を考えてもベストと言えた。

 俺がやるよりはよっぽど理に適っている。

 だが、そうは思わない者も多いようだ。


「いや、しかしそれは」

「女に従うのが嫌なら、お前がやればいい」


 別にやりたくてやるわけじゃない。

 俺としては駒になる人間は誰でもいい。

 俺がいるおかげでいろいろと助かっているからだとわかっているが、別にこの町に留まるつもりはないので、その点についてははっきりと伝えておく。


「いっそうのこと、町の運営に関する決定はここにいるメンバーで行えばいい。

 今いる代表を議員とし、町民の意思を汲み上げ政策を施す。

 自分のところに利益誘導するのも良いんじゃないか」


 利益誘導というところで金に目ざとい何人かが思案に入る。

 その結論が出る前に――


「ただし、出した利益はこの町で使え」


 何人かはそれでは意味がないと肩を落とすが、逆に何人かはそれならと顔を上げる。

 外に販路を広げたい商人か地元に根付いた組合の違いだろう。

 だが商人にもメリットはあった。

 何かしらの事業が発生すれば物資は必要となる。

 全てを町の中だけで賄えるはずもなく、足りない物資は外との売買で入手することになる訳だから、今まで通り商売で稼げば良い。

 幸いにして何をするのかをいち早く知る立場にいるのは優位だった。

 他の町の商人が入ってきて物価が上がる前に仕入れ、足りなければ他の町から買い入れ、需要を先に満たせばいいのだ。

 インサイダー取引みたいにも思えるが、それを取り締まる法律はない。

 商人と組合のそれぞれが自分たちにも利があることを確認すると、特にデメリットもない俺の提案に、みんなの思考が賛成へと向かう。


 そんなこんなで、この町は議会制民主主義っぽい流れになっていった。

 あくまでも町のレベルでだが、王政のこの国の中に出来た異文化ともいえる。

 幸いにして町レベルでは法を守る限り自治が許されていた。

 極端なことをいえば、しっかりと税金を納めているかぎり、小さな町がどの様に管理されているかなど気にもしていない――少なくてもこの領では。


 町の運営方法について、それぞれの思惑はあるにしろ、粗方意思統一が図れた後は実際に何をするかだが、やりたいことはいくらでもある。

 ただ、先立つ物がないのは俺もこの町も一緒だ。

 何をするにしても、誰もが身銭を切ってまで手を付けるのは躊躇われた。

 先行投資という概念は、強い牽引者がいなくては成り立たないのかもしれない。


 俺はその考えを実証してみたくなり、ここに一石を投じる。


「お前たちが豊かになるにはどうすれば良い?

