017_あれはノーカウント
爆炎渦巻く草原には、コボルトやゴブリンといった低級魔族の黒焦げた死体が、ざっと数えただけでも100体近く転がっている。
皮膚が燃え上がり血肉の焼ける匂いが漂う草原の、元凶と思われる炎の中心には1人の青年がいた。
銀色に輝く鎧を纏い、純白のマントを靡かせ、淡く光る黄金の刀身の剣を手に持つ青年が、その手を横に払うと、辺りを覆っていた炎が消し飛ぶ。
急激な温度変化により発生した風が、青年の黒く長い髪を舞い上げると、魔力の残滓が溢れ落ちて風に流れる。
その煌めく様な美しさに見とれていたのは、青年の戦いを遠目に見ていた騎士たちだけではなかった。
そこで守られるようにして存在する豪奢な馬車の中に1人、騎士たちとは違う熱を持った青い瞳を青年に向けている少女がいた。
顔を上気させて青年を見続ける少女は、一際華美なドレスに身を包み、侍女と思われる女性が傍に控えている。
「シュウ様……」
少女が自然と零した言葉を捕らえた侍女は、一瞬だけ不安そうな表情を見せながらも、その内を言葉にはしなかった。
青年が傍まできていたからだ。
「見ていただけましたかマルローネ王女。
今日よりあなた様の剣となり、望むがままに敵を討ち倒しましょう」
「とても素敵でした。
どうかその力を私の為にお使いくださいませ」
シュウ・カザミ――王女の召喚魔法によって呼び出された南の勇者。
初陣はその力を発揮することもなく、一瞬で終わったという。
勇者の登場に国は歓喜し、その戦力を宛てにした政策へと変わり始める。
だが一方で、勇者の力を個人の所有物としてみる王族に対して、不満も燻っていた。
その力は一個人として余りにも巨大で、力によって物事を解決するだけの有無を言わせぬ存在。
それが勇者であり王女の所有物であることを自ら認める者だった。
◇
まさかの中年男による「くっ、殺せ!」を喰らった俺は、そのまま自分の部屋に引き籠もり、泣いて過ごすこと1週間。
何とか立ち直ることが出来たのは「あれはノーカウント」というロリィの一言によるものだった。
隣町ビルモのアセドラによる侵攻を阻止した町人は、その戦犯であるアセドラとその一味の家族全員を処刑していた。
ひょっとしたら子供の命は助けるかとも思ったが、自分の妻と子供を目の前で殺された親は許さなかったようだ。
ただ、子供を殺した親は2日後に自殺した。
自分もまた子供を殺した罪に耐えられなかったのだろう。
町長であるライデンは、なんとかアセドラの暴走を思い留まらせようとしていた様だが、結局それは叶わず、町民62人、その内子供が5人という大きな被害を受けた。
事前に外敵の侵攻を伝えていた割に非戦闘員の被害が大きかった。
平和ボケした町民がいざこざ珍しさに、前線近くまで野次馬よろしく出張っていたのだから、自己責任でしかない。
とは言え、それを抑えられなかったのもまた町長の責任と感じているわけだ。
ライデンはそれに対し、アセドラたちに処刑の命令を下すという責任と、町長の辞職をもって応えた。
金銭的な補償は隣町ビルモからの賠償金で補うことになっている。
命を金銭に換算するのもどうかと思うが、この戦いで損をすることだけはなかったのが町にとって唯一の救いか。
『思いの力』は一時的にアセドラに対する怒りや怨みといったものに変わっていたが、処刑が終わると同時にそれは懺悔と無念が混じったような感情になった。
たまたま寄ったこの町で、実験的に人の感情がどう変わっていくのかを見ていたが、人の思いは切っ掛けさえあれば実に簡単に変わるとわかった。
一個人に限れば割り切れない人もいると思うが、そんなのは無視すればいい。
大多数の人間の感情は、ある程度誘導出来るものだとわかっただけでも上々。
これが人口数万という規模になっても通用するかどうかはわからないが、それはこれから実験すればいいだけだ。
前の世界でも大義名分や宗教上の理由などで、人の思いがコントロールされている部分は多々あった。
それは、この世界でも通用するのだろう。
幸い、ここには女神様――暗黒神だけれど――がいるのだから、それを最大限利用するのも一つの手かもしれない。
宗教の力が馬鹿にならないことはわかっている。
今からロリィの聖女説か女神降臨説でも作っておいた方が良いかもしれないな。
後で、実は暗黒神でした。
というオチでも信仰が絶望に変わるかもしれない。
そこで、やはり頼れるのは人間――俺だけだと思い込ませ、最後に実は魔王を目指していますと言えば、どんな心も砕けそうだ。
……いや、心を砕くのが目的じゃなかったな。
危うく面白そうだからと目的を違えるところだった。
まぁ、失敗したら今度は違う国で勇者にでもなり、砕けた心を集めればいいかもしれない。
後はどれだけ邪魔が入ってくるかだが、それは今考えても仕方がないから、出たとこ勝負だ。
一応、ロリィが最初に言っていた南の勇者だけは忘れないようにしておこう。
当面は先立つ物――つまり、お金を集めることが必要だ。
なにせ、今のところマイナスが膨らむばかりで全く金がない。
人を動かすには金が要る。
恐怖で支配するのもありだが、恐怖支配では目の届く範囲くらいしか人心のコントロールが出来ない。
人は欲を満たしてやった方が、コントロールしやすいと思っている。
上手くコントロールできれば、喜んで尽くしてくれるだろう。
まぁ、思っているだけで、実際に当たっているかはやってみないとわからないが。
借金の金額を見た時、フーガはこめかみをピクピクさせるくらいだったが、アリアは泡を吹いて気絶した。
カノンは良くわかっていないのかホッコリしていたので、俺もホッコリして返しておく。
俺によって脳筋にされてしまったカノンは、戦えさえすれば楽しいので、貧乏だろうと関係がないのだろう。
借金が返せないと奴隷になる、と言ったところで、顔を真っ青にして、泡を吹いているアリアを引き連れて魔物狩りに向かって行った。
俺はフーガと残って借金返済計画を立てる。
魔物狩りをしたかったな……ロリィはこっそり付いて行ったようで羨ましい。
◇
そんなことをして過ごすこと数日。
俺の前には町の運営に関わる上層部からギルドの長まで、15人ほどが集まっていた。
「と言う訳でして、カズト様にこの町の長として収めて頂きたく――」
「責任の押しつけか?」
「い、いえっ、決してそんなわけでは」
町長を頼んできたのも答えたのも、商業ギルドのカロッソだ。
歳は30代半ば。
営業スマイルの絶えない恰幅の良い男で、俺の借金を肩代わりしている男でもある。
魔物の高級素材で美味しい思いをさせてやってから、色々と商売方面で動いてくれる都合の良い手駒だ。
元町長のライデンを除けば、この町で一番の権力者といえる。
現在町長が空席のこの町は、今集まっている上層部による会議で何とか維持されている状態だ。
幸いにして元町長の下で実務を行っていた人員はすべて残っているので、何とかなっていた。
「誰もやりたくないというなら、俺の指名でフーガにやらせる。
どっちみち俺が受けたとしてもやるのはフーガだ」
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