 答えは簡単だ。

 町人の誰もが豊かになれば良い。

 未来に希望が持てれば人は金を使う。

 金で買える幸せもあるからな。

 美味しい物を食べ、旨い酒を飲み、いい女を抱く。

 その為には金が必要だ。

 だから仕事を用意する必要がある」


 中にはわかっている者もいるはずだ。

 特に商売人のカロッソはわかっているだろう。

 それでもわざわざ言ったのは、意思統一の為だ。


「最初の金は俺が用意するから気にしなくていい。

 用意した金以上の利益が返ってくることに使うなら、いくらでも用意する。

 アイディアを出せ、気に入れば全部採用する」


 フーガが膨らむ借金に頭を抱え、アリアは立ったまま気絶するという器用な真似をし、カノンはホッコリしていた。

 ロリィは頷いているが、理解しているのかは謎だ。


 先立つ物さえ心配しなくていいのならと、今度は遠慮がないほど町の改善に関する意見が飛び交い始めた。

 俺は面倒になってきたので、その話のまとめ役としてフーガを決め、ここに新たな町の体系が確立した。


 これにより、この町を襲った2度目の危機は終わり、再び平穏な生活へと戻っていく。

 いや、正確にはこれからさらに忙しくなっていくというべきか。

 今は嵐の前の静けさという奴だな。

 一時は750人まで減った町の人口も、再び2千人近くまで回復していた。

 動き出すにも丁度いい頃合いだ。


 俺は復興祝いとして『魔力炉』を開放すると宣言する。

 初めはその意味がわからず戸惑っていた町人だったが、『魔力炉』のもたらす恩恵が徐々に知れ渡ると、にわかに市場が活気だつ。

 明るい未来に町人は大いに賑わったが、その後に半数が失望するのも計算の内だ。

 失望したのは、この町が争いに巻き込まれた時、真っ先に逃げだした町人。

 市民権を失ったことが、ここに至ってどんな意味を持つのか気付いたのだろう。

 市民権がなければ、市の特権は受けられない。

 そこには当然『魔力炉』による恩恵も含まれる。


 自分の始末は自分で付けるしかない。

 ただし挽回のチャンスは与える。

 これから町の為に率先して働いた者には、1年後に市民権を与えるつもりだ。

 目の前に釣らされた希望に縋り、良い働きをしてくれると期待している。


 そんな中でまず最初に取りかかった改革は区画整理だ。

 その仕様上、どうしても『魔力炉』の近く住む者ほど恩恵を得やすい。

 今の町は貴族がいない為、特に身分によって住む場所に差異があるようなことはなかった。

 せいぜい、後から移住して来たら町の中心から離れていくという程度だ。


 それを『魔力炉』を中心として、今回の戦いに参加した者とその家族が最も近くに。

 その周辺に、この町に残った750人。

 その外にはいち早く戻ってきた1200人が住むように広げていく。


 中心を中央ブロックとし、そこからドーナッツ状に層を作っていく。

 それを東西に走る中央通りで、北ブロックと南ブロックに分ける。

 北ブロックを俺が、南ブロックをロリィが管理し、ここでは経済的な戦いをすることにした。

 なにせ出来上がるまで暇だから、お遊び要素を入れないと楽しめない。


 ちなみに中央ブロックに入るのは750人だ。

 これを利用して、外に逃げた町人のばらばらになった『思いの力』を一度嫉妬の感情に変え、そこから市民権を与えて俺への感謝に変える。

 ただ、その時には市民権を得た優越感を感じさせる為に、市民権のない町人を増やしていく必要があるな。

 人は人と比較して優越感を感じるのだから、ここは大切だ。

 それを怠ると俺への感謝の気持ちに変わりきらない可能性が高い。


「あれ……なんか面倒くさい?

 なんでこんな手間を掛けているんだっけ?」

「何を言っているのよ。

 一度善意を集めて多くの人を導き、明確な悪意を用意してぶつけるんでしょ。

 そして戦争の中で手駒に計画をばらして、全員をカズトに対する悪意に染める。

 それが計画だったじゃない」

「初めから悪意を集めてもいいような?」

「善意で引っ張る方が都合良く動いてくれる、って話は何処へいったのよ……」

「悪意の方が集めやすいと言っていたのはロリィなんだが」

「そう思っていたんだけれど、それで一度失敗しているのよね」


 ロリィは少しふて腐れたように腕を組みそっぽを向く。


「やっぱり失敗していたのか……

 俺のやり方はうまくいきそうに思えるか?」


 短期的には悪意の方が集めやすいと思うが、人は希望を見る生き物だ。

 いつか怒りや憎しみといった思いは、未来という希望に打ち消されていく。

 それでも思い続ける者はいるだろうが、多くの思いを集めたいのならイレギュラーに構う必要はない。


「少なくても今の段階では計画通り進んでいると思うけれど?」

「なら面倒だが、もう少しやってみるか」

「ちょっと……簡単に投げ出さないでよね」

「取り敢えず、敵対勢力の育成もしないといけないな。

 一応その為の駒は用意しているが、全然足りていない。

 しばらくは幹部候補の育成くらいに思っておくか」


 ロリィにはこの町の象徴となる聖女計画を伝える。

 どうやらその計画が気に入ったようで、私の為の計画とまで言い切った。

 まぁ、喜んでくれたようで何よりだ。

 ただ、聖女に憧れる暗黒神というのはどうなのだろうか?


